ゆきて帰れぬ騎士かたり   作:水風浪漫

7 / 9
今回、ずっと酒場にいます。
原作に登場するキャラが限られているので、独自設定9.9割のオリキャラが登場します。(今後も増えるかも)

地の文多いです。そして二話分くらい文量あります。


何も知らないノーチラス(ノーチラス視点 01)

 

 鬱蒼とする密林(ジャングル)

 いつか大きな落雷でもあったのか、はたまた別の要因によるものか、深い森の中にありながらぽっかりと切り開かれた空白地帯でノーチラスは一匹の飛竜(ワイバーン)と相対していた。

 

 頭上を越えてゆく熱を感じながら、翼の下を(くぐ)って胸元へ飛び込み、ノーチラスは腰に構えていた槍を一息に突き出した。

 豊かに(たくわ)えられていた羽毛は度重なる槍撃によって大半が失われており、その下に隠れていた強靭な皮膚が(あら)わとなっている。大槍の穂先はノーチラスの狙い通りに竜の胸元へと吸い込まれていき、肉を貫く独特な感触の後、明確な怒気を帯びた咆哮が空気を震わせた。

 

 反動を利用して槍を引き戻すと、ノーチラスは一度、二度と地面を蹴って後方へ飛び退く。兜の下で短く息を吐くと同時に、その眼前を赤い軌跡が鋭い風切り音を伴って横切った。

 

 朝焼けの空が薄く染まるような、柔らかな色合いの赤い甲殻に覆われた尻尾。

 全身の回転運動を利用して鞭の如く振るわれる尻尾は、シンプルな動きに反して見た目以上の破壊力を伴っている。

 ほとんど前兆が無い無拍子の突進、巨大な嘴による殴りつけるような(ついば)み攻撃と合わせて、奴と対峙するにあたって警戒するべき行動としてハンターに広く周知されているが、ミナガルデに住まうハンターの誰しもが一度は苦しめられた経験があるはずだ。

 

 しかし今、ノーチラスが対峙する敵の恐ろしさは別の点にあった。

 これまで打ち倒してきた同種のどれより獰猛でありながら臆病、そして何よりも頭が切れる。

 

 今日一度目の接敵から数えて十時間ほど経過しているだろうか。

 既に少なくない回数、その身に槍を突き立て、切り裂いてきた。しかし、どれほどの痛打を与えても殆ど怯むことなく、それどころか一層激しさを増して暴れ狂う。

 今度こそ追い詰めた……と何度ぬか喜びさせられたことか。形勢が悪いと見るや、僅かな逡巡(しゅんじゅん)もなく遮二無二(しゃにむに)逃げ出しては空へ飛び立って行くのだ。

 

 飛竜は──厳密には奴は飛竜種ではないそうだが──例外的な不可逆的負傷を除いて、深手を負っても十分な休息をとれば元通りに回復してしまう。眼球を切り裂かれようとも、頭骨が歪もうとも、飛竜の生命力の前ではどんな攻撃も真の致命傷には成りえない。

 

 しかし今、奴に与えた胸の傷は今回の狩りを通して見ても最も深い傷だ。口から漏れ出る火炎液にもかつての勢いは見られない。このまま追撃を浴びせ続けられたなら、逃亡する余力も削り切れるだろう。

 幸いなことに、眼前の竜もノーチラスの動きを警戒して足を止めている。()ずは閃光玉で強制的に足を止め、その隙に多少無理をしてでも足元に落とし穴を設置出来れば、そのまま倒し切れる筈だ。

 

 そんな思考を巡らせるノーチラスが右腕の大楯を地面に突き刺し、腰のポーチへと手を伸ばした瞬間、その視線の先で、竜の巨体が地面を震わせた。

 傷を負い、追い詰められていようとも、動き出しに一切の兆候なし。瞬く間に最高速に達した巨体が、足下の太い木の根を砕きながら突進してくる。

 息を整え、ノーチラスは再度、盾を構えた。眼に流れる汗を気にする余裕もなく、赤い甲殻に覆われた巨躯が迫る。丸く鋭い嘴が木漏れ日を反射し、地面を抉る爪が土を巻き上げる。その勢いは、まるで森林を薙ぎ倒す嵐のようだった。

 

「またか……!」

 

 ノーチラスは低く呟き、大楯を構えた右腕から足の指先に至る全身に力を込めた。衝突の瞬間、甲殻に覆われた飛竜が肩から盾に激突し、金属が軋む音と共に衝撃が全身を貫く。

 足を踏ん張り、地面に爪先を食い込ませて一歩も引かずに耐え切ったが、その力はやはり並みではなかった。

 行く手を阻む盾を押し返し、ただ押し退()けるように。赤い影は盾を足場にノーチラスを飛び越え、背後の樹木をなぎ倒して通り過ぎていく。

 

 認めたくはないが予想通りと言うべきか、これはノーチラスに向けられた攻撃行動ではなかった。

 土煙が舞い、風圧にノーチラスの鎧が鳴る。振り返った先で、鳥竜は既に翼を広げていた。皮膜の欠けた翼が風を切り、巨体がふわりと浮き上がる。

 ノーチラスは反射的にポーチの閃光玉に手を伸ばしたが、どうやら間に合いそうにない。

 

 〈怪鳥〉───いや、〈大怪鳥〉イャンクック

 

 この一年、ノーチラスにとっても馴染み深い存在となった鳥竜種であるが、これ程の持久力と慎重さを持つイャンクックと遭遇するのは初めてのことだった。

 

 音爆弾は使い果たしたが、閃光玉のストックは殆ど減っていない。しかし、今から思い切り投げたとしても、その赤色の背中を照らすことしか出来ないだろう。片手では収まらない回数、同じ光景を目にしていた。

 

 イャンクックが悠々と手の届かない空へ飛び去って行く。

 澄み渡る青空に映える鮮やかな朱色の影を見送りながら、ノーチラスは兜の面頬を上げ、顔を風にさらす。木々を揺らす風が火照った体を冷ましてくれるのが何とも心地良く、一度大きく息を吸った。

 ペイントボールの効果はまだ切れていない。ならば、この独特な臭気を辿って行けば再びイャンクックと相(まみ)えるだろう。距離もこれまでと比べて、そう遠くへ逃げてはいなさそうだ。

 

 次こそ決着を、と意気込んでノーチラスは兜を被り直す。

 

 しかし時を同じくして、遠く彼方、拠点となる宿営地(ベースキャンプ)がある方角から、白い煙を引いた花火が空に上がるのが目に入った。

 

 ……時間切れ。迎えの竜車の到着を知らせる合図だ。

 

 ノーチラスはがっくりと肩を落とし、そして体にこもった熱を全て吐き出す勢いで、深く、とても深く溜め息をついたのだった。

 

◆※◇※◆※◇※◆

 

「──そんな感じで、逃げられては追いかけての繰り返しになって、討伐できませんでした……」

 

 苦い経験となったイャンクックとの戦いから数日後、ミナガルデに帰り着いたノーチラスはベッキーに依頼の失敗を報告していた。

 北エルデ地方の火山での一件を経て、大型モンスター関連の依頼を受け始めてから一年弱。請け負った依頼の殆どを(つつが)なく成功させてきたノーチラスにとっては、三カ月ぶりの依頼失敗だ。

 気まずい心持ちで報告に臨んだノーチラスとは対照的に、ベッキーは特に気にする様子もなく、慣れた様子でテキパキと処理を進めていた。

 実際、一日に十数件、多ければ何十件もの事務処理を行うベッキーにとって依頼の失敗報告は特段珍しいことではない。勿論、それはノーチラスも知る所ではあるが、それとノーチラスの心持ちとは別の話である。

 

 それはそれとして、そんなベッキーの姿に少なからず安堵するノーチラスの前で当のベッキーは軽く丸めた手を口元に当て、思案に(ふけ)っていた。

 

「……ノーチラスさんがランス使い()単独(ソロ)なのを勘案しても、十回近く逃げられるのはちょっと異常な気がしますね。生存戦略として、逃走に特化した個体だったんでしょうか……?」

「どう、なんでしょう? 今まで出会ったイャンクックの中でもかなり警戒心が強い個体だったとは思いますけど……まぁ、結局は対応できなかった私の力不足ですから」

 

 ノーチラスの言葉を聞いているのかいないのか。ベッキーは視線を落としたまま、今後の対応について頭を悩ませているようだった。

 

「追加調査をするべきなのか、それとも……とりあえずノーチラスさん、時間が空いた時で良いので詳細な聞き取り調査に協力してもらえませんか?」

「えぇ、勿論」

 

 「また後で、何時(いつ)でもいいので誰か職員に声かけて下さいね」と、そう言うとベッキーは凜とした真剣な顔付きを、いつもの慣れ親しんだ看板受付嬢の笑顔に切り替える。

 「この顔見ると帰って来たって感じするんだよなぁ」と、ノーチラスが誰に言うでもなく内心で独り()ちていると、ぱんっと台帳を閉じたベッキーがにこやかに口を開く。

 

「それじゃあ! 何か食べて行きますか?」

「いつも通り、冷たい水をジョッキで。それと……何か今日のおすすめとかあります?」

「んー……特産キノコのホワイトソースをかけたブルファンゴステーキとかどうですか? あと、活きの良いスネークサーモンが入ったので、熟成チーズや甘米虫と絡めたリゾットなんかも出せますよ。私のおすすめはリゾットですかね」

「米虫、ですか……」

 

 甘米虫。米虫とも呼ばれるそれは、文字通り米粒のように小さい〝虫〟である。蒸し焼きにして噛むと強い甘みがあって、甘味が貴重なこの世界ではかなりの人気食材だ。

 米食文化のないミナガルデでは米と言ったらこの米虫を指す。米が主食の日本で生まれ育ったノーチラスにとって、最も受け入れがたい文化の一つだった。稀に市場で見慣れた米を見かけることもあったが、中々気軽には手を出しにくい価格をしているのだ。

 

「ウォーミル麦に変更とかって出来ません?」

「ごめんなさい、その食材は上位ランクからなので……」

 

 ウォーミル麦は北方の寒冷な地域で育つ麦だ。これも噛むとほんのり甘くて、ここミナガルデでも市場に出向けば比較的安価に手に入れることが出来る。ただし、酒場は基本的に食材の持ち込みは受け付けておらず、ハンターの位階によって注文できる料理も厳格に定められている。

 

 これはハンターの身の丈に合わない浪費を防止する策であると同時に、高位のHRに位置するハンターに与えられる特権としての側面が強いらしい。

 酒場の料理に使われる食材の一部はノーチラスたちハンターでも市場で手に入れることは出来るのだが、個人的な伝手があるか本人の料理の腕が達者でもない限り、それを料理人(プロ)に調理してもらうのは困難だろう。普段姿を見ることは無いが、酒場の厨房でフライパンを振るっているのはギルドマスターが直々にスカウトしてきた一流の料理人という噂だった。

 

「米虫抜きでサーモンとチーズだけにして、そこにパンつけてもらって良いですかね」

「はーい。それじゃちょっと時間かかるので、のんびり待っていて下さい」

 

 厨房へ注文を飛ばすベッキーに軽く会釈をして、ノーチラスはカウンターを離れる。

 気が付かないうちに別のハンターが後ろに並んで待っていたようで、そちらにも小さく頭を下げ……それが誰かを確認するや、ノーチラスは足を早めた。

 

 なぜなら、そこに居たのがミナガルデのハンターの間では有名な破落戸(ごろつき)だったからだ。

 

「チッ……礼儀ってもんがなってねぇんじゃねぇのか、騎士崩れ」

 

 その身を包むのは、ノーチラスにとっても良くも悪くも思い出深い存在である〈鎧竜〉グラビモスの幼体、〈岩竜〉バサルモスの素材から作られた鎧だ。

 金属アーマーを岩石その物の質感を持ち、鋭利に切り出された〈岩竜〉の甲殻で覆うように補強した〈バサルシリーズ〉は、ハンターの防具にしては珍しく、それこそ一見すると騎士の様にも見えるシルエットをしている。

 特に顔の上半分を覆うような形状の兜〈バサルヘルム〉には、前面にスリットが設けられたバイザーが装着され、頭頂部には後ろに垂れる長い羽根飾りまで備わっていた。

 

 背中に背負った長大な刀身を有する()()は、刀身の背に竜の牙を用いることで、対象を切りつけた際に深手を与える作りになっている〈骨刀〉。

 ランポス特有の青と黒が入り混じった皮が張られた特殊な鞘からは、峰側から収まりきらなかった牙がはみ出している。その牙を見るに、安価に手に入る竜の牙ではなく、魚竜の牙とドラグライト鉱石で強化された〈骨刀【鮫牙】〉だろうか。

 

 この世界の男性としては背の低い方であるノーチラス相手でさえ、向かい合うと少し視線を落とすほどの身長しかないのだが、反して態度の大きさはミナガルデのハンターの中でも随一と言って良いほどの男だった。

 

 ノーチラスは大仰(おおぎょう)にため息をつくと、肩をすくめて男へ向き直る。

 一歩距離を詰めると、二人の身長差がより明確になった。〈バサルシリーズ〉の形状の効果か普段はそれ程小さく感じることはないのだが、至近距離でノーチラスと並ぶと十センチ以上は差があるように見えた。

 

「毎度毎度、些細なことに目くじら立てないでくださいよ、鬱陶しい。ほら、もう空いてますよ? フォンテイン()()?」

 

 ロージー・フォンテイン。自己中心的な性格と、(いささ)か目に余る欲深で名を知られている人物だ。

 パーティを組んだ狩りの後には、必ずと言っていいほど報酬の話で揉め事を起こしていたトラブルメーカーでもあり、実際に狩りの腕は立つらしいが、それを笠に着て過剰なまでの分け前を要求してくるのだと言う。

 

 ノーチラスが知る限りでも何度か酒場で喧嘩騒ぎを起こしていたが、丁度ノーチラスがミナガルデを離れていた時期に、無関係のハンターまで巻き込んだ乱闘に発展するほどの騒動を起こし、遂にはあの〈ヘルブラザーズ〉の赤鬼に実力行使で叩きのめされたのだとか。

 以来、誰とも組まずに単独(ソロ)で狩りに出るようになったそうだが……何故かは不明だが、半年ほど前から急にノーチラスに対して、あからさまな敵愾心(てきがいしん)を向けてくるようになっていた。

 それまでは(ろく)に関わり合いのなかった相手なだけに、ノーチラスとしてはその原因に全く心当たりがないのが厄介な所だ。

 

 今日に至るまでに、既に数えきれないほど言いがかりや因縁を付けられており、荒事を好まないノーチラスでも流石に辟易していた。

 自然、言葉にも悪感情が乗ってしまうが、それを気を付けようと思わない程度にはノーチラスの鬱憤も溜まっているということだ。

 

 出来ることなら関わり合いになりたくない相手であるが、この場で喧嘩を売られて黙って引いては、更なる面倒を呼び込むことになりかねない。ハンターは基本的に力が物を言う実力社会。これがギルドハウスの通路での出来事なら無視しても問題ないだろうが、夕暮れ時の酒場は一仕事を終えたハンター達で溢れている。

 こうも大勢の前で黙って引き下がってしまえば、勝手にノーチラスのことを見くびる輩が現れないとも限らない。ハンター業では風評も重要である。根も葉もない噂であろうと評判が下がれば、良い仕事は回って来づらくなる。下らないことで足を引っ張られたくはなかった。

 

「あ゙ぁ? 舐めてんのか手前(てめ)ぇ──」

「はい! ノーチラスさん、ご注文のお水、です!」

 

 食って掛かろうとするロージーの言葉を遮るようにして、大きな木製ジョッキを手にしたベッキーがどんっ、とジョッキを重力任せにカウンターに叩きつけた。少なくない中身がこぼれたが、いつもの事だ。

 ノーチラスがジョッキを受け取ると、ベッキーは目線でハンター達が普段通り騒いでいるテーブルの方を指し示した。さっさと行け、ということだろう。

 

 ノーチラスとしても渡りに船だ。ただでさえ今回の狩りはいつもより数段大変だったのに、その上で失敗に終わって契約金まで持っていかれているのだ。消費した道具や装備の整備費のことを考えれば、それなりの赤字だった。精神的な疲弊は大きい。

 無論、一度や二度の失敗で生活が成り立たなくなるような金の使い方はしていないが、何かと金は入り用になる。装備の更新を考えないで良い分、他のハンターと比べれば懐に余裕があると思われるかもしれないが、今後の事を思えば出来る限り資金を貯めておきたいのだ。

 

 ベッキーの気遣いに小声で礼を伝えて、ノーチラスはそそくさとその場を後にする。

 ぽつりぽつりと空いている席はあるので、出来るだけ奥の方に座ろうと足を進めていると、不意に横合いから声がかけられた。

 

「ねぇ! ここ空いてるわよ!」

 

 この酒場では珍しい、鈴の様な透き通る声に顔をそちらへ向けると、ノーチラスの予想通り、そこには濃い緑の腰鎧が目を惹く、年若い女性ハンターの姿があった。ビールジョッキを小さく掲げながら、顎をしゃくってノーチラスを呼び寄せていた。その隣には相も変わらず(いかめ)しい表情を崩さず、無言でジョッキを傾ける老齢の屈強な男性ハンターも座っている。

 

「エルメリアさんとガノンさんではありませんか、お久しぶりですね。元気そうで何よりです」

「あんたも、相変わらずみたいで何よりだわ。ほら、座りなさいよ」

「では失礼して」

 

 先程の場面を目撃していたのだろう。くつくつ、と揶揄(からか)うように笑うエルメリアにノーチラスは「勘弁してくださいよ」と苦笑いをこぼしながら、ガノンの正面の空席に腰を下ろした。エルメリアの前には、誰の分であろうか、(あるじ)不在の食事が一組置かれていたのだ。

 

 エルメリア・フランポートとガノン・ドノン。約一年前の出来事を通じてノーチラスが親交を得た二人組のハンターである。

 

 〈鎧竜〉との一戦の後、一足先にギルドの運行する乗り合い竜車でミナガルデに帰還したノーチラスとは違い、浅くない傷を負った彼女たちは傷が完全に癒えるのを待ってから、数か月遅れでミナガルデに戻って来た。

 戻って来た当初は二人揃って〈バトルシリーズ〉を身に纏い、武器も店売りの既製品と様変わりしていたが、現在は既に装備の更新を終えて、あの頃に劣らない防具を揃えていた。唯一武器だけは防具と比べると一ランク及ばない物を使用しているが、それを(とが)めるのは酷と言うものだろう。

 怪我の治療費と一切の狩りが出来ない間の生活費及び滞在費、それに加えて店売りの防具では高級品の〈バトルシリーズ〉を揃えた上で、帰還してからの数か月で飛竜素材の防具まで(こしら)えたのだ。どれだけ二人が優秀なハンターだったとしても、相当な出費に違いない。

 

 飛竜を狩れるほどのハンターの(もと)には市井(しせい)の民間人とは比べようもない程の大金が舞い込んでくるが、いくら対モンスターの最前線と称されるミナガルデでも、そんな大きな依頼が常にある訳ではない。加えて言えば、そういった依頼は緊急性が高いことが多いので、その場合はギルドとしても実力の確かなハンターに優先的に依頼を回すことになる。

 上位ハンターのガノンが所属しているとは言えど、パーティのリーダーであるエルメリアは今も尚、HR.12-狂戦士(バーサーカー)の下位ハンター。ミナガルデのハンターズギルドには先に名前を挙げた〈ヘルブラザーズ〉以外にも、狩猟対象をイャンクックに絞っているという特殊な存在ではあるが〈赤鳥の翼〉のような古強者達も多数名を連ねている。

 

 そういった環境であることを考えれば、使わずに保管していた素材が手元に残っていた可能性を考慮しても尚、エルメリア達の復活速度は驚異的と言って良かった。

 そもそもの話、飛竜素材の装備を揃えられるというだけで、ハンター全体で見れば上澄みとされるのだ。ミナガルデでは飛竜由来の武具を使う者が特別珍しいなんてことはないが、それはこの街に限った話である。飛竜狩りが可能なハンターが数多く在籍しているのは、一般的には非常に珍しいことらしい。

 

「大体、一月(ひとつき)ぶりくらいですかね?」

「うーん。まぁ、そのくらいじゃないかしら」

「丁度、ミナガルデを離れて三週間ぶりですお嬢様」

「あ、そうなの? 思ったほどじゃなかったわね」

 

 そんなエルメリアが身に着けているのは、肉厚な爪と深い緑色の甲殻の下から、花が咲いた様な鋼鉄のスカートが広がっていて、まるで淑女の夜会服を思わせる腰鎧。〈雌火竜〉リオレイアの素材をふんだんに使用した〈レイアフォールド〉だ。

 頭には鎖帷子のフードを取り外した〈レイアヘルム〉が装着され、エルメリアの前頭部から彼女の雪のような白い頬にかけてを保護している。

 

 視界が遮られたり、機動力を失う事を嫌って護りを疎かにするというのは、ノーチラスにとって理解出来ない考え方である。

 しかし、本来の形から手を加えてはいるものの、頭防具を身に着けるようになったのは、エルメリアの考え方に何かしらの変化が生じていることを示唆しているのだろうか?

 

 しかし一方で、ミナガルデに戻って来た直後には身に着けていた胴鎧は、気が付けば以前の様に武装用ダブレット一枚に戻ってしまっていた。残る腕部、脚部も同じ〈レイアシリーズ〉で揃えられている。

 いつもの事ながら、これで大きな怪我もなくしっかりと成果を上げていることに、ノーチラスとしては驚嘆するばかりだった。

 

「たしか、初めて相手にするモンスターを狩るとかで、別の街に行っていたのでは? 戻って来たということは、依頼は無事に終えたのですか?」

「まぁね。ちょっと時間はかかったけど、終わってみれば大したこと無かったわ。ね?」

「………」

 

 同意を求めるエルメリアに、再び口を閉ざしたガノンは、何を言うでもなく静かに頷き返す。何となく、エルメリアの言葉はほぼ無条件に肯定する彼にしては、反応が普段より遅かったような気がした。

 本当は何か知られたくないようなトラブルでもあったのだろうか、と邪推したところでノーチラスは内心、舌打ちをする。

 

(些細なことを気にするようになったのは、俺も同じか……ハンターの職業病なのかもしれないな)

「で、あんたはどうだったのよ。やけに長くベッキーと話し込んでたみたいだけど」

「へっ? あ、あぁ」

 

 もう既に酒が入っているのだろう。顔を赤く染めて楽し気なエルメリアの言葉に、ノーチラスは曖昧な笑みを浮かべながらジョッキを手に取った。冷たい水が喉を潤し、酒場の喧騒の中でようやく体が落ち着くのを感じる。

 

「まぁ、なんというか……イャンクックに逃げられっぱなしで、時間切れになりました。丸二日間追いかけて何度か追い詰めたんですが、仕留め切れませんで。かなり頭が良いイャンクックでして、こっちの動きを見透かしたような動きをするんですよ」

 

 ノーチラスは肩をすくめ、ガノンの方をチラリと見る。寡黙な男は無言で食事を口に運んでいるが、その視線が一瞬、ノーチラスに注がれた気がしたのだ。それを横目に、エルメリアがフォークで大きな腸詰め(ソーセージ)を突きながら、くすくすと笑う。

 

「へぇ……ノーチラスでもそんなことあるのね。あんたのことだし、別に道具をケチった訳でもないんでしょう? それでイャンクックに逃げ切られるなんてよっぽどよ」

 

 ガノンは黙々と食事を続けている。先ほどベッキーに勧められたブルファンゴの肉だろうか、白いソースがかかった分厚いステーキを豪快に口に運ぶと、それをビールで流し込むかのようにジョッキを傾けていた。

 エルメリアとの会話を続けながらも先のガノンの反応が気になって、ノーチラスの視線は自然と彼の方へ引き寄せられていった。

 

 ガノンが身に纏うのは、骨と皮を組み合わせた無骨な造りの防具だ。

 露出が多く、ほとんどインナーの上に骨の軽装防具やポーチなどの装身具を身に着けただけの見た目をしている。一見するとハンターになり立ての者がよく使用する〈ボーンシリーズ〉にしか見えないが、壁に掛けられたランプの炎が揺れるたびに薄らと垣間見える、骨全体を覆う緑色の輝きが、それがただの初心者装備ではないことを物語っていた。

 

 〈ボーンGシリーズ〉。

 マカライト鉱石よりも更に貴重な鉱物、ドラグライト鉱石を用いて強化されているそれは、上位ハンターにのみ武具工房での生産が許されている頑強な防具である。無論、鎧のない箇所が広いことに変わりはないので、使用には装着者本人の技量が求められるが。扱うのは老練のガノン・ドノン。無用な心配だろう。

 防具のあちこちに細かな傷や擦れが目立ち、色も普段見かける〈ボーンシリーズ〉と比較して、かなり使い込まれた風合いを漂わせている。テーブルの脇に置かれた二本角の頭骨兜と並んで最も目を惹く大きな骨の肩当てや胸元の骨飾りは、どこか古の戦士のような趣きがあり、ミナガルデの酒場にひしめくハンター達の中でも異彩を放っていた。

 

 以前までガノンが使用していた〈レウスシリーズ〉と〈ボーンGシリーズ〉は、頑強さという点ではほぼ同等の性能を有している。しかし、〈鎧竜〉との一件で装備が使い物にならなくなってしまったにしても、使い勝手を考えるのであればガノンもエルメリア同様〈雌火竜〉の防具を揃える方が遥かに理にかなっている筈だ。

 狩場におけるガノンの役割は文字通り「囮」である。角笛を巧みに扱ってモンスターの注意を一手に引き受け、その隙にエルメリアが重い一撃を叩きこむ──というのが、二人の狩猟スタイルだ。

 必然、モンスターの攻撃に晒される機会が圧倒的に多いガノンはもっと防備を固めて然るべきなのだが……普段の彼のエルメリアへの態度を思えば、その理由は考えるまでもない。自分よりもエルメリアの装備を優先したのだろう。

 

 人付き合いが少ないノーチラスでも、態々(わざわざ)それを言及するのが野暮なことくらいは分かっていた。

 

「で、さっきのフォンテインとのやり取りは何だったの? また絡まれてたでしょ?」

 

 エルメリアに次の話題を切り出されると、ノーチラスは思わず顔をしかめた。

 

「いつも通りですよ。目があっただけで難癖を付けられて……何故こうも執拗に絡まれなきゃならないのか」

「ふぅん……何か、恨まれる心当たりとかないわけ?」

「思いつく限りでは、何もありませんね」

「本当に?」

「本当にです」

 

 ため息を吐くノーチラスを眺めながら、 エルメリアはブルファンゴとアプトノスの合い挽き肉の腸詰めをフォークで突き刺す。じゅわり、と中から溢れ出した肉汁がこぼれないように口に運びながら、どこか腑に落ちない様子で呟いた。

 

「フォンテインねぇ……あいつ、面倒な奴って言われてるけど、そこまで悪い奴じゃないと思うのよね。あたし、一度あいつと狩りに出たことあるけど、意外と気遣いとか出来る奴なんだから。別で組んだそこら辺の連中より、よっぽどマシだったわ」

「気遣い? あのチ……問題児がですか?」

 

 ノーチラスは目を丸くする。散々迷惑をこうむっているノーチラスとしては、エルメリアの言葉はにわかには信じ難かった。

 

「気遣いって言っても、狩りの外でのことだけどね」

「と、言うと?」

「んー……たとえばさ、あたしが水浴びしようとしたら予備の天幕で目隠し立ててくれたり、気付いたら全員分のこんがり肉焼いといてくれてたり。密林で寝苦しかったときには(ひょう)結晶の氷枕貸してくれて……あっ、それにヘアオイルも貸してくれたわね。それも、かなり良いやつ」

 

 指を折りながら、つらつらとエルメリアが語る内容にノーチラスは眉をひそめる。

 

「……あいつ、宿営地(ベースキャンプ)にそんな物持ち込んでいるんですか?」

「そこは個人の自由でしょ、あたしだって普段は使ってるし。ま、そんな感じで細かい所で気が利くのよ。……報酬は三等分にしようって話したら、平然と『お前らと俺で当分、つまり俺が五割だ』とか言い出したんだけどね! あんた計算できないの? って感じ」

 

 「それでも、ちょっと強めに言ったらすぐ引き下がったわよ」とエルメリアは続ける。

 

「だからノーチラスへのあれが、あたしからするとよく分からないのよねぇ」

「私からすれば、そちらの話す姿の方が信じられないんですけどね」

 

 だがしかし、そこに解決の糸口が転がってやしないかと僅かな希望を持って、ノーチラスがエルメリアにもっと詳細に教えてもらおうと口を開いたその時。

 酒場の入口からぬるり、と妙な雰囲気を放つ男が姿を現し、ノーチラスを始めとするハンター達の視線が吸い寄せられる。入ってきたのは、毒々しい灰青色の皮に覆われた装備を身に纏う怪しい男だった。

 

 男が装備しているのは〈ゲリョスシリーズ〉のガンナー用防具だ。悪魔染みた山羊(やぎ)の角にも似た突起を後ろに流しており、ゴム皮に視線を通すための小さな穴が二つ空いただけの〈ゲリョスキャップ〉の独特な見た目が、異様な雰囲気の原因だろうか?

 腰に提げたヘビィボウガン〈タンクメイジ〉は、ゲリョス素材特有の凹凸の少ない造り。砲身の先端部がゲリョスの頭部を模した形状をしており、内部には毒弾を初めとする三種の状態異常弾を装填出来る機構が組み込まれているらしい。

 

 真っ直ぐにこちらへ向かって歩いてくる男の手には、どろっとした真っ赤な液体で満たされたジョッキ、熱帯イチゴのストロベリージュースが握られている。その鮮やかな色合いには、まるで毒液のような不気味さと、どこか食欲をそそる魅力が同居していた。

 

「フラディオ、随分遅かったわね?」

「部屋を借りる手続きに少々手間取ってしまいましてね。ですが、ミナガルデに拠点を移す手続きは済ませて来ましたよ。これで、今後はこちらでお世話になります」

 

 フラディオと呼ばれた男は静かで丁寧な口調でそう言うと、エルメリアの正面、ノーチラスの隣へ落ち着いて腰を下ろした。ずんぐりむっくりとした胴鎧の〈ゲリョスレジスト〉が机にぶつかって、机に並ぶジョッキの液面を揺らす。

 フラディオの声は抑揚が少なく、どこか冷ややかな響きが漂っていたが、不思議と耳に残った。

 

「それで、お嬢さん。こちらの方はどなたでしょうか?」

「紹介するわね。ノーチラス、この人はフラディオ。ゲリョス狩りの専門家よ。フラディオ、こっちのはノーチラス。ランス使いの単独(ソロ)ハンターで、まあまあのやり手」

 

 エルメリアの紹介にもフラディオはマスクを脱ぐことはせず、どこからか取り出したストローをジョッキに立てながら、穏やかに微笑んだ。……顔は見えないが、雰囲気的にそんな気がした。

 

「初めまして。フラディオ・ハートと申します。見ての通り、ヘビィボウガンを扱うガンナーです。ゲリョスに関することなら、どうぞ私にお声掛けください」

「ミナガルデにようこそ、ハートさん。ノーチラスと言います。エルメリアさんが言ってしまいましたが、ランスを使います。それにしても……ゲリョス専門というのは、中々珍しいですね」

 

 ノーチラスがそう返すと、フラディオは小さく首を振った。

 

「どうぞ『フラディオ』で結構ですよ。それと、私はゲリョスを愛していますが、〝彼女〟しか狩らない訳ではないんです。彼女の関わる依頼を好んで受けているのは確かですがね」

 

 思いの外、礼儀正しい人のようだ。ハンターには珍しい。と、ノーチラスがフラディオに好感を抱いた直後、フラディオが早口に言葉を続けた。

 

「彼女は実に魅力的な存在です。身悶えするような毒液の吐出(としゅつ)、狡猾な動き、我々の目を眩ませる閃光の輝きに、手ぐせの悪い舌……戦うたびに新たな発見があります。……時に、ノーチラスさんはゲリョスはお好きですか?」

「えっ。いや、特には」

「そう、ですか……ふむ……では、もし狩りをご一緒することがあれば、その時は彼女の素晴らしさをお教えしますよ」

「……あ、ありがとうございます」

「ペタペタと触れると吸い付く滑らかな肌につぶらな瞳は言うまでもありませんが、少々落ち着きに欠ける点もまた、彼女の可愛らしさの一つなんです。他にも彼女の素晴らしい点は数え切れないほどありますので、是非楽しみにしていて下さい!」

 

 ノーチラスは苦笑しながら答えたが、フラディオの静かな情熱に圧倒されつつあった。モンスターであるゲリョスを「彼女」と呼び、まるで恋人を語るような口ぶりは、ミナガルデにおいても際立った変わり者であることに疑いの余地はない。

 思わず視線を反らすと、テーブル脇に置かれたガノンの頭骨兜が、まるでその会話を静かに見守るように佇んでいた。視線を上げるとガノンと目が合い、すっ、と視線を逸らされた。

 

(逸らすな……っ!)

「言葉では語り尽くせませんが、今回の彼女は一段と素晴らしかったのですよ。これまで私が逢瀬を重ねてきた彼女達と比べても、突出して毒液の量が多く、動きにも初めて見る独特の癖がありました。……思い出すだけでも、あぁ、実に素晴らしい」

 

 ノーチラスに喋りかけるフラディオの声色は終始穏やかだが、抑えきれない熱が滲んでいる。まるで愛好する蝶について語る学者のような、故郷で待つ婚約者を自慢しているような興奮が、抑えた口調の裏に顔を覗かせていた。

 マスクの奥、小さい穴の向こう側には熱っぽい目が爛々と輝いている。

 

「特に死んだふりが実に見事でしてね。都度三度目の死んだふりの際には、なんと追撃の弾丸を打ち込んでも一切反応を見せず、終わったと信じ切った我々が剥ぎ取りの為に近づく瞬間まで、数分間もの間、偽装を貫いたのです! もしガノンさんまで完全に警戒を解いていたら、私もお嬢さんも包帯姿で今頃はベッドの上だったかもしれませんねぇ」

「ち、ちょっとフラディオ!! ……まぁ、確かに少し危なかったけど、ちゃんとかわして、きっちり仕留めたんだから! そうよね! ガノン!?」

「危うかったのは事実です」

「ちょっと!」

 

 エルメリアが慌てて口を挟む。彼女の食い下がる様子に、ノーチラスの口元が自然と緩む。

 苦戦を認めたくないのはエルメリアらしいが、先程のガノンの反応はそういうことか、と。真相が大したことなくて、少しほっとしていたのだ。

 

 「なに笑ってんのよ!」と睨みつけてくるエルメリアを(なだ)めながら、ノーチラスはかねてからの疑問を聞いてみることにした。

 

「そういえば、エルメリアさん。ずっとお聞きしたかったのですが、リオレウスやリオレイアも狩ったことのあるエルメリアさんが、初めてと言ってもどうしてゲリョス狩りのために、わざわざ専門家を探したのですか? …………あっ、これは決してゲリョスのことを軽んじている訳ではなくてですね」

 

 ノーチラスは慌てて付け加えたが、脳裏にはつい先程のフラディオの異様を思い出し、背筋に薄っすら冷や汗を感じていた。

 ハンターになってから、何度か変人と呼べる連中に出会ったことはあるが、モンスターを愛していると断言し、まるで美女について話すように語る異常者に遭遇するのは初めての経験なのだ。

 

「ふふふ、そこまで気になさらずとも大丈夫ですよ。確かに彼女は、空の王者とも呼ばれるリオレウスと比べれば、強さに関しては及ばない部分があるのは確かですから」

 

 やはり、フラディオの言葉は穏やかだが、どこかゲリョスを擁護するような響きを含んでいた。

 ノーチラスはフラディオの手元のストロベリージュースをちらりと見やる。ストローを通して、毒液のような赤い液体がフラディオのマスクの下へ吸い込まれて消えていく。

 酒場の入り口から吹き込んできた風で掲示板に貼られた依頼書が揺れる中、マスクの下から漏れ出るフラディオの怪しい笑い声は、ハンターたちの喧騒に溶け込んでいく。

 

「まぁ、いくら下準備を重ねても、初見での狩りは何が起きるか分からないから……念のためよ」

 

 ノーチラスが事あるごとに垣間見えるフラディオの本性に引き気味になっていると、エルメリアが少し目を伏せがちに唇を尖らせて、ビールを揺らしながら言葉を紡いだ。

 それからぐっ、と一気にビールを(あお)ると、すぐさま近くにいた給仕におかわりを注文する。

 

「ベッキーに聞いたら、ゲリョスの専門家が近くの街にいるって教えてもらえたから、それで一応、声をかけたってわけ」

「……なるほど、そういうことでしたか」

 

 どうやらエルメリアの中では、今もなおグラビモスとの記憶が色濃く残っているようだ。しかし、それは悪いことばかりではない。苦い経験を経て、より入念な準備に時間を割くようになれば、それだけ意識外から襲い来る危険を減らすことに繋がる。

 装備頼りな自覚があるノーチラスが言うことでは無いかもしれないが、ハンターを長く続けるためには、一つ一つリスクを潰していくことが何より重要なのだ。

 

「……だけど!」

 

 突然、エルメリアが声を張り上げた。

 おかわりのビールを運んで来ていた給仕がビクっと体を跳ねさせるが、それに気が付いた様子のないエルメリアは上機嫌でジョッキを受け取って、嬉しそうな笑顔を浮かべながらそれを掲げた。

 エルメリアの明るい声が周囲のハンターたちの笑い声と混じり合い、酒場に更なる活気を加えていく。

 

「依頼は達成出来たし! 新しい仲間も手に入ったし! 結果的には大成功よ!」

 

 その言葉に、ノーチラスは思わず「えっ」と声を漏らした。

 

「フラディオさん、エルメリアさん達と組むのですか?」 

「えぇ。元は一度切りのつもりだったんですが、思いのほか息が合いましてね。帰り道で誘われて、私も組めたらと思っていたので『是非とも』と」

「フラディオはねぇ、本当に凄腕なのよ!」

 

 ジョッキを傾けて、喉へ流し込むようにビールを飲んでいるエルメリアの顔は、いよいよ真っ赤に染まってきていた。酔いが回っている様子のエルメリアが、あっという間に空になったジョッキを突き出しながら叫んだ。

 

「ノーチラス! あんたも何時までも一人でやってないで、せめてガンナーくらい誘いなさい! 単独(ソロ)じゃなければ、今回の依頼だって結果は違ったかもしれないわよ!」

「ガンナー、ですか」

 

 ノーチラスは言葉を繰り返し、チラリとフラディオの方へ視線を送る。フラディオはナイフを器用に使って、腸詰めを細かく切り分けているところだった。立てかけられた〈タンクメイジ〉がテーブルの端で鈍く輝いている。

 

「確かに、遠距離から狙撃できるガンナーの援護があれば、あのイャンクックも仕留められたかもしれませんね」

 

 ノーチラスは思案するように呟き、今度は壁際に立てかけた自分のランスに目をやった。ランスは距離を保っての攻撃と堅実な防御は得意だが機動力は低く、逃げ回るモンスターを相手にするには限界がある。フラディオの実力は知らないが、ガンナーがいれば戦術の幅が広がるのは間違いないだろう。

 ちらちらと視線を向けていたのに気がついたようで、フラディオがくっくっく、と何かを企んでいるかのように笑った。

 

「おや、ノーチラスさん、ガンナーに興味がおありですか? ふふ、ならばいつかご一緒して、彼女以外が相手でも、私の弾が役立つことをお見せしますよ」

「おや、ゲリョス相手ではなくて良いのですか?」

「彼女との語らいは、出来る事なら一対一で楽しみたいので」

「でしょうねぇ」

 

 いい加減、フラディオのキャラクターにも驚かなくなってきたノーチラスは、予想していた通りの返答に笑みを漏らす。

 

「一度くらいは、試してみても良いかもしれませんね」

 

 ノーチラスがそう呟くと、エルメリアが得意げにくすくすと笑い、ガノンが静かに頷くのが見えた。

 

 そのタイミングを見計らったように、ベッキーの「お待ちどうさま!」という声と共にテーブルに料理が運ばれてきた。

 大きな深皿に盛り付けられたスネークサーモンと野菜の熟成チーズ()えに、香ばしく焼かれたパンが二つ添えられている。立ち昇る芳醇な匂いと重量感に、見ているだけでも胸やけしそうだが、ノーチラスの口内では無意識のうちに涎が溢れ出していた。

 

 不意にエルメリアが立ち上がり、ドンっと椅子に片足を載せて五杯目になるジョッキを給仕から受け取った。自然と酒場に集うハンターたちの視線がエルメリアに集まっていく。

 

 ランプの光を浴びて、エルメリアの長い金髪が、入り口から吹き込む風に(なび)きながら輝いていた。

 〈レイアヘルム〉をティアラに、〈レイアフォールド〉をドレスに見立てれば、エルメリアがまるでどこかのお姫様のように見えた。……いや、姫と呼ぶには赤ら顔で、些かお転婆が過ぎるだろうか。

 

「あたしの新しい仲間フラディオの加入祝いと、ついでに悩めるノーチラスに! あんた、もっと気合入れなさい!」

 

 エルメリアがジョッキを高く掲げ、ガノンとフラディオもそれに続く。ノーチラスも苦笑しながらジョッキを握る手を持ち上げる。周りの関係ないハンター達も思い思いに適当な器を掲げ、直後、酒場に喧しい衝突音が響き渡った。

 

 明日にでも掲示板にガンナー募集の張り紙でも貼り出してみよう。

 どことなく下がり調子だった気持ちの風向きが変わったのを感じながら、とりあえずノーチラスは目の前のご馳走にかぶりつくのだった。

 




内心描写よりも設定や場面・装備描写ばかりじゃないか!!なんだこれは!!?
でも、世界観の解像度を上げるために書いておきたかったんです。
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