ゆきて帰れぬ騎士かたり   作:水風浪漫

8 / 9
前回、今後もオリキャラが増えるかもと言いましたね?
10.0割オリジナルの奴が一人増えます。
原作キャラの動く姿が読みたいであろう、原作を愛する皆々様には大変申し訳ない……!

最後にちょっと表記に関するアンケートがあります。

地の文は長く、戦闘は次回です。


何も知らないノーチラス(ノーチラス視点 02)

 

 翌日にでも、と考えていたノーチラスだったが、実際に動き始めたのは三日後のことだった。

 初めてパーティでの狩りを試みるに手ごろな依頼が見当たらなかったことも理由の一つだが、肉体的にも精神的にも連日の狩りは避けたいというのが本音だった。ようやくベッドのある自分の部屋に帰って来たというのに、竜車での移動の日々にとんぼ返りしたくはない。

 

 三日目の朝、ノーチラスは早朝から酒場へ足を運んだが、今朝から張り出された依頼を含めてこれといったものは見つけられなかった。依頼自体が入っていないのか、それとも、もっと早くから酒場に出ていた別のハンター達に取られてしまったのか。

 

 シンプルな()り卵と塩味(えんみ)の強い分厚いベーコン、半分に切った頑固パンのトーストにスライスされた熟成チーズ。遅めの朝食に舌鼓を打っている間にも、数人のハンター達が意気揚々と出立(しゅったつ)して行くのをノーチラスは見送っていた。

 

「イャンクックもゲリョスもない、かと言ってリオレイアはな」

 

 ノーチラスもこれまでに二度、リオレイアと(ほこ)を交えた経験があるが、ただでさえ慣れないやり方で狩りをするのに、その上で〈陸の女王〉を相手にするのは御免だ。

 

 掲示板には依頼書や仲間の募集の張り紙が、思い思いの位置に留められている。

 先に貼られた紙なんてお構いなしに幾重にも貼り重ねられた掲示板は、定期的にギルド職員の手で整理されているものの、二重三重(にじゅうさんじゅう)に重なった下の方にはいつ発注されたものなのか、羊皮紙は色()せ、文字も霞んだ依頼書が残っていたりもする。

 見落としている依頼がないかと掲示板前に立ち戻り、幾重にも張り重ねられた依頼書を一枚一枚確認してみるが、 残っているのは危険地帯での採集依頼や、飛竜の卵の納品依頼、あとは……第十五回 肉焼き祭り!

 

 誰が最も美味しいこんがり肉を焼けるかを競う、年に一度のお祭りだ。優勝者には()()お肉ハンマー〈グレイトフルハム〉の素材となる〈キングミート〉が贈られる。

 大会の後には優勝者が焼いた絶品こんがり肉が振舞われると耳にして、過去にノーチラスも参加したことがあるが、確かにあれは美味しかった……(とろ)けるような新鮮な脂身と風味の強い野性味の赤身肉。ただ焼き加減の違いであれ程の違いが出るとは、アプトノス肉も侮れないものである。

 あれから肉を焼く時は真剣に焼き加減を調整するようになったが、未だ至高のこんがり肉(こんがり肉G )にはたどり着けていない。

 

 だがしかし、興味深くはあるがノーチラスの求めている依頼ではない。

 

 ノーチラスは肩を落とし、その後も何度か重ねられた依頼書を捲りあげていたが、結局、目ぼしい依頼は見つからなかった。

 先に述べたようにリオレイアに挑むのは論外。採集依頼で適当なモンスターを狩ることは可能だが、メンバーを募集して人が集まるとは思えなかった。それでは目的を果たせない。

 仕方なくテーブルに戻り、ストローでぬるくなったメロンベリーケルミルクをちまちまと(すす)る。メロンベリーのメロンに似た果汁の甘味とケルビミルクのまろやかなコクが舌に広がるが、ノーチラスの気分は晴れない。

 

 酒場には昼間から酒に(くだ)を巻く飲んだくれが一人と、時間を持て余して麦酒(ビール)とベーコンを摘まみながらカードに興じている、休日らしい私服のハンター達が一組。そして、固そうな干し肉を噛みながら、ちびりちびりと水を啜っている女性ハンターが一人。

 普段から()いている時間帯だとしても、これほど酒場にハンターがいないのも中々珍しい。ノーチラスは夕暮れ時とはまるで違う静けさの中、何をするでもなく時間を潰すしかなかった。

 

 風が吹く度に揺らめく蝋燭の明かりをぼうっと眺めていると、時間が無限に引き延ばされていくような感覚に襲われて、ノーチラスは慌ててかぶりを振った。いつの間にか、眠りかけていたようだ。

 

 もうこうなれば、簡単なランポスの討伐依頼でも良いから、当初の目的を果たしてしまおうか。ノーチラスが想定していた飛竜を狩れるレベルのハンターは集まらないだろうが、何もしないまま無為な一日を過ごすよりはましかもしれない。

 

 ──そんな時だった。酒場の入口から、軽やかな足音とともに一人の少女が姿を現した。

 

 明るい青色の皮鎧、首には急所を護るネックガード。腰の太いベルトでポーチや帯等の装身具を固定しており、そのせいか下半身の腰鎧〈ランポスフォールド〉がまるでスカートの様に見える。どちらかと言うと、下半身の護りは太腿までを覆う脚部の〈ランポスグリーヴ〉が大部分を担っているようだ。

 〈ランポスシリーズ〉は男性用にはランポス皮の黒い部位を、女性用には青い部位をと、見栄えの為に素材を厳選しているのだとか。武具を単なる武器防具と見なすのではなく、デザイン性も重視する職人たちの(こだわ)りが見て取れる装備である。腰には同じくランポス素材から造られた(なた)状の片手剣〈サーペントバイト〉が揺れている。

 

 青()かかった銀髪と静かに周囲を睥睨(へいげい)する鮮やかな赤い瞳は、かれこれ数年この世界で暮らしているノーチラスでも、見たことのない組み合わせだった。まだ幼いが、容姿の美しさもさることながら、左目を覆う黒い眼帯が少女の大人びた怜悧(れいり)な雰囲気を際立たせている。

 

 ともかく、ミナガルデのギルドに新しく登録しにやって来た新人か、それとも街から街を渡り歩く流れのハンターか。ノーチラスは一時(いっとき)視線を向けたが、すぐに興味を失い、コップの底に沈むメロンベリーの果肉をストローでつつく。視界の端では、ベッキーが腕を枕に居眠りに興じていた。

 

「ねぇ、ギルドへの登録をしたいのだけど」

「うぅ、ん……? あぁ、いらっしゃい」

「これ、履歴書よ」

「ナスティから来たのね……はい、確認したわ。ランクは引き継がれてHR.7-卵刈り(エッグシーフ)からね」

「それと部屋も借りたいの」

 

 少女から声をかけられてようやく目を覚ましたベッキーだが、眠気眼(ねむけまなこ)を擦りながらではあるが、履歴書に目を通す姿は真剣だった。

 騒々しさからかけ離れた穏やかな空間で、彼女達の声だけが響いていた。

 

「あなたのランクなら、ルークの部屋ね。一晩二〇〇ゼニーで、長期間使うなら報酬から天引きすることも出来るけど、どうする?」

「今払うわ。仕事があれば、すぐ出ていくことになるかもしれないから」

「それじゃあ、これが鍵ね」

 

 「失くさないようにね」と微笑むベッキーから鍵を受け取ると、少女は酒場から出て行った。

 よく見かける、ありふれた一幕。そろそろ太陽が南中に上がる頃だろうか。せめて方針だけでも決めてしまわねば、と考えながらノーチラスは杯を傾け、底に沈んでいた果肉を飲み込む。

 

 とりあえず、かなり美味しかったのでもう一杯だけと、ノーチラスは手持ち無沙汰にしている給仕を呼ぼうと手を上げた。

 

 その瞬間、入口の石のアーチの向こうから強烈な風が吹き込んできた。壁に飾られている大きなタペストリーが音を立てて揺れ、ノーチラスの耳に慌ただしい足音が飛び込んできた。

 弛緩していた酒場の空気が僅かに張り詰め、カウンターの奥で再び微睡(まどろ)み始めていたベッキーが顔を上げる。ノーチラスは(から)の杯をテーブルに置くと、思わず入口の方へ視線を投げていた。

 

 平穏な時間が打ち破られたのは、その直後だった。

 

「お願いします。一刻も早く……一刻も早く! 奴らをどうにかして頂きたい!」

 

 少女と入れ替わるようにして、大きな足音を立て、今度は汗と砂埃にまみれた中年の男が駆け込んできた。少し遅れて、男を追うように年若い青年も姿を現す。

 

 男は見るからに豪奢(ごうしゃ)で色彩豊かなローブをまとっていた。恐らく豊かな商人だろう男は、受付のベッキーに詰め寄りながら口を開く。荒れた息を整えることもせず、言葉を乱しながら、それに加えて重苦しい声色で拳を震わせている。

 その些か尋常ではない様子に、ノーチラスは自然と耳をそばだてていた。

 

 聞くところによれば、男は数日前からとある品の受け渡しの為にミナガルデを訪れていたらしい。しかし、事前に取り決めていた日付になっても取引相手が現れず、それから三日経ち、五日経ってもとんと姿を見せなかったのだとか。

 当初は契約を反故(ほご)にされたと思い激昂していたそうだが、そんな男の(もと)に遠く西シュレイド王国の王都ヴェルドから、彼の部下が書簡を携えて現れたらしい。

 

 伝書鳥を通じて知らされた取引相手の事情に曰く、〈ジォ・クルーク海〉が酷く荒れていて船の運航再開の目途が立っておらず、しかし約束に間に合わせるためにドンドルマ方面から〈ヒンメルン山脈〉を避けながら沿岸沿いに進み、〈ジォ・テラード湿地帯〉を無理やり通過してシュレイド地方へ向かうルートを取っていたのだと言う。

 

※地図

【挿絵表示】

 

 しかし、あと少しで湿地帯を抜けられる、という所でゲネポスの群れに行く手を阻まれ、竜車も破損して立ち往生しているらしい。今は避難した近くの村で待機しているのだとか。遠目からではあるが、ドスゲネポスの姿も確認されている。

 

「依頼していた品というのは、薬なのです。病に()せっている娘のために、東方から高名な薬師を通じて取り寄せた、シュレイドでは手に入らない貴重な薬なのです。娘の体調は日に日に悪化していて、もう猶予もあまりない」

「事情は分かりました。では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」

 

 男が書き上げた書類を受け取るとベッキーは冷静に頷き、慣れた手つきで正式な依頼としてギルドの認可印を押して、掲示板に貼り出した。

 掲示板の中央、一番目立つ位置に掲示されたそれを、しかし確認しようとするハンターはいない。もう少し時間が早ければ話は違ったのかもしれないが、それを差し引いても今日の酒場にはハンターが少ない。

 ノーチラス以外には飲んだくれと、今の騒動も意に介さずカードゲームに精を出す者。そして……小さくなったジャーキーを無心で齧っている、顔色の悪い女。つまるところ、働く気がなさそうな連中しかいなかった。

 

 ノーチラスは小さく息を吸うと、その依頼書を確認するために立ち上がった。視界の端で商人たちの視線が自分に向けられたのが分かった。

 話を聞いた限りでは、ノーチラスにとって難易度の高い仕事ではなさそうだった。しかしそれ以上に、お涙頂戴ではないが、あんな話を聞かされておいて黙って放置することは、平和な暮らしの中で培ってきたノーチラスの価値観が許してくれそうになかったのだ。

 無論、普段の仕事を受ける際にいちいち依頼書に記載された依頼人の言葉に思いを馳せることはない。今回の依頼にしたって、自分以外の誰かが受けるようであれば、大して気に留めることもなかっただろう。

 

 ……しかし、今この場において、ノーチラスが動かなければ依頼を受けるハンターはいない。

 ノーチラスが仕事を受けなければ、商人の娘の(もと)に薬が届くのは更に遅れるだろう。しかも商人の口ぶりからするに、娘さんはまだ子供。その子の安否がノーチラスに伝わるとは思えないが、もし万が一にも……と、そう考えてしまった時点でここで動かなければ暫くの間、後悔が付いて回ることは想像に容易かった。

 

 達筆で少々読み(にく)い文字で書かれている依頼書は、インクもまだ半乾きだった。

 

『緊急。狩猟対象:ドスゲネポス、及びゲネポスの群れの討伐。目的地:ジォ・テラード湿地帯。報酬:一人頭、五〇〇〇(5,000)ゼニー。契約金:一〇〇(100)ゼニー。緊急依頼であり調査不十分のため、想定外の事象に注意すること。』

 

 筆跡の違う最後の一文はベッキーが書き加えたものだろうか。手紙にどれほど詳細な情報が書かれていたかは定かではないが、情報元は専門家ではない。ギルドの調査が行われていない以上、事前情報にないモンスターと遭遇する可能性はゼロではない。こういった依頼では、危険手当とでも言うべきか、その分報酬が高くなる傾向にあった。

 しかし改めて依頼書を確認したノーチラスは、それにしても……と、その金額に目を見張る。

 

 五〇〇〇(5,000)ゼニーというのは、ドスゲネポスの討伐依頼としてはあまりにも高額だ。下位での〈雌火竜〉リオレイアの討伐依頼がだいたい五五〇〇(5,500)、〈火竜〉リオレウスで六五〇〇(6,500)ほどが相場であり、それもパーティ全体での報酬の話であって、頭数で割れば当然ながら取り分は減る。

 それがドスゲネポス狩りで一人あたり五〇〇〇(5,000)というのは、破格も破格。とんでもないお宝依頼である。ただし、緊急依頼、という点がネックだった。金額と男の様子からして、切羽詰まっているのは明らかだ。依頼を受注しておいて、悠長に面接しながら仲間を募集する時間は取れそうにない。

 

「それ、受けるつもり?」

「ん?」

 

 不意にかけられた声にノーチラスは振り返る。そこには、先ほどミナガルデにやって来たばかりのランポス装備の、眼帯を着けた少女が立っていた。

 

「まぁ、そのつもりです。報酬も()()()()ですしね」

 

 本来の目的が果たせないことは少し惜しいが、降って湧いた高額依頼を逃す方がもっと惜しい。ノーチラスが依頼書をピンから外してカウンターへ向かおうとすると、「待って」と、少女が再び口を開いた。

 

「私も同行させてほしい」

「えっ?」

 

 その言葉にノーチラスは再度、少女の全身へと視線を飛ばす。

 先ほど見た通りランポス装備を揃えている以上、一体二体ではないドスランポスを狩った経験はあるのだろう。順当に行けば次にドスゲネポス、そしてドスイーオスの装備へと更新していくことになる。そういった意味では、少女を同行させることに特に問題は無いと言える。

 しかし、再三言うようにノーチラスはパーティを組んでの狩りの経験がない。実力の確かな者であればまだ信用できるのだが、肝心なそれが不明確な人物を同行させるのは、少し気が引けていた。だが同時に、折角申し出てくれたのだから、ガンナーではなくとも誰かと共同での狩りを経験しておくべきだろうか、と悩む気持ちもある。

 

「……少し待っていて」

 

 ノーチラスが返答を決めあぐねていると、それを見かねたのか少女はカウンターへと向かい、ベッキーから受け取った書類をノーチラスへと差し出した。

 それは履歴書だった。先ほどベッキーに提出していた物を一時的に返却してもらったのだろう。履歴書にはそのハンターがこれまでに狩ったモンスターや、達成した依頼の種類と数。当然ながら、失敗した依頼についても詳細に記載されている。

 

 ──ドスランポス十一匹、ドスゲネポス一匹、イャンクック二匹とその他小型モンスターが多数。イャンクックについては、二匹とも単独(ソロ)で討伐したらしい。

 

 まさしく初心者を脱したばかりといった記録だが、特に目を惹いたのは商人の護衛依頼の受注件数だろうか。明らかに討伐や納品依頼よりも多く、意識して護衛の仕事を受けていることが見て取れた。

 ()にも(かく)にも、イャンクックを一人で狩れるのであれば今回の依頼に同行するだけの実力は担保されていると判断できる。となれば、少女の申し出を断る理由は無かった。

 

「……問題はなさそうですね。では、よろしくお願いします。私はノーチラス、HR.9-骨かぶり(ボーンダスター)です」

「ありがとう。私はフリーダ、HRは──」

「あ、あのぅ~」

 

 そこで、握手を交わそうとしたノーチラス達の会話を遮って声がかけられる。

 振り向いた先に立っていたのは、先ほどまで酒場の端で(うずくま)るようにして干し肉を齧っていた、顔色の悪い女だった。

 

「あの、へへへ、ノーチラスさん。さっき、報酬が悪くないって聞こえて、もし良かったら、私も一緒に連れて行ってもらうこととかって……?」

「えっ、は?」

「あなたの知り合い?」

「知らない人ですね……」

 

 やや腰が引けた姿勢で、両手を擦るように合わせて近付いてきた女の防具は、フリーダが身に着けている物とよく似ていた。

 二つ、異なる点を挙げるとすれば、それが剣士ではなくガンナー用装備であることと、装備に使われている皮の色が青ではなく白であるということだろうか。

 

 〈ランポスDシリーズ〉──いや、ギルドの最新の名称に則れば〈ギアノスシリーズ〉と呼ぶべきだろうか。腰に()げられたライトボウガンも防具同様に白ランポスことギアノスの素材が用いられた〈ショットボウガン・白〉のようだ。その純白の美しさから、一部のハンターから高い人気を誇る装備である。

 ……ただ、シュレイド周辺の狩場にはドスギアノスが生息していないため、もし工房で生産するのであれば、稀に市場に流れ着く素材を購入する必要があった筈だ。

 

 年齢は二十代前半といったところだろうか。頭の上にちょこんと乗っている、フライトアテンダントの帽子を思わせる形状の〈ギアノスキャップ〉にノーチラスと同じ黒髪がよく映えていた。

 女の視線はノーチラスとフリーダの間をせわしなく行き交い、かと思えば全くあらぬ方向へと飛んでいく。そして、肌に比べて色素の薄い口元には中途半端な笑みを浮かべていた。

 

(誰だこの人……? こっちの腕を当てにして楽に稼ごうって連中とは、雰囲気は違うけど……)

「ち、ちょっと懐が心許なくて、私もイャンクックぐらいなら狩れますし、一応、ど、ドスガレオスも倒したことあります……。とにかくお金がないと、ベ、ベッキーさんに部屋から追い出されちゃう……」

「……」

「それに、ほら。み、見たところガンナーがいないようですし、私がいれば、(きん)(ちゅう)遠距離(えんきょり)そろってバランスも良いですよ……へへへ」

 

 女の不自然な表情と落ち着きがなく、掴み所もない雰囲気に、ノーチラスは思わず一歩後ずさっていた。

 立ち振る舞いもそうだが、知り合いでもないのに急に聞かれてもいない自分の事情を話し始めるわ、返事を待たずに勝手に話を進めるわ。金の無心でこそないものの、そもそも脈絡なく依頼に参加したいと割り込んで来た癖に、名前すら名乗っていない。

 ノーチラスだけが一方的に名前を知られている状況は、気持ちの良いものではなかった。

 ……明らかに関わってはいけない手合いである。

 

 資金に余裕がない、と語るハンター自体は決して珍しくない。素材が揃ったからと考えなしに武器を強化して、金欠に陥ったことを話のネタにする者は少なくないし、酒場で飲み食いを繰り返し、ツケが溜まって蹴り出されるように狩りに出るハンターを見かけることもある。彼女も、そういったハンターの一人だろうか。

 

 卑屈な笑みを浮かべた上目遣いは、まるで何か企んでいるようにも見えたが、それほど警戒する必要も無いのではないかともノーチラスには感じられた。

 怪しいことは間違いないが、その装備に嘘はない。〈ギアノスシリーズ〉の純白の輝きは、市場で高値で取引される素材を使った証。少なくとも、装備を揃えるだけの金と、それを稼ぐだけの実力はあったはずだ。大陸北東の寒冷地から、長い距離を経てミナガルデに流れ着く素材の値段は決して安いものではない。

 

 ……にも(かか)わらず、この妙に卑屈な態度は何なのか。女は弱々しい態度を見せているが、彼女もまたハンターである。日頃から人間と比にならないほど恐ろしいモンスターを相手にしているにも拘わらず、この態度ということが、逆にノーチラスに強い違和感を抱かせていた。

 女について「警戒する必要はない」と告げる直感と、「酷く不審な人物である」と論じる理性が、ノーチラスの中でせめぎ合っていた。

 

 話が逸れるが、この世界でも変わらず、真に恐ろしい存在は人間であるとノーチラスは考えている。

 人の心の内を読むことはできず、純粋な生存競争に身を置いているモンスターとは異なり、人の心理は複雑怪奇。特に、無暗(むやみ)に過去を探ることが一種の禁忌とされているハンターにおいては、予想だにしない所に地雷を抱えている者もいるのだ。

 仕事終わり軽い雑談の中でその地雷を踏み抜かれ、酒場の中で武器を抜くまでに至った喧嘩にだって、ノーチラスは遭遇したことがあった。

 

 女は酒に酔っている様子はなさそうだが、それでも何かの拍子に態度を豹変させる可能性は捨てきれない。面倒臭いのは間違いないが、ロージー*1のような分かりやすい手合いの方が、相手をするにはずっと気楽なのは間違いなかった。

 ノーチラスは眉をひそめながらも、慎重に言葉を選んでいた。事を荒立てずに、どうか穏便に立ち去ってもらいたい、というのが本音だった。

 

「ノーチラスさん、ちょっと」

 

 そんなノーチラスの背後から、ベッキーの小声が届いた。彼女はカウンターの奥で小さく手招きしながら、ノーチラスを自分の近くに呼び寄せる。女がまだぎこちなく笑いながらその場に立っているのを確認すると、ノーチラスとフリーダはベッキーの方へ歩み寄った。

 

「誰なんですか、あの(かた)?」

 

 ノーチラスは声を(ひそ)め、ベッキーに問いかけた。いち受付嬢ではあるものの、ミナガルデのハンターを管理していると言ってもよい立場にあるベッキーであれば、彼女のことも知っている筈だ。それに、先に女の口からもベッキーの名前が出ていたように思う。

 

 再度、ノーチラスはちらりと女の方へ視線を向ける。女は所在なさげに視線を泳がせながら、どこか不安気にノーチラス達の様子を伺っている。それは、まるで子供が叱られるのを待つような、落ち着きのない仕草だった。

 

「そもそも、言っていることが本当かも疑わしいんですけど」

「そこについては、本当のことですね。パーティを組んでの狩りですけど、ドスガレオスの狩猟経験があるのも嘘じゃありません」

 

 ベッキーはカウンターに肘をつき、軽くため息をつきながら説明を始めた。

 

「彼女──ナディアちゃんって言うんですけど──見ての通り、ちょっと人と話すのが苦手なんです。それで、色んなパーティに参加するんですけど長続きしなくて……そうしたら何を思ったのか、急に白ランポスの武具を揃え始めて、素材を揃えるために貯金も崩しちゃったんですよ」

「では、あの態度は何か後ろめたいことがあるとか、良からぬことを企んでいるとかではなく?」

「彼女の()ですね」

 

 その言葉にノーチラスは少し肩の力を抜いた。ベッキーの言葉には、ミナガルデのハンターを束ねる受付嬢としての確かな信頼がある。ナディアの不審な態度もベッキーの保証があるのなら、ひとまず信じてみても良いだろう。

 「かれこれ、二週間になりますか」とベッキーは続けた。

 

「手持ちのお金もそんな残ってないでしょうに、なのに全然狩りに行く様子もなくって、それで今朝、家賃も払えなくなっていたから退去勧告を出した所だったんです。……まぁ、幸いにもツケは無かったので、仕事を受けるも受けないも彼女の自由なんですけどね」

「……なるほど」

「悪い子ではないんですけど……」

 

 ノーチラスは腕を組み、改めてナディアの方を見やった。

 確かに、装備とベッキーの言葉からすれば、一定の実力があるのは事実のようだ。しかし、ナディアの提案を飲んで依頼に参加させるとしても、問題は協調性である。パーティでの狩りは個々の実力だけでなく、連携が重要になるということはノーチラスも知っている。

 あの様子で落ち着きのない人物が、果たしてまともに動けるのか? ノーチラスは未だ半信半疑だったが、ふと隣に立つフリーダの顔を見た。彼女は静かに状況を見守っているようだった。

 

「フリーダさん、あなたはどう思いますか? あの人の参加を認めるべきでしょうか」

 

 フリーダは一瞬、赤い瞳でナディアをじっと見つめた後、静かに答えた。

 

「私は構わない」

 

 返答は簡潔だったが、その冷静な物言いにはどこか確信めいた響きがあった。フリーダの感覚を信じるのであれば、少なくともナディアが足手まといになる可能性は低そうだ。

 ……今回の狩猟対象はドスゲネポス。麻痺毒にさえ気を付ければ、単独でイャンクックを狩る実力があるハンターならば不覚を取ることはないだろう。

 

 ノーチラスは小さく息をつき、未だに収まらない内心の葛藤を押し留める。

 今回の依頼は高額報酬ではあるが、緊急性が高いのもまた事実。実力に問題が無いのであれば、ハンターが増えることに利はあれど問題はない。加えて言及するのであれば、今回に限っては人数が増えても報酬が減ることもない。

 

 それにガンナーを加えることで、奇しくもノーチラスの本来の目的も果たすことが出来る。

 ナディアの挙動はどうしようもなく怪しいが、ベッキーが実力を保証し、フリーダも賛同している以上、ここで断る理由は薄い。不承不承ながらも、ノーチラスは決断を下した。

 

「ナディアさん、だそうですね」

「あっ、は、はい!」

「事情は分かりました。あなたの参加を認めます。……ただし、狩りではしっかり動いて下さいね?」

 

 ノーチラスの言葉にナディアは目を丸くし、慌てて頭を下げる。

 

「ほ、ほんとですか! ありがっ、ありがとうございます! やります、頑張ります!」

 

 その声はどこか必死だったが、ノーチラスはそれ以上深く考えるのをやめた。どうせ狩場に出れば、彼女の本性も実力も嫌でも分かるだろう。

 ノーチラスはカウンターに戻り、ベッキーに契約金の一〇〇(100)ゼニーを差し出した。ベッキーは金を受け取ると、依頼書の受注手続きを進める。その間、ナディアはまだ少し落ち着かない様子で、ノーチラスとフリーダの後ろで髪を(いじ)くりながら、そわそわと動き回っていた。

 そんなナディアだったが、ふと、その視線がベッキーの手元に置かれている依頼書に留まったのだろう、声を震わせながら口を開いた。

 

「あれ、ちょっと……これ、ご、五〇〇〇(5,000)ゼニー!? しかも山分けなし……!?」

 

 ナディアの声が跳ねる様に高くなる。彼女は目を疑うように依頼書を凝視し、慌てて依頼人である商人へと向き直った。

 

「こ、これ、本当にこの金額で良いんですか? この内容で五〇〇〇(5,000)って、ありえないですよ! もしかして、何か裏があるんじゃ……」

 

 まくし立てるようにナディアが商人に詰め寄ろうとした時、ノーチラスがその腕を掴み、自分達の方へと強く引き寄せた。

 

 住居を失いかけて、どれだけ周りが見えていなかったのか。ナディアは先程の騒ぎが何も聞こえていなかったらしい。

 思わぬ高額報酬に気が動転しているのかも知れないが、つい十数分前に縋りつくような思いで依頼を出し、今までの一部始終に対しても言いたいことはあっただろうに、一切口を挟むことをせず辛抱強く待っていた依頼人に対して、流石に無礼が過ぎる。

 

「いいから、行きますよ。知りたいことがあれば、竜車の中でお願いします」

「ちょっと、えっ? 危険な依頼なら、私やっぱり辞め……」

「じゃあ、()ってくるわ」

 

 ナディアはもがくように抵抗したが、ノーチラスは構わずその腕を引いて、酒場の奥へと歩き出した。商人に一言(ひとこと)告げてから、フリーダがその後に続く。

 商人は呆気にとられた様子で三人を見送っていたが、ノーチラスは振り返らず、足も止めない。ハンターが狩りへ出るときに用いる出入り口の先には、ギルドの御者(ぎょしゃ)が、これから狩場へと向かうハンターの為に竜車を待機させてくれているのだ。

 

 外の陽光がノーチラス達の姿を照らす。

 ミナガルデからジォ・テラード湿地帯までは、平時でおよそ九日。緊急の依頼なので、竜車を飛ばして七日までは縮められるだろうか。

 依頼人の娘さんのことを考えれば、ゲネポス達を排除した後、そのまま取引相手に合流してミナガルデまで同行してもらうのが良いだろう。

 

 ノーチラスはギルドの職員に声をかけ、その場で必要な物資を一通り買い揃えると、己の大槍を担いで竜車へと乗り込んだ。

 一人ではない、自分以外の誰かに背中を預けての狩りは、こうして幕を開けたのだった。

 

*1
(*バサル装備の態度が悪いハンター)




フリーダ・エスグランド(16)!!!

数字(金額など)の表記に関するアンケート

  • 「五〇〇〇」「二〇〇」と表記(原作準拠)
  • 「五千」「二百」と表記(可読性優先)
  • どっちでも良いので結果だけ見たい人用
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