関わる人全てを曇らせるホシノの同級生   作:フタバ ハクシ

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崩れゆく日々

「アビドスの土地が.....カイザーに売られている....?」

 

アヤネの口から放たれた言葉は、僕たちにかなりの衝撃を与えた。

僕たちが必死に守ってきたアビドスは、僕たちのものじゃなかったようだ。

 

「所有権がまだ渡ってないのは、今は本館として使っているこの校舎と、周辺の一部の地域だけでした...」

 

アヤネの調査の結果、アビドスの8割以上がカイザー所有のものとなっていることがわかった。

 

「で、ですが、どうしてこんなことに?学校の自治区の土地を取引だなんて、普通できるはずが....」

 

「いったい誰が、こんな事を...」

 

「...アビドスの生徒会」

 

ノノミが投げかけた疑問に、僕は心当たりがあった。

 

「学校の資産の議決権は、生徒会にある。それが可能なのは普通に考えて、その学校の生徒会だけ」

 

「....はい、レイヤ先輩の言う通りです。取引の正体は、アビドスの前生徒会でした」

 

「ですが....生徒会がなくなった2年前からは取引が行われていません」

 

「そっか、2年前....」

 

アヤネの言葉を聞いて、ホシノは静かにそう呟く。

 

「学校の主役は生徒でしょ!?どうしてこんなこと....っ!」

 

「こんな大ごとに、ずっと私たちは気づかないまま...」

 

「....それぞれの学校の自治区は、学校のもの。余りにも当たり前の常識です。当たり前すぎて、借金の方にばかり気を取られて、気づくことが出来ませんでした」

 

「私が、もう少し早く気づいていたら....」

 

「.....ううん、それはアヤネちゃんが気にすることじゃないよ」

 

自分を責めるアヤネをホシノが擁護する。

 

「これはアヤネちゃんが入学するよりも前の....いや、対策委員会ができるよりも前のことなんだから」

 

「.....ホシノ先輩、何か知ってるの?」

 

シロコがホシノに訊く。

 

「あ、そうです!ホシノ先輩、レイヤ先輩も、アビドスの生徒会でしたよね?」

 

「え?そ、そうだったの!?」

 

「それに...最後の生徒会の、副会長と書記だったと聞きました」

 

「....うへ~、まあそんなこともあったねえ。2年も前のことだし、そもそも私もレイヤもその辺の生徒会の先輩たちとは、実際に関わりは無くってさー」

 

ホシノが珍しく少しまじめな表情をしながら語る。

 

「私が生徒会に入った時には、もう生徒会の人たちはほとんど辞めちゃってたから」

 

「その時はもう在校生も二桁になってたし、教職員もいない。授業なんてものは、もうとっくの前に途絶えてた」

 

「生徒会室も、そうと言われなければただの倉庫にしか見えないところだったし、引継ぎ書類なんてものは一枚もなかった。ちょうど砂漠化を避けようとして、学校の建物を何度も移してた時期だったこともあってね」

 

「それでもレイヤが何とかしようとして、旧校舎にあった書類たちをまとめて生徒会らしいことをしようとはしてた。結局、うまくいかなかったんだけどね」

 

「そもそも最後の生徒会って言ったって、新任の生徒会長と私とレイヤの三人だけだったし」

 

「...その生徒会長は無鉄砲で、会長なのに校内でも随一のバカで.....私の方だって、嫌な性格の新入生でさ」

 

「...昔のホシノは、性格が悪いというか、今より厳しかった」

 

昔の自分を思い返すホシノに、僕が口を挟む。

 

「...レイヤだって、今はこんなクールキャラぶってるけど昔はお茶目ですごく喧嘩っ早かったんだよ」

 

 

「うるさい、そういうホシノだって今とは似ても似つかなかったでしょ」

 

ホシノに恥ずかしい過去を暴露されて。僕は少しムキになりながら言い返す。

 

「うへぇ~、まあ、こんな感じで何もかもめちゃくちゃだったよ」

 

「...生徒会なんて肩書だけで、右も左も分からないバカ三人が集まっただけだった」

 

「何も知らないまま、僕らは....」

 

「.....」

 

僕の言葉を最後に、一瞬の静寂が訪れる。

 

「.......レイヤとホシノ先輩が責任を感じることじゃない」

 

その静寂を打ち破ったのは、シロコの言葉だった。

 

「昔の事情は知らないけど、実際に生徒会が解散になった後.....アビドスに対策委員会ができたのは、間違いなく二人のおかげ」

 

「う、うん......?」

 

「.....」

 

シロコの言葉をホシノは困惑しながら、僕は静かに聞いていた。

 

「....ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだけど、大事な瞬間には絶対に誰よりも前に立ってる」

 

「そうです。セリカちゃんが行方不明になった時、真っ先に先生に助けを求めたのもホシノ先輩でしたし...」

 

「....うへ~、そうだっけ?よく覚えてなー」

 

「そうだったね、いつも絶対に先陣を切る」

 

これまで静観していた先生がその口を開いた。

 

「うん、ホシノ先輩は色々とダメなところもあるけど、尊敬はしてる」

 

「ど、どうしたのシロコちゃん!?急にそんな青春っぽい台詞を.....!おじさんこういう雰囲気、ちょっと苦手なんだけど!?」

 

「....レイヤも、見えないところですごく頑張ってくれてる。近くにヘルメット団の拠点が少ないのは、レイヤがいつも退治してくれてるから」

 

「....知ってたんだ」

 

誰にも言っていないことを、シロコはさも当然かのように答えた。

ホシノにも先生にも、もちろんシロコにも言っていない僕の仕事。

夜にアビドスの治安を維持するためのパトロール。アビドスには廃墟が多く、行き場を失った不良がよく住み着く。

それを追い払い、アビドスの平和を維持するのが僕の役目だ。

 

「ん、私のことを舐めてもらっちゃ困る」

 

「別に隠してるつもりはなかったんだけど、みんなに迷惑かなと思って」

 

「迷惑なんかじゃない、すごく感謝してる」

 

シロコがまっすぐな目で僕を見つめる。その目は僕の瞳を逃すことなくしっかりととらえている。

 

「....大きくなったね、シロコ」

 

1年前のあの日からは想像できないほど成長している。身体面でも精神面でも、僕を追い越すのは時間の問題だろう。

自分の名前以外何も分からなかったあのシロコは、いつの間にかとても頼りになる後輩になっていた。

 

「ん、レイヤがいろんなことを教えてくれたおかげ」

 

ふっと頬を緩めながらシロコはそう答える。

 

「...本当に、立派になったね」

 

もし誰かが道を踏み外しても、シロコは止めてくれるだろう。

シロコ以外にも、精神的支柱になってくれるノノミ、周りのサポートを徹底しれくれるアヤネ、真面目でお人好しのセリカ、率先して道を切り開いてくれるホシノ。

そして、みんなを正しい方向へ導いてくれる先生。

今のアビドスにはこんなに頼れる仲間たちがいる。

僕がいなくなっても、きっとみんながアビドスを守ってくれる。

 

 

「これなら.....アビドスを....」

 

 

「?レイヤ、何か言った?」

 

「ううん、何でもないよ」

 

僕はそうはぐらかし、その言葉の続きを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりに来たな.....」

 

風が強く吹く。砂が舞い上がり僕の髪が揺れる。

僕たちは今、アビドス砂漠に来ている。

あの後、カイザーが求めていたのはお金じゃなくアビドスの土地そのものという考察が立てられた。さらに、それを裏付けるように先生がゲヘナの風紀委員長、ヒナから聞いたという情報を話してくれた。

 

「アビドスの捨てられた砂漠....あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる」

 

なぜ先生にその情報を教えたのかはわからなかったが、セリカが「アビドスの砂漠はうちの自治区なんだから!実際に行ってみればいいじゃん!」と言って、僕たちは今砂漠にいる。

ただ、学校を出発する前にシロコと先生が話し合っていたのが少し引っかかる。

シロコは先生と何を話していたのだろうか。

 

「レイヤ先輩、以前に来たことがあるんですか?」

 

ノノミが僕に尋ねる。

 

「...生徒会の仕事と、個人的な事情で何度かね」

 

「生徒会の仕事...というとホシノ先輩も?」

 

「そうだよ~。とは言っても、私もレイヤも最後に来たのは相当前だけどね」

 

「もう少し進めばそこにはなんと、かつてアビドスの砂祭りが開かれていたオアシスが!」

 

「お、オアシス!?」

 

「うん、まあ今はもう全部干上がっちゃったんだけどね~。元々はそんじょそこらの湖より、広くって、船を浮かべられるくらいだったとか」

 

「別の学校からもそのお祭り見たさに人が来るくらいだったからね。ま、砂漠化が進み始めるより何十年も前のことだけど」

 

「へえ、今となってはこんな光景になっちゃってるけど、ここでそんなすごいお祭りが...?」

 

セリカが興味を示しながらホシノに訊く。

 

「今までは、この辺りも結構住みやすい場所だったらしいよ~。その時はこんな砂埃もなかったし。ところでアヤネちゃん、まだ目的地は遠そう?」

 

「ゲヘナの風紀委員長が言っていたセクターまでは、もう少し時間がかかりそうです」

 

無線越しにアヤネの声が聞こえる。

ここには前の市街地のように遮蔽になるものがほとんどない。それに砂漠の環境は過酷だ。今回、先生とアヤネは学校からの情報整理とドローンによる支援に回ってくれている。

特に先生は、危険を顧みず突っ走ってしまうことがあるので個人的にはこの方が精神的な面で楽だ。

 

「見たところ、この辺りには特に何も無さそうですが...」

 

「とりあえず、引き続き警戒しつつ前進してください」

 

「了解」

 

僕たちはアヤネと先生にそう伝え、再び足を進め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで最後、かな」

 

僕は倒れている機械に向けて引き金を引く。機械はぴくりとも動かなくなった。

マガジンを交換して、安全装置をかける。

20体そこそこの機械を倒すのに1分もいらない。こいつらとは何度も戦っている。癖や行動パターン、連携の取り方までお見通しだ。

 

「ドローンにオートマタか....この辺り、なんでかこういうのが良く集まるんだよね」

 

ホシノがぼそっと呟く。

この機械たちはあの日見た機械たちに似ている。

僕の腕と脇腹を抉り、僕とホシノから先輩を奪ったあの機械に。

 

「ん、レイヤ、こういうタイプの敵と戦い慣れてる」

 

「....昔、色々あってこういうのとも戦ってたからかな」

 

「こういうのともって.....レイヤ先輩、過去にいったい何が....」

 

セリカが少し引き気味で僕の方を見る。

 

「....っ!?皆さん、前方に何か、巨大な施設があります!」

 

無線からアヤネの声が聞こえる。僕は眼を使って周りを探る。

 

「こっちからは見えない。アヤネ、大体何メートルくらい先かわかったりする?」

 

「えぇっと、700メートルほど先です!」

 

「これは...巨大な町......いえ工場、あるいは駐屯地......?と、とにかくものすごい大きな施設のようなものが....?」

 

「了解、確認できる距離まで行ってみる。先生、アヤネ。指示をお願い」

 

僕は銃の安全装置を外して、警戒しながら前へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「....お前が、ここの責任者?」

 

大量のオートマタを後ろに侍らせ、武器も持たずに先頭に立っているいかにもな大人に僕は話しかける。黒いスーツに身を包んでいるそいつは、明らかにほかのやつとは違う。

 

「この基地、カイザーの物だろ。ここで一体何をしている」

 

いつもの声色よりもかなり低い声で僕は話しかける。

こいつら、この砂漠にこんな大きな基地を構えて、いったい何を企んでいる?

 

「おお怖い怖い。そんなに威圧しないでくれたまえ」

 

「こっちは質問をしてるんだ、早く答えろ」

 

「雑談にすら乗ってくれんとは....まったく今の若者は生き急ぎ過ぎだ」

 

「....そうだ。私がここの責任者だ。正確に紹介すると、カイザーコーポレーション、カイザーローン、そしてカイザーコンストラクションの理事だ」

 

「今は、カイザーPMCの代表取締役も務めている」

 

「それはどうでもいいけど、要はあなたがアビドス高校を騙して、搾取した張本人ってことでいい?」

 

シロコが敵意をむき出しにして理事に問う。

 

「くっくっくっ.....口の利き方には気をつけた方がいい。君たちは今、我々カイザーPMCの私有地に対し、不法侵入をしている立場ということを理解するべきだ」

 

僕たちのことを見下しているような言い方で、理事は話を続ける。

 

「さて話を戻そうか。アビドス自治区の土地?あぁ確かに買ったとも。すべては合法的な取引だ、記録もすべてしっかりと存在している」

 

「「なぜこんな砂に覆われた土地を?」と言いたそうだな。ならば教えてやろう」

 

「私たちはアビドスのどこかに埋められているという”宝物”を探しているのだ」

 

「嘘言わないで!そんなでまかせ、信じるわけないでしょう!?」

 

セリカは怖いのか少し声を震わせながら反論する。

 

「だったら、この兵力は何?」

 

「私たちの学校を、武力で占拠するため。違う?」

 

「くっくっくっ、冗談じゃない」

 

シロコの推理を理事は簡単に笑い飛ばした。

 

「たった6人しかいない学校のために、この量の戦力を用意するとでも?」

 

「あくまでこれは宝探しを妨害された時のためのもの。君たちのために用意したものではない」

 

「君たち程度、いつでも、どうとでもできるのだよ....例えばそう、こういう風にな」

 

事理はスーツの内ポケットから携帯電話を取り出す。

 

「....私だ....ああそうだ。進めろ」

 

短い電話の後、事理はこちらを再び向いた。

 

「非常に残念なお知らせだ。どうやら、君たちの学校の信用が落ちてしまったようだよ」

 

「....?」

 

「皆さん!大変です!来月以降の借金の金利が3000%も上昇しています!」

 

「....クズが」

 

僕は理事の方を睨み、そう吐き捨てた。

 

「....くっくっくっ、これで分かったかな?君たちの首にかけられた紐が今、誰の手にあるのか」

 

「そんな金利、払えるわけないでしょ!」

 

セリカの言う通りだ。ただでさえ僕たちは今、金利の返済で手いっぱいだというのに。

 

「ならば学校を諦めて去ったらどうだ?」

 

「....」

 

「自主退学して、転校でもすればいい。そもそも学校が責任を取るべき借金だ。何も君たちが進んで背負う必要はないのではないか?」

 

「そ、そんなこと、できるわけないじゃないですか!」

 

「そうよ、私たちの学校なんだから!!見捨てられるわけないでしょ!」

 

「アビドスは私たちの学校で、私たちの街」

 

「...みんなの言う通り、僕も逃げるつもりはない」

 

アビドスは先輩が遺した全てだ。アビドスから去るということはユメ先輩の遺したものを諦めるということ。

そんなこと、僕がしていいわけがない。

命に換えてもこの街を守る。それが僕の使命だ。

 

「ならばどうする?ほかに何か、良い手でも?」

 

しかし、状況は絶望的だ。正攻法ではもう解決できない。

この量の兵士を相手にするとなれば、物量で押し切られてしまうだろう。

でも、視界が悪い夜なら僕の方に分がある。

このままアビドスを奪われるくらいなら、僕はここでこいつらを道連れにして死ぬ。その覚悟が僕にはある。

自然と全身に力が入る。

アビドスを守るためなら、僕はー。

 

「...みんな、帰ろう」

 

そんな思考を断ち切ったのは、ホシノの言葉だった。

 

「これ以上ここで言い争っても意味がない。弄ばれるだけだよ」

 

ホシノの言葉で僕は正気に戻る。こんな汚い大人の言葉に耳を傾けちゃ駄目だ。ここでこいつに意見をぶつけたところで、それはなんの解決にもならない。

 

「...そうだね。一度帰ってよく考えよう」

 

「くっくっくっ.....さすがは副生徒会長、君は賢そうだな」

 

「....思い出したよ、賢そうな君と一緒にいた、あの全くもって馬鹿な生徒会長のことを」

 

こいつは今、ユメ先輩を愚弄した。

その言葉に僕は一瞬手が反応する。しかし理性がそれを抑えた。

これは罠だ。僕たちが逆上するのを誘う見え見えの罠。

こんなものに引っかかってたまるか。

 

「....っ!!」

 

ホシノがショットガンを理事に向ける。

さっきまでの冷静な表情とは対照的に、今は目を見開いて怒りを露わにしている。

 

「ホシノ」

 

僕が声をかける。それでもホシノは理事の方を向いて固まったままだ。

 

「ああ、そういえば君もいたか。見るからに弱そうな白髪の書記。しばらく見ないうちにずいぶん雰囲気が変わったな」

 

理事は僕の方を見てそう言った。

その言葉を聞いたホシノは、いよいよ理性のブレーキが効かなくなったのか息が荒い。

 

「おまえっ....!」

 

トリガーに指をかけ発射寸前のショットガンを、僕は右手で銃身を持ち下に下げる。

 

「レイヤっ...!!」

 

「ホシノ、いいんだ。帰ろう」

 

左手でホシノの背中をさすりながら、僕はそう言った。

僕のことはいいんだ。あいつの言っていることは間違ってない。僕は大事な人を守れなかった弱い人間なんだから。

だから、ホシノが怒ることじゃない。

ホシノはシロコたちの方を見てからふっと短く息を吐き、腕の力を抜いた。

 

「くっくっくっ....では、来月以降の返済の件、よろしく頼むよ。お客様」

 

理事は高らかに笑いながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、対策委員会の教室に戻った僕たちは借金について話し合っていた。セリカとシロコはもう後がないといい、犯罪に手を染めるのも辞さない考えだったが、それをアヤネとノノミが止めに入る。堂々巡りになったところでホシノが声を上げ、一度家に帰って頭を冷やしてから、明日もう一度考えようと提案し、今日の対策委員会は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、僕は夢を見た。

何もない場所で、僕はずっと立ち尽くしていた。

しばらくすると、楽しい思い出や日常のたわいもない会話などが映画のワンシーンのように映し出されていく。

シロコがノノミに叱られて半泣きになった思い出。

みんなでセリカの所のラーメンを食べた思い出。

ホシノと、ユメ先輩と一緒におかしなことで笑い合った思い出。

そのどれもが、僕の大切な思い出。

僕を僕たらしめるものだ。

昔のことを思い出して、少し笑みをこぼしてしまった。

 

でも、そんな時間は長く続かない。

 

次の瞬間、目の前で全てが崩れた。

ばりん、ばりんと脆いガラスのように砕かれていく。

まるでそれがなかったかのように。無意味だったかのように。

 

「....っ...」

 

僕は目を閉じた。ずっと見れば、心が壊れてしまう思ったからだ。

しかし、耳から入ってくる情報は、それがまだ無惨にも壊され続けていることを証明している。

 

「....やめろ....やめ...て...おね...がい...」

 

僕はただひたすらに願った。

僕の大切な思い出たちを、これ以上壊さないで。

お願いだから。

 

「.....?」

 

しばらくすると、音が聞こえなくなった。

静かになったことに少し安堵を覚えながら、僕は恐る恐る目を開ける。

そこにはユメ先輩が立っていた。

 

「...せん、ぱい」

 

でも、今目の前にいるユメ先輩は顔を子供のお絵かきのように黒く塗りつぶされている。

 

「お前のせいだ」

 

ユメ先輩は僕に指を指し、そう言った。

 

「許さない」

 

呪いのような言葉を吐き続ける先輩。

これの正体を僕は知っている。

これは、僕が作った"ユメ"だ。

僕の心の中にある自責の念が、ユメ先輩の体を使ってここに現れている。

あの日守れなかったことをずっと恨んでいる、もう1人の僕。

 

「お前が死ねば良かったんだ」

 

そう言いながらそいつは僕の首を掴む。夢の中のはずなのにすごく息苦しい。反射的にじたばたと腕が暴れる。

「ごめんなさい」なんて無責任な言葉は言えない。

僕は、先輩を守れなかった。殺してしまった。その事実が変わることはない。

全ての責任は、僕にある。

謝って許されるなんて、そんな虫のいい話は存在しない。

僕はしっかり罪を償わなくちゃいけない。

ちゃんと苦しまなければいけない。

 

「かっ...は.....」

 

「幸せになれるなんて思うな、お前は一生苦しむんだ」

 

視界がぼんやりしてきて、考えがまとまらなくなる。次第に手足にも力が入らなくなって、もがいていた腕がだらんと垂れ下がる。

 

「お前は、ただの人殺しだ」

 

僕は意識を手放す直前、そんな言葉が聞こえた。

 

 

 

 

 

強烈な不快感で目が覚める。

喉に何かが詰まってて、うまく呼吸ができない。

僕は寝起きでふらつく身体に鞭を打ち、洗面台へと向かう。

 

「げほっ....ごほっ.....ごぽ....っ...」

 

僕の口からビチャビチャと音を立てて赤い液体が流れ出す。脇腹がひどく痛む。息を吸い込むと胸が痛くて、浅い呼吸を繰り返してしまう。

 

「はっ.....はっ....けほ...っ...」

 

最近はずっと調子が良かったから、油断してた。

原因はわかっている。昨日、食事も薬も摂らずにそのままベッドに倒れ込んだのがよくなかったのだろう。

たった1回、薬の摂取を怠っただけでこの有様だ。この身体の不自由さにうんざりする。

呼吸を整えながら、顔を上げる。鏡の中の自分と目が合う。

 

「...はは....ひどい顔....」

 

自嘲気味にそう呟く。

鏡に映った自分は、死人のような顔色で目つきも悪く、昔のような可愛いと自画自賛できるような自分ではなかった。

 

「...なにか、食べないと」

 

蛇口を捻り、洗面台に吐き出した血を洗い流す。冷たい水で軽く顔を洗い、冷蔵庫からゼリー飲料を取り出した。

最近は何を食べても美味しいと思えない。特にこんな状況じゃ何を食べても胃の不快感を促進させるだけだ。

ゼリー飲料の蓋を外し、一気に飲み込む。

 

「...薬、飲まなきゃ」

 

ペットボトルの水と錠剤を机に出して、数十錠の薬を飲み水で流し込んだ。

こんな事をしないと日常生活すらままならない。

もういっそのこと壊れてしまえと何度願っただろうか。

それほど、この身体は自分が無力で惨めな存在だと自覚させてくる。

 

「まだ、夜か.....」

 

壁にかかっている時計の時針は2を指している。まだ夜明けまでは3時間もある。

足を進め再びベッドに体を沈める。若干の息苦しさはあるものの、先程よりかはかなりマシだった。

 

「ユメ先輩.....」

 

消え入る意識の中、僕は先輩のことを考えていた。

また先輩に会えたら、どれほど幸せだろうか。

色々伝えたいことがあるんだ、先輩。

あのホシノがちゃんと先輩やってるんだよ。

みんなに慕われてて、すごい頼もしい先輩なんだよ。

僕も、ちゃんと後輩を守れるくらい強くなったんだよ。

他にもいっぱい変わったことがあって、先輩に教えたいんだ。

だから、

だからさ、先輩。

 

 

 

あと一度だけでいいから、あなたに逢いたい。

 

意識を手放す直前で、叶うはずのない"ユメ"を、僕は願っていた。

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