関わる人全てを曇らせるホシノの同級生   作:フタバ ハクシ

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難産すぎて4、5回書き直しました。
もう少し投稿ペース早められるよう頑張ります。


すり抜けたもの

ホシノが、いなくなった。

今日も僕はいつものように学校に着き、対策委員会の教室へと向かった。

対策委員会のドアを開けると、いつものようにホシノを除くみんながいる。

だけど、様子がおかしい。

 

「レイヤ先輩!これ....」

 

アヤネが何やら手紙のようなものを持ちながら僕に話しかける。

 

「.....なに、これ」

 

そこには"アビドス対策委員会のみんなへ"と書かれた紙があった。

文字の角が丸くて、どこか可愛らしい。その筆跡は紛れもなくホシノのものだった。

 

「わかりません....私が来た時にはもうこの状態で...」

 

アヤネがその中身を取り出し、音読し始める。

 

 

 

 

 

アビドス対策委員会のみんなへ

まずは、こうやって手紙でお別れの挨拶をすることになったこと、許してほしい。おじさんにはこういう、古いやり方が性に合っててさ。

みんなには、すっと話してなかったことがあって。

実は私、ずっと前からスカウトを受けてたんだ。

カイザーPMCの傭兵として働く、その代わりにアビドスが背負っている借金の大半を肩代わりする....そういう話でね。

...うへ、なかなかいい条件だと思わない?おじさんこう見えて、実は結構能力を買われててさ~。

借金のことは、私がどうにかする。すぐに全部を解決はできないけど、まずはこれでそれなりに負担が減ると思う。

ブラックマーケットでは急に生意気なことを言っちゃったけど、あの言葉を私が守れなくてごめんね。

でも、これで対策委員会も、少しは楽になるはず。

アビドス高校からも、キヴォトスからも離れることになったけど、私のことは気にしないで。

勝手なことをしてごめんね。

これは全部、私が責任を取るべきこと。私はアビドスの、最後の生徒会メンバーだから。

だから。ここでお別れ。じゃあね。

 

 

先生へ

実は私、大人が嫌いだった。あんまり信じてなかった。

シロコちゃんが先生をおんぶして来たあの日だって、「なんかダメな大人が来たな」って思ったくらいだし。

でも先生はどんどんみんなと打ち解けて、信頼し合える仲になっていった。

だから、あとは先生に任せるね。みんなが信じられる先生なら、きっと大丈夫だと思うから。

先生みたいな大人と最後に出会えて、私は.....

いや、そういう照れくさい言葉はもういいよね。

シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん、そして、レイヤ。

私たちの学校を守ってほしい。砂だらけのこんな場所だけど、私に残された、唯一意味のある場所だから。

みんな、ありがとう。さようなら。

 

 

 

小鳥遊ホシノ

 

 

 

 

「....な、んで」

 

喉からは、押し出されたようにそんな言葉が出た。

頭が真っ白になって、何も考えられない。

体の芯から体温を奪われるような感覚に陥る。

 

「レイヤ先輩、これを....」

 

アヤネの言葉で正気を取り戻した僕は、アヤネから手渡されたものを受け取る。

"レイヤへ"と書かれた手紙には、大きな字で"レイヤ以外は見ないでね!おじさん恥ずかしくて照れちゃうから!"と書かれていた。

 

「....」

 

僕は、静かに紙を開く。

 

 

 

 

レイヤへ

これを読んでるっとことは、私は既に対策委員会の一員じゃなくなっているってことだよね。

あれほどレイヤに独断で行動するなって言ってたのに、ごめんね。

私はもう何も失いたくないの。

レイヤのことも、アビドスのことも、対策委員会のみんなのことも。

レイヤにはちゃんと幸せになって欲しい。

あれほど苦しい思いをしたレイヤに、もうこれ以上辛い思いをしてほしくない。

これは私の、どうしようもない我儘。

許してなんて言わない。憎んでもらって、恨んでもらって構わない。

ただ、幸せになって欲しい。

ずっとそばにいてくれてありがとう。

それと、1つだけお願いがあるの。

もし、私が対策委員会のみんなと敵として相対する事になったら。

 

 

私のヘイローを、壊して。

 

 

ありがとう。さようなら。

 

ホシノ

 

 

 

 

「....」

 

手紙を持つ手が震える。

あの日を思い出す。

救えたはずの命。今も生きているはずだった命。

それが目の前で失われた瞬間を。

また大切なものを失ってしまう。

無力で愚かな僕のせいで。

また、僕は.....

 

「レイヤ?」

 

先生が震える僕の手を取る。

その顔はとても心配そうに僕の方を見つめている。

 

「...せん....せ.....」

 

まともに声が出ない。

視界が揺れる。

ホシノがいなくなるなんて嫌だ。

嫌だ。嫌だ。いやだ。

 

「レイヤ、落ち着いて。大丈夫。大丈夫だよ」

 

先生が僕を優しく抱きしめる。

先生の体温が、冷え切った僕の身体に入り込む。

あたたかい。

 

「私が全部なんとかする。だから落ち着いて、深呼吸して」

 

先生の匂い、感触、温度。

その全てが乱れた僕の心を平穏へと導く。

少しずつ落ち着きを取り戻した僕は、ゆっくりと息を吸う。

 

「...ごめん、少し取り乱した」

 

後輩たちもいるのに、みっともないところを見せてしまった。

先輩なんだから、ちゃんとしなくちゃ。

僕は手に持っていた手紙をそっとポケットに入れた。

 

「うん、元に戻ったみたいでよかった」

 

先生が少しだけ口角を上げてそう言う。

やっぱりこの人、所々先輩に似ているところがある。

人を諭す時の言い方は真面目な時のユメ先輩そのものだ。

なんで、ここまで似ているんだろう。

 

「皆さん、まずは整理をー」

 

 

ドカアァァァァン!!

 

アヤネの言葉は、外から飛んできた轟音にかき消された。

すぐさまアヤネはタブレットを開き、何があったか確認する。

 

「こちらに向かって、数百近いPMCの兵力が進行中!同時に、市街地に無差別攻撃をしています!」

 

「よりによって、なんでこのタイミングで....!?」

 

焦燥を含んだ声色でセリカが返事を返す。

 

「応戦しないと....!」

 

「みんな落ち着いて!今は市民の避難が最優先だ!」

 

焦るシロコを先生が諭す。

今は考えている場合じゃない。僕たちがアビドスを守らないと、アビドスはカイザーによって占拠されてしまう。

 

「先生の言う通りだ。今は現場に急ごう」

 

僕は武器を取り、現場へ向かう準備を始める。

なぜこのタイミングでカイザーが動いたのか。

あの理事がホシノの行方を知っているのなら、何があっても聞き出してやる。

ホシノは、何があっても取り戻す。

僕は覚悟を決め、市街地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだ....おまえ...!」

 

「雑魚に興味はない。じゃあね」

 

引き金を引く。そうするとさっきまで喋っていた機械が静かになる。

 

「ん、まだまだ来る....!」

 

前方からさらに数十体の機械が迫りくる。

僕は銃のリロードを済ませ、迫りくる敵に銃口を向ける。

 

「何者かの接近を確認.....カイザーの理事です!」

 

綺麗に並んだ兵隊をかき分けるようにして、カイザーの理事が後方から現れた。

 

「ふむ、学校まで出向こうかと思ったのだが、お出迎えとは関心だ」

 

「これはなんの真似ですか?企業が街を攻撃するなんて....いくらあなたたちが土地の所有者だとしても、そんな権利はないはずです!」

 

「それに、学校はまだ私たちアビドスのものです!進行は明白な不法行為!連邦生徒会に通報しますよ!」

 

ノノミ、アヤネがこの行動について反論する。

 

「この悪党め...ホシノ先輩を返して!!」

 

セリカが銃を構えながら理事に言い放つ。

 

「まったく....何を言っているのやら」

 

「連邦生徒会に通報?面白いことを言うじゃないか、います何でもやってみたらどうだ?」

 

「君たちはこの状況について、今まで何度も連邦生徒会に嘆願してきたのだろう?それで、一度でも動いてくれたことはあったか?」

 

「.....」

 

言葉を発する者はいなかった。

 

「無かったはずだ。何せ連邦生徒会は今、動けないからな」

 

「連邦生徒会でなくても良い。今までどこか他の学園が、君たちのことを助けてくれたことはあったか?」

 

「そろそろ分かっただろう?誰一人、君たちに手を差し伸べる者はいない」

 

「....」

 

反論する者、できる者はいなかった。

理事の言っていることは事実だ。変えられようのない、残酷で悲惨な事実だ。

 

「小鳥遊ホシノが退学した今、アビドスの生徒会には貴様しかいないのだ、燐葉レイヤ」

 

理事が僕へと視線を移す。

 

「...だったら何?僕はアビドスを捨てるつもりはないよ」

 

当たり前だ。ここは先輩が遺した大切な場所だ。こんな奴らに渡すわけにはいかない。

 

「そう言うと思ったよ。まったく、こんな場所のどこが良いのやら」

 

「言ってもきっと、お前みたいな汚い大人には理解できない」

 

「あの生徒会長が残したものだからか?」

 

刹那、心臓がどくんと跳ねる。

 

「...」

 

「私からすればゴミも同然の土地、守る価値なんてないはずだろう」

 

落ち着け燐葉レイヤ。これは僕の激情を誘うための浅い言葉だ。

大丈夫、冷静を保て。大丈夫。

僕は自分にそう言い聞かせた。

 

「まったく君たちも酔狂だな。わざわざ借金を返すマネをしてまでここに固執する意味がどこにある?」

 

落ち着け。大丈夫。

 

「さっきも言っただろ。一度で理解できないのか?」

 

行き場のない感情が言葉となって溢れる。

 

「愚かだな、燐葉レイヤ。貴様は何も学んでいない」

 

「せっかく小鳥遊ホシノが自分の身を犠牲にしたというのに...」

 

「賢いと思っていたが....とんだ大馬鹿者だな」

 

その言葉が引き金となり、僕の理性が弾け飛ぶ音がした。

 

「っ...ホシノを愚弄するな!!」

 

怒りに身を任せ、理事に銃を向ける。

敵の思う壺だとはわかっていても、ホシノのことを侮蔑するのは僕が許さない。

ホシノの苦労も、痛みも、何も知らないくせに。

 

「クックック....つくづく仲間想いだな、貴様らは」

 

「黙らせたいのなら力づくで黙らせてみろ。この戦力差をひっくり返せるものならな!」

 

その声を合図に周りにいた兵士が一斉に銃を向ける。

上等だ。ホシノを蔑んだこと、後悔させてやる。

 

「殺す....っ!!」

 

僕は敵の大群の中に突っ込んでいった。

普段の僕なら絶対にしない、自ら接近戦へと誘うようなマネ。

正常な思考なんてできなかった。

僕からアビドスとホシノを奪うつもりなら、全員殺してやる。

至近距離から雑魚の頭に目掛けて引き金を引く。

一体ずつ、確実に捌いていく。誰一人として逃さない。

 

「レイヤ!!落ち着いて!!レイヤ!!」

 

無線から先生の声が聞こえる。

でも、今はそれすらも雑音に聞こえてしまって、僕は無線の電源を切った。

 

「邪魔だ....どけ....!」

 

倒しても倒しても後ろから応援が駆けつけてくる。

お前らみたいな雑魚に興味はない。早く退け。退けよ。

 

「ぐ.....っ....!」

 

とは言え僕一人に対して数百体の兵士が敵対している。

いくら個々が弱いとは言え多勢に無勢だ。弾幕射撃をされてしまえばひとたまりもない。

馬鹿正直に突っ込んだのが仇となって、僕は肩と足に数発被弾してしまい少しよろけてしまう。

僕は進路を右に切り、裏路地に逃げ込んだ。

 

「クソ....蟻のようにうじゃうじゃと.....!」

 

悪態をつきながらマガジンを交換し、追ってきた敵に向かって銃弾を放つ。

眼を使いながらまだ包囲されていない道を抜け、時折後ろから追跡してくる敵を片付けながら理事を探す。

あいつだけは許さない。絶対に後悔させてやる。

 

「鬱陶しいんだよ....!雑魚のくせに....!」

 

かなりの量を倒したはずなのに、敵の数は減るどころか増えている。

僕はひたすらその兵士たちを蹂躙する。

キリがないこの状況に僕の苛立ちは限界に達していた。

 

「ひ、ひいっ...!」

 

追っ手の兵士が1人になった途端、こちらに背を向けて逃げ出した。

まったく惨めなものだ。こんな少女に手も足も出ず、ただ逃げ出すことしか出来ないなんて。

僕はすぐに後を追う。

この時の僕は目に映るもの全てを壊すことしか考えていなかった。

 

「....!」

 

この兵士が逃げている道の延長線上に何かが見えた。

それはシロコでも、ノノミでも、セリカでも、ましてやホシノではない。

一般人だ。それも小さな女の子。

親と逸れて逃げ遅れてしまったのだろうか、近くに保護者らしき人の姿は無かった。

 

「....っ!....おい!そっちは....!」

 

 

逃げている兵士もその存在に気づき、片手でその子を持ち上げ、もう片方の腕でその子の頭に銃を向ける。

 

「おい!!こ、こいつがどうなっても良いのか!?」

 

声を震わせながらそいつは僕に言い放つ。小脇に抱えられた少女は状況が飲み込めていないのか恐怖と困惑が入り混じったような表情をしている。

 

「....っ!」

 

僕は兵士の頭に照準を合わせる。だけどそれは意味のない行動だった。

僕がこの兵士の頭を撃ち抜く速度よりも、この子の体に穴が開く速度の方が速い。

だめだ。僕じゃこの子を助けられない。

 

「おい!銃を下せ!!本当に撃っちまうぞ!!」

 

「ひっ....た....たすけ...」

 

微かに聞こえたその声が僕の決断を迷わせる。

言われるがままに僕は銃を腰の高さまで下げた。

無関係なこの子の命が失われるのだけは避けたい。

もう、僕のせいで目の前で命が終わるのを見たくない。

 

「そのまま銃を捨てろ!!」

 

「...して」

 

「ああ!?」

 

「その子を離して。その代わり、僕のことは好きにしたらいい」

 

この兵士たちの目標はあくまで僕。この子はそのための交渉材料だ。

僕を手に入れたらこの子はどうだって良いはず。

僕は両手を上げて降伏の意を示しながら、その兵士に提案した。

 

「その子を離さないなら、お前の家族もろとも殺す」

 

「そ、そんなこと...できるわけ」

 

「お前の味方を倒すのに1分もかかってない。本当にできないと思う?」

 

図星を突かれたように兵士はたじろぐ。

 

「わ...わかった、いいだろう」

 

僕は銃を兵士の前に投げ捨て、そのタイミングで兵士も女の子を掴んでいた手を離し、その子はそのまま逃げていった。

これでいい。これで。

僕の命一つで小さな女の子の命が助かるなら、僕は喜んで差し出す。

 

「こ、こちらブラボー。ターゲットを確保」

 

手を上げたまま僕は座り込んだ。

 

「俺の味方を大勢倒しやがって....覚悟はできてるんだろうなぁ!?」

 

先程まであんなに怯えていたのに、一度状況が変わればこの様相だ。

つくづく大人というものは惨めで都合がいい。

刹那、その兵士に頭を掴まれる。

 

「なんとか...言えよ!!」

 

そのまま僕の頭は地面に叩きつけられ、大きく視界が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がはっ.....ゔ..ぁ....っ.......」

 

あれからどれくらい経ったのだろうか。

僕は今数人の兵士に囲まれて袋叩きに遭っている。

対抗できないように縛られたまま、殴られ、蹴られ、また殴られて。

いくらヘイローが付いているとはいえ、そろそろ意識を保つのも辛くなってきた。

 

「さっきまでの威勢はどうした!?ああ!?」

 

地面に横たわる僕の髪を掴み、兵士は目元の高さまで持ち上げる。

目の前にいるはずなのに、視界が滲んでよく見えない。

 

「はぁ.....っ...けほっけほっ....っは....」

 

「まともに喋る体力も残ってねえか!?おら、もっといい声で鳴けよ!!」

 

そう言って兵士は僕を勢いよく蹴り上げる。僕の身体は糸が切れた操り人形のように宙を舞って地面に吸い寄せられた。

 

「ごほっ....ごふっ....がはっ....」

 

異常な不快感が胃から込み上げる。まともな形が残っていない吐瀉物がアスファルトに飛び散った。

ぬるりとした感触が左目を伝う。どうやら頭から出血しているようだ。真偽を確かめたいけれど、腕が縛られていて触ることすら叶わない。

 

「...はぁ....っ.....は..ぁ....っ....」

 

息を吸っているはずなのに、肺に届いてないんじゃないかと錯覚するほど苦しい。身体のあちこちが熱を帯びて悲鳴を上げている。

 

「こりゃもうそろそろ潮時か。おい、始末するぞ」

 

兵士たちは一斉に銃を構え、その矛先を僕に向ける。

いくら僕たちが銃火器に耐性があるといえど、この数の銃弾を至近距離で、なおかつ急所に喰らえば間違いなくヘイローが壊れる。

僕の銃は遥か先の地面、それでいて両手足を縛られている。これじゃ反撃もできない。

絶体絶命だ。

 

「最期に言い残すことはあるか?」

 

一人の兵士が僕に向かってそう吐き捨てる。

僕は息も絶え絶えになりながらなんとか言葉を紡ぎ、

 

「ホ....シノ...を....かえ....せ...」

 

と言い放った。

それを聞いた兵士は僕を嘲弄するかのように笑って、僕の額に銃口を突きつけた。

 

「残念。返して欲しいなら力ずくで奪ってみろ」

 

引き金に指をかける音が聞こえる。

何も取り返せないまま、奪われたまま死ぬのか。

ホシノも、ユメ先輩も、何も守れなかった。

僕は、無力だ。

 

 

 

 

 

 

 

「させないよ」

 

その瞬間、兵士の頭を銃弾が貫いた。

 

「だ、誰だ!?」

 

微かに聞こえる発砲音がするたび、兵士が倒れていく。

 

「くそっ!!どこにいる!?...がっ!?」

 

ものの数十秒で僕を取り囲んでいた兵士たちは地面に横たわり静かになった。

 

「だ....れ......?」

 

誰かが僕を助けてくれた。

その姿を確認したいのに、眼を使うどころか体を動かす気力すら残っていない。

唯一聞こえるのはこちらへ駆け寄ってくる足音だけ。

 

「ちょっと!しっかりして!」

 

どこかで聞いたことのある声がして、僕の身体は優しく抱きかかえられる。

滲んだ視界に映ったのは、僕に似た白髪に所々黒が混じった美しい髪だった。

 

「...カヨ....コ....?」

 

かろうじて声を出す。僕を助けてくれたのは便利屋68の鬼方カヨコだったようだ。

 

「大丈夫....じゃなさそうだね。いいよ、じっとしてて」

 

手足の拘束が解かれて、僕はなるべく楽な姿勢をとる。

それでも息苦しさや痛みは治らない。

カヨコはそのまま自身の背中に僕を背負い、そのままどこかへの歩き出した。

 

「なんで...ここに.....」

 

意識がはっきりしない僕は、そうやって言葉を発するのがやっとだった。

 

「私たちはただラーメンを食べにきただけ。そしたらこんな面倒なことに...あんたもこんな状況だし、一体何があったの?」

 

「....シノ...が.....い...なく....」

 

「あぁ...やっぱりいい、先生に聞くよ。今のあんたに無理させられない」

 

そう言いながらカヨコはどこかに向かって歩き続けている。

どんどんと視界が狭まってきて、今やほとんど暗闇の中だ。

僕はあと数秒で意識を失ってしまうだろう。

 

「あり....が.......と...」

 

視界が完全に暗くなる直前、僕は虫の羽音ほどの声でそう言った。

 

「どういたしまして」

 

意識を手放す直前に聞こえたそれは、よく聞こえなかったものの否定の言葉ではなかったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.....まぶしい。

 

「ん......」

 

夢か現実かも分からない感覚の狭間で、僕はそう思った。

どうにかしようと瞼を開けると、そこは先程までいたはずの市街地とは似ても似つかないような場所だった。

 

「レイヤ!!」

 

寝起きの頭にはあまりにも響きすぎる声が僕の耳を劈く。びっくりして顔を顰めてしまった。

音の原因と思われる方に顔を向けると、そこには見慣れた大人が心配そうな顔でこちらを覗いている。

 

「....せん....せ...」

 

長いこと眠っていたのか、僕の声はひどく掠れていた。

 

「大丈夫!?どこか痛いところはない!?」

 

「....うる.....さい.....」

 

心配してくれていのは伝わるのだが、あまりにも声が響きすぎる。

 

「ご、ごめん!つい....」

 

先生はしゅんとした顔で反省したのか、少し下を向いている。

 

「ここ....保健室?あのあと....どうなったの?」

 

辺りを見回して分かったのは、過去は学校の保健室ということと、窓から見える外の色が真っ黒だということだった。

どうやら相当長く眠っていたみたいだ。

 

「そうだね...レイヤは眠ってたから、ちゃんと伝えなきゃ」

 

先生は真剣な顔つきになり、ことの顛末を話し始めた。

 

「レイヤが飛び出して行った後、すぐに便利屋の子達が来てくれてね。その子達のお陰もあって無事に追い払うことには成功したよ」

 

「ただ、カヨコが頭から血を流してるレイヤを運んできて....そこからは色々あったよ」

 

「ただ眠っているだけみたいだったから取り敢えずここに連れてきたけど...みんな心配してた。もちろん私もね」

 

「.....ごめん、みんなに申し訳ないことを」

 

先生やみんなの制止を振り切って独断に出た挙句、みんなに余計な心配をかけさせてしまった。

僕は先輩どころか、アビドス生徒として失格だ。

 

「ううん。怪我はともかく、レイヤが生きてて良かった」

 

先生が優しく僕の頭を撫でる。規則的に僕の髪を揺らすその動作は、僕の心を優しく温める。

 

「頭に包帯だけ巻かせてもらってるけど、他に痛むところはない?大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。特にどこも痛くないよ」

 

嘘だ。本当は脇腹のところがひどく痛んでいる。でも、それを先生に伝えたところで困らせてしまうだけだ。

それに、傷の件を先生に伝える勇気は僕にない。

 

「痛くなったらすぐに言ってね。今日はずっとそばにいるから」

 

「うん。ありがとう」

 

先生の優しさが心に染みる。

とても暖かい。

 

「でも、私の言うことは聞いてほしかったかな。あの状況で、正面突破を狙うのはリスクが高いよ」

 

「....本当に、ごめんなさい」

 

謝るだけでは済まないことをみんなにしてしまった。一時的な感情のままに行動してしまい、それにみんなを巻き込み迷惑をかけた。

本当に情けない。

 

「まったく...レイヤは冷静なのにやんちゃなんだから扱いに困っちゃうよ」

 

先生は困ったように笑いながらそう言った。

 

「でも、手がかかる子の方がかわいいってね」

 

先生の蒼玉のような瞳が僕を捉える。不意に先生に見つめられて少しドキッとしてしまう。

 

「っ....からかわないで」

 

咄嗟に口元を上膊で隠し、そっぽを向いた。近くで見た先生は王子様のようでありながら、女性の美しさも持ち合わせたとても綺麗な顔立ちをしていた。

 

「ははっ、レイヤはかわいいなぁ」

 

先生は笑いながらこちらを見ている。

まったくこの大人は。自分が持っている武器の力を知らないようだ。

 

「でも、自分のことを大切にしないのはいただけないかな」

 

「仲間想いなのはいいことだけど、それで自分をないがしろにしちゃ意味がないでしょ」

 

「レイヤは、自分が犠牲になれば問題を解決できると思ってる。違う?」

 

「....」

 

返す言葉が見当たらない。

確かにそうだ。

自分の命で場が収まるのなら、僕は迷うことなく差し出すだろう。

考えれば、それは現実から逃げたいだけのように思える。

ユメ先輩を守れなかった、見殺しにしたという事実か逃れようと、無意識に命を絶とうとしているのかもしれない。

”幸せになれるなんて思うな、お前は一生苦しむんだ”

どこかで聞いたような言葉が僕の頭を反芻する。

その通りだ。僕は楽な方に逃げちゃいけない。

罪を償うまでは、生きて苦しまなきゃいけない。

 

「図星、かな。レイヤ、よく聞いて」

 

先生が僕の右手を握る。

 

「レイヤが思っているほど、自己犠牲は綺麗なものじゃない。みんなの事を理解しないそれはただのエゴに過ぎないんだよ」

 

「みんなを守りたいっていう気持ちはすごく伝わる。でもみんなはそれをどう思ってるか、考えたことある?」

 

「「レイヤは一人で抱えすぎてる」って、シロコが言ってたよ。「もっと頼って欲しい」ともね」

 

「他人の気持ちを考慮しない自己犠牲なんて、所詮はこんなもの。自分が傷つくだけの、虚しい行為なんだよ」

 

「とまあ、短くまとめると、伝えたいことは1つだけ」

 

先生の手刀が僕の頭にゆっくり振り下ろされる。

 

「もっと周りを頼りなさい。みんな、レイヤの力になりたいと思ってるよ。私だってそう」

 

先生はそのまま僕の頭を再び撫でた。

 

「...うん。ありがとう」

 

先生に絆されて緊張の糸が切れたのか、僕はどうしようもない眠気に襲われる。

まだ疲れが取れていなかったのか、自分の身体がどんどんと重くなっていく。

 

「眠そうだね。今日はずっとここにいるから、安心して」

 

半分ほど閉じた目で先生の方を見ると、その人は優しく笑いかけてこちらを見ている。

 

「....ん...ありがと..」

 

大人の余裕というやつなのだろうか。そばに居てくれるだけで安心する。

脇腹の痛みも、まるで無いような感覚だ。

とても、優しくて、暖かい。

 

「おやすみ、レイヤ。ゆっくり休んでね」

 

「おや....すみ」

 

言葉で表現できないような安堵に包まれ、僕は本能のままに意識を手放した。

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