「いやぁ、ちょっと乱暴だったかなぁ...」
右手にショットガン、左手に盾を構えたホシノは1人の少女を前にそう言った。
事の顛末は、この少女がこのアビドス分校を襲撃し、鉢合わせたホシノと一戦交えた。僕はその音を聞きつけて向かったが、到着した時には後の祭りだった。
「話し合いからでも良かったんじゃない。すぐ暴力に走るとこ、ホシノの悪い癖だよ」
「そんな人を殺戮マシーンみたいに言わないでよ...」
少し呆れたような表情でホシノが答える。
「ところで君、お名前は?」
ホシノの隣にはもう1人、ベージュの髪の毛の少女が経っている。この子は昔、アビドスと深い関わりがあった企業の後継者で、十六夜ノノミというらしい。
「...シロコ。砂狼シロコ」
灰色の髪をした少女はそう答えた。シロコと名乗ったその子は、狼のような獣耳が生えている。冬が到来してからもうしばらく経つというのに、その子は一枚の布切れのような服しか着ていなかった。
「へぇ...シロコちゃんっていうんだ」
「ところで、シロコちゃんはここで何をしてたんだい?」
「...」
「ここさ、廃墟に見えるけど.....一応アビドス分校....いや、アビドス本校なんだよ」
「その制服...初めて見ました」
ノノミが言う通り、見たことのない制服...というか、僕には布切れにしか見えないけど。
「ね。それに、そんな薄着じゃ寒いよ」
「えっと、シロコちゃんはどこの学園?」
「分からない」
「気づいたら。ここにいた。名前以外......分からない......」
「そ、それって......もしかして記憶喪失!?」
「最近流行ってるっていうアレ?おじさん、そういうのちょっと疎いんだよな~」
「では.....シロコちゃんは、名前以外何も分からない、と...?」
「通っている学園も、電話番号も、メールアドレスも....?」
シロコは何も言わず、ただ首を縦に振った。
「ほ、ホシノ先輩、どうしましょう?」
「ん~困ったねぇ」
ホシノはシロコに歩み寄り、手を差し伸べた。
「とりあえず......なか入ろっか、シロコちゃん」
「えっ!?い、一緒に行くんですか!?」
ホシノは自分の首に巻いていたマフラーを解き、シロコの首に巻き付ける。
「これ、巻いておきな~」
「マフラー......?」
「どう?ちょっとはマシになったでしょ?」
「.....うん」
「あったかい」
そう言うシロコの顔は、微かに笑っているように見えた。
「うへ〜。よく似合ってるよ。シロコちゃん。そのマフラー、おじさんがセールで買ったものなんだけどさ、大事に使ってよね?」
「ん、分かった」
その時、ノノミが少し怪訝そうな顔をしているのが見えた。ホシノもそれを感じ取ったのか、ノノミに対して話しかける。
「どうしたの、ノノミちゃん」
「ホシノ先輩、今おじさんって....?」
「.....?」
「...いつものホシノだよ。平常運転」
僕が口を挟む。
「そうだよ、いつものおじさんだよ」
「また....」
ノノミ的には何か引っかかるところがあるようだ。
「あ〜...」
ホシノはバツが悪そうにしてノノミから目線を逸らしている。
「っくしゅん」
刹那、シロコが大きなくしゃみをした。
「と、とにかく中入ろっか。シロコちゃん鼻水垂らしてるし」
「あ、はい!シロコちゃん、行きましょう」
2人はシロコの手を引き、校舎へと連れていった。僕もその後を追い、校舎の中へと入った。
「うへ〜、ピッタリだね。予備の制服が残ってて良かったよ」
「ん」
ありあえず、学園祭事務室にあった使われていない制服を着せたのだが、
「疲れた....なんで僕にやらすのさ....」
この子、制服を着せる途中で何度も暴れてすごく時間がかかってしまった。あと疲れた。
「えぇ〜いいじゃん、レイヤだってノリノリだったんだし」
「だったらちょっとは手伝ってよ....力弱いの知ってるでしょ...」
「うへへ、ごめんごめん」
「ひとまず、これで我慢してください。あとで新しいお洋服を用意しますから」
「大丈夫」
シロコは食い気味に否定した。
「でも、これはアビドスの旧制服なので....」
シロコは首を大きく横に振った。暴れていた割にはとても気に入ってくれたらしい。
「それ、気に入ったの?」
「うーん、シロコちゃんが良いのであれば、構いませんが....」
「ホシノ、勝負しよ」
あれから、シロコはノノミのようにホシノについて回るようになった。さらに事あるごとに勝負を持ちかけているらしく、彼女の戦闘狂っぷりが窺える。
「しょ、勝負って!?」
ノノミが声を上げる
「私は自分より強い人の言葉しか聞かない」
「だから、勝負」
「......元気いいねぇ」
ホシノは少しめんどくさそうに返事を返す。
「ま、付き合ってあげるよ」
「良いんですか、ホシノ先輩!?」
ノノミが驚いた表情をしている。
「前にも言ったけど、1対1の戦いでおじさんは負けた事ないんだよね。レイヤにも一度だって負けた事ないよ。なのに、またやりたいんだ?」
「ん、レイヤは弱いだけ。今度こそ負けない」
....ひどい言われようである。
「へぇ、じゃあ負けたらどうする?シロコちゃんは何をしてくれるの?」
「何でも言うこと聞く」
即答だった。
「じゃあ、負けたらアビドスに入学して、おじさんのことを先輩って呼んでもらおうかな」
「ん、分かった」
お互いに武器を構え、戦闘体制に入る。
「ほ、ホシノ先輩!」
「はい、おじさんの勝ち」
結果はホシノの圧勝だった。目に見えた結果ではあったが、あまりにも容赦がなかった。こういうところは変わってないらしい。
「ん、今度はレイヤとやる」
「え.....僕?」
「うわ〜露骨に嫌そうな顔。いいじゃん、ちょっとくらいさ」
「やらない側だからって好き勝手言わないでよ....」
「別にやらなくても良い。レイヤの言うことは聞かないし命令されても良いなら」
「えぇめんどくさぁ....」
思わず声が漏れてしまった。
「....まあ、いいよ。バカにされるのも癪だし」
さっきの戦いを見た限り、本気でやればなんとか勝てるだろう。僕はホシノみたく強いわけじゃないけど、この数ヶ月間何もしなかったわけじゃない。
「僕が勝ったら、むやみやたらに人に勝負を申し込まないこと。わかった?」
「ん、分かった」
僕は左手でXM7の安全装置を外した。
「で、これはどう言う状況....?」
後日、いつものように学校に行くと、そこには大量のネジやボルトなどがあり、その近くにシロコ、ノノミ、そしてホシノがいた。
「あ、レイヤ、おはよう....」
少しくたびれた様子でホシノはそう答えた。
「これは何...?」
僕は大量のスクラップの山を指差した。
「ん、奪った」
シロコはさも当たり前かのようにそう言った。
「町の古鉄屋から盗ってきちゃったんだって...」
「なるほど....?」
なんとなく状況が見えてきた。おそらくシロコはそれが悪いことだと思ってないのだろう。
「ホシノ先輩にだめって言われた。レイヤ先輩、なんでだめなの?」
幼い子供のような視線でシロコは僕に尋ねる。
「.....例えば、シロコが持ってきた食べ物を僕が食べたらどう思う?」
「...いやだ」
「そう思うでしょ。他の人だってそうだよ」
「ここにいたのか!ウチのトラックを奪いやがって!」
怒号と共にこれらの持ち主らしき人物が走ってきた。
「トラック...?」
「ん、ついでに奪ってきた」
「ついで感覚でやることじゃない....」
この子には世の中の基本的な部分から教える必要がありそうだ。
「すみません。この子、まだ色々よく分かってなくって...?」
ホシノが持ち主に謝罪をする。
「私が弁償しますので....!」
ノノミも言葉を続ける。
「ノノミちゃん、まずは謝ろう!」
「は、はい!申し訳ありませんでした...」
「シロコ、僕たちも謝ろう」
「...ん、ごめんなさい」
「すみません、責任は僕がとります」
「謝って済むわけねえだろ!」
...これは長くなりそうだ。
「何とかなってよかった.....」
あの後、謝罪に謝罪を重ね何とか許してもらうことに成功した。
「ん、ごめん。私のせいで」
夕日が道を明るく照らしている。
僕は今、学校の帰り道をシロコと歩いている。ホシノとノノミはやることがあるそうで、もう少し学校にいるとのこと。あと、ホシノから「今日1日、帰るまででいいからシロコちゃんから目を離さないで!」と言われているため、シロコの家まで送ることになっている。
「気にしなくてもいいよ。間違えない人なんていない」
「...レイヤ先輩も?」
「もちろん。昔はこんな感じじゃなかったからね。いつも人に迷惑かけてばっかりだった」
僕は長袖で覆われた左手を見る。
「...何か、あったの?」
シロコが少し心配そうに尋ねる。
「...別に、シロコが気にするようなことでもないかな」
苦手な作り笑顔をシロコに向ける。
「昔の話だし、ね」
そう。昔の話だ。昔の。
「それと、シロコ」
「ん、何?」
「僕のこと「レイヤ先輩」って呼ばなくてもいいよ」
「なんで?」
「ただちょっと歯がゆいというか、あんまり慣れてないから」
「それに、僕はみんなと平等に接していきたいからね」
ユメ先輩がそうだったように。
ああ、まただ。僕はまた、気づかないうちにユメ先輩の幻影を追い続けている。
守れなかったものを、自分がそれになることで解決しようとしている。
悪い癖だ。
「わかった。レイヤ」
「うん。やっぱり僕はそっちのほうがいいや」
でも、
あと少し、あともう少しだけこうさせて。
ごめんなさい。ユメ先輩。
「ん、着いた」
会話に花を咲かせていると、いつの間にかシロコの自宅に着いていた。
「今日は、ありがとう。また明日」
なぜか自然と明日も会うことになっているが、まあいい。
「どういたしまして。じゃあね」
僕は手を振ってシロコが自宅に入っていくのを見届けた。
「.......ふぅ」
短く息を吐く。
「帰る前に、ちょっと寄り道してこうかな」
そう言って、僕はアビドス砂漠の方へと歩き始めた。
夕暮れからしばらく経って、あたりが暗闇に包まれた頃。
アビドス砂漠のある廃墟を前にして、僕は話し合いの準備をしていた。
銃のチャージングハンドルを引き、薬室に弾丸が入っていることを確認する。予備のマガジンもポケットに詰めて、準備は万端だ。
「...行くか」
ここには数週間前からヘルメット団という不良が住み着き、周りの住民から物資を奪っているらしい。アビドス砂漠の中にあるとはいえ、僕ら以外の住人が住んでいないわけでもない。何より、
ユメ先輩が守ろうとしたこの町でそういうことをされるのは、不愉快だ。
「なるべく話し合いで解決したいんだけど...」
眼で視た限り、数は15人といったところか、最悪の事態になっても何とかなるだろう。そう思い、僕は入口らしき穴から堂々と侵入した。
「あの、誰かいますか?」
わざとらしい演技で僕はそう尋ねる。
「なんだオマエ!誰だ!!」
1人のヘルメットをかぶった少女がそう言った。
「最近ここで物資の盗難が起きてるって聞いてきたんですけど...」
「だから何だ!!!」
「良ければそういうの、やめていただけたらな~って」
「はいそうですかって引き下がると思ってんのか!!おまら、やっちまうぞ!!」
中にいたヘルメット団員全員が武器を構え始める。
「はぁ...結局こうなるのか...」
僕は仕方なく、肩から提げていたXM7を構える。
「後悔しても、もう遅いよ」
僕はあいさつ代わりに2発、一番近くにいた2人に1発ずつ発砲する。その2人にさっきまであったはずのヘイローは、一瞬のうちに消え去った。
物陰に隠れ、隙を見て1人、もう1人と的確に頭を狙っていく。この銃、反動はきついけど威力が高くてとても扱いやすい。今の僕の戦い方に合ってる。
「まずい!!また2人やられ」
言い切る前にもう1人、静かになった。
そういえば、人に銃を向けるのが怖いなんて言ってた時期あったな、と僕は思い出した。
今はもう、何も思わない。なんでだろう。
「まあ、なんでもいっか」
そんなことを考えながら、物陰を移動して、さらに倒していく。
気付けば邪魔者は赤い服を着た1人だけになっていた。
「な、なんなんだよ.....オマエ...」
おびえた様子で彼女は答えた。
「名乗るほどのものじゃない。少なくとも、君たちにはね」
「...ここ、住処にするのやめてもらえる?そしたら痛いようにはしないからさ」
「わかった!!すぐやめる!!頼むから助けてくれ!!!」
まるで死神に遭遇したかのような反応だ。目の前にしてるのは自分と何ら変わらない高校生だというのに。
「ありがとう。それと、もう一つ聞いてもいい?」
僕はポケットからユメ先輩の写真を取り出す。
「この人、知ってる?知ってたら誰から聞いたかとかいろいろ知りたいんだけど」
「し、しらない!!!だれかもわからない!!!」
「...とぼけてたら、承知しないからね」
少し低い声で僕は問いただす。
「ほんとに知らないんだ!!!しんじて」
これ以上聞いても意味がないと思い、僕は銃の引き金を引いた。
これで目標は達成。少しだがアビドスの治安もよくなっただろう。
「はぁ....帰るか」
僕は出口に向かって歩き出す。廃墟の中いる、骸のようになったヘルメット団を残して。
「ただいま、ユメ先輩」
静かな部屋に、その言葉だけが響く。時刻は日付を跨いでからしばらく経っていた。
「シャワーは....起きてからでも良いか」
どうでも良いことを呟きながら、制服を脱ぎ、楽な格好に着替える。
「今日もダメだった。ヘルメット団みたいなただのチンピラじゃ、先輩のことを知ってる人なんていなかったよ」
「今日はシロコが街の古鉄屋からスクラップとトラックを奪ってきちゃってさ〜。結構大変だったよ....」
「年下の子に何か教えるって初めてやったんだけど、結構難しくて...先輩、これをずっとしてたんだなって...」
「....ねえ、先輩」
「....あの日、何があったのか。なんで砂漠に行ったのか、夢に出てきて教えてほしいな」
そんな夢を見れたら、どれだけ幸せだろうか。願っても無駄だ。どうせ見るのはあの日、僕が救えなかった時の記憶なんだから。
「...なんてね」
そう言いながら僕はベッドに沈み込む。
「...また明日も頑張るよ。おやすみ、ユメ先輩」
独り言を呟き、僕は意識を手放した。