「.....がは.....っ....」
何が、あった?
身体のあちこちが痛い。苦しい。動けない。
ここはどこ?
ユメ先輩は、無事?
「..せ...ん.........は.......ぃ.....」
目を開けているはずなのに、何も見えない。それに、左腕の感覚がない。
寒い。息が吸えているのかすらわからない。
このままじゃ、ほんとに死ぬ。
「げ.....ほ.....」
身体を動かそうにも、うまく意思が伝わっていないのか、びくともしない。
「レイヤ!!!聞こえますか!!!レイヤ!!!」
誰かの、声が聞こえる。
聞いたことのある声。何故かはわからないけど、安心する声。
ここにいるって、伝えなきゃ。
僕は力を振り絞って、眼に力を込めた。
右手のすぐ上に、僕の銃がある。
それさえ取れれば。
でも、僕の腕は言うことを聞いてくれない。全く動こうとしない。
お願い。動いて。もう使えなくなっても良いんだ。
じゃないと、先輩が...
「.....ぇ........?」
僕の右手の掌に、冷たい感覚が伝わる。間違いない。僕の銃だ。
僕は右手の人差し指と中指を引き金にかけ、銃弾を1発撃った。
銃弾はあらぬ方向へ飛んでいき、辺りにけたたましい音を響かせた。
誰かが、僕の銃を取ってくれた...?
僕はかろうじて動く首を精一杯動かし、その正体を確認しようとした。
「....ユ.....メ.....せ...んは....ぃ...?」
滲む視界の中で見たその人物の姿は、ユメ先輩だった。
ユメ先輩は僕の方を見てにっこりと笑い、何かを言っている。
「ごめんね。レイヤちゃん」
「私のせいで、こんなことになっちゃって」
「ホシノちゃんにも、ごめんねって伝えて欲しい」
「...レイヤちゃん。ホシノちゃんの、そばにいてあげて」
うまく聞こえない。何を言ってるのかわからない。
先輩は言葉を言い切ったのか、僕に背を向けて砂漠へと歩いていく。
待って。行かないで。
なんで行っちゃうの?
僕が弱いから?
弱くてごめんなさい。いつも迷惑かけてごめんなさい。
もっと、強くなるから。
今よりもっと、もっと...!
みんなを守れるくらい強くなるから...!
だから....
「いかないで.....ユメ先輩.....!」
「っ....!」
ベッドから飛び起きる。意識がぼんやりしてて、何が起きているのか理解するのに時間がかかった。
さっきまでのは夢で、今が現実。
...いや、さっきまでのも現実だ。僕が体験したことを元に、正確に再現されていた。
嫌な夢だ。罪の意識を再確認させてくるような、そんな夢。
「また....この夢か....」
今回が初めてじゃない。あの日以降、頻繁に出てくる。
...最近は少しだけ、目を瞑るのが怖い。
今のはまだ可愛い方だが、他にも色々な"ユメ"を見る。
先輩が目の前で崩れ落ちる夢。
亡骸になった先輩が、僕の足を掴んでくる夢。
「お前さえいなければ」と言ってくる先輩の夢。
おかげで、最近は寝ても疲れが取れている気がしない。
「支度....しなきゃ....」
僕は身体に鞭を打ち、学校へ行く準備を開始した。
「ほらほら、シロコちゃんノノミちゃん!笑って~!」
まるで自分の子供を見る父親のようにホシノが声をかける。
「ん」
「わ、わざわざ撮る必要、ありますか.....?」
「なに言ってるのさ、当たり前でしょ!お祝いの時は、記念に写真を撮るものだから!」
"祝入学"と書かれた看板の両翼に、ノノミとシロコが花束を持って立っている。ホシノはカメラ越しに2人を見つめ、シャッターを切った。
「シロコちゃん、そのマフラー熱くない?そろそろ外したら?」
「ううん、大丈夫」
もう春だというのに、シロコは頑なにマフラ―を外そうとしない。
とても気に入っているようで、僕はどんな時もマフラーを外しているところを見たことがなかった。
「入学、おめでとう。シロコ、ノノミ。今日からよろしく」
僕は少し笑いかけながらそう言った。
「ん、レイヤ、笑い方下手」
「え、ひどぉ」
隣でホシノがくすくすと笑っている。
それを見た僕は、よかったと心の中でつぶやいた。
ホシノは、ユメ先輩を失ってからあまり笑わなかった。
いや、正確には表面上で笑うことが多くなった。本当に心の底から笑ったのを見たのは半年以上ぶりだろう。
このまま、ホシノが笑えるなら、僕はそれでいい。
「ちょっと、レイヤ!何ぼーっとしてんのさ」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事」
「ほら、さっさと行くよ」
「うん、わかった」
僕は3人の後ろを少し離れて歩き始めた。
「今日から、ここがアビドス廃校対策委員会の教室だよ」
僕たちは学園祭事務局を「アビドス廃校対策委員会」の教室にすることにした。と言っても、生徒会とは違い、正式な委員会ではない。
僕とホシノが入っているアビドス生徒会は、ユメ先輩の死によって実質消滅状態にあるため、僕らで生徒会の代わりになる委員会を作ろう、となり結成に至った。
「はい!」
元気よくノノミが答える。
「任せて、計画ならたくさんある」
「銀行強盗以外ね」
僕はシロコに釘を刺す。シロコは図星だったのか僕から目をそらす。
「ほかにもいい案があります!」
ノノミが懐から黄金に輝くカードを取り出す。
「このゴールドカードでーー」
「それもダメ」
今度はホシノが口を挟む。
「....ですよね」
ノノミは肩をすくめながらそう言った。
「とりあえずここまでかな~。みんな、今日は帰っていいよ」
夕暮れが始まってしばらく経ったとき、ホシノがみんなにそう告げた。
僕はパイプ椅子の上で少しくつろいでいる。
「は~い。お疲れ様です!」
そう言ってノノミは自分のスクールバッグを持ち、教室を後にした。
「ん、お疲れ様。また明日。」
シロコも後を追うように教室を出ていく。
対策委員会の教室には僕とホシノだけが残った。
「....にぎやかになったねぇ」
2人が出て行ってから間もなく、ホシノが口を開く。
「そうだね。2人のころとは大違いだ」
「....あの頃みたいって思ったのは、わたしだけ?」
「...僕もだよ」
少しだけ、ほんの少しだけ、昔の3人だったころと今日を重ねていた。
それはホシノも同じだったらしい。
もうずいぶん昔の記憶のような気がする。1年も経っていないのに。
それぐらい、この数十か月はいろんなことがありすぎた。
「懐かしいね。よく2人で喧嘩してユメ先輩を困らせてたよね」
「うん、勝てもしないのに、よくホシノに突っかかってた」
昔話に浸る。夕陽が差し込む教室は、ひどく静寂に包まれていた。
「...今度は、私たちが先輩になったんだね」
「そうだね。僕らには守るべき後輩ができた。」
「....もう、失敗しない」
僕は右手を強く握りしめた。
もうあんな失敗はしない。今度はちゃんと守る。ノノミも、シロコも、そして、ホシノも。
もう2度と、大切なものを失いたくない。
「...また1人で抱え込んじゃって、おじさんにもその責任、背負わせてよ」
ホシノが言葉を続ける。
「最近、砂漠にあったヘルメット団のアジトが一個、一夜にして壊滅したらしいじゃん」
「そのアジトにいたヘルメット団の子は「白い死神を見た」って言ってたんだって」
「...ずいぶん、目立つ色の死神だね」
「それに、その死神は白を基調としたライフルを使ってたらしいよ」
「...そうなんだ」
「これ、レイヤだよね」
ホシノの声色が変わる。さっきまでとは違い、真剣な時の声のトーンに変わっている。
「...うん」
ここまで証拠が揃っているのなら、嘘をついても無駄だ。僕は真実を打ち明けた。
「近隣の人に被害が出てたから、交渉しに行っただけ。結局武力行使になっちゃったけど」
「なんで、私に相談してくれなかったの」
ホシノが尋ねる。
「...あのくらいなら、僕でもなんとかなると思ったから」
「もし、情報が違って倍の人数がいたらとかは考えた?もし、レイヤより強い子が中にいたらとかは?」
ホシノが捲し立てる。
「あのね、レイヤ」
「私は、ユメ先輩の事が大好きだよ。でも、それとおんなじくらい、レイヤのことも大好きなの」
ホシノが僕の横に座り、僕の左手の袖をゆっくりと捲る。僕の歪で醜い上膊が露わになる。ホシノはその小さな手で、僕の傷をなぞる。
「レイヤはさ、自分が思ってるより身体が弱いの。腕も、お腹の傷も、命に関わる大怪我だったんだよ?」
「今はなんとか生活できてるかもしれないけど、次またあんな怪我をしたら....流石の私たちでもーー」
「身体が持たない...でしょ」
僕はホシノの言葉を遮る。
「わかってるならっ....もっと大切にしてよ!」
ホシノが声を荒げる。
「なんで....私を頼ってくれないの...どうして....」
「たまにはっ.....私を頼ってよ....お願いだから.....」
ホシノの声が震えている。泣いているのだろう。
「レイヤまでいなくなったら....私は....」
僕は静かにホシノを抱きしめる。
「...身勝手だったね。ごめん」
ホシノは僕の胸の中で嗚咽を漏らしている。
こんなに弱ったところを見るのは久しぶりだ。最近のホシノは「優しい先輩」の皮をずっと被っていた。でも、今は素のホシノでいてくれている。僕はそれが嬉しかった。
「ちゃんと頼るね。ホシノのことも、みんなのことも」
僕はホシノの頭を撫でる。
「...ばか」
...貶されてしまった。
「...もう、誰も来ないと思うから、もう少しこうしていようか」
ホシノは微かにうんと頷いた。
変わらず、僕は頭を撫で続ける。ここまで甘えてくるのは初めてだった。
昔のホシノからは考えられない事だけど、他人に、僕に甘えられるようになってくれたのはいい事だし、僕も嬉しい。
「ふふっ」
「....何...笑ってるの」
ホシノは顔を上げることはなく、僕の胸の中でもごもごと喋っている。
「ホシノも僕のこと、ちょっとは頼ってね。後輩ができたからって無茶しすぎだよ」
「...うんっ」
僕の身体に巻き付くホシノの力が強くなる。脇腹が鈍い痛みを引き起こす。
「いだっ....ちょ...流石に強く抱きしめすぎ...」
「うるさい...バカレイヤ...」
...最近、色んな人からディスられすぎな気がする。
まあ、いいか。
僕は泣きじゃくるホシノをあやしながら、確かに沈む夕日を眺めていた。