マンハッタンカフェは大人の階段を昇りたい 作:あばなたらたやた
サブトレーナーは、今日もウマ娘たちの練習を見守っている。グラウンドに響く彼女たちの軽快な足音と、時折飛び交う笑い声が心地よい。太陽が少しずつ傾き始め、風が彼女たちの髪を優しく揺らす様子を見ていると、穏やかな気持ちになった。
「ねえ、サブトレーナー!」
突然、元気な声が僕を呼ぶ。振り向くと、一人のウマ娘が笑顔で近づいてくる。彼女は軽くサブトレーナーの肩に手を置いて、少しだけ身を寄せてくる。
「もっとちゃんと指導してよ~。サブトレーナーってば優しすぎて、見てるだけになっちゃうんだからさ!」
他のウマ娘たちも集まってきて、口々に賛同する。
「そうだよ、サブトレーナーは紳士的でいいけど、もうちょっと厳しくてもいいんだから!」
「ねえ、私のことちゃんと見ててよね!」
別の子がサブトレーナーの腕に軽く触れながら言う。彼女たちの明るい笑顔と無邪気なボディタッチに、サブトレーナーは少し照れながらも穏やかに答える。
「君たちのそんな気持ち、嬉しいよ。でも、僕としては、君たちが自分で成長していく姿を見るのが何よりの喜びなんだ。とはいえ……そうだね、もっと近くでサポートしてあげられるように、僕も頑張ってみる」
すると、彼女たちは目を輝かせて、「やっとその気になった!」「さすが僕のサブトレーナー!」と、嬉しそうに騒ぎ立てる。ある子はサブトレーナーの手を軽く握り、ある子は背中をポンと叩いてくる。
グラウンドの端で、サブトレーナーは彼女たちを見守りながら思う。こんな風に信頼されて、必要とされるなんて、トレーナー冥利に尽きる。
彼女たちの未来がもっと輝くように、一歩踏み込んでみようかな。そんなことを考えながら、サブトレーナーは夕暮れの練習風景に目を細める。
サブトレーナーとしてウマ娘たちの練習を見守る日々は、彼女たちにとって特別な意味を持つ。
専属のトレーナーがつくまでは、彼女たちのトレーニングは画一的で、個々の魅力を引き出すには少し物足りない。
それに、専属トレーナーがまだついていない子たちは、周りから能力が低いとか、性格に難しいところがあるとか、そんな目で見られがちだ。でも、サブトレーナーにはそんなレッテルなんて関係ない。彼女たち一人ひとりが持つ可能性を、サブトレーナーは信じている。
今日もグラウンドで彼女たちの走りを見ていると、一人のウマ娘が少し疲れた様子で近づいてきた。
「サブトレーナー、私のこと見ててくれるんだよね?」
彼女は少し遠慮がちにサブトレーナーの袖を軽くつまみながら言う。僕は優しく微笑んで、彼女の肩にそっと手を置く。
「もちろん、君の頑張りはちゃんと見てるよ。少しペースが乱れてたみたいだけど、焦らなくても大丈夫。君には君だけの強さがあるんだから。」
すると、彼女の目に少し光が戻ってくる。他の子たちも寄ってきて、「サブトレーナーってほんと優しいよね」「真剣に見てくれるから嬉しいよ」と口々に言う。ある子は腕に軽く寄りかかり、ある子は冗談っぽく背中を叩いてくる。彼女たちのボディタッチは、信頼の証のようなものなのだろう。
専属トレーナーがいない彼女たちにとって、画一的なトレーニングの中で埋もれてしまうのは辛いことだ。でも、サブトレーナーが真剣に向き合えば向き合うほど、彼女たちは心を開いてくれる。
「ねえ、サブトレーナー! もっとアドバイスしてよ。私、もっと速くなりたいんだから!」
一人の子が目をキラキラさせながら言うと、周りの子たちも「私も!」「私にだって!」と続く。
「君たちのそんな気持ちに応えられるように、僕ももっと勉強するよ。一緒に成長していこうね」
サブトレーナーがそう言うと、彼女たちは笑顔で頷いて、また練習に戻っていく。その背中を見ながら思う。彼女たちが好意を向けてくれるのは、きっとサブトレーナーが彼女たちをただの“未熟なウマ娘”じゃなく、一人ひとりをちゃんと見て、信じているからだろう。
夕陽がグラウンドを染める中、彼女たちの走る姿が少しずつ力強さを増していく。サブトレーナーはその様子を静かに見守りながら、心の中で決める。彼女たちの可能性を、もっともっと引き出してあげたい、と。
トレーニングを終えて自室に戻ると、そこには静かに佇むマンハッタンカフェの姿があった。
彼女の長い髪が部屋の薄暗い灯りに映え、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。
「やぁ、マンハッタンカフェ。いつからそこに?」
サブトレーナーが穏やかに尋ねると、彼女は落ち着いた声で答える。
「貴方が部屋に入る前からです。待っていました。」
その言葉と同時に、彼女のしなやかな尻尾がスッと動き、サブトレーナーの体を絡め取るように巻きついてくる。そして、ゆっくりと、でも確実に、サブトレーナーを壁際に押し付けてきたんだ。少し驚きつつも、サブトレーナーは慌てないように平静を保つ。
「随分と仲が良さそうでしたね……体を許すなんていけない人です。ねぇ、サブトレーナーさん」
マンハッタンカフェの声は静かだけど、どこか鋭い響きがある。サブトレーナーは苦笑しながら答える。
「体を許してはいないけどね。彼女たちはただ、信頼を寄せてくれているだけだよ」
彼女は少し目を細めて、じっとサブトレーナーを見つめる。
「男性は少ないから、みんなアピールしようと必死なんですよ。いけません。もっと慎重にならなくては。ああ、他のウマ娘の匂いがついてしまっている」
そう言うと、マンハッタンカフェはサブトレーナーに近づき、そっと体をこすりつけてくる。彼女の柔らかな感触と、ほのかに漂うコーヒーのような香りがサブトレーナーを包む。
どうやら、他のウマ娘の“匂い”を上書きしようとしているらしい。尻尾の動きはさらに強くなり、サブトレーナーを逃がさないようにしているみたいだ。
「マンハッタンカフェ、君までそんな気分かい?」
サブトレーナーが少しからかうように言うと、彼女は一瞬動きを止めて、静かに呟く。
「貴方が他の子たちと楽しそうにしているのを見ると……少し、落ち着かなくなるんです。私だって、貴方に認められたい」
その言葉に、サブトレーナーは優しく微笑む。
「君は十分素晴らしいよ。君の静かな頑張りも、ちゃんと見てるからさ。匂いなんて気にしなくても、君は君のままでいいんだ」
マンハッタンカフェは少しだけ目を伏せて、尻尾の力を緩める。でも、まだ完全には離さず、サブトレーナーの近くに寄り添ったまま小さく呟くんだ。
「……ありがとう。でも、もう少しだけ、こうしていたいんです」
部屋の中は静かで、彼女の温もりと穏やかな呼吸だけが感じられる。サブトレーナーはそんな彼女をそっと受け止めて、言葉少なく見守ることにしたよ。彼女たちの信頼や想いに応えるのも、サブトレーナーの役目だらう
トレーニングを終え、マンハッタンカフェとの一幕を終えて自室で一人になったサブトレーナーは、静かに考え込む。
この世界では男性が少なく、女性――特にウマ娘たちの性に対する欲求が強いことは、サブトレーナーもよく理解している。
彼女たちはそのエネルギーをレースやトレーニングに昇華させるけど、専属トレーナーがいない子たちは、どうしてもモチベーションが上がりにくい。だからこそ、サブトレーナーのような男がサブトレーナーとして配置されているんだ。彼女たちの気持ちを高め、目標に向かう力を引き出すために。
でも、今日の出来事を振り返ると、なんだか胸の奥がざわつく。グラウンドで無邪気に触れてくるウマ娘たちや、マンハッタンカフェのあの熱っぽい行動――彼女たちの好意は純粋で、まっすぐだ。それなのに、サブトレーナーはそれを真正面から受け止めきれず、優しくかわすことしかできない。
彼女たちの想いを無下にしているみたいで、正直、気分が悪かった。
サブトレーナーは椅子に腰かけて、窓の外に広がる夜のグラウンドを見つめる。彼女たちは僕に信頼を寄せてくれる。僕がそばにいることで、笑顔が増えたり、走りに力が入ったりするのも分かっている。
でも、その好意に応える形でサブトレーナーが何かを返すとなると、どうしても一線を引いてしまう自分がいる。彼女たちの気持ちを大切にしたいのに、どこかで冷たく突き放しているような気がして、自己嫌悪に陥る。
「君たちの気持ちは嬉しいよ。本当に。でも、僕にできるのは君たちを支えることだけで……それ以上は、難しいんだ」
独り言のようにつぶやいてみるけど、心の中は晴れない。彼女たちの欲求や想いは、この世界の自然な一部だ。それを頭では理解していても、サブトレーナーの気持ちが追いつかない。
彼女たちが僕に求めるものが、単なるトレーナーとしての指導を超えていると感じるたび、どうしていいのか分からなくなるよ。
マンハッタンカフェの言葉が頭をよぎる。「貴方に認められたい」と。あの子たちだって、ただの遊びや気まぐれじゃない。真剣にサブトレーナーと向き合おうとしてくれているんだ。それなのに、サブトレーナーが彼女たちの好意を“扱いきれず”にいることが、彼女たちを傷つけているんじゃないかって思うと、ますます気分が重くなる。
サブトレーナーは深く息をついて、立ち上がる。
彼女たちの想いを無下にしたくない。少なくとも、トレーナーとして、彼女たちの成長を全力で支えることはできるはずだ。好意を受け入れる形が分からなくても、彼女たちの笑顔や頑張りを肯定し続けることはできる。そうやって、少しずつでも彼女たちとの絆を築いていけたら――それが、今できる精一杯なのかもしれない。