マンハッタンカフェは大人の階段を昇りたい 作:あばなたらたやた
サブトレーナーが部屋の外に買い物に出かけると、部屋のベッドに横たわっていたマンハッタンカフェは、疲れから少し目を覚ました。彼女はまだ力が抜けたままだったが、ふと周囲の静けさに気づき、目をゆっくりと開ける。そして、ベッドに顔を近づけ、大きく深呼吸した。
「サブトレーナーの匂い…」
彼女はサブトレーナーの残り香を感じ取り、シーツに顔を埋めるようにしてさらに深く息を吸い込んだ。ベッドには彼の清潔で穏やかな香水の香りと、彼自身の温かい存在感がほのかに残っていて、マンハッタンカフェの心を静かに揺さぶる。彼女の頬が微かに赤らみ、瞳が熱っぽく潤んだ。
「こんな近くに感じるなんて……落ち着く…でも、ドキドキする……」
彼女は小さく呟きながら、シーツを指先でそっと握った。過去のトラウマで他人を遠ざけてきた彼女にとって、サブトレーナーの匂いは安心感と同時に、抑えきれぬ恋心を呼び覚ますものだった。闇霊との戦いで彼に抱きついた時の記憶が蘇り、彼女の胸が締め付けられるように高鳴る。
マンハッタンカフェはベッドに横になりながら、枕に顔を寄せてさらに匂いを嗅いだ。
「貴方のそばにいたい。こんな気持ち、初めてかもしれない」
彼女の声は誰にも聞こえないほど小さく、まるで自分に言い聞かせるようだった。過去の喪失感や孤独を埋めるように、彼女はサブトレーナーの存在にしがみつくような気持ちで、しばらくその香りに浸っていた。
やがて、彼女は少し我に返り、慌てて身体を起こした。
「何やってるんだろう、私」
顔を真っ赤にして髪をかき上げたが、心の中ではサブトレーナーへの想いがさらに深まっているのを自覚していた。彼女はベッドから降り、乱れたシーツを整えながら、彼が戻ってくる前に平静を取り戻そうと努力した。
サブトレーナーが部屋に戻ると、ドアを開けた瞬間にマンハッタンカフェの姿が目に入った。彼女はベッドの端に座り、少し乱れた衣服を整えている最中だった。シーツの皺を直した手が止まり、彼が入ってきたことに気づくと、慌てたように立ち上がる。
「っ、サブトレーナー、さん。戻ってきたんだ」
彼女の声は少し上ずり、頬が微かに赤い。サブトレーナーの匂いに浸っていたことがバレていないかと、内心ドキドキしていた。
サブトレーナーは王子様らしい穏やかな笑みを浮かべ、彼女の様子に気づかぬふりをして自然に声をかけた。
「うん、ロビーで少し用事を済ませてたよ。カフェも、だいぶ落ち着いたみたいだね。でも良かった」
彼は少し近づき、彼女の額に浮かんだ汗や、戦いの疲れが残る表情を見て、優しく提案した。
「闇霊との戦いで汗をかいただろう? 疲れも溜まってるだろうし、風呂を浴びてリフレッシュしないかい?」
マンハッタンカフェは一瞬目を丸くし、彼の気遣いに心が温かくなるのを感じた。
「風呂……そうだね、確かに汗かいたし……気持ちいいかもしれない。ありがとう、ございます。提案してくれて」
彼女は少し照れながらも素直に頷き、衣服の裾を軽く整え直 した。戦いの緊張と興奮で火照った身体を冷ますのもいいかもしれない、と自分に言い聞かせる。
サブトレーナーは彼女の返事に満足そうに笑い、部屋のクローゼットからタオルを取り出して渡した。
「じゃあ、これを持って行って。浴室は廊下の突き当たりだよ。ゆっくり休んで、疲れを取ってね。私も何か軽いもの用意しておくから。」
彼の紳士的な態度に、マンハッタンカフェは小さく「うん」と答えてタオルを受け取った。
彼女が浴室に向かうため部屋を出ようとすると、サブトレーナーはふと思い出したように付け加えた。
「何かあったら呼んでくれ。君が安心して過ごせるようにしたいから」
その言葉に、マンハッタンカフェの胸がまた少しドキッとし、彼女は振り返って小さく微笑んだ。
「貴方って本当に…優しいね。ありがとう、ございます。サブトレーナーさん」
ドアが閉まり、彼女が浴室へと向かう足音が遠ざかると、サブトレーナーは部屋を見回し、彼女が使ったベッドの微かな温もりに気づいた。彼は軽く首をかしげて微笑み、約束通り軽食の準備を始めようとキッチンへと向かった。
◆
マンハッタンカフェが浴室から戻ると、部屋にはほのかに漂う美味しそうな香りが満ちていた。
彼女はタオルで髪を軽く拭きながらドアを開けると、そこにはエプロン姿で料理を仕上げているサブトレーナーの姿があった。彼はキッチンでフライパンを手に持ち、丁寧に何かを盛り付けている。王子様らしい優雅さと家庭的な雰囲気が不思議に調和したその姿に、彼女は一瞬立ち止まって見入ってしまう。
「……貴方、料理してるの?」
マンハッタンカフェの声に、サブトレーナーは振り返り、穏やかな笑顔で迎えた。
「うん、君が風呂でリフレッシュしてる間に何か軽いものを作っておこうと思ってね。戦いの後だし、ちゃんと食べて体力回復しないと。さあ、座ってて」
彼はそう言って、テーブルにスープとサンドイッチを並べた。シンプルだが温かみのある料理で、疲れた身体に優しいメニューだ。
マンハッタンカフェは髪を拭く手を止め、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。お風呂上がりの火照った頬と濡れた髪が、彼女のミステリアスな雰囲気を少し柔らかく見せている。彼女はテーブルの上の料理を見て、小さく感嘆の声を漏らした。
「スープとサンドイッチ…すごい、美味しそう。サブトレーナーさんはこんなこともできるんだね」
彼女の声には驚きと尊敬が混じっていて、サブトレーナーは少し照れたように笑った。
「トレセン学園でアイドルやってると、意外と自分で料理する機会も多いんだ。ファンのみんなに元気を届けたいから、僕も元気でいないとね。それに、君が頑張ってくれたから、少しでもお礼したかったんだ」
彼はエプロンを外し、彼女の向かいに座ってスープを一口飲んだ。そして、優しく促す。
「冷めないうちに食べてみて。どうかな?」
マンハッタンカフェはスプーンを手に取り、スープを口に運んだ。温かい味わいが疲れた身体に染み渡り、彼女の表情がふっと緩む。
「……美味しい。すごく落ち着く味」
彼女の言葉に、彼は満足そうに頷いた。
二人はしばらく静かに食事を楽しんだ。マンハッタンカフェはスープを飲みながら、サブトレーナーの気遣いや優しさがまた胸を温かくするのを感じていた。お風呂でリフレッシュした後、彼の手料理を食べるこの時間が、彼女にとって特別なものに思えた。
「貴方とこうやってると……なんだか、安心する。過去のことはまだ怖いけど、貴方がいれば大丈夫って思える」
彼女は小さく呟き、恥ずかしそうに目を伏せた。 サブトレーナーは彼女の言葉を聞き、穏やかに微笑んだ。
「君がそう思ってくれるなら、僕も嬉しいよ。闇霊だろうが何だろうが、一緒に乗り越えるさ」
その言葉に、マンハッタンカフェの心がまた少し近づき、彼女はスープを飲み干しながら、彼への恋心をそっと胸にしまった。
食事を終え、二人がテーブルで穏やかな時間を過ごしている中、マンハッタンカフェはスープの入ったカップを手に持ったまま、少し緊張した様子で口を開いた。彼女の瞳には決意と、サブトレーナーへの深い想いが宿っている。
「ねえ、サブトレーナー……さん。私、貴方と一緒に暮らしたい。結婚を前提に考えてほしい」
彼女の言葉に、サブトレーナーは驚いたように目を瞬かせ、スプーンを持つ手を止めた。マンハッタンカフェは少し頬を染めながら、勢いに乗るように続けた。
「お金も稼ぐよ。私、ウマ娘としてレースの仕事にできると思うし、家事だって全部私がする。料理も掃除も洗濯も、貴方が疲れないように全部やるから……だから、一緒にいてほしい」
彼女の声は真剣で、過去のトラウマを乗り越え、彼との未来を本気で描いていることが伝わってくる。サブトレーナーの優しさや温もりに触れたことで、彼女の中で「彼を失いたくない」という気持ちが膨らみ、こんな大胆な提案に至ったのだ。
サブトレーナーは彼女の言葉を最後まで聞き、しばらく黙って考え込んだ。彼の王子様らしい穏やかな表情は変わらないが、内心では彼女の想いの重さと自分の立場をどうバランスさせるか葛藤している。やがて、彼は優しく、しかしはっきりと答えた。
「マンハッタンカフェ、君の気持ちは本当に嬉しいよ。君がそこまで考えてくれるなんて、僕にはもったいないくらいだ。でも……今は一緒に暮らすのは難しいんだ。」
マンハッタンカフェの瞳が揺れ、わずかに肩が落ちる。彼女は小さく「どうして…?」と尋ねた。サブトレーナーは彼女の手をそっと握り、穏やかな口調で理由を説明した。
「私はアイドル活動を続けたい。お金、名声、権力、そしてファンのみんなを笑顔にするのが私の夢で、それをまだ諦めたくないんだ。一緒に暮らすとなると、アイドルとしての生活やスケジュールが難しくなるかもしれない。それに、君には君の人生がある。全部背負うなんて言わずに、もっと自由に生きてほしい」
マンハッタンカフェは彼の手の温もりを感じながら、言葉を噛みしめる。彼女の心には恋心と、サブトレーナーの夢を尊重したい気持ちがせめぎ合っていた。
「貴方の夢……大事だよね。私、わがままだったかもしれない。ごめんなさい、無理言って」
彼女は少し寂しそうに目を伏せたが、サブトレーナーは首を振って優しく否定した。
「わがままじゃないよ。君がそんな風に思ってくれるなんて、私には宝物みたいな気持ちだ。ただ、今は一緒に暮らす形じゃなくて、別の形でそばにいられたらいいなって思う。例えば、こうやって時々会って、支え合える関係とか」
彼の提案に、マンハッタンカフェは小さく頷き、かすかに微笑んだ。
「うん……それでも、貴方と繋がっていられるなら、私には十分だよ」
二人は手を握ったまま、互いの想いを静かに受け止め合った。マンハッタンカフェの恋心は変わらないが、サブトレーナーの夢を尊重する形で、新たな絆の形を見つけ始めた瞬間だった。