マンハッタンカフェは大人の階段を昇りたい   作:あばなたらたやた

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7話:サトノダイヤモンド②

 喫茶店「カフェ・ルミエール」の窓際席で、サトノダイヤモンドはハーブティーのカップを手に持ったまま、涙を拭ったハンカチを膝に置いていた。

 

 暖かな灯りが彼女の顔を照らし、夜空の星々がガラス越しに静かに瞬いていた。私は彼女の向かいに座り、彼女の小さな微笑みに安堵しつつも、彼女の心にまだ残る重荷を感じていた。彼女の「完璧への渇望」が少し和らいだように見えたが、その根底にある「サトノ家のプレッシャー」が、彼女の瞳に影を落としているのが分かった。

 

「……ありがとう、ございます。サブトレーナーさん。私、完璧じゃなくてもいいって……初めて、そう思えた気がします……」

 

 彼女の声は穏やかだったが、その言葉の後ろに隠れた迷いが、サブトレーナーの耳に届いた。私は柔らかく微笑みながら、彼女にそっと問いかけた。

 

「それは良かった。でも、まだ何か引っかかってるみたいですね。私でよければ、もっと話してくれませんか? あなたの心が少しでも軽くなるなら、私も嬉しいんです」

 

 サトノダイヤモンドはサブトレーナーの言葉に目を上げ、カップをテーブルに置いた。彼女の手が一瞬震え、再び言葉を紡ぎ始めた。

 

「私……サトノ家のプレッシャーが、ずっと消えないんです。完璧でなくてもいいって、今は少し思えたけど……家族の期待が、私の背中に重くのしかかってて……」

 

 彼女の声は小さくなり、視線がテーブルに落ちた。

 

「サトノ家って、新興の名門だけど、伝統を築くために、みんなが私に期待してるんです。私が輝かなきゃ、サトノの名が認められないって…小さい頃から、そう言われて育ってきて……」

 

 ラスティは静かに聞きながら、彼女の言葉に込められた重さを感じていた。サトノ家のプレッシャーは、彼女にとって単なる期待ではなく、彼女の存在そのものを定義するものだった。彼女は続けた。

 

「お父様がよく言ってたんです。『お前はサトノのダイヤモンドだ。輝くことで、家族の未来を切り開くんだ』って…だから、私が走るたびに、それが頭に響いて……勝てなかったレースの後なんか、お父様の失望する顔が浮かんで、胸が締め付けられて」

 

 彼女の瞳に涙が再び滲み、声が震えた。

 

「クラウンさんだって頑張ってるのに、私が勝てなきゃ、サトノ家の夢が遠ざかるって思うと……プレッシャーがどんどん大きくなって、息ができなくなる時があるんです。家族のために走りたいのに、その気持ちが私を潰しそうで……」

 

 その言葉に、サブトレーナーは彼女の苦しみの深さを改めて悟った。サトノ家のプレッシャーは、彼女を輝かせるためのものではなく、彼女を縛る鎖となっていた。家族の誇りを背負うことは、彼女にとって喜びであると同時に、逃れられない呪いでもあった。

 

 彼女の声は途切れがちで、言葉を続けるたびに、肩が小さく震えていた。彼女は無意識に指先でスカートの裾を強く握り潰し、白い指関節が目立つほど力を入れていた。

 

「毎朝、鏡を見ると、目の下にクマができてて……トレーナーに隠すために、メイクでごまかしてるんですけど……自分でも、顔がどんどんやつれてるのが分かって」

 

 サブトレーナーは彼女の言葉に耳を傾けながら、彼女のストレスが身体にも現れていることに胸が痛んだ。彼女の頬は確かに少しこけ、普段の優雅な笑顔が影を潜めていた。彼女は続けた。

 

「トレーニングでも、頭がぼんやりして…昨日なんて、走ってる途中で足がもつれて転びそうになって……みんなには笑ってごまかしたけど、心臓がバクバクして、息が苦しくて…そ…の後も、サトノ家の名に恥じない走りをしなきゃって、自分を責めて……」

 

 彼女の声が震え、瞳に涙が滲んだ。彼女はテーブルに視線を落とし、両手で顔を覆うようにして呟いた。

 

「私、食事も喉を通らなくて……ハーブティーの香りだって、落ち着くはずなのに、胃が締め付けられるみたいで……サトノ家のプレッシャーが、私をこんなに弱くしてるのに、それでも頑張らなきゃって思うと、頭がぐちゃぐちゃで」

 その告白に、サブトレーナーは彼女が強いストレス環境下にあることを痛感した。サトノ家の期待が、彼女の心を締め付けるだけでなく、身体にも明確な影響を与えていた。不眠、食欲不振、動悸、そして集中力の低下――彼女は完璧を求めるあまり、自分を極限まで追い詰めていたのだ。私は彼女の震える肩を見て、ただ聞いているだけではいられないと感じた。

 

 彼女は完璧を求め、その先に家族の笑顔を見たいと願っていたが、その重さが彼女の心を疲弊させ、走る喜びさえ奪いかけていたのだ。

 

 サブトレーナーは彼女の涙を見過ごせず、穏やかに、しかし心から語りかけた。

 

「そのプレッシャー、本当に重いですね。あなたがそんなに頑張ってるのは、サトノ家を愛してるから。その気持ちは、きっと家族にも届いてると思うんです」

 

 彼女は私の言葉に目を上げ、涙で潤んだ瞳で私を見つめた。

 

「でも……私が勝てなきゃ、家族が認めてくれないんじゃないかって」

「あなたのお父様が言った『輝く』って言葉、勝つことだけじゃないのかもしれません。私には、あなたが毎日走る姿、家族のために頑張るその気持ちが、すでにダイヤモンドみたいに輝いて見えます。クラウンさんだって、あなたの努力を見て、同じ夢を追いかけてるんじゃないですか?」

 

 サブトレーナーは真っ直ぐに目を見て、言う。

 

「サトノ家のプレッシャーは、あなた一人で背負うものじゃないと思うんです。家族の夢は、あなたが幸せでいることも含まれてるはず。私には、あなたが笑顔で走る姿が、サトノの名を一番輝かせるように見えますよ」

 

 喫茶店の暖かな灯りが彼女の顔を照らし、彼女はハーブティーを手に持ったまま、初めて穏やかな微笑みを浮かべた。その笑顔に、サブトレーナーは彼女の「サトノ家のプレッシャー」が、少しずつ解けていくのを感じた。夜空の星々が窓越しに瞬き、二人の間に静かで温かな時間が流れていた。

 

 サブトレーナーは彼女の向かいに座り、彼女の小さな微笑みに安堵しつつも、その背後に隠れた強いストレスに気づかずにはいられなかった。彼女の瞳には疲れが滲み、普段の気品ある佇まいが、どこか脆く崩れそうに見えた。

 

 彼女の穏やかな息づかいに安堵しつつも、彼女の心と体を蝕む強いストレスがまだ消えていないことを感じていた。彼女の瞳には疲れが残り、肩には見えない重荷がのしかかっているようだった。

 

「私、こんな状態でも、誰かに心配してもらえるなんて」

 

 彼女の声は小さく、感謝と共にほのかな安堵が混じっていた。サブトレーナーは柔らかく微笑みながら、彼女の言葉に頷いた。

 

「それは良かった。私でよければ、いつでも話を聞きますよ。あなたがそんなストレスの中で頑張ってるなら、無理しないでほしいと、私、心から思うんです」

 

 彼女は私の言葉に目を上げ、僅かに唇を緩めたが、その表情にはまだ疲れの影が残っていた。私は彼女の震える指先や、やつれた頬を見て、ただ話を聞くだけでは足りないかもしれないと感じた。

 彼女には休息が必要だった。そして、もっと言うなら、プレッシャーから解放されるひと時が。ふと思いついたサブトレーナーは、穏やかに提案してみることにした。

 

「サトノダイヤモンドさん」

 

 サブトレーナーは少し軽い口調で、彼女の注意を引くように声をかけた。

 

「こんなことを言うのは初めてですけど……気分転換に、私と一緒に遊びに行きませんか?」

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