バッドエンドハッピーは良いゾ^~これ
夜、誰しもが眠りについている静かな時間。
すやすやと眠るマゼンタの髪色の少女は、心地良さそうな寝顔と寝息を立てながら月明かりに照らされる。
彼女の影が映る、なんでもないはずの影。
……しかし、そのなんでもないはずの影は、妖しく揺らめく。
そして『影』はやがて実体を構成し始める、それは寝ている彼女に良く似た、それでいてあどけない顔付きの本人とは違いどことなく目付きが鋭い顔付きで。
「ふぅ……やっと復活出来た。全く、ここまで手こずらせるなんてサイアクってカンジ」
彼女の名前は『バッドエンドハッピー』、かつてこの世界をバッドエンドに染め上げようと企んでいたバッドエンド王国幹部ジョーカーの手によって生み出された存在。
そして、その侵略から地球を護った伝説の戦士プリキュアのコピー体でもある。
勿論ではあるが彼女、バッドエンドハッピーは一度倒されている……今すやすやと眠るこの少女の変身するキュアハッピーによって。
だが倒される目前で咄嗟に彼女は自分の力の1%程……誰にも悟られない大きさの力だけを自分のコピー体、写し鏡であるキュアハッピーこと星空みゆきの影に忍ばせて生き残っていた。
「まだ実体になれただけで本調子でもないみたいだし。このままじゃまた負けるだけじゃない……!そんなの認めないんだから!絶対に……絶対にバッドエナジーをもっともっと吸収して、次こそメッタメタに倒してやるんだから……」
だがバッドエンドハッピーはまだ完全復活には程遠かった。
それもそのはず、1%の力で生存してからまだ一年も経っていないのだから当たり前だった。
感覚としては約3割、アカンベェ程度なら倒せるがプリキュア相手では通常の姿相手でも1体1ですら勝てるかどうか怪しい程……そう感じた彼女はまず、目前のキュアハッピーを倒す事では無く自分の強化の為に街に繰り出す事にした。
「変装は……こんなもんで良いかしら。癪だけど今はバレたらまずいし」
深夜の内に考えたのは……まず変装だった。
キュアハッピー及びプリキュアにバレてしまっては生き延びた努力が台無しになる、不本意ではあるが今の彼女は慎重に行動する事を念頭に置いて髪を隠しやすい帽子、メガネ、そして地味だが
「ジョーカー様もいなくなって、バッドエンド王国も壊滅して、ほんとやってらんないわよ」
ぶつくさと呟くバッドエンドハッピーの顔は疲れ切っていた。
上司も、所属していた国も爆散。かつて一緒にいたコピー体の同僚もいない、正に孤軍奮闘であった。
「あーあ、もう今更しーらない。ワタシはワタシの為だけに強くなってプリキュアを倒すんだから。自分だけが幸せならなんだって捨てられるのがワタシ、何なら死んだジョーカー様のバッドエナジーがどっかに残ってるかもしれないしそれを探すのもありね、ふふふ」
そして彼女は生きていたら生きていたで一応忠誠は誓うものの、死んでいたら死んでいたで忠誠を誓わない程度には自由意志を持ち合わせる存在でもあった。
彼女はコピー元、星空みゆきとは真逆の存在だった。
星空みゆきが『誰もがみんなハッピーになれる事を望んでいる』のに対し『自分自身がハッピーであるなら誰がどうなろうと知った事ではない』という信念があるのが大きかった。
その信念があるからこそ、生みの存在であるジョーカーがいなくとも何一つ問題無い上にすぐさま切り捨てて行動する事が可能だった。
「歩いてるだけじゃ意味無いって思ってたけど……案外イケるじゃない、この街のバッドエナジーも」
ところで、だが。
彼女もアテも無く歩いている訳では無い……正確には、アテは無かったのだが存外歩いているだけでも意味を成している事に気が付いた。
この街でも少しではあるが、負のエネルギーを感じる事は可能である……尤も、完全体であれば強制的に増幅させねば取るに足らない量であるが。
だが、今の3割程しか復活出来ていない彼女であればその量でも念入りに吸い取りたいと思える立場であった。
「うーん、なんか気分が良いわねぇ。やっぱり少しでも直に新鮮なバッドエナジーを吸えるってのは格別ね格別」
実のところ『影』の時もそうした負のエネルギーを吸っていなかった訳では無い、寧ろ吸っていなければこうして復活する事は不可能だった。
だがあくまでもそれは影越しに吸っていた、言わば星空みゆきというフィルター越しに吸っていたに過ぎない。
仕方の無い話ではあるが、所謂
「さて、この調子でもっと沢山吸収しないと……ん?」
「あそこにいる人間……なーんかバッドエナジーが漏れ出てる……うん、決めた!まずはあの人間から吸い尽くしてハッピーになっちゃおーっと!」
ニヤリと悪い笑みを浮かべながらスキップでターゲットに定めた男へと近寄る。
だが、彼女は知らなかった。
既に自分が生み出された時の自分とは違ってきている事に。
そして何より、この出会いは――
「はぁ……」
表向き、俺は文武両道で完璧、生徒会と野球部を両立していて志望高校にも既に受かったも同然……なんて言う見られ方をしている。
実際生徒会を優先しても良いと言われる程、土日や出られる日の練習や知識、実戦で努力してきたし勉強だって両立する為に闇雲な方法ではなく覚えやすい方法でなるべく短時間でやって、ここまで親の期待に応えられてきた。
「俺、何の為に……」
俺の親は片親だ、父親は幼い頃に病気で亡くなっている。
だから母親はいつも働いていて、1人でいる事が多かった。
当たり前のはずだった、多忙で構ってくれる事が少ない母親を喜ばせる為に成績優秀、スポーツ万能、生徒の手本になるような人間で学校の顔。
そんな『絵に描いたような優秀な人間』である事が、そしてそうする事で将来良い仕事に就いて働く事が何より親への恩返しになると信じて疑わなかった。
だと言うのに
『僕かい?僕は今から友達と遊びに行くんだ、良かったら君もどうだい?』
『遊びに……?勉強や自主練はしないのか?』
『確かに僕は真面目の方に入るんだろうけど、それでも息抜きくらいするさ。そうしないと息詰まってしまうからね』
ライバルだった。
いつも勉学においてもスポーツにおいても学年首席を争う奴だった。
そんな奴だからきっと俺と同じようにいつだって必要な事をしているに違いない、そう決め付けていた。
だが、違った。
アイツは、俺に比肩する成績を残しながら遊んでいた。
自分が人生の全てを捧げてしてきたものを、遊びながらほぼ食い付いてきていた。
瞬間、自分の存在価値とは何なのか分からなくなった。
自分のアイデンティティが奪われたら、きっと壊れてしまう。
そう思うとどうして良いか分からなかった。
勉強にもスポーツにも身が入らなくなってしまっていた。
何より、全てを犠牲にして、他の人間が遊んでるのを目を逸らしながら捧げてきた。
他の人間より上に立っていたから我慢出来ていた、尊敬され憧れられ、親にも褒められていたから耐える事が出来ていた。
「……何もかも破綻してしまう。そんなのは……」
もしも、このまま抜かされてしまったら。
コイツに抜かされないのだとしても、この先、高校に入って、大学に入って……そんな中で1位になれなかったら。
ただでさえ茫然自失でモチベーションが揺らいでる今、アイツに勉学もスポーツも抜かされてしまったら。
本当に母親に見捨てられてしまうのではないか。
「俺は、俺は……」
黒い感情に押し潰されかける。
「ねえ、おにいさん」
「…………え?」
思考が中断される。
目の前にいたのは、自分と同じか少し年下に見える少女。
「一緒に遊ばない?」
不思議と、声を聞くと少しだけ気持ちが楽になるような気がしてくる。
なんとも不思議な感じがする。
だが……
「なんかもう、どうでもいいや」
ほんの少しでも楽になれるなら。
自然と俺の手は、女の子の差し出された手へと伸びていたのだった。
ニチアサものなので投稿時間はプリキュアの放送時間に合わせて8:30とさせていただきますウウウウウ