「ねえ、おにいさん」
「一緒に遊ばない?」
少女はチラリと顔を覗き込んでから、少し失敗したかとほんの僅かながらに感じた。
『おにいさん』と呼ぶにはその少年は若過ぎたのだ、それも自分のコピー元である星空みゆきと同年代だろう顔付き……であればそう呼んだのは不自然か、なんとでもなるだろうが餌は釣り上げたいだけに面倒にはなるのは不都合だと思案する。
「……星空?」
「え?」
しかし虚ろな目をした少年が無意識に放ったであろうその言葉は予想外にも人違いの一言だった。
正確に言えばコピーであるのだから人違いでは無いのかも知れないが、などとはこの少女は考えない、細かい事を考えるのは得意では無かった。
「あ……いや、その、済まない……知り合いに似ていたんだ。見ず知らずの君に失礼だったよね」
「ふーん、別に謝る事じゃないと思うケド。というか謝るなんて面倒じゃない、それよりもワタシのお・さ・そ・い……乗るの?乗らないの?」
「あ、ああそうだったな……それじゃあ、お言葉に甘えてお誘いに乗らせてもらおうかな……なんかもう、全部どうでも良くなっちゃったしな……」
「何があったか知らないケド、全部全部どうでも良くなっちゃったなら後はぜーんぶ捨てて自分がハッピーになっちゃえば良いのよ!面倒臭いじゃない、何かの為に頑張るなんて」
少女は少年の事情なんてものどうでも良かった。
バッドエナジーを吸い取るついでに『一緒に遊んでいる』という怪しまれない口実も付けて、人の多い場所に誘導してもっと沢山の人間のバッドエナジーを観測して吸い取るという計画さえ成功すれば他の事は関係無い。
ただ、事情はどうでも良いが自暴自棄でかなり溜め込んでいるだろう事に関してだけは『餌として絶好の存在』そう断定していた。
「面倒、か……確かにそうなのかもな。今までは当たり前みたいにやってきたけど、思えばそう言われたら否定は出来ない。完璧じゃないとダメなんだって呪いみたいになってたんだろうな」
「えー、なんでそんな生き方してたのか知らないけどさ〜、もっと楽に自分の事だけ考えて生きれば良かったのに。それで?おにいさんはどこ連れてってくれるワケ?」
意味不明だ、彼女の抱いた率直な感想である。
周りの目を気にしていたのかはたまた誰かにそうする事で何かをアピールしたかったのかとは考えたもののバッドエンドハッピーに彼の気持ちを汲み取るなんて行為は傍から全く無かった。
それよりもさっさと移動する方が先決だと意に介する素振りすらほぼ見せずに催促を入れる、冷静に考えれば少しくらい機嫌を損ねてもおかしくは無いのだが少年にそんな余裕は無かった。
「え、あーそう言えば遊んでくれるんだっけか……俺が連れてく……にしたって、どこかで遊んだ記憶って俺には無いんだ……ごめん」
「ええ……」
バッドエンドハッピーは絶句していた。
この一年弱星空みゆきの影に潜伏して過ごしていただけあって所謂中学生の生態に付いてはそこそこ履修していたのだ。
そこでは男女問わず気楽に遊んで生きてる人間が圧倒的に多く、また勉学やスポーツといった入れ込んでいるものがある人間にしたって全く遊ばないという人間は見た事が無かったのが要因である。
尤も、少年のような人間もたまにはいる。いるのだが特に星空みゆきの周りは真面目で堅い雰囲気というよりも遊ぶ事が多い性格が多くいる為、存在を確認する事が叶わなかった事情もある。
勿論ではあるがその事をバッドエンドハッピーが知る由は一切無い。
「い、いやあ本当に申し訳ない……出来ればキミのオススメとか、あったらそこに……」
「ワタシのオススメぇ?」
「無い……かな?」
「無い……事は無いカモ。その代わりぃ、ワタシのワガママに一日振り回されてくれる?」
「構わないよ、代わりにお金も俺が出すし」
「へーおもしろーい。そんじゃ着いてきてー」
ただ、だからと言って機転の利かない彼女ではない。
前述した通り現役女子中学生の影に隠れて長期間過ごしてきただけあり、この街の遊び場についてはそこそこ熟知していた。
自分で提案したり考えるのが面倒なだけでやれと言われたらやれるだけの知識は存在している。やりたくないという感情が先行しまくるだけで。
「……どこに連れて行ってくれるんだ?」
「遊園地よ、ゆーえんち。ワタシも行ったこと無いケド遊ぶ場所といったら鉄板だし、何より人多いじゃない」
「人多いところが好きなのか?」
「んー、まあそんなとこ。人が多ければ騒がしくて貴方も一人で集中なんてできっこ無いでしょ?」
「……そうかもな、ありがとう」
少年としては純粋に言葉を額面通り受け取って礼を言ったまでに過ぎないが、バッドエンドハッピー側からしてみれば100%口から出まかせであった。
人が多いところが好きかどうかなんて気にした覚えもなければどうでもいい上に思いやって言ったつもりも微塵も無かった。
「ふむふむ……」
「どうかした?」
「ううん、何乗ろうか決めてたトコ。最初はあのジェットコースターってやつにするわ」
着いて早々彼女が思ったのは「娯楽施設の割にはバッドエナジーがそこそこある」という感想だった。
影に隠れている時は明確にバッドエナジーがどこにどれだけあるというのはあまり分からなかったものの、人が多いというだけで選ばれたにしてはまあまあの餌場になると手応えを覚えていた。
なお、主な原因は迷子になっている子どもやワガママに振り回される親、重労働の着ぐるみの中身の人間から発せられる少量のバッドエナジーの積み重ねである。
「意外とそういうの好きなんだ」
「高いところが好きなのよ。そういうの貴方は高いところとか好きなの?」
「俺は……どうなんだろう、気にした事も無かったな」
「ふーん、つまらない人ね」
ニヤニヤと計画以上の収穫がありそうだと少しずつ吸い取る彼女とは対照的に、少年は乾いた笑みで自嘲気味に「そうだね」と呟く。
「俺には自分の意志が無かった。テストで、スポーツで、何かで表彰された時にだけ母親は俺に振り向いてくれた。多忙で何をするにも俺より仕事優先で、まあそりゃ父親がいないんだから仕方ないけどさ」
「バカバカし。そんなの適当に利用して気楽に生きれば良かったじゃない」
「……そうなのかな。もっと早くに気が付けていたら、違ったのか……一番になったら愛してくれる……ってのは、間違いだったのかなぁ」
「一番にならなきゃ見向きもされない時点で貴方、見限られてんじゃない?」
「かもなあ……今更、気付くなんて……」
情けない、と心の中でバッドエンドハッピーは蔑む。
自己中心的に生きていれば悩む事も苦しむ事も無い、今からでもそうすれば良いのに何を悩むのかと言う価値観しか無い彼女からしてみれば取るに足らない言葉でしか無かった。
それはさておき、そんな下らない事でもバッドエナジーが溜まっていく様は好都合なので放っておいてそろそろ食べ時なのでジワジワと吸っていたりする。
「ところでそんなのはどうでもいいんだけど……乗るの?乗らないの?」
「あ、ああそう……だったね。折角誘ってくれたんだし乗ってみるよ」
「あっそ」
特に見向きはしない、どうせ乗っても乗らなくても勝手にいなくなったとしてもまた探せば良いだけだ。
彼女は個を個として見ていない、バッドエナジーを吸えるか否かの二択でしか見ていない。
だから。
「ほら」
「え?」
「貴方も行くんでしょ?ボヤっとされるとメーワクなのよ」
「ああ……そうだね」
そうして手を差し伸べたのは、きっとコイツを騙す為、気の所為だと彼女は思う事にするのだった。