「何処にいる……キュアハッピー……!」
傷が癒えるまでに数日を要したのは屈辱以外のなにものでもなかった、その間にキュアハッピーへの憎悪だけは癒える事は無かった。
三度目は無い、それは誰に命令される事でもなく、支配からでもなく、使命でもなく、純粋な怒り、憎しみ、そこから生まれる絶対的な確信からだった。
「皮肉なもんね」
力を感じる、自分から発現したバッドエナジーの塊だ。
バッドエナジーは人間目線では『負の感情』と言われる怒り、悲しみ、憎しみ、嫉妬、諦観そういったものから生まれる。
そしてそれが発現するのは何も人間でなくても良いし、何なら生物でなくても良い。
つまりはワタシのような存在からでもバッドエナジーは生まれる、ただ本気でその感情を持たなければ自給自足なんて事は出来ないケド。
だからこそ、敗北から生まれた怒りと憎しみがエネルギーに変わっていく様はあまりにも皮肉だった。
「今度は必ず仕留める……」
「あれ、キミは……おーい!」
「は……?なっ!?」
だからだろうか、コイツの事をすっかり忘れていたのは。
あの日まで、数日前までは復活してから長い事隣にいたって言うのに、会ったら絶対面倒な事になるって分かっていたのに忘れていたなんて……いや、本当はそうじゃない。
『忘れていたかった』
何故かは分からない、コイツを気絶させる瞬間ズキリと胸が痛んで……その後からだろうか、考えれば考える程苦しくなって。
訳が分からないのに現象だけは先行するそれに心の行き場を無くして、きっと考えれば負けるだろうと考えないようにしていただけだった。
「いやーなんかこの前図書館で倒れた?辺りから記憶が無いんだよ、それに数日顔さ、見てなかったからもしかして俺がなんかヘマして呆れられたのかとばかり……」
「…………はぁ。んな訳無いでしょ、覚えてないの?アンタ、もう少し本読みたいからってワタシが帰った後も残ったんだから。寝てただけでしょどうせ」
「え?あれ、そうだっけ?」
「そーなのよ、頭だけ無駄に良くてもそういうとこ抜けてるわね」
言っていて、自分が頭でもおかしくなったんじゃないかと感じるくらい不気味な事を喋っている事に気が付いていた。
取り立てて誤魔化す必要なんて無いはずで、もう構う必要も無いはずで、用済みなんだから適当に捨てておけば良かっただけなのに。
「そ、そうかそうか~それなら良かった。それじゃこれからも友達でいてくれるって事で良いのかな?」
「友達ィ?いつからワタシとアンタ、友達になんてなったっけ?」
「違った?俺としては結構大切な友達だと思ってるんだけどさ」
「あー……もう面倒ねえ……勝手にしなさい。特別に否定はしないでおいてあげるから」
隣にいるだけで、何故かキュアハッピーへの憎悪や怒りが少しだけ和らぐのを自覚する。
これは消えてはいけない感情のはずだ、だったら離れれば良いのに……離れなくても良いかもしれないなんてほんの少しだけ考える気持ちが存在していた。
……どうせ次キュアハッピーに会うのがいつになるのかは分からない、だとしたらそれまでまたバッドエナジーをいつものように吸う日課を過ごしたって構わないはずだ。
そう自分に言い聞かせて、誤魔化して、何だかんだで数日前と変わらない日々を受け入れる、受け入れてしまっていた。
「で?今日はなんかするの?」
「今日か〜、特にこれと言って考えてはないんだけどさ。キミと食べられたらって思って弁当作ってきたんだ……良かったらそこの公園でゆっくり話でもしながら食べない?」
「アンタが弁当ねえ、まあ食べてやっても良いわ」
「やりぃ」
「そんなに嬉しいワケ?」
「そりゃあ、キミの為に作ってきたからな」
「……相変わらず変わった奴ねえ」
やれやれと言いながらも、今は何だか静かな場所で少し落ち着きたい気分になっていた。
そんな気持ちになったのなんて初めてだけど、こうなればワタシは自分のやりたい事は全て感情任せに叶えてやる。
理屈は分からないにせよワタシがやりたいって事はそれが正解で最高ってコトには違いない、自分の感情に振り回されるくらいならこっちの方が余程楽ってやつ。
ベンチに腰を下ろす。
「はい、これキミの分。……何が好きで嫌いか分からなかったから、俺の好きなように作っちゃったけどね」
「あっそ。……ま、見た目は普通ね」
正直言ってワタシの身体は別に何かを食べても食べなくてもどちらでも構わない、バッドエナジーに関しても力が強くなるだけで生きるのに必要って話もない。
だから『美味しい』やら『不味い』なんて感覚は分からない。
そもそもそんな事を意識して何かを食べた事も無い、ただその場の雰囲気で不自然にならないように摂取してるに過ぎないのだから。
「感想は期待しない事ね」
「食べてくれたら嬉しいってくらいだから、そこまでは求めてないよ。くれたら嬉しいけどね」
箸で摘んだのは……恐らく鳥の唐揚げ。
影の中にいる間で人間界の知識もそこそこ覚えて擬態もかなり様になってるだけあって、興味は無くても知ってはいる程度の知識があるのが便利だ。
……まあ、今この時だけは味覚を意識して食べてみるのも一興。
色んなワタシの中のイライラが無くなったお礼ってやつよ。
らしくないけどね、気まぐれよ気まぐれ。
どうせなら手早く済ませるべきだと一口で放り込む。
「……」
「どう?」
「もきゅ……もきゅ……ん……まあ……悪くないわね……」
意識してムスッとした顔をしながらそう答える、但しこの言葉に嘘は無い……不本意ではあるケド。
舌に程良く刺激が来る感じと噛みごたえが好みだった。
ただ、これが『美味しい』という感情かどうかについては聞く気はない、聞くのは何となく負けた気がするから。あっちも別段聞いてこない気がするのも理由だケド。
「そう?そりゃ良かった。料理なんてあんまり作らないから心配だったんだよ」
「アンタ、色々やれる事あるじゃない……もぐもぐ……やりたいなら好き勝手やっても良いんじゃない?ワタシはそうやって過ごしてるし」
「確かに……それも良いかもな。俺、今までずっとレールの上を走るような生き方だったから分からなかったけれどさ、案外勝手気ままに生きる方が性に合ってるのかも」
「つくづく似た者同士ね、ワタシ達」
「ダメかい?」
「……ま、許してやるわよ」
……夢、理想、そんなものワタシには分からないし価値があるとも到底思えない、理解も出来ないし肯定すらしたくない。
でもコイツだけは別だと認定してやっても良い、ワタシの作戦に大人しく利用されてくれたのもそうだが、キュアハッピーに負けたというどうしようも無い憎悪が和らぎ、心を落ち着かせてくれたから特別サービスってヤツ。
理解も肯定もしないが、コイツだけはその感情を見せても許してやる事とする。
そうだ、何だったら特別にワタシが支配した世界で唯一バッドエナジーに染め上げずにいさせるのもありかもしれない。
「…………」
「何よ、驚いたような顔して」
アレコレ考えていたら何だか変な顔をされた。
色々と許しはしたものの生意気な事までは許して無いんだケド……
「いや、さ……キミ、笑うとその……可愛いなって」
「……は?笑う?誰が?」
しかしその口からは正気の沙汰では無い言葉が紡がれた。
相手を挑発する笑み、侮蔑する笑み、軽蔑する笑みは知っている……だが今そんな感情は無い。
だから笑う等有り得ないはずだ。
「キミだよ。もしかして自覚無かった……?」
「自覚も何も、今笑うとこだったかしら?」
「まあ……俺もこれでは本とか知識でしか知らなかったけど。ヒトって美味しいもん食べたり楽しかったり安心してると、自然と笑顔になるらしい。で、今実物見てるワケ」
「は、はあ!?ワタシがそんな感情持つ訳が……」
「じゃあ見てみる?はい鏡」
有り得ない……はずなのだ、本当に。
なのに……鏡に映るワタシは違った、それはまるで別人かのように。
「…………ワタシ?これが?」
思わず帽子が落ちるのにも気を留めずに見つめてしまう。
その視線の先には、間違いなく笑顔のワタシがいた。
挑発でも、侮蔑でも、軽蔑でも無い……まるでヒトのような笑顔。
「帽子脱いだとこ初めて見たな……」
どんな感情を抱くべきか分からない。
ヒトと長く共に過ごしすぎてヒトらしさが移ったのか、はたまた星空みゆきの影にいたせいでバグが生じたのか……少なくとも気のせいではない事だけは確かだった。
「ワタシは……一体……」
「あれ?あなた……バッドエンドハッピー……?」
ただ、その気の緩みは致命傷を引き起こした。
普段は絶対しないミス、それに気が付いた時には既に遅かった。
「ほ……星空みゆき……!!」
目の前にいたのは、宿命の敵だった――