守護刀と境界戦線 作:寝る子は粗雑
トリオン体にダメージを与える事が可能なのは、トリオン技術のみ。
しかし、だからといって体術が全くの役に立たない訳ではない。
寧ろ、いざという時の隠し球にすらなりうる、強力な一手でもあった。
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「右!右!左!右!」
「ッ!シッ………!」
「どうした、雲助!もうバテたか!」
「ッ!!」
ズバムッ!とミットに打ち込まれる拳の威力が増す。
半袖のスポーツウェアに、ハーフパンツ姿で拳を振るうのは竹叢雲助。対して、ミットを構えるのは筋骨隆々とした巨漢、木崎レイジである。
場所は、玉狛支部。その地下にある訓練室だ。
この二人の関係は、一応師弟という事になる。
木崎が教えているのは、主に体術の筋トレメニューの考案。それから、竹叢への料理指導。
最後がおかしい気もするが、実際に効果が出ている為周りからもとやかく言う声は無い。
「――――フィニッシュ!!」
「ッ、ハァッ!!」
高く掲げたミットに、跳び廻し蹴りが叩き込まれて小休止。
「はぁ……!はぁ……!あ、ありがとう、ございました…………!」
「良い蹴りだった。体重も良く乗っていたな」
膝に手をついて息を整える竹叢の頭を、ミットを外した手で撫でる木崎。
彼の指導はほめて伸ばす。ついでに、今の弟子は怒られるような事はしない良い子であるから、怒鳴りつける事もまずあり得ない。
そんな二人の元へ、もっさりしたイケメンが寄ってきた。
「お疲れ様です、レイジさん、雲助」
「京介か」
「はぁ……!ふぅー……こんにちは、烏丸さん」
「ああ。コレ、スポーツドリンクとタオル」
「ありがとうございます」
「悪いな」
自身の持ってきたドリンクとタオルを受け取る二人を見やり、烏丸京介は考え込む。
彼が玉狛に所属するようになったのは、少し前の事。竹叢との付き合いは、更にその前からの事だ。
交流のある同い年。苦学生でもある烏丸だが、それでも授業などに遅れず付いていけるのは、竹叢からの援護がある事が大きかったりする。
ノートを纏める事もそうだが、時間がある時には勉強会を開いて竹叢が教師代わりに教えていく。
彼曰く、復習になるから寧ろありがたい、らしい。
汗を拭って水分と塩分を補給してから、二人は徐にトリガーを取り出した。
「京介も混ざるか?これからは、トリオン体での体術訓練だが」
「はい。俺も、動きたいと思ってた所なんで」
木崎の誘いに、烏丸も頷く。
トリオン体での体術訓練など、真面にやっている部隊はボーダー本部にもまず居ない。一応、スコーピオンなどは体術が応用できるが、それでも力を入れている者は少ないだろう。
実際、烏丸も体術の有用性に気付いたのは最近になって。主に、トリオン体でスラスターパンチを叩き込む
因みに、三人の体術のスタイルはそれぞれ別物。
拳の重さに優れ、軍隊格闘技とボクシングが組み合わさった木崎。
フットワーク重視で、あくまでも武器術の隙を潰す為のヒットアンドアウェイがメインの烏丸。
そして、映画に影響されてジークンドーや詠春拳などが入り混じった身体操作と派手さのある竹叢。
三者三様で入り乱れ、拳を交える野郎三人。
そして、そんな彼らを訓練室の外から観戦するのは輝く眼鏡。
「いやー、ムラクモちゃんももう立派なゴリラになっちゃったね」
「まあ、ちょっとはマシになったんじゃない?あたしにはまだまだ及ばないけど!」
お菓子片手に、宇佐美栞と小南桐絵の二人は談笑中。
「そう?ムラクモちゃんの防御抜くのって、太刀川さんでも難しいって話だけど?」
「ふふん♪本部のレベルも落ちたものね。歴戦の攻撃手って奴を見せたげるわ!」
嬉々としてトリガーを起動した小南は、訓練室へと駆け出してしまう。
まず間違いなく、怒られる。木崎は何かと、竹叢とのトレーニングを気に入っているし、烏丸も横槍には良い顔をしないだろう。
実の所、竹叢が玉狛支部を出入りする事には彼の知らないところで一悶着起きていたりする。
主に、司令と支部長の間で。
ボーダー屈指の防御巧者にして、No.7攻撃手。戦力として申し分ない上に、人柄に関しても大人受けの良いタイプ。
要するに、うちの子論争が起きたのだ。本人の与り知らぬ所で。
結果的には、竹叢が木崎に懐いている事と玉狛の派閥には入らないという言質が取れた事により終息する事となった。
宇佐美が顔を上げれば、三人の組手に飛び込んだ小南とそんな彼女にため息を零す木崎。それから、むすっとしながら何やら適当な事を吹き込む烏丸。
それから、苦笑いを浮かべながらも何やら言葉を発してから弧月を左手に出現させる竹叢の姿。
結局そこから、レイガスト(拳)、弧月×2、双月のぶつかり合う乱戦となった事を此処に記す。
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「最近、ムラクモのゴリラ化がヤバい気がする」
牌をかき混ぜながら、唐突に諏訪洸太郎が呟いた。
向けられる二つの視線。
「諏訪は、うちのと関わりあったっけ?」
「前に課題をラウンジでやってる時に、チョイチョイ話してたんで。後、本の貸し借りを何回か」
「竹叢か……アイツも勤勉な奴だよ。態々俺の所に来て、戦術を勉強したいって言いだすんだから」
「え、そこまでやってんの?俺、聞いてないんだけど」
「何だよ、おっさん。知らねぇのか?ムラクモ、色んな奴に弟子入りしてるぜ?」
「いや、太刀川とか二宮には知ってるけど、東の所にまで行ってるとは思わなくて……」
ええー?と首を傾げながら山を作る冬島。そしてそんな彼に苦笑いを返すのは、東春秋である。
諏訪、冬島、東の三人は時折こうして、牌を囲む。賭けをするかどうかはその時次第だが、大抵の場合負けているのは諏訪と冬島であった。
「ち、因みに。他に竹叢が弟子入りしてるのって誰か分かるか?」
「あん?あー……太刀川、二宮、レイジに……ああ、確か生駒の所もじゃなかったっけか」
「俺の所と、後は弟子入りとは違うが秀次の所に、
「後は、スコーピオン関連で影浦とかか?いやでも、あっちはランク戦で斬り合ってる事の方が多いか」
「お、思ったより多いのね………」
真面目さも、ここまでくれば考え物。
因みに、竹叢は自分より優れた相手には、遠慮なく頭を下げて教えを乞う。
座右の銘ではないが、彼は“聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥”を旨としていた。
ただ、コレは本題ではない。諏訪は咥え煙草のまま手を振った。
「じゃなくて。ムラクモのゴリラ化についてだって」
「そんなにか?」
東は首を傾げる。
彼の知る、竹叢雲助という少年はベビーフェイスの幼くカッコイイよりも可愛い系の顔立ちをしたタイプ。整っているが、二枚目として黄色い声援を浴びるよりも動物園のレッサーパンダのような愛嬌を可愛がられるタイプ。
そのせいで、頭の中でのイメージが上手く結びつかずにいた。
一方で、冬島は思い当たる節があるようで、
「………そういえばこの前、真木ちゃんの掃除手伝ってる時、一人でソファ持ち上げてたような……?」
「ソファ?」
「当真の寝床」
「アイツが横になれるって、相当デカくないか?」
ひょろりと背の高いリーゼント頭。当真勇は180を超える身長をしているが、その一方で割とひょろい。逆に、身長が彼より少し高い冬島は格闘家の様にがっしりとした体格をしている。
そんな二人と比べれば、男子中学生の平均身長である竹叢は小さく見えるだろう。ついでに、服も制服かもしくはゆったりした服、隊服しか着ない為に傍から見て体格が分かりにくい。
「諏訪は、何処でその竹叢のゴリラっぷりを見たんだ?」
「いや、本の貸し借りしてるって言ったっすよね?その時に、偶々作戦室を掃除してた堤の手伝いを買って出たんすけど…………」
「けど?」
「その時、生身だったのかシャツの袖を捲ったら、かなり筋肉のハッキリした前腕が………」
筋肉の発達を示す為に、力こぶを目立たせるため上腕をアピールする場合が多いが、実の所前腕部も鍛えるとハッキリと太さが変わって来る。
特に、肘に隣接した部分。よく鍛えられている筋肉は厚みがあり、よく分かる。
諏訪が目撃したのは、ソファを持ち上げる為にパンプアップした竹叢の前腕だった。
「腕相撲したら、ゼッテー負けるって思った」
「いや、流石に中学生に負けるとか………無い、よな?」
「俺に言われても困ります。というか、体格的には冬島さんが一番優れてるんですからそこは断言してもらわないと」
「……負けたら流石に凹むかも」
頑張っているのは分かるが、それはそれとして十歳以上離れている子に力負けするのは一端の男として心に来るものがある。
そうして、雑談を挟みながら夜は更けていく。
余談ではあるが、後日一人の成人男性が右手の甲と共になけなしのプライドをへし折られた事を此処に記す。