守護刀と境界戦線   作:寝る子は粗雑

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守護刀の弟子

 受ける。ただ受け止めるのではなく、()()()()

 観る。一点を見るのではなく、全体を()()

 肩の動き、踏み込み、呼吸、あらゆる全てが自分を活かす糧になる。

 

「ッ、ハァッ!」

 

 振り下ろしを受け流しながら、同時に自身の振り下ろしの力に。

 

「良いですね」

 

 透かされた振り下ろしの勢いをそのままに、弧月の握りを緩め逆手へと持ち替えると同時に振り上げる。

 これを、振り下ろしを中断して鍔で受け止める。

 

 ここで終わり、ではない。

 

 更に続く、至近距離での攻撃と防御の応酬。

 その終わりは、一瞬の差。

 

「良い具合です」

「な、何でそこまで手の中で弧月回せる訳……!?」

「慣れたらいけますよ」

 

 バトン回しの様に右手で弧月を抜身のまま回す竹叢に、熊谷は目を剥く。

 鞘と弧月の変則二刀流。厄介なのは、斬り合いの最中でも一切淀みなく左右が入れ替わる点だろう。

 熊谷が弟子入りしてから、徐々に徐々に竹叢は彼女に求める防御のレベルを上げており。その過程で、前述の手遊びの様な弧月の扱いも交えてくる。

 

 弟子入りして凡そ一週間ほどが経過した今日この頃。

 未だに熊谷は、竹叢から一本も取れていない。

 

「はぁ……あたしって才能無いのかなぁ………」

 

 ぼやきたくもなる。

 だが、彼女の師匠は違った。

 

「いえ、そろそろ次の段階に進みますよ」

「え?」

 

 顔を上げる熊谷に、竹叢は淡々と続ける。

 

「個人ランク戦に行きましょう。大丈夫、今回は僕も付き添いますから」

「え、でも……あたし、竹叢くんから一本も取れてないけど………」

「それは単純に、僕がとられない様な対応をしていたからです。既に、熊谷さんの実力的には8000点(マスタークラス)の攻撃手相手でも勝ち越せるはずですよ」

「えぇ……?」

 

 過大評価ではないか。熊谷の表情が言外に語る。

 この一週間、学校が終われば防衛任務やらを除けばほぼ毎日竹叢と只管に切り結んできた。

 裏を返せば、それだけだ。加えて、負け続けていれば猶の事自分の実力に疑問を覚えても仕方が無いだろう。

 

「百聞は一見に如かず。まあまあ、騙されたと思って行きましょう」

「むぅ……」

 

 この師匠は、存外脳筋だ。

 背中を押されながら、渋々熊谷は真木へと礼を言ってから個人戦ブースへとやって来た。

 

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「分かったってば」

 

 気の抜ける笑顔に見送られ、熊谷は戦場に立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堅牢堅固。その言葉が当て嵌まる。

 

「へぇ、やるな」

 

 顎を撫でて、太刀川慶はモニターを見やる。

 その中では、珍しい女性攻撃手が弧月を手にスコーピオンを捌きながら冷静に相手の動きを観察している姿が映し出されている。

 個人総合一位という座にある彼の目から見て、彼女の剣捌き。特に防御に関しては、自分ですら突破するには時間がかかるだろうと思えるほどに完成度が高い。

 同時に、その動きには見覚えもある気がした。

 

「こんにちは、太刀川さん」

「ん?よお、竹叢。来てたか」

「はい」

 

 声を掛けてきた弟子(竹叢)に手を挙げてから、モニターへと視線を戻す太刀川。

 勉学関連は残念と言わざるを得ない彼の頭脳だが、こと戦闘においてはその剣技と同じく鋭い切れを見せる。

 

「アレは、お前の仕込みか?」

「分かりますか?」

「所々に、お前の守りに近い動きがある。アレを崩すのは、手間取るな。マスター以下の奴らじゃ無理じゃないか?」

「太刀川さんの目から見てそう思わせるのなら、合格点ですね」

 

 嬉しそうに顔をほころばせる竹叢。

 彼が、熊谷に斬り合いを一週間やらせる中で、剣戟におけるほぼ全ての攻撃角度からの斬撃を喰らわせ続けた。

 これは、熊谷の戦闘時における視野を広くさせる事、そして斬り合いという行為そのものに慣れさせるためだ。

 

 今も、スコーピオンの扱いの一つである、体内で刃を分岐させる枝刃(ブランチブレード)を見切り、返し技でその鋭くも脆い刃を斬り砕く熊谷の姿がある。

 

「太刀川さんに学んだことですけど、剣を振るう時の視野は広い方が良いですから」

「まあな。特に、お前みたいな守備型の攻撃手なら猶の事だ」

「はい。熊谷さんには、既に下地がありました。防御も返し技も、明確な師が居る訳でもないのにかなりの完成度を持っていましたからね。であるのなら、後必要なのは経験だけ」

「自信か」

「そうですね。一週間、僕は彼女に勝ちを譲りませんでした。勝つ経験を与えるのは、僕じゃない方が良かったからです」

「なかなかのスパルタだな」

 

 相手の動きを冷静に見切りながら、最小限の反撃を持って相手のトリオン供給器官を破壊。相手が消えるまで一定の距離を取って残心。

 結果的に8:2で、熊谷友子は勝利を掴んでいた。

 ブースから出てきた彼女は、何処か不思議そうな雰囲気を滲ませている。

 

「お疲れ様です、熊谷さん」

「あ、竹叢くん……うん、ありがと」

「どうしました?」

「いや、その………うーん?」

 

 手を握って開いて、首を傾げる熊谷。

 そんな彼女の内心を、竹叢は読み取る。

 

「“次に来る相手の攻撃が分かって不思議”みたいな顔ですね」

「!これも、竹叢くんの狙い通りな訳?」

「正しくは、視野の広がった熊谷さんのポテンシャルがちゃんと発揮されたお陰、ですけどね」

「あたしの?」

「はい。元々、熊谷さんの防御技術は高かったんです。足りていなかったのは、状況対応能力と相手の小さな動きも見逃さない視野でした。ですから、この一週間は只管に僕との斬り合いを指示したんですから」

「な、成程ぉ……」

 

 あの地獄の様な剣戟の時間は無駄ではなかった。

 実際、熊谷は先程のランク戦において不思議な感覚を味わっていた。

 分かるのだ。相手の次の動きが。どう動きたくて、どう切り込みたいのか。そしてそれら動きに対して、何処に刃を置けば防げるのかを。

 取られた二本も自分のこの感覚に戸惑ってしまった結果取られたようなモノ。実力負けではない。

 

「え、じゃあ……あたしが負けまくった理由は何かあるの」

「あります」

「あるんだ……」

「僕()()に勝っただけで満足してほしくなかったからです」

「え……」

 

 思わぬ言葉に、熊谷は目を見開く。

 竹叢()()。上位アタッカーの一人で、一万点越えの実力者の言葉ではないのだが、当人はいたって真面目。

 

「僕より強い人は、ボーダー内でも何人もいます。熊谷さんのポジション的にランク戦を勝ち上がれば、自然とぶつかる事になる人も居ます。だからこそ、僕が壁になれる間は、簡単に勝たせるつもりはありません」

 

 勝つ事は自信になるが、自信も過ぎれば毒となる。

 勝負は水物だ。状況次第で実力差があろうとも勝てる場合もある。しかし、まぐれで勝って天狗になられては困るのだ。

 厳しいが、ボーダー活動は部活でもなければ遊びでもない。寧ろ、下手な甘さは文字通り命に関わる場合もある。

 任されたからには、キッチリ熟す。竹叢の真面目さというものが表れていると言えた。

 

「ふはっ!真面目だなァ、竹叢!」

「あうっ……ちょっと、太刀川さん」

 

 少し離れて二人のやり取りを見守っていた太刀川が、笑みを浮かべて真面目腐った弟子の頭を掻きまわす。

 突然の事に非難めいた目が向けられるが、残念ながらその程度で揺らぐような髭ではない。そのまま、固まった弟子の弟子を見やる。

 

「太刀川さん………」

「まあ、あんまり嫌わないでやってくれよ、くま。こいつも、初めての弟子で加減が分かってねぇんだから」

「あ、いや……正直、ここまで真面目に考えてくれてると思わなくて………」

「堅いよなぁ?風間さんみてぇだ」

「……流石に僕も、数時間耐久バラバラコースはしませんよ」

「え゛、何それ」

「太刀川さんの鍛錬メニューです。僕がC級の頃から只管に太刀川さんと斬り合ってばっかりいましたから」

「な、成程」

 

 目が死んでいる。淀み切った少年の目に、熊谷は頬を引きつらせる。

 実の所、熊谷との一週間の斬り合いも彼女の腕前に合わせて徐々に徐々にレベルを上げ乍ら行われていた。見た目以上に考えられた内容であったのだ。

 一方で、太刀川のメニューは一切の加減無し。C級の頃は弧月が互いに一振りずつであったが、B級に上がった頃にはオプショントリガーの旋空と二刀流の解禁。バラバラ死体にされた事など、三桁にも届く。

 本当に、思ったよりも自分の事を考えてくれている。熊谷は、改めて自身の師匠となった少年のありがたみを感じ入る。

 

「よぉし、竹叢。ブース入れ」

「え」

「弟子に、自分の師匠がどの程度の実力か示すにはちょうどいいだろ?」

「いや、単に太刀川さんが個人戦したいだけですよね?僕がポイント毟られるだけの結果になりそうなんですけど」

「つべこべ言うな!行くぞ!」

「えぇ……」

 

 がっしり肩を組まれて逃げられない。ここまでくれば、腹をくくる他ない。

 

「…………ハァ、熊谷さん」

「な、なに?」

「とりあえず、僕も全力で抗うので、モニターで守備寄りの攻撃手の動きを見ておいてくださいね」

「り、了解。頑張って」

「はい……」

 

 絞首台に上らされる罪人の様な有様だが、残念ながら熊谷に出来る事は無い。

 言われた通り、モニターの前に移動して暫く待っていればその中に二人の攻撃手が映し出された。

 射手や銃手と違って、攻撃手の個人戦は正面衝突が基本となる。距離を取る事がそもそもあまり意味を成さないからだ。

 

「凄………」

 

 決して止まらない。

 トリオン体の利点は、運動能力の強化とトリオンによる攻撃以外で傷を負わない事。

 そして、何より呼吸の必要性。

 疲労は覚えるが、しかし生身と比べて酸素効率が極端に優れている為息を止めていられる時間が長い。

 

 つまり、トップクラスの攻撃手同士のぶつかり合いは嵐に似る。

 

 トリオン体同士の筋力差は、ほぼほぼ無い。故に差が出るのは、技術。

 二刀を手に、一気に攻め立てる太刀川に対して、一刀と鞘で直撃を流しつつ、合間合間の隙を狙って切り込む竹叢。

 熊谷はその動きを見ながら、同時に自分の目指す先が見えた気がした。

 

(攻撃は、最小限。でも、攻めッ気がない訳じゃない。寧ろ、その最小限ながら確実に隙を突き刺す気迫が、太刀川さんの踏み込みを一歩阻んでる)

 

 守るだけの亀では、勝てない。亀は亀でも、ワニガメである。

 

 目指す頂は、まだまだ遠い。

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