「……先日ぶり、ラップランド。監獄くんだりで会うことになるとは思ってなかったが」
「せっかくシラクーザに戻ってきたなら、ここも楽しまなくっちゃ。テキサスも来てたみたいだしね」
「オレにとっちゃ飽き飽きした場所なんだが……そりゃ君には知ったことじゃないか」
ウォルシーニ監獄の、奥まったところにある独房……と言うには豪華にすぎる一室にて。
史実のマフィアのボスが、逮捕されても刑務所内で悠々自適の生活を送っていたのと同じように。縁を切られたとはいえ、サルッツォの一人娘であるラップランドも相応の対応をされるものだ。
いつもオレがぶち込まれているのは雨漏りして薄寒く暗い、碌でもない部屋なんだが。というかテキサスもそんな独房だったはずだが、まあラップランドに敢えて伝える必要もないか……。
ともあれオレは予定通り『テキサスの死』第一幕の終演後に、騒ぎにならないようこっそりと捕まったわけだが。
あくまで実行犯であるオレは実のところそこまで重要な存在ではなく、ラップランドが黒幕だったと適当に証言しておけばそれでお役御免だった。ベルナルドとアルベルトから、そう口裏を合わせるようにとのお達しもあったことだし……言われずともそのくらいは分かっているんだがな。
そんでもって万が一にも余計なことを口走らないよう、さっさと出獄できるように取り計らってくれてもいる。裁判所はファミリーにとって不可侵だが、別に監獄についてはその限りではないからだ。通過儀礼として監獄に入ることが慣例になっているくらいには、この監獄の出入りは激しい。
どうせすぐに出ることができるから、それを分かっている刑務官もオレのことを殊更に厳しく監視したりはしていない。というかベッローネとサルッツォから出獄させるように圧力がかかった奴なんて、下手に突っついて蛇を出す必要もないからな。
それで割と自由に行動できているから、折角ならとラップランドの所にもお邪魔しているわけだ。
「それはともあれ。随分と派手にやらかしてくれたみたいだな、お父様が御冠だったぞ」
「ふうん?あの人も変わらないなあ」
「ファミリーのドンともなれば、そう簡単には変われないさ。それに……」
君だって昔と変わらないさ、と軽口を叩こうとしたんだが。
廊下の向こう側から、靴音を響かせてこちらに歩いてくるのはラヴィニア・ファルコーネ裁判官。今回の件で顔に泥を塗られたようなものだし、なんかちょっと雰囲気が怖いぞ。オレとしても先日の遭遇があるので、あまり会いたくはなかったんだが。
今までオレがやってきた殺しとかの悪行は、大体が揉み消されて無罪になっているか、有罪になってもすぐ出獄したかのどちらかだ。つまり今のオレにはラヴィニアが咎めるべき罪業はもう無いのだが……制度の上では。
とはいえ正義を旨とするラヴィニアにとって、それが何ほどの免罪符になるかというと疑問でしかない。
「ラップランド・サルッツォと……シルウィア・アクエドリア。後者に関しては、どうしてここに立ち入りできているのかも疑問ですが」
「獄吏たちにもそれぞれの生活があるからね。威光を借りているだけのオレとしてもありがたい話だが」
「……聞かなかったことにしておきましょう。今はラップランドさんに用事があってここまで来ましたので」
「ボクに?まさかお優しい裁判官様は、ボクがファミリーの都合で捨て駒にされたとでも思ってるのかな?」
事実サルッツォから縁切りされてはいるので、結果だけ見るならあながち間違ってもいない気がするが……。
まあサルッツォ父子は、ああ見えて親子愛が存在しないわけではない。お互いにとんでもなく屈折して捻じ曲がっているので表面上はまったく分からないし、というか愛憎入り混じるというのが正しいのかもしれないが。
今回の件でアルベルトの許可を取らずに勝手にファミリーを左右する行動したラップランドは、案の定アルベルトの怒りを買うことになる。だがそれでも殺されはしないあたり、あれでも情が無いわけではない証拠だろう。もしオレがラップランドと同じことをしていたら普通に川底に沈められる。
「……それは、あなたが真犯人ではないという意味ですか?」
「どうだろうね。犯人がテキサスでもボクでも、そこの灰狼でも、事件の早期解決っていう点では同じじゃない?それとも本当の犯人じゃなきゃ捕まえちゃいけないだなんて……このシラクーザでまだ考えてるの?」
「法律の定める限り、冤罪は認められるものではありません。あなたが本件の犯人でなければ、我々はあなたを解放しなければならないでしょう」
「だ、そうだが。望むなら以前のオレの証言は、極度の緊張による言い間違いだったことにしてもいいけど」
「フフ、まだここの名物の食事を味わってないからね。七年前と変わっていないかな?」
ちなみに、ラップランドのいた頃に比べるとそれなりに美味しくなっている。最近はマフィアどもの舌も肥えてきたせいで、味に苦情が頻出だったから。
おかげで下手な店よりか出来が良く、オレもここにお世話になる時には記念に食ってから帰るくらいだ。これでタダだって言うんだから、何もないならここでずっと暮らしたっていいんだが。
「それに法律なんて、皆が勝手に言ってるだけの決まりごとじゃない。その皆がボクの有罪判決を求めてるっていうのに、何を躊躇う必要があるのさ」
「だとしても、そこにあるべき正義を欠いた判断を私は下したくありません。万人が秩序を失うことを防ぐために存在するのが法なのですから」
「銃と秩序の、秩序とはすなわち定められた法律である……まあ、君にとってはそうかもしれないが。残念ながら、オレたちにとってはそうではないからね」
壁にもたれかけ、ナイフを手慰みに弄びながら。
ラップランドはもうラヴィニアから興味を失ったのか、ベッドに寝転んでこちらに背を向けている。その無防備な姿につい身体が動きそうになったが、まあいくら素手とはいえ普通に返り討ちにされるだけなので自重だ自重。
というかオレだって大体の装備は捕まる前に隠しておいたせいで、ほとんど素手みたいなものだ。今向こう側で険しい顔をしているラヴィニア相手でも、正面からなら少し手間取るくらいには。
「……あなたたちが何をするつもりなのかは分かりませんが、私は判断を下す前に今一度状況を考え直すべきだと思っています。おそらくは全てを知っている人に──会いに行こうと思います」
「ん、それならオレも同道しよう。ちょっとばかし面倒なことになってるからね……ああ安心してくれ、もうオレは自由の身だよ……書類上は」
「それは……いえ、構いませんが……」
ラップランドに軽く別れの挨拶をして、扉を潜ってラヴィニアの方へ。鍵すらかかっていない扉にラヴィニアが眉を顰めていたが、これはオレが勝手に解錠しただけなので職員の怠慢というわけではない。
強いていうなら、どうせすぐ出獄されるからと適当な警備システムしか導入していない監獄そのものが悪いということになるが……これを運営するのに費やされる金は、善良なシラクーザ市民の血税から出ているからな。一概にそれが駄目だとは言えないだろう。
善悪など結局は考え方次第なのだし、オレとしてもこっちの方が楽なので別にいいと思う。まあ、オレは誰がどう見ても悪ではあるけれども。
「……」
「……」
冷たい金属の剥き出しになった廊下を抜けて、監獄の入り口に近い部分……つまりは大したことのない小物の犯罪者が入れられてはすぐに出ていくような所に辿り着くまで、オレとラヴィニアの間に会話は全く無かった。
それもそうで、オレはもう何の問題もない善良なシラクーザ市民なわけだ。まあ前科者ではあるのだが、前科者だからといって殊更に差別するのは「良くないこと」だ。だからそういう意味で、オレは批判されるべき立場にはない。
いや冗談だろ、と思うかもしれないが、法に従うならばそういうことになる。
実際には全くそんなことはないが。オレはこれまで殺した人数も覚えていないようなクズだし、それはオレ自身認めるところだ……こう誇らしげに言うことでもないか。
だが法律を堅守するならば、オレのことはもう悪人だと否定することはできない……そんなバカなことがあってたまるかという話だ。
ラヴィニアは、法律の上ではオレのことをもう赦さなくてはならない。だが、カラチを殺したオレのことをそうも簡単に赦せるものか。最も法に忠実であるべき裁判官という立場こそが、その相矛盾をラヴィニアに突き立て蝕んでいるのだ。
「……法律はあくまで手段であって、遵守するべき目的になってはいけない……んだが、法が浸透すればするほどにそれが忘れられていくのは難しいな」
鉄格子のはめられた窓の向こうから覗く、変わらない灰色の雲を眺めながら独り言つ。
法は人のために人が生み出すもので、第一義は多くの人を悪虐から守るためにあったはずだ。だが法が広まり権威を纏うにつれて、それは何をおいても守らなければならない縛鎖と化し、果てに「法に触れなければ何をしても良い」という歪んだ解釈すら生み出してしまう。
かつての世界では良くあったことだが、今のシラクーザはまさしくそれだ。
……アグニル神父がラテラーノから持ち込んだ法は、「アレ」無しでも法が存在しうるのかを彼が確かめるために作り出したものだ。つまり、出発点からして通常の法律とは違う。
だというのに、ラテラーノの法とはまるで違うこのような結果を迎えたのは、果たして本意だったのだろうか?
いや、本意も何も彼にとってはこの状況を観察することこそが望みなのかもしれないが。
銃と秩序──銃とはすなわちミズ・シチリアの武力であり、秩序とはすなわちアグニル神父の法。ともに個人のそれのみに依存する支配は、このシラクーザに深く根付いている。
だがそれは、往々にして大衆の手によって歪められるようなものだ。
ミズ・シチリアが表舞台への干渉を抑えるようになってからというもの、ファミリーはどこかで彼女のことを出し抜こうと蠢動している。ベッローネとサルッツォはその最たるものだろう。
そして同様に、あるいはより酷く。アグニル神父の定めた法は、もはや担保すべき正義すらそこにはなく、幻想になってしまっている。法律は倫理の最低限度を定める、とは言うが……暴力と血を秩序と文明だと人々が認識してしまった現在では、法律は決してその役目を果たせない。
そんな狂った国で、真っ当に生きることのどれほど難しいか。
「だから……逃げるという君の選択が、羨ましく憎らしく思えることがあるんだ、チェリーニア」
辿り着いた独房の、薄暗く湿った片隅で。気怠げにしているチェリーニアのオレンジの瞳を見て、ふと口から出たオレの言葉は──果たして本心だったのか、はたまた戯言だったのか。
ギリギリ日付の変わる前で投稿。多分後で手直しします。
音律のPV見てたら気が付けば時間が過ぎてた……。モスティマがすごくすごかったです。