けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-13 頼みごと

 

 オレがシラクーザにおいて独自の勢力を形成しようとしているのは前にも言った通り。

 であるならば当然のこととして、シラクーザ各地にセーフハウスや拠点を構えているわけだ。もちろん表立ってそれと分かるようにしてはいけないから、クルビアの新興貿易会社という建前のペーパーカンパニーの名義であちらこちらの土地を借り上げているのだが。

 初めはそれで何も問題は無かった。もとよりクルビアはシラクーザと近しい国で、クルビアの会社がシラクーザにまで版図を伸ばそうとするのもそう珍しいことではない。あるいはクルビアの流儀に染まったファミリーが、オレと同じくペーパーカンパニーを経由して何ぞを企むのも、ままあることだ。

 

 だからあからさまに怪しまれたりすることは無かったのだが……ただ、鉄と血に基づく古来からのシラクーザ流ではなく、資本主義に染まったクルビアのやり方を選んだものだから、それには少なくない資金が必要になってくるわけで。

 はっきり言えば、オレの個人資産では賄いきれないくらいには赤字を垂れ流していたのだ。部下からも巻き上げれば大丈夫だったかもしれないが、そんなことをするボスに人はついていかないし……オレはあくまで彼らの雇用主であり、王や支配者ではないので。

 もとより爪弾きものばかりを集めたのがオレの配下だ。そんな奴らから、またしても何かを収奪するというのも気分の良いものではない。

 

 ともあれ、それをどうにか解決しなければならないという段になって、オレはあくまで隠れ蓑のために作っていたペーパーカンパニーを本格的に運用する羽目になったということだ。

 幸いにして、コネクションや貿易ルート自体は既に構築済みのものを流用すればよかったが……それはそれとして、あちこちを駆けずり回って頭を下げたり、ちょっとした「お願い」をしたりで数ヶ月は身も心も落ち着く暇がなかった。それが終わって、なんとか貿易業を軌道に乗せたわけだ。

 基本的にはシラクーザの食品とかをクルビアに向けて輸出するのがメインで、これはクルビアのファミリーも何だかんだでシラクーザの文化を懐かしむ奴らが少なくないから。まあいずれはシラクーザへの帰属意識の薄い若い世代が台頭してくるようになるから、そうなると売れ行きが怪しくなるかもしれないが。

 だが少なくとも五年十年は安定した収益の見込める事業だ。その間に別の販路も開拓できればいいのだし、そもそも当座の資金繰りのために運用している事業なので五年後に倒産していてもオレとしては構わん。

 

 しかも、正直なところ適当に決めた食品路線がどういうわけかクルビアでウケたらしく、向こうで働いてる奴が勝手にシラクーザ料理店まで開いて、しかも普通に人気を博していた。何かチェーン展開までしているというのをしばらくして知った時には、思わず三回くらい聞きなおしたが。

 ろくに確認せずに裁可を下ろしたオレのせいではあるんだが、まさかここまでとは……。

 シラクーザは前世で言うところのイタリアがベースになっているので、料理が美味いのは確かだ。オレはカルチョーフィ(アーティチョーク)がどうしても駄目だったが、逆に言えばそれ以外は普通に全部好きだし。

 翻ってクルビアはアメリカがベースっぽいので、食文化は……まあ美味しいのは美味しいが、ゲテモノも多い。なのである程度の高級志向の店として、シラクーザ料理は地位を確立しつつあるとか。

 

 それで、そのブームの火付け役になったうちのチェーン店がシラクーザにも進出……というか里帰り?をしたいという話になった時に、どこに店を置くかというのが問題になった。

 何せシラクーザでの料理店はもう飽和気味だ。なので新しい店の進出は既存の店舗のシェアを奪うことに直結するし、そうなると何処から報復の矢が飛んでくるか分かったものではない。

 まあ一旦開店してしまえば、なし崩し的に認められることも少なくはないのだが。少なくともある程度の節度を保っていれば、それを潰した時の悪影響の方が大きくなるので黙認してもらえることもある。あくまで上手く立ち回れればの話だが。

 しかし、逆に言えば開店するまで……特に土地の確保では、とんでもなく執拗に邪魔が入るわけで。不動産屋も火中の栗を拾いたくはないから、土地を売ってくれないことが多発するのだ。

 これは困った、と経営を放り投げた部下のやつが頭を抱えていたのだが。

 

 そういえばこの仕事、そもそもは拠点の維持費を賄うために始めたんだよな……ということを思い出したやつが、拠点として保有している土地を店舗に転用することを提案してきた。

 なんか色々と本末転倒というか、本業が乗っ取られてないか?という感じもするが、まあオレはそんなに真面目にマフィアをやるつもりもないのでゴーサインを出し……結果、シラクーザの各地でのオレたちの拠点は、大体がシラクーザ料理店の二階とかに構えられることになった。

 会議してる時にいつでも出来立てのピッツァを取り寄せられるので、意外に好評である。

 

「……そういうわけで、この店はオレのシマみたいなものでね。人払いも済ませてあるし、好きに話せるというわけ」

「龍門でも見たことがある店名だと思ったが……そういうことか」

「え、ちょっと待ってくれオレはそんなこと知らないんだが……いや確かそんな書類も来てたような気もするな大昔に。龍門はシラクーザの柵とか関係ないし業務拡大も簡単ということか……」

 

 そんな拠点のうち、ウォルシーニのものも例外ではなくピッツァ屋と一体化している。というか前にラップランドと話したのもここだし。耳目を気にしないでいい場所というのは、シラクーザでは存外少ないからな。

 そこまでチェリーニアを引っ張ってきたオレは、プラスチック製のカップに注がれたコーヒーをストローで啜りながら彼女と話していた。ちなみにチェリーニアはチョコレートケーキをフォークでつついている。わざわざ材料をリターニアから輸入してるとかで、人気商品らしい。オレにとってはそんなに、だが。

 

「まあ、それは後でうちのを問い詰めるとして……色々と話したいこともあるからね。とはいえ君のほうから聞いてくれるとありがたいけど」

「……別に私から聞きたいことはない」

「い、いやまさかそんなことは有り得んだろう?何でオレがカラチを暗殺したのかとか、どうして君にわざわざ会いにきたのかとか。君が龍門に戻る手助けだって、もしかしたらしてやれるかもしれないが」

「必要ない。知ったところで何か変わるわけでもないからな」

 

 すげなくオレの誘いを蹴ったチェリーニアはもう席を立ち上がろうとしているが、急いでその手を掴んで引き止める。

 今は敵対的ではないとはいえど、それは薄氷の上のものだ。いつ敵に回るか分からないのなら、持って回った言い回しをするのを嫌うというのは分かるが……ラップランド相手ならもうちょっと真面目に対応してなかったか?まああっち相手だと下手すれば暴力沙汰になるかもしれないという理由もあるだろうが。

 しかしどうあれ、オレとしてはここでチェリーニアに帰られても困ってしまうわけで。

 

「分かった、きちんと話すさ……。ちょっとした冗談くらいのものなんだから、大目に見てほしかったが。昔はそうだったろうに……」

「私もお前も、あの頃とは立場が違うからな。万事がそのまま行くはずもないだろう」

「本当にね。オレだって出来ることならシラクーザなんて飛び出してしまいたかったんだが……まあいいさ。お望み通り、さっさと本題に入ろう」

 

 致し方なし、といった感じで再び席についたチェリーニアを確認してから、オレは右手の指を三本立てた。

 わざわざ屁理屈をこねてまでラヴィニアからチェリーニアを引き離し、こうして耳目の入らない場所で密談をしている理由。それは、色々と知られてはいけない情報をチェリーニアに伝えたかったからだ。

 

「ひとつ。ラヴィニア裁判官には悪いが、ベッローネとサルッツォはもう同盟を結んでいるだろう。ベルナルドはもとよりサルッツォを引き入れるつもりだったからな……カラチの一件も含めて、彼の差配だと思ってくれて構わない」

「敢えて弱みを見せたのか?……そのためだけにカラチを殺したのか」

「全くもってその通り。シラクーザはそういう国だってことくらい、他ならぬ君なら分かっているだろう?ああちなみに、あの後でレオントゥッツォを襲ったのはベッローネも被害者だと印象づけるためさ。ベルナルドからすれば、あれで死ぬならそれまでという話でもあったみたいだが……流石にオレも殺す気は無かった。君がいたなら本気でも変わらなかったけどね」

「……」

 

 チェリーニアの沈黙は、おそらくは悪びれもなくカラチを殺したと放言しているオレへの怒りだろうが、今更その誹りと激情を免れるつもりもない。

 まあ悲しいことではあるが、きっと悪行には報いのあるべきだし……その刑罰の執行人がチェリーニアだというのなら、オレにとっては得難い幸運というものだろう。

 あるいはチェリーニアがいるからこそ、オレはこうも碌でなしでいられるとも言えるか。

 

「ふたつ。その目的は、このシラクーザの秩序をひっくり返すこと。ベルナルドにとって今のシラクーザは気に入らないみたいでね。そいつをぶち壊すためなら、何を犠牲にしてでも構わないと思ってる……誰の命だろうとね?」

「いかにもファミリーのドンらしい傲慢さだな」

「ま、誰だって現状への不満はあるものさ。それに抗えるだけの力があるのはそう多くないが……君やベルナルドはそっち側の人間だけど」 

 

 羨ましい、という気持ちは確かにある。己の運命を己で決めるか、切り拓くことの出来る彼女たちへの嫉妬も。

 だがそれでも、たとえ他人の手によるものであったとしても、問題はオレ自身がそれに納得できるかで──きっとオレは、チェリーニアのような強者に巻き込まれる方がお似合いだ。

 

「そして最後に。君はおそらく、ロッサティのドン──ジョヴァンナの暗殺を命令される。ベルナルドはそのつもりだし、アルベルトもその賭けには乗るだろう。何せベルナルドはミラノ劇場の事実上の支配人だ、ジョヴァンナが『テキサスの死』の観劇のために訪れることはとうに知っている。そこを襲うための仕込みも済んでるだろうし」

「……そうか」

「存外に淡白な反応だね?まあいいか……本来ならオレが割り当てられる話だったんだが、先日の一件で君に手も足も出なかったからね。オレの短剣じゃジョヴァンナを貫くことができないかもしれない、そういう疑惑が持ち上がってきたわけだ。まあオレとしてもジョヴァンナを殺せる気はしないし……」

 

 いったんストローを啜って、気持ちを落ち着ける。

 ……かつて一度だけ、ジョヴァンナと仕事の都合で刃を交えたことがあったのだが。お互いに不幸な行き違いがあったがための衝突で、乗り気ではなかったとはいえ……オレが暗殺者稼業を始めてから久々に死を覚悟したくらいには、ジョヴァンナは強い。

 オレも成長した今ならどうだか分からないが、少なくとも今日明日でいきなり殺せるような相手ではない。

 それに──

 

「まあ、数少ない友人を殺したくもないからね。ある意味では願ったりな話ではあったわけ」

「それで、お前の仕事が私に回ってくるということか」

「多分そうなるね。テキサスの末裔ということで期待も高かったところに、オレより強いことが明らかになったわけだし……君にとっては大したことないかもしれないが、これでもオレはシラクーザで強い方なんだよ?」

「……そうだな。ロドスでもお前くらいの実力者はそれなりに見かけたことがある」

「ロドス・アイランド製薬はテラ中の上澄みだけ集めた特異点みたいなものだが。その平均というなら、まあ捨てたものじゃないか?」

 

 ロドスの武力がどれほどのものなのかはよく分からないが、小規模な移動都市なら攻め落とせるだけの勢力であることは確かだ。当然そこの前線オペレーターは大体が各国の平均よりは普通に強く、エリートオペレーターともなれば何をか言わんや。

 まあ、ロドスの設立経緯と理念を鑑みればそれでも足りないのかもしれないが。いやそれにしても製薬会社としては無理がないか?

 オレもそこそこ自分の実力には自信があるが、井の中の蛙というわけだ。知ってはいたが、ロドスの実情を知るチェリーニアの評価からそれを改めて実感する。

 

「まあ、ロドスがいち会社としては異常だというのは今はいい。いずれにせよ君はジョヴァンナの暗殺に割り当てられるわけだが……はあ、君としてはどうなんだ?彼女は君にとっても浅からぬ仲だろうが」

「……それは、私にジョヴァンナを殺してほしくないということか?」

「フッ、君はいつも直截に物を言うな……ああその通り、というか今日の本題はまさしくこれをお願いしたかったからさ。ジョヴァンナはロッサティのドンの座から降りようとしているというのに、その直前にファミリーのいざこざで殺されてしまうなんて見てられないからね」

「……そうか。だがどうしてお前は何もしないんだ?ジョヴァンナの引退を知っているなら、ベルナルドなりにそれを伝えればいいだろう」

「それはオレも考えたがね。だがどうにも、シラクーザの旧弊に首まで浸かったオレでは無理があるんだ。だからわざわざチェリーニア、君に頼んでいるわけでもあるし」

 

 オレは空になったプラスチック容器を握り潰して、店の片隅に置かれた屑籠に向かって放り投げながら、チェリーニアのオレンジの揺るぎない双眸を見る。

 

「まあ、最終的にオレの願いを聞いてくれるか……というかそもそもオレの話を信じるかは君次第ではあるが。それでもこれだけは言っておこう……ジョヴァンナの話を聞いてやってくれ。あいつなりに、君に対して思うところもあるんだから」

 

 放物線を描いたゴミは、屑籠の口から数十センチ手前で失速して落下し──だが、急に重力に反した軌道で飛び跳ねて屑籠に収まった。




アークナイツのエイプリルフール、まさかJに声がつくとは……。予想以上に渋かった。
それであの醜態だからたまりませんけどね。
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