『テキサスの死』第二幕は、サルヴァトーレ・テキサスがクルビアで頭角を表し勢力を拡大していく過程を描いたオペラだ。
サルヴァトーレの有名なエピソードをはじめ、カタリナもといジョヴァンナの、ヴィヴィアンの孫娘という立場だからこそ知り得た情報まで盛り込まれている。そのどれもが、サルヴァトーレの最盛期へ至るまでの礎石となる出来事だからだ。
だからという訳でもないだろうが、この幕の本筋は軽快かつ痛快に仕上がっていた。サルヴァトーレは時に裏切りに遭い時に盟友と杯を交わし、だが必ず最後には成功する。そういうエピソードが色々と選ばれているのだ。
実際のサルヴァトーレも、この頃は失敗など知らぬとばかりの絶頂期にいたらしい。運命に愛されているというか、死神に嫌われているというか。
……ちなみにヴィヴィアンも、ここで描かれている時期になるとサルヴァトーレと段々とよりを戻しつつあったとかで、オペラでもラブストーリーめいた場面もあったりする。
オペラであってドラマではないので、直接的な描写という訳ではないが。その辺りもまた史実への想いを馳せるきっかけとなっていいんじゃないかとも思う。
オレとしては、ヴィヴィアンとサルヴァトーレの間にあった溝は、時間によって埋められたのだと思いたいが。果たして真相はどうだったのやら、それはもうこの世の誰にも分からない。
「君としてはどうなんだい、お爺さんから聞かされてはいないのか?彼がヴィヴィアンのことをどう思っていたのかとか」
「……何を勘違いしているのか知らないが、私はテキサスとは無関係だ。容姿は似ているのかもしれないが」
「そんなこと……ん?ああ、すまなかった。オレの勘違いだったよ」
周囲をちらりと見て声を潜めて言ったチェリーニアは、そう言えばこの場だと芸術監督が土壇場になって連れてきたウッドベースの代役という触れ込みだったか。
つまりチェリーニア・テキサスではないということになっているわけで、オレの質問に答えようもないわけだ。デッラルバ劇団の面々も同じ楽屋で本番を待っているのだし。
まあこんな時期に捩じ込まれてきたあたり、何らかの事情があるということはほとんどの奴が察しているだろうが。わざわざ虎の尾を踏みに行く必要もないので、大体は腫れ物に触るような対応をしているのだ。そういう意味で、さっきのメイク担当は中々に度胸があったというか怖いもの知らずというか。
「また機会があれば教えてくれ、普通に気になるんだ」
小声でそう伝えてから、チェリーニアから離れる。これ以上話しているといつチェリーニア呼びしてボロを出すか分からんし。
その足で舞台袖へ行って、観客席の方を伺う。前評判は高く、第一幕の出来も良かったからほとんど満席だ。小綺麗な服装で着飾った男女が犇めきあって、さながら漣に揺れる海のようだが。
舞台にほど近い割といい席に陣取っているのは、見慣れたペンギン急便の面子。
で、その近くでアイマスクをつけているのがアグニル神父だ。
ちなみにあのアイマスク、神父が寝てる時は閉じられた目が描かれているのだが、起きているとそれが開かれたりする。いやどういうことなの……?龍門のテクノロジーをそんな方面で活用しなくても……。
あと、オレの方に気付いたのかアイマスクを外して手を振ってきてるんだが、軽くとはいえ認識阻害のアーツを使用したオレの視線をこの距離で察知するとかいう離れ業はやめてほしい。
一応頭を下げて礼をしてから視線を逸らす……彼は何だかんだで面倒見のいい先達でもあるので、何度か話し合った過去がある。ミズ・シチリアの「友人」でもあるが、それはそれとしてオレにとっても縁の浅からぬ人物なのだ。
天使モチーフの種族だからなのか、あるいは「共感」という特殊能力を種族単位で持っているからなのか。歳を重ねたサンクタは概して思慮深く、哲人と呼ぶに相応の知性を持つことが多い。オレが会ってきたサンクタも、そういうのが少なくないし。
ともかく、ボックス席の方に目を向ければジョヴァンナがウォラックを傍に置いて談笑しているのが見える。
それとは離れた別のボックス席にいるのはベルナルドとルビオか。ルビオの方は一世一代の大芝居を打って交渉しようとしているのに、ベルナルドはそれを切り出される前から看破しているとかいうある意味で悲しい組み合わせだ。
互いの立場が違えば、共にシラクーザの未来のために手を結べたのかもしれないが……ベルナルドはファミリーのドンで、ルビオはファミリーに虐げられてきた市民だ。それを忘れてにこやかに握手するなんて、どだい無理な話だろう。
「はあ……ままならないな、万事が万事」
本番開始前の最終確認に呼び戻す声が聞こえたので、踵を返して楽屋に戻る……もうすぐ狂乱の祭典の幕開けだ。
◇
「混乱とチャンスが共存する時代……時代の波に飲まれる者あらば、それを率いるに至る者もあり……♪」
ソラの独唱がホールを満たす中で、だがオレは舞台上にはいない。
オレの出番ではないというのもあるが、何よりオレにもベッローネ・サルッツォからのお仕事は来てはいるのだ。ジョヴァンナ暗殺の本命からは外されたが、チェリーニアの露払いをすることを命令されているので。
それもあって、わざわざチェリーニアにジョヴァンナの助命をお願いしたり、カポネとガンビーノを動かしたりしたわけだ。何分お得意様からのお仕事なので、断るならまだしもそいつを邪魔なんてしようものなら、今まで仕事を請けてきたファミリー総出で叩き潰される。
なので勿論、オレがあれそれ画策しているのもバレればマズイわけだが。こいつに関しては、そもそも真相に勘付いている節があるのは今のところベルナルドだけなのでセーフみたいなものだ。オレが手勢を集めていること自体はそれなりに知られているが、暗殺者集団というかその手の組合みたいな感じで誤魔化しているので。
ベルナルドに知られているのが一番駄目なのではないか、という感じもするが。
まあお察しの通り、ベルナルドの真意を知っているオレは彼の共犯者をやらせてもらっているので……彼の計画の本筋を大幅に邪魔するのでなければ、ある程度は黙認されている。
今回の件にしても、彼からすればベッローネとサルッツォ初めての協働というのが第一で、シラクーザの情勢を掻き乱すことが第二。ジョヴァンナを確実に抹殺するのは達成できれば嬉しいサブ目標みたいなものなので、それほど固執するものでもない。
というかベルナルドはオレ経由でジョヴァンナの引退のことは知っているし。それでもなお暗殺を止めないあたり、彼もまたシラクーザ人なのだが。
あと黙認してくれているというのは、オレがこっそりと勢力を拡大していて、そのためにベッローネやサルッツォからも人材を引き抜いたりしていることも、だ。
何せ人間というのは無から生えてくるわけはないので、オレが短期間で部下を集めようとしたなら既にあるところから持ってくるしかない。
そういう意味で感染者というのはファミリーで下に見られがちだし、差別も受けることが多いので、引き抜きやすくて助かるのだ。感染者主体のファミリーを立ち上げる、というのはお題目として便利で……まあ、今はいいか。
「ぐあっ……!」
ロッサティの構成員を、死なない程度に手加減して殴り飛ばす。オレのアーツ……いつもはナイフを飛ばしたりしている方のアーツだが、こうやって格闘に組み込むこともできたりする。
その場合には、敵から受けた衝撃を地面に逃したり、あるいはそっくりそのまま相手に返すといった無茶を可能にしてくれる。炎国の武術の達人が使いそうな
他にも衝撃を増幅したりも出来るので、やろうと思えば結構多様な使い方ができる。まあ負担が大きいし、オレが近接戦をそんなに好きじゃないので使うことは少ないが。
まあ、こうして幕を切って下されたロッサティ襲撃では便利なものだ。
元々オレの身体能力自体は飛び抜けて高いというわけではないので、それを増幅するアーツの出力次第で攻撃の威力を調整できたりするから。
殺さない程度に、というのは存外に面倒臭い。それをアーツにだけ気を配っていれば簡単にできるというなら、オレにとってはとんでもなくありがたい。
「ん……この揺れは、ラップランドがやってくれたかな?」
ミラノ座全体に響く、オーケストラの重低音とはまた違って低く轟くそれは、観客席が爆破された音だ。
ラップランドが仕掛けた爆薬で二階席と三階席が崩落し、三階のボックス席へと繋がる最短経路が出来上がったということだが……一階の観客席にはベッローネとサルッツォの手の者はほとんどいない。『テキサスの死』はかなりの人気演目なので、そういうのを潜り込ませる前にチケットはほぼ売り切れている。
なので、その最短経路を利用できるのは舞台上のチェリーニアだけだ。
……ちなみにチェリーニアはウッドベースの中にスピーカーを仕込んで弾くふりをしつつ、更には双剣までその中に隠していたわけで。よくバレなかったなと思うが、観客や聴衆なんてそんなものなのかもしれない。彼らの見ているのは、結局は自分の見たい何かだけで、現実はそのためのスパイスでしかないという。
まあ、ただの戯言だが。
「ならオレは、無粋な邪魔が入らないようにしておこうか」
ラップランドがチェリーニアのために用意したその道を使わないのなら、ボックス席へ行くには限られた正規の通路を利用するしかない。それ以外のスタッフ専用の抜け道とかは、全く存在しないのだ。
これはボックス席を使うような人間がどんなタイプかという話で……万が一襲撃を受けても、迎撃が容易であるようにという設計だ。今までそれが役に立ったことはほとんど無かったが、今こうして本分を発揮しているのだから設計者も本望だろう。
その通路では、当然ながら防衛側のロッサティと攻撃側のベッローネ・サルッツォの構成員同士が火花を散らしている。互いに十二家というだけあって、ほぼ互角みたいなものだが……その中でも精鋭どうしが激突している一画はすぐに分かった。何せそこだけ派手にやり合っているので。
「シルウィアさん!?いい所に来てくれた、加勢を頼む!」
「チッ、アクエドリアの蝙蝠か。テキサスの末裔にしろあんたにしろ、ドンと付き合いがあるってのに……シラクーザ人は恩義も覚えられねえような無礼者ばかりなのか?」
「オレについては否定しないがね。チェリーニアに関しては間違いだと思うよ、色々と」
横槍もとい横ナイフを入れられたウォラックが、忌々しげに舌打ちをして剣を振り払う。そこにこびりついていたのは、ディミトリの血だろうが……逆にウォラックには目立った傷はない。
シラクザーノでもディミトリ相手に優勢ではあったが、ここまで圧倒的な描写だったか?なんかやたらと張り切っているというか。
「ボスが暗殺されてのドン就任なんざ、面子も何もあったもんじゃねえ。てめえらをこの先へ進ませるわけにはいかねえな」
「ふん、お前一人で俺たちを退けられるつもりなのか?それに今こうしている間にも、ベッローネとサルッツォはお前のドンのためにとびきりの酒を送りつけてやってるんだが」
「チェリーニアだろう。なるほどそれならシラクーザでも並ぶほどのない美酒だろうし、ドンもお気に召すかもな……だがそんなこと、通るわけないだろうが!」
ウォラックが激昂するのは、他ならぬチェリーニアがジョヴァンナの暗殺に割り当てられたということそのものに対してだ。
チェリーニア・テキサス……その家名は、クルビアマフィアについて回る影のようなものだ。特にロッサティの一部では、その尻拭いのためにロッサティが身を切ったという意識すらある。
だというのにそのテキサスの末裔が、ロッサティに牙を剥くなど……恩を仇で返す、という感じなのだろう。
チェリーニアにとっては、テキサスという家名なんて最早どうでもいいことなのだが。
それを含めて、無責任だと批判する激情が見え隠れしている。
そんな怒りを込めて振りかぶったウォラックの直剣は、だが振り下ろされることなく弾かれた。
オレではない……まあオレもパリィできるように準備はしていたが。それよりも早く、オレの後方から飛んできたアーツ弾がウォラックを襲い、後退させたのだ。
「なにっ──」
「レオン!?お前……」
「ディーマ。お前にはお前なりの考えがあったんだろうが、俺にも俺なりのやり方というものがある。事ここに至った以上は、それを貫かせてもらうぞ」
レオントゥッツォ。一度は狼主の真相をベルナルドに知らされ呆然としていたのだろうが、こうしてミラノ劇場に単身で乗り込んできたあたりはそれを乗り越えたということか。
まったく頼りになる、次代のドンとしても相応しい風格と気品の持ち主だ。
まあ彼自身は、ファミリーを継ぐということに疑問を抱き続けているのだが。
「──ウォラック。ひとつ、賭けをしてみないか?」
◇
レオントゥッツォとウォラックの賭け……つまりは、チェリーニアがジョヴァンナのことを殺せるか否か。二人はクルビアにいた頃からの旧友で、ならそこに親愛の情なりが働くことだってあるだろう。もしかしたら、互いに殺し合うことを望まないかもしれない。
レオントゥッツォは殺せない方に賭けた。ウォラックは殺せる方に賭けたが、それで負けたいと考えているのだから実質は殺せない方に賭けたようなものだ。
そして結局は、二人のその判断は正しかったということになる。チェリーニアはジョヴァンナを殺さなかったし、ジョヴァンナもチェリーニアを殺さなかった。二人はすれ違い道を異にしていることを再確認し、互いに背を向けて別れていくからだ。
……シラクザーノでは、そうだった。
だが今は、ジョヴァンナの心境や立場はまるきりそれと違う。もしかしたら何か異なる結末を迎えるのではないか、という気もするし……。
だが、そこでオレの思考は寸断された。白い影がふわりと、オレの目の前に降りてきたからだ。
「やあシルウィア。ボクは今からテキサスが古い友達と会うのを見に行くけど、君も来るかい?」
「……ラップランド。君は確か、ジョヴァンナ暗殺には割り当てられていなかったと思うが」
「アッハハ!だってあの二人、揃いも揃ってこのシラクーザの泥沼から逃げ出そうとした臆病者なんだよ。だけどその実はぜーんぜん違う。……ならその二人の道が交錯してどうなるか、気になるじゃない?」
ケタケタと笑うラップランドの、三日月のように吊り上がった口は……だが、どうにも心細げに見えた。まるで行くべき道を見失った羽獣のように。
た、大陸版……!
まさか██が来るとは思いもしませんでした。出されてみれば納得しかないですが。