オレが、「俺」の記憶を取り戻したのはきっと物心ついたのと同じくらいの時だ。周囲で屯している大人たちの頭頂部にある狼みたいな耳と、同じく狼みたいな尻尾に強烈な違和感を感じたのがその始まりだったと思う。
ついでに自分にも同じようなものがついていることを認知するに至って、オレは自分が異世界からの落ち人だということを悟った。いやオレからすればこの世界の方が異世界なんだが。
それでも、なんかそういうケモミミの要素があるファンタジー世界なんだろうと思っていた。オレとしてもケモミミだの獣人だのは好きだから万々歳、だったのだ。
まあ性別が変わってたのには少し驚いたが、どっちかと言えばファンタジックなあれそれの方がオレにとっては衝撃的だったし興味深かった。
そんな楽観が吹き飛んだのは、やはりここがテラ、つまりはアークナイツの世界だと理解したその瞬間だろう。
ベッローネ、サルッツォ、テキサス……単独で見ればなんの変哲もない単語だが、こいつらが十二家としてまとめて語られるとなると話は変わる。つまり、これらはシラクーザにおけるマフィアのファミリーどもの名前なのだ。
そしてそんな形態をとるシラクーザマフィアとくれば、もうアークナイツしかない。その事実に思考が及んだ瞬間には、頭が真っ白になった。
何せアークナイツの世界、とんでもなく過酷である。
そんな世界に転生したとなればもう悲惨な末路しか想像できなくても仕方ないだろう。というか悲惨でない末期とか逆にどんなのがあると。
そういう感じで悲嘆に暮れていたのだが……ある時、オレは吹っ切れた。諦めたとも言う。
幸いにしてオレの生まれたシラクーザは、マフィア関連がめちゃくちゃ厄介な代わりに、それ以外の厄ネタはあんまり関係がない。リターニアから独立したという経緯ももう百年ほど昔のこと。「銃と秩序」の銃で引用されるラテラーノも実のところ一人のサンクタが持ち込んだ概念なだけで、シラクーザとラテラーノにそこまで深い関わりは無い。獣主も、その牙に選ばれない限りは基本的に無害だ。
だがオレは見事にマフィアの家系の生まれだった。しかもそこそこ地位の高い。つまり足を洗って真っ当に暮らす、なんて出来ないような立場だ。確か原作でダンブラウンはサルッツォファミリーから抜けようとしたものの、結局は有事に召還されていたようだし……オレも似たようなことになるだけだろう。
もうどうしようもないな、と自棄になったオレはマフィアの一員としてやっていくことを決意した……いや決意というほど大層なものじゃないが。とりあえず振られた仕事はきっちりとこなし、それ以外ではせめて善人であろうとそう決めたわけだ。
幸か不幸かオレにはその手の才能があったらしく、十と少しくらいの頃にはもう一端の鉄砲玉として通用していた。少なくともそこいらのマフィア構成員には余裕で勝てる程度には、オレは強かったのだ。
……それで、有り体に言えば調子に乗っていたのだろう。どこぞの武芸バカの歳獣だとか、ベンチに座って新聞読んでるだけで暗殺者退けるサラリーマンだとか、そういうのには敵わないとしても、まあ基本は負けなしだろうと。
「ッハハ!もうお終いなの?アクエドリアの秘蔵っ子って言う割には大したことないみたいだね」
「……ぬるい」
ラップランド・サルッツォとチェリーニア・テキサス。
アークナイツにおいてオペレーターとして雇用できる二人は、オレと同年齢だというのにオレよりも遥かに疾く、力強く、巧みだった。いやラップランドに関しては戦闘技術:卓越なのでそりゃそうだという話ではあるのだが、だとしても同い年でああもコテンパンにやられるとは流石に思っていなかったのだ。
鼻っ面を叩き折られたオレは、ひとしきり泣いたりなんだりの情けないことを済ませてから、二人のいるサルッツォファミリーの門を叩いた。そんな軽々しくファミリーに入れるのかというと、まあ場合によりけりではあるのだが、オレは運のいい方だった。もともとオレの家が属するファミリーと、サルッツォファミリーは仲が悪いわけではなかったらしい。そこでオレを人質としてサルッツォファミリーに送り、より紐帯を強固にしようという動きがちょうどあったのだ。というかオレから提案して働きかけた。
その結果、オレはサルッツォファミリーに一時的に籍をおくことになった。まあテキサスファミリーからサルッツォファミリーにテキサスが……こう言うとややこしいな、チェリーニアが送られたのと似たようなものだ。あちらとオレでは家の大きさが全然違うが。
とはいえ数少ない同年代、同性ということもあってか彼女らとの親交もないわけではなかった。むしろオレとしてはそれだけがこのじめっぽいシラクーザでの生活の清涼剤みたいなものだったし。
「お前はラップランドと違って私のことを殊更に気にしないから、付き合っていて楽だ」
「いやテキサスファミリーの一人娘とあれば気にはするが。むしろそうだからこそ、ここにいるわけだしな」
「だとしても……こうして杯を交わしている間に、不意に斬りかかられる心配がないのはお前の方だからな。友人としてなら、お前の方が親しみやすいだろう」
「ははは、オレの知らぬ間にそんなことがあったとは。つくづく君たち二人の関係は面白い……」
「へえ、キミのアーツは物体を停滞させるんだ?中々面白いね、まるで……」
「まるで、旧弊に縛られたままのオレみたいだ、とでも?」
「アハッ、キミもボクのことが分かってきたみたいだね!だけど少し違うかな……縛られてるのは、キミだけじゃなくてこのシラクーザ全部だよ。ボクも、テキサスも含めてね」
「だが、オレのアーツは停滞だけじゃない。そうして回収したエネルギーは、また別の物体へと注ぎ込まれそれを飛翔させる糧となる……ふ、いささか寓意が過ぎるかな」
「そうだね、ボクもあんまり好きじゃないなあその喩えは」
今となっては懐かしい在りし日の思い出だが。
チェリーニアがサルッツォファミリーに滞在したのは、たった数年だけだった。彼女はクルビアのテキサスファミリーのもとへ戻り、新たなるドンとなるべく経験を積む……
だが、そうはならないことをオレは知っている。チェリーニアの父、ジュセッペ・テキサスはドンであるサルヴァトーレ・テキサスを殺しシラクーザマフィアからの独立を宣言する。
それは、自らの敷いた「銃と秩序」に反することを決して許さないミズ・シチリアの逆鱗に触れる行為だ。ゆえに彼女は十二家を総動員してテキサスファミリーの鏖殺を下命、結果としてテキサスファミリーは壊滅する……ただ一人、チェリーニア・テキサスを除いて。
チェリーニアはテキサスの家に自ら火を放ち、シラクーザからもクルビアからも逃げ出す。チェリーニア・テキサスではなくただのテキサスとして。
それが紆余曲折の末にエンペラーに出会い、ペンギン急便を立ち上げ……アークナイツ本編や喧騒の掟、シラクザーノに繋がるわけだ。
そしてここで問題になるのはむしろテキサスよりラップランドの方だ。彼女はテキサスファミリーの粛清に参加し、そして一人逃げるテキサスを追撃する。だがテキサスとラップランドの対決はテキサスの勝利に終わり、ラップランドは以降テキサスへの執着をより強め病的なものとする……。
それはラップランドがついぞ抜け出すことの叶わないシラクーザという泥沼から、テキサスが一人逃げていったことによるのだろう。嫉妬、憧憬、怨嗟……あるいはそのいずれでもない何かを燃やして、ラップランドはテキサスを追い続ける。
もしかしたらテキサスとラップランドが分たれることを防げるかもしれない、そういう場面だ。
だというのに、オレは何もしなかった。
ラップランドと同じくサルッツォの手勢としてクルビアに送り込まれたものの、オレはそこらの雑兵を根切りにしていただけで、二人の一幕には何らも割って入ることがなかった。しかも何か考えがあってそうしたというんじゃない。ただ茫漠と、与えられた仕事をこなしていただけで。
今になって、あそこでオレが介入する必要はなかったと結論づけることもできてはいるが。だがそもそも、当時のオレは介入の是非すらも考えていなかったのだ。
それが今になってもオレの心に影を落とし続けている。
今更テキサスのようにシラクーザから逃げることも、ラップランドのようにシラクーザに反抗することもできないが。
それでもせめて、彼女たちの先行きが幸多からんことを願い、またそのためにわずかでも助力するくらいは、してもよかったのではないかと思うのだ。
「銃と秩序」に鎖されたシラクーザを変革せんと願う若者たち。いつかその報われる日の来るように、彼らの行く道を照らす灯火となること。
それを目標と定めたそれこそが、オレが正しくオレとしてこのテラに生を受けた瞬間だったのだと、そう思っている。