「ラップランドか……」
「それにシルウィアも。先日ぶりね、あなたたちも私の暗殺に参加してるのかしら?」
突然の闖入者であるオレとラップランドに、全く動じもせずに対応するのは流石はドンといったところだろう。
チェリーニアがボックス席に侵入するのに使った瓦礫の山によるショートカットとはまた別口の……もはや道とは言えない何かを無理やり踏破してここまで来た訳なので、あちらからしても予想できない介入ではあると思うのだが。
なおそんな侵入ルートを使った都合、あとこれまでに少なからず戦闘を経ていたこともあって、オレの衣装は埃に汚れて所々が切れたりほつれたりしている。何せオペラの舞台で着るための服なので、戦闘とか荒事は想定されていないからだ。
そこまで派手で華美なものではないから換えを用意するのもそこまで難しくはないだろうが、まあ面倒なのでこのままでいいか。どの道そこらの服くらいなら使い勝手も大して変わらないし。
一方でラップランドは、二本の刀なんていう戦闘以外では役に立たない重しを持っているにも関わらず、塵ひとつ付けずにここまで来ている。
身体能力もそうだが、何よりも卓越した身のこなしの証左ということになるだろうか。ただの壁にしか見えないところを何の苦労も無しに登って行ったのには嫉妬すら湧かん。オレはアーツの補助があって何とかという所なのにな。
まあ、「どうやって」ここまで来たのかはどうでもいいだろう。
むしろ問題は「どうして」ここまで来たのかということだ。チェリーニアとジョヴァンナの対面を誰ぞが邪魔をすることのないように、わざわざ露払いなんかしてウォラックやディミトリを遠ざけたりしていたオレが、どうして二人のところに来ているのか。
表面的な答えから言ってしまえば、これはラップランドのせいだ。
「ボク一人だけだったら、あの二人のお話に苛立ってぜーんぶ台無しにしちゃうかもね?」だなんて言われたなら、オレも行かざるを得ないだろう……というかラップランドにしても、オレがそう判断するのを分かって言っている。
ただ、どうしてオレを連れて行こうとしたのかは分からん。というかそもそも、シラクザーノだとラップランドはチェリーニアとジョヴァンナの会話に自分では割って入ろうとしなかった。ソラたちを嗾けようとはしていたが。
それはチェリーニアをシラクーザに引き戻せる可能性があったのがジョヴァンナで、それを阻止できる可能性が最も高かったのがペンギン急便の面々だったからだ。
つまりチェリーニアがシラクーザに戻るのか否か、その両方の可能性を最大化した上でどちらに転ぶかを見定めようとしていたわけで。
あるいはどれだけ足掻こうとも──本来ならそれを邪魔するべきラップランドが逆に助力をしたとしても、それでもシラクーザからは抜け出せないということを突き付けるためかもしれないが。
ただいずれにしても、ラップランドはシラクザーノで表立ってチェリーニアがシラクーザを去るのを妨害しようとはしていない。
シラクーザという泥沼そのものが、ラップランドの手など必要とせずにチェリーニアを捉えて離さないと考えているからだ。
だが今回の一件に関しては、むしろジョヴァンナはチェリーニアがシラクーザを去るのを認めていて、引き戻そうなんてことは考えていないのはよく分かる。それが彼女が今まで考え続けた末の結論ということなのだろう。
少しばかり羨ましくなるが……それはさておくとして、ラップランドがこれに介入する理由も特にないはずだ。何せジョヴァンナは本来のシラクザーノにおけるペンギン急便のような役回りで、チェリーニアの味方に近いのだから。
もしそれでチェリーニアがシラクーザから本当に逃げるかもしれないとしても、それをラップランドが直接的に妨害してしまえば、それは実質的にラップランドの信念の敗北に等しい。
「ラップランドが介入すれば」という但し書きの付いた「誰もシラクーザからは逃げられない」という命題など、何らの価値のあるものか。それを掲げることに意味なんてあるはずもない。
あるいはラップランド自身をシラクーザの一部であると認めることもできるだろうが……それこそ、ラップランドにとっては何よりも受け入れ難いものだろう。そもそもはラップランドこそが、このシラクーザに呑まれることを是としなかったのだから。
だからこそ、どうしてラップランドがこうしてチェリーニアのもとへやって来たのかが分からない。
今も楽しげに口端を吊り上げているその表情からは、その理由も何も読み取れないが……。
「裁判所ぶりだね、テキサス。それにロッサティのドンも……初めましてになるのかな?」
「ええ。あなたのことは噂には聞いていたけど……シラクーザから追放されたヒトリオオカミって。こうして対面してみれば、それも納得ね」
「アッハハ!ヒトリオオカミ、なんて久々に言われちゃった。一体誰がそんなこと噂してたのかなあ?」
「あら、聞いてないの?今あなたの隣にいる彼女よ、私とも親交が長いのだけど」
いやこっちを見ないでくれ、いきなり振り向かれると怖いから。昔ジョヴァンナと雑談してた時に、確かプロファイルに書いてあったな……と思ってふと口から漏れただけなんだ。
それが妙にツボに入ったのか、ジョヴァンナは今までそれを覚えていたらしいが。
ラップランド相手にもこの表現を使ったことがあったかは……何かあるような気もする。それが理由か、この反応は?
「そこまで深い意味はないんだ、軽く流してくれるとありがたい。それにオレとしては、なぜ君がこんな真似をしたのかという方が気になって仕方がないんだが」
「あれ、キミならもう察しもついてると思ったんだけど。見当違いだったかな?それならそれでいいけどね」
「チェリーニアに何か思うところがあるのだろう、とは考えたけどね。それは今このタイミングで行動する理由にはならないだろうから」
呆れたように肩をすくめたラップランドは、ジョヴァンナの近くの机からワインボトルを勝手に取ってはグラスに注いで飲み始めた。
おそらく丸腰のジョヴァンナはともかく、帯剣したチェリーニアが居る前で酒精を取るというのは、つまりラップランドにはここから戦闘をするつもりがないということだろう。少なくともアルコールで思考が鈍った状態で勝てるほど、チェリーニアは弱くないからだ。酔拳とかも実際に酔っ払ってやる武術ではないし、そこから分かるように戦闘において酔いというのは馬鹿にならないデバフであるからして。
それを踏まえると、ルーチェ・スペンテ……アマレットを垂らしたロックのウイスキーで、一気飲みすると「隣の奴を殺す」というメッセージになるカクテルだが、それはつまり「酔っていてもお前を殺すくらい余裕だ」という挑発でもあるわけだ。それはそれは、シラクーザ人に好まれそうなカクテルだと言えるだろう……まあオレは酒に弱いので、てんで楽しめないが。
ちなみにチェリーニアはオレと真逆で、このカクテルが好きなんだそうだ。意外な感じもするが、それこそチェリーニアにとってはルーチェ・スペンテのシラクーザにおける意味合いなんてどうでもいいということなのだろう。純粋に味が好みだというだけで。
だというのに余人はそれを見て、シラクーザ人らしいだなんて言うわけだが。
「結構美味しいじゃない。キミもどうだい?」
「遠慮しておこう、この場で酩酊状態になれるほどオレは度胸がないからね。それよりも君の本題を済ませた方がいいんじゃないかと思うよ……チェリーニアの目が怖い」
「……無駄話をするだけなら、よそでやってくれ。生憎と私たちには時間が無いからな」
「仕方ないなあ。じゃあシルウィアの疑問に答えてあげようか……」
ラップランドは、剣の鋒をジョヴァンナに向けて嗤う。微かに頬が赤いあたり、酔いが全くないという訳でもないのだろうが……まったくぶれずにジョヴァンナに向けられた剣先には恐れ入る。
だがそこに込められたラップランドの技量よりも、その裏に隠された彼女の感情の方がここでは重要だろう。オレが思うに、それはチェリーニアと親しいジョヴァンナへの嫉妬とかではなく、もっと根源的な怒りのような。
「今回はね、ボクはテキサスじゃなくてそこのキミ……ジョヴァンナに話があって来たんだよ。テキサスの幼馴染っていうのはシルウィアから聞いてたけど、どんな人間なのか気になってたからね」
「……あなたがシラクーザに居た頃は、シルウィアは私と面識なんて無いわよね?」
不思議そうにしているジョヴァンナには悪いが、多分昔のオレはそこまで時系列の整合性を考えずに言ってたんだろう。
なんか気まずいので、そっぽを向いて口笛でも鳴らすが……ジョヴァンナは心なし呆れたような表情だ。まあそりゃあからさまに怪しいし。
まあラップランドにとってはその辺りはどうでもよかったらしく、普通に話を続けているが。
「キミはテキサスと同じように、シラクーザから逃げようとしてるみたいだけど……それってどうしてなのかな?まさかシラクーザから逃げるだけで、テキサスが自分に振り向いてくれるとでも思ったの?」
「そういう願望が無いとまでは言い切れないけど。でも一番の理由は、やっぱり今のシラクーザに嫌気がさしたからでしょうね。私みたいなマフィアは、どうしても旧時代の住人なのよ……変わりゆくシラクーザとは相容れない」
「それってクルビアからの麻薬とかの話?キミはその取引を拒否してたけど、上手くいかなかったみたいだね」
麻薬ビジネスは、見返りが大きい分リスクも高い。というより、それまでファミリーが保ってきた最低限の道義や倫理すらも無視する所業だから、それまで保たれてきた秩序を壊すことにすら繋がってしまいかねないのだ。
悪人だからといって何でもかんでも悪行を働く訳ではない……そういう一種の自負というか誇りが、暗黙のうちにかつてのシラクーザにはあった。ジョヴァンナもその一人だったわけだ。
だがシラクーザとは、もとよりその一言だけで形容できるような単純な概念ではなく、その内実も多種多様だ。そういう道義を踏み躙るような奴だって出てくるし、そうなると「やらない方が損だ・負けだ」という思考だって蔓延るようになる。
ジョヴァンナの側近であるウォラックはどちらかというとそちら寄りの立場だ。碌でもない仕事だとは分かっているが、やらなければ生き残れないという考えなわけだな。
そしてロッサティとしてもその考えが根強い。そもそも十二家には数えられるとはいえ、シラクーザではまだ新参のファミリーでしかないのだから、掴めるチャンスは掴むべきだという風潮が強いということだろう。
だからジョヴァンナは、追い落とされる形でファミリーを去ることになる。
そこで実力行使の強引な簒奪ではなく、表向きはドンの地位の譲渡という形で流血の無いように済ませたのはウォラックの情というものだろうか……シラクザーノでも、結局彼はジョヴァンナを殺せなかったし。
だがどうあっても、ジョヴァンナは今のシラクーザとは合わなかったというのは確かだろう。
なので、逃げるというよりは逃げざるを得なくなったという方が正しいのでは、なんて考えて──
「だからドンから降りて、後任に託す……って言えば聞こえはいいけど。でもそれって、責任を放棄したただの逃避でしょ?キミにはキミを慕う部下がいるし、キミがやるべきことだってまだあるんだ。なのにそれをぜーんぶ無視して逃げるなんて酷いことだと思わないの?」
ラップランドの、その言葉に思わず身体が強張った。
「テキサスは違った。彼女はあの粛清の中で家族もファミリーも何もかもを無くして、それでシラクーザに嫌気がさしたんだ。テキサスには守るべき責任なんてもう無かったし……テキサスの守りたかったものも、何も無くなっちゃった」
オレの様子など気にもとめず、愉しげに、あるいは羨ましげにラップランドは笑いながら。
「けどキミはそうじゃない。カタリナなんて名前で劇作家をしてるのに、それは捨てようとしてないんでしょう?要らないものだけ捨てて、好きに生きていこうだなんて虫の良すぎる話だよね……シルウィアもそうは思わない?」
その問いかけに、だがオレは何も答えられなかった。
だってそれは全て、オレに返ってくるものだったから。
──責任を放棄したただの逃避でしょ?
それは荊のようにオレの心に巻き付いて、その棘でオレを痛めつけている。
ルーチェ・スペンテについては、ラップランドの周年ボイスで触れられています。
今はもうゲーム内で聞けませんが、調べれば出ては来るはずなので気になった方はどうぞ。
他のオペレーターのボイスも色々と新しいことが分かって面白いです。