けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-18 復縁

 

 ──責任を放棄したただの逃避でしょ?

 

 ジョヴァンナに向けたものだったのだろう、ラップランドのむしろ断定のような問いかけ。

 それはつまり、お前のような半端者がチェリーニアと同じだなんてありえない、という拒絶の言葉だ。俗っぽい言い方をするならば、厄介ファンとかそういう類に近い感情だということになる。

 

 何もかもを捨て、シラクーザから逃げ出したチェリーニアと。シラクーザから追放され、何もかもを失ったはずのラップランド。

 そこには一見して違いなんてないはずだが……チェリーニアはシラクーザに囚われることなく、ラップランドはシラクーザに囚われたまま。結果としては全くの反対になってしまったのだ。

 だからラップランドにとってチェリーニアは羨望と嫉妬、憧憬の対象であるわけで。

 

 だというのに、自分にとって要らないものだけを捨ててシラクーザから逃げるだなんて宣うジョヴァンナは……ラップランドにとってチェリーニアのことを誤解しているだけでなく、チェリーニアのことを侮蔑しているのにも等しい。

 ましてジョヴァンナは、チェリーニアと同じように、と言ったのだから。

 言い逃れなどできない最悪の放言だと、そうラップランドが考えるのも分からないではない。

 

 あるいはオレたちの中で、最も責任というものに縛られているラップランドだからの発言なのかもしれないが。

 チェリーニアは、責任もろとも全てを失った。ジョヴァンナも今はこうして「無責任」になろうとしているし、オレも何だかんだでシラクーザの枠組みの中では好き放題やっている。ファミリーには所属していないし、ベルナルドと組んだおかげで横紙破りだってそれなりにさせてもらっているから。

 対してラップランドは、シラクーザから離れていてもそれに縛られ続けていた。ミズ・シチリアの命令を握り潰すことはできても、結局はシラクーザ流のやり方でしか物事に向き合えなかったのだ。

 シラクーザという泥沼……それは、ラップランドが忌み嫌いつつもそこから抜け出せないからこその表現だろう。でなければああも愛おしそうに、けれど同時に忌々しげに語るものか。

 

 そんな、誰よりも重く真摯な問いかけに……だがジョヴァンナは毅然と向かって。

 

「逃げたのは別に否定しないけれど。捨てた、というのはあなたの恣意的な視点でしかないわ。そもそも私は何も捨てたつもりはないしね」

 

 その返しにラップランドはわずかに瞠目して、だが狂ったように笑い出す。

 嘲笑のようでいて、その実はどんな感情が込められているのか……オレには分からなかったが。

 ただ、今まででこうも呵呵大笑したラップランドを見たのはそうそうない。どんな感情であれ、その激しさは分かろうというものだった。

 

「アッハハハハハハ!アー、ハァ……久しぶりに大笑いしちゃった。さすがはクルビア人だね、コメディアンの才能まであるなんてさ」

「劇作家だもの、喜劇も書けなくちゃやっていけないわ。ま、私は役者ではないけど」

「ッハハ、喜劇だって?こんなの場末の劇場でやってる即興劇にも及ばないじゃない。……何も捨てない?それが出来るだなんて本当に思ってるのかなあ」

 

 一度は下ろした剣先を、再びジョヴァンナに突きつけて。

 そこまでで止めて、ジョヴァンナの喉を貫こうとしていないあたりはまだ正気というか、ラップランドなりにジョヴァンナの選択に興味があるということなのかもしれないが。

 眉を顰めたチェリーニアが双剣の鯉口を切る音が、一瞬の静寂に満たされたボックス席でやけに大きく聞こえる。

 それはつまり、ジョヴァンナの命を守ろうとしているということで……オレのお願いが効力を発揮してくれたのか、あるいはジョヴァンナがそれだけチェリーニアを感化したのか。いずれにせよ、オレにとっては喜ばしいものではある。

 

「出来る出来ないという話じゃないわ。少なくとも私はそうすることを望んでいて、そうするだけの力があると思っている……あとは実行するだけじゃない」

「……ボクのお父様みたいな傲慢さは、確かに捨てないで持ってるみたいだね」

「それはどうも、アルベルトの一人娘のあなたに言われるなら私も捨てたものじゃないわね」

 

 ……売り言葉に買い言葉というか。

 なんかジョヴァンナの方も、ラップランドに対してちょっと辛辣じゃないか?いやあれだけ好き放題言われたらムカつくのも当然と言えば当然なんだが。

 あるいはジョヴァンナも、ラップランドに思うところでもあるのかもしれないが。初対面のはずなんだがね……。

 

 ちなみに半ば蚊帳の外にあるオレとチェリーニアは、ボックスの端の方の座席に並んで座っては所在なさげに顔を突き合わせている。

 いやオレは連れてこられただけだが、君はあの二人の争論の原因というか渦中にある人物なんだぞ?もうちょっとあっちに顔を出しても……もう自分がどうこうという話じゃない?それはまあ、そうかもしれないけども。

 

 しかもこっちに来ている癖に、何か話すというわけでもないからとんでもなく気まずい。

 あっちはそれなりに会話も弾んで?いるのだが、こっちはただの無言である。どちらがマシかは……まあオレはさっさと帰りたいんだが。

 ただそうはいかない理由もあって。ことここに至った以上は、ジョヴァンナとチェリーニアの顛末を見ておきたいし、他にも……。

 

「ま、私にとって今のシラクーザは嫌気のさすものではあるし、そこから逃げようともしているわ。それは確かなこと。でも、だからといってそれを捨てるだなんて馬鹿らしいじゃない?そもそも過去を切り捨てるなんて、普通は出来ないことだし」

 

 ちらとチェリーニアの方を見て苦笑しつつ、ジョヴァンナは言う。

 あるいはそれは、『テキサスの死』を通じてジョヴァンナが再確認したことだったのかもしれないが──

 

「一度逃げたからって、その後の人生でそれと二度と向き合うことも許されないなんてことはないでしょうに」

「……だからそうやって、臆面もなくシラクーザから逃げるだなんて言えるわけ?つまらないなあ、もっと気骨のある理由を想像してたのに」

「理由に良いも悪いも無いでしょう。ただ私にとっては、これが最良の手段ではあったけど」

 

 それに白けたような顔をして、ラップランドは剣の鋒を下ろした。

 それは大切に育てていた蝶が、実は蛾だったことに気が付いた子供のような。自分の無分別への情けなさと、それでもやはり相手に対して抱いてしまう怒りと落胆だった。

 それでも最後に、張り付けたような笑みを浮かべて。

 

「あーあ、何か思ってたのと違ってどうでもよくなっちゃったや。ボクはもう帰るから、キミたちも好きにしたら?お父様にはそれらしいことでも言っておくよ」

 

 ボックス席の外枠から身を乗り出すようにして階下へ消えていったラップランドを目で追いながら、オレたちは三者三様だった。

 ジョヴァンナは変わらず観客席に座ったままだし、チェリーニアは双剣を納めて周囲を警戒している。あとオレはペンギン急便の面子が何処にいるのかを探している。

 だがいずれにせよ、目下のところの懸念は共通していた。

 

「……何だったんだ、あいつは」

「まあ、推測ではあるが。ジョヴァンナが君と同じように……あるいはラップランドとは違って、本当にシラクーザから逃げ出せるのかどうか試したかったんだと思うよ。あいつはシラクーザにオレたちの誰よりも固執しているし……そこから抜け出すってなれば、それも一入だろうから」

「彼女が思っていたのとは違ったみたいだけどね。別にシラクーザを離れようというのでもないし、ファミリーを皆殺しにしようというのでもないから。そもそも逃避ですらない、という感じかしら」

 

 だから、期待外れというか。大言壮語を吐いた割には、大したことを目論んでいない半端者だという考えになったのだろう。

 事実、シラクーザから逃げると言っておきながら、地理的にはジョヴァンナはシラクーザから離れることはないようで。ここでジョヴァンナの言うシラクーザは、きっと精神的な側面の比重が強い。

 翻ってラップランドは、それを含めた上でより広範にシラクーザという概念を捉えている節があるから……そこで齟齬があったとも言えるだろうが。

 

 そのすれ違いに少し寂しそうにしながら、だがジョヴァンナはオレのことを見つめていた。

 そうも注視されると居心地が悪いんだが……今更アーツを使っても意識は逸らせないし。そもそもジョヴァンナには効きが悪いのもあるが。

 

「彼女には言いそびれてしまったけど……私はシラクーザから逃げはしても、シラクーザのことを捨てるつもりはないし、見捨てるつもりもない。少なくとも、私に合わないからというくらいの理由ではね。そうするにはこのシラクーザは、私に深く突き刺さっているもの」

「そうだったのか?ラップランドが来る前にしていた話からは、そうは汲み取れなかったが」

「私の説明不足ね……というより、説明しようとしていたら彼女たちがやって来たのだけど」

「どーも、お邪魔してるよ。別に帰って欲しいなら、そう言ってくれればすぐにでもいなくなるさ」

 

 お、あんな所にペンギン急便の面々が。

 テキサスの所まで来ようとしているのだろうが、階下ではまだロッサティとベッローネ・サルッツォが戦闘中だ。それを掻い潜ってここまで登ってくるのは、いくら歴戦のペンギン急便と言えど容易ではないだろう。

 なんかアグニル神父までその近くにいるのが見えるが、気にしても仕方がないのでスルーする方針で。いやあなたがファミリーの抗争に絡むと話がややこしくなるのでやめて欲しいんですが……。

 

「いえ、丁度いいわ。どうせならあなたにも伝えておきたいことだし」

「……オレにも?チェリーニアだけではなく、か?」

 

 もちろん、と言いながらジョヴァンナは席から立ち上がり、オレの隣まで来て階下を見る。

 未だに怒号と悲鳴の渦巻くそこは、さながらシラクーザの縮図だが。

 オレはどうにも、これを見て何も感じられないのだ。それだから碌でもない奴なのだが、オレは。

 

「私は変わりつつあるシラクーザは好きではないけれど……それを止めるにしても、別の方向に向かわせるにしても、ロッサティのドンという立場じゃ無理があったわ。それは実権力の問題ではなくて、ロッサティが既にシラクーザという国家に組み込まれ呑み込まれてしまっていたからだけど」

「だから、ドンの地位を譲って……いわばフリーになったと?」

「まあ、そうなるわね。一度シラクーザの外の視点から、この国を見つめ直すべきだとも思ったし」

「……だがそれは、結局のところ責任の放棄に他ならないんじゃないかとも思うよ、オレはラップランドではないが」

 

 ロッサティのドンとして、背負うべき責務を。あるいは率いるべき部下たちを。

 それらを全て放り投げて、好き勝手にやろうとしているという指摘は……いくらシラクーザを捨てていないと強弁しようとも、避けられないだろう。

 まあオレが言えたことでは全くないが。というかオレの方が、責任なんて投げ捨てて好き勝手やろうとしている身だ。部下を集めては、それを丸ごと使い潰して自分ごと破滅させるような。

 だがそれでも、あるいはだからこそ。ジョヴァンナへの批判は、全てオレにも突き刺さるものだから。

 

「少なくとも今はそうかもしれない。でもシラクーザという概念がいつか変わって、私にもあなたにも、チェリーニアにとっても受け入れられるものになった時には……私はそれを再び背負うことになるわ。だからまあ、預けたというくらいのものね」

「それも随分と虫のいい話じゃ、ないのかな」

「ええ。結局は今この時点では、私が責任を投げ捨てているという誹りは免れないでしょう。それを否定するつもりもないけれど。それでも、変革には痛みと流血の伴うものだと思うから……だから、私はきっとこの選択を後悔しない。何処までいっても私の勝手なのは変わらないけど、ならせめて胸を張っているべきじゃない?」

「どうしてそこまでする?このままシラクーザの外に、ラップランドの言うような意味で逃げることだって出来ただろう。お前にとって、シラクーザの改革はそれほど重要なものなのか?」

「このくらいしないと、チェリーニア……あなたには並び立てないでしょう?私とあなたの道は決して同じにはなれないけれど、こうして平行しながら、時々は交錯するくらいは許されるんじゃないかと思うしね」

 

 いつの間にかオレとジョヴァンナのすぐ後ろに立っていたチェリーニアの問いかけに、微笑で応えたジョヴァンナは……振り返って、チェリーニアに手を差し出した。

 きっとそれは、ジョヴァンナが……原作でのジョヴァンナも、今この場にいるジョヴァンナも、その両方が本心から願っていたことだ。

 

「だから──一緒にやり直しましょう、チェリーニア」




投稿が遅れて申し訳ありません。
ギリギリ当日ということにならないでしょうかね……?
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