けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-19 一つの回答

 

 ジョヴァンナの原点というか原動力というか、とにかくその類のもの──チェリーニアと同じ道を歩みたいというそれ。

 シラクーザにおいてチェリーニアをロッサティに勧誘したのは、その最たるものだっただろう。二人でならシラクーザで地位を築くことができるから、とは言っていたが。実のところは、シラクーザでの栄達よりもチェリーニアの隣に立てることの方が大きいというのはオレでも分かる。

 

 だがチェリーニアはそれを断った。自分はシラクーザ人でもクルビアでもない……あるいはそうなりたくないと、そう願ったから。

 ただのチェリーニア・テキサス、という自己認識は結局のところチェリーニアの根底に流れるものだ。それはクルビアで生を受け、シラクーザに滞在し、龍門に身を寄せるようになるまでずっと変わらない。そしてシラクーザに戻ってきた今現在でも。

 チェリーニアはチェリーニアなりの考えで動いているのだし、今ペンギン急便に身を落ち着けているのも、ペンギン急便の面々がチェリーニアと気の合う奴らだったからだ。少なくともシラクーザにいるオレたちよりは、ずっと。

 

 それを分かっているジョヴァンナは、それでもチェリーニアのことを諦めなかったということなのだろう。

 チェリーニアを自分の味方にできないのなら、自分からチェリーニアの味方になればいいという。そういう、今までの自分すら捨てるような決断は……思い切りのいい、いやよすぎるもので。

 オレからすれば到底真似できないことだから、何というか眩しくて見ていられない。きっかけが、あるいはその一端がオレにあるとはいえ、だ。

 

「……」

 

 沈黙を保ったままのチェリーニアも、ジョヴァンナの手を取るべきかをそう簡単には決められないのだろう。

 チェリーニアからすれば、ジョヴァンナが本当にロッサティのドンを辞めるのかは分からないのだし……それに何よりも、ジョヴァンナは結局のところシラクーザに生きる人間だから。

 チェリーニアにとってシラクーザは故地でも何でもない、ただの滞在地でしかないのかもしれないが。

 翻ってジョヴァンナにとってシラクーザは、どうあっても彼女の生きる土地なのだ。それは彼女の生まれがクルビアであるとか、そういうことには関係がない。ジョヴァンナはどうしようもなくシラクーザ人であって、そこから逃れることは出来ないから。

 

 だがそこでシラクーザ人であることが変わりないのなら、シラクーザそのものを変えてしまおうというのは、中々にぶっ飛んだ発想ではあると思うが。

 それがただの甘い夢物語ではない、というのは確かだ。それはシラクーザという国家が未だ歴史の浅く、黎明期にあるということもあるし、何よりもミズ・シチリアという先例がいるから。

 不可能ではない、のだ。それがどれほど困難な茨の道であるかは別にすれば。

 シラクーザの秩序は、一口にそう言っても色々なものがある……ミズ・シチリアの敷いた「銃と秩序」、それ以前のより暴力的な秩序、あるいは最近になってクルビアから入り込みつつあるものも。だがそのいずれにしても、一朝一夕に覆せるようなものでは決してない。

 それは、その担い手であるマフィアたちが絶大な武力で以て他を抑圧しているから。

 

 ……それがベルナルドの計画で揺らごうとしているまさにこの時であれば、あるいはジョヴァンナの願いも可能なのだが。

 というか、シラクザーノにおけるレオントゥッツォたちの行動はまさにそれだ。ベッローネとサルッツォ、ロッサティは戦力の多くを互いに潰し合う形で喪失し、あるいは描写のされていない他のファミリーもあの混沌の中で相争って体力を削っている。

 シラクーザ全体で見れば、あそこまでファミリーの力が減少したのは歴史上そうは無い。その隙に、ヌオバ・ウォルシーニという誰の目にも分かりやすい「力」を手中に収めたのだから。

 

 ならばジョヴァンナにとっても、今は最大の好機だ。何となればレオントゥッツォと轡を並べることすら不可能ではないかもしれない。

 これからシラクーザに混乱が訪れることを予め知っていて、その上で暗躍しているオレとは違い。暗雲に包まれた未来のことなど知れるはずもないジョヴァンナが、だがこうして最高のタイミングで動き出したのは……運命の悪戯とでも言えばいいのか。

 あるいはシラクーザという国家が、歴史が、そう望んでいるのかもしれないな。

 

「フッ、そう簡単には応えられないわよね。私だってこの考えを固めるまでに何年もかかったのだし……だから、今になってようやくシラクーザを訪れてくれたのも、むしろ感謝しているのよ?もっと早ければ、きっとあなたのことを誤解したままだったかもしれないし」

「そうか。だが……」

 

 ちらと、チェリーニアの見る先にあるのは未だ混迷の只中にある観客席だ。

 

 確かシラクザーノだと、ソラがエクシアとクロワッサンに救出された頃には一階席は既に伽藍堂だったはずだが。

 今こうして怒号が聞こえてくるのは、それだけロッサティの反撃が激しいということで……ウォラックの奴、レオントゥッツォと賭けをした癖に普通に全力で戦闘に介入してるな?そうでなければ多勢に無勢で押し込まれているはずだ。

 まあ、あの賭けに絡むのはチェリーニアとジョヴァンナの二人だけだ。それ以外の介入で御破算、不成立だなんてのも嫌なのかもしれないが……オレとラップランドがいる時点で、まあその辺はすまんとしか言いようがない。

 

 ともあれ戦闘が各所で勃発している階下で、だがチェリーニアの視線の先にいるのはどのファミリーでもなく。

 クリスヴェクターをばら撒いて片っ端からマフィアどもを薙ぎ倒しているエクシアと、それゆえとんでもなく目立つ彼女を自慢の盾で守っているクロワッサンと、二人の後ろで戦況を伺っているソラ。

 その三人を、チェリーニアは見つめていた。

 

「龍門での暮らしは、本当に楽しかったんだ。喧しい仲間たちに、小競り合いの絶えない物騒な街ではあるが……初めて屈託なく笑えたと思う」

「……そうよね。あの三人から聞いたあなたは、本当に生き生きとしていたようだったし。何年も会っていなかった私が言ってもそうは響かないのは、分かっていたけれど」

 

 チェリーニアにとって、帰るべき場所は龍門のペンギン急便だ。それは変わらない。

 シラクーザ、というかその後日談とも言える血掟テキサスのプロファイルでも、結局チェリーニアは龍門に戻っていた。それはレオントゥッツォたちを見捨てたというのでは断じてないが、いずれにせよチェリーニアの居場所はペンギン急便なのだ。

 

 だから、チェリーニアがジョヴァンナの誘いを請けるのかどうかは、オレにとっても分からない。

 少なくともずっとシラクーザに身を置き続けるということはないだろうが。だが同時に、シラクザーノでのチェリーニアは、レオントゥッツォが彼女を必要とすれば力を貸すことを厭わない。

 であればジョヴァンナも、あるいはと思うのだが……。

 

「まあ、そのくらいで折れるようじゃ私の七年に申し訳が立たないのだけどね。私はいつでもあなたのことを待っているし、あなたの助力なら歓迎するわ。笑い話なのだけど、切実に人手が足りないのよね……」

 

 変わらず微笑を浮かべたジョヴァンナは、ボックス席の手摺に預けていた身を戻して翻す。

 それはつまり、この場はもうお開きということで……理由はまあ、これ以上の滞在が色々と怪しまれかねないからだろう。

 元々が暗殺者とそのターゲットという関係なのだ。ベルナルドの方はこうなるのを半ば分かっていてチェリーニアを動かしている節もあるが、ともあれこうして談笑しているのがバレれば面倒になるのは変わらないし。

 

「けど、そろそろこの茶番劇も終わりにする時間ね。ベッローネの戦力が次第に少なくなっているし、漸次撤退でも始めたみたい。サルッツォも一家だけでロッサティとやり合うことはしないでしょうし……あなたもここから出た方がいいでしょうね」

「そうだな。撤退させてもらおう……」

 

 そこでわずかに逡巡したように耳を揺らしたチェリーニアは、机上のメモ用紙に何やら書き付けた。

 かつてのオレもよく見慣れたロゴの描かれたそれは……ああなるほど。というか絵が上手いな、チェリーニア?

 

「……再会の記念だ、私だって旧友に何も思わないわけではないからな」

「あら、これって」

「長時間の拘束はご遠慮願いたいが、そうでなければ報酬次第で応相談だ。何卒ご贔屓に、とクロワッサンなら言うのだろうが」

 

 ペンギン急便のチラシ……というには走り書きに近いが。

 前にラヴィニアに渡していたのと似ているが、その意図も同じようなものだろう。シラクーザ人のチェリーニア・テキサスとしては動かないが、ペンギン急便のテキサスとしてなら力を貸してもいいという。

 もとよりチェリーニアは遠大な理想に身を殉じるというタイプの人間ではない。そういった英雄は、彼女にとっては縁遠いものだったからだ。

 だが同時に、善人が虐げられているのに憤り、友人の苦境には手を差し伸べる……そういう善良な市民でもある。

 

 であれば、やはりジョヴァンナはチェリーニアにとって浅からぬ仲だったということなのだろう。それが分かって、少し嬉しいというか。

 あるいはチェリーニアにもそう思わせるだけ、ジョヴァンナの思いが真摯だったということでもあるだろう。

 

 そんな思考を打ち切って、階下へ視線を向ければ……おお、派手にやってるなあ。

 喧騒のど真ん中では、ラップランドと同じように手摺から飛び降りるようにして去っていったチェリーニアが、ペンギン急便の周囲のマフィアを吹き飛ばしている。

 それを見て、少し物憂げというか、羨ましそうな表情を浮かべたジョヴァンナは……だが、オレの方へ向き直って。

 

「チェリーニアには振られちゃったわね……もっとも、それ以上のものを貰ったのかもしれないけれど」

「オレの考えるに、チェリーニアなりに君との友情を表すとしては最上級のものだと思うよ。君にとって満足かは分からないが」

「もちろん、嬉しいに決まっているでしょう?チェリーニアと私の道は、結局のところ同じにはなりそうにないけれど。分かってはいたし覚悟もしていたけれど、それはやっぱり悲しいものよね。それでも、こうして接点があるというのなら、私は満足できると思う」

 

 あるいはそうして己に言い聞かせて、ジョヴァンナは再び笑う。そこにはわずかに後悔が滲んでいるようにも見えるが、それもすぐに無くなった。

 ……オレとしても、ジョヴァンナにとってこれが最善だったのかは分からない。少なくとも完全無欠のハッピーエンドではあり得ないだろう。

 だが同時に、これ以上の結末を想像することもまた難しかった。オレにとって、チェリーニアとはああいう人間だから……それを覆すのは、誰にだって出来ないだろう。

 そういう意味で、決して悪い結末ではなかったと。そう思いたいところだが、はあ……ままならんね、何事も。

 

 そんな考えを巡らせていたオレに、ジョヴァンナは徐に手を差し出した。

 それは、ついさっきチェリーニアに向けていたのと同じように。

 

「それに、あなたも手を貸してくれていいのよ?チェリーニアにも言ったけれど、人手が全然足りないもの。今まではロッサティとしてあなたに依頼を出すことはしなかったけど、私個人として依頼する分には大丈夫でしょうし」

「ああ……まあ、これから暫くはオレに限らず忙しないと思うから、厳しいが。それが過ぎたなら、ボルティニアにはよろしくしてやってくれ。オレの仕事も色々と任せてあるからな」

「?あなたにも頼みたいのだけれど……まあいいわ、確かに私も明日から色々と面倒ごとが多そうだし。まったく、どうしてこんな時にベルナルドも事を起こしてくれたんでしょうね……」

 

 こんな時だからこそ、ではあるのだろうが。

 それをジョヴァンナの方も分かっているのか、軽く嘆息するだけで済ませた。気分を一新するためなのか手を打ち鳴らしているが、小気味よい音が鳴ってボックス席に反響した……いきなりだったのでちょっとびっくりしたが。多分オレの耳は尖って毛が逆立ってるな。

 

「私は今回の後始末があるし、あなたも帰りなさいな。じきにウォラックも戻ってくるだろうし」

「そうさせてもらうよ。……君とチェリーニアが仲を違えることがなくて、オレとしても嬉しかったともさ。今後とも上手くやってくれよ」

「言われるまでもないわ。それじゃ、あなたも気をつけることね……こんなことがあったのだから、シラクーザ中が平穏ではいられないでしょう」

 

 どうも、と返答してオレも手摺から身を乗り出す──ただし、ラップランドやチェリーニアとは違って下に落ちるというのではないが。

 地面を蹴った勢いをアーツで増幅して勢いよく飛び出す。ほぼ水平に空中を進み、ジョヴァンナが居るのとは反対側のボックス席まで一気にかっ飛んだわけだ。

 さすがにここまで来れば、ロッサティもベッローネもサルッツォもほとんどいない。つまり悠々と撤退できるわけだ。

 

 オレ以外に誰もいない静寂に満ちた廊下を歩みながら、ふとひとり言つ。

 

「……ジョヴァンナ、オレは君のようにはなれないな。結局は責任に向き合うことも出来やしない。まったくもって情けないが……まあ、オレはもとよりそういう人間ということなんだ」

 

 すまない、という一言はけれど口の中で留まって出ないままで。すぐに霧消して言わないままだった。




途中の文章が欠落していたので、投稿直後に改稿しています。
気が付くまで10分くらいだったと思いますが、投稿からその短い間に読んでくださった方には申し訳ありませんでした。
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