ミズ・シチリアがテキサスファミリーの粛清を命じた時、その手際たるや並大抵のものではなかった。
テラの地図を見て貰えば分かるだろうが、シラクーザからクルビアに至るまでの距離は相当なもので、テラの東西の半分くらいを旅する必要があるのだ。その間にはリターニア、ヴィクトリアが横たわっているし、ルートによってはカジミェーシュとイェラグの領土も踏むことになる。
まあ人々の生活基盤が移動都市に移行して久しい現在では、明確な国境線というものはあまり意識されないが……それでも、国の戦力がそこを跨ぐというのは尋常な意味ではない。何せテラの正規軍人、上位層になれば単騎で一個小隊を蹂躙できるような規格外の奴らも普通にいる。そんなのに勝手に動き回られては、国防など容易く破られかねないからだ。
シラクーザはそもそも国軍というものを持たないし、テキサスファミリー粛清に動員されたのはミズ・シチリア直属の狼の口ではなく十二家の精鋭たちだから、今回の戦力派遣がシラクーザとして国際問題になるかと言えば……まあ何とか誤魔化せるかもしれないが。限りなく黒に近いグレーだろう。
なので、粛清部隊の動員はとんでもなく迅速だったわけだ。
テキサスファミリーは勿論のこと、他国にも粛清を気取られないように。少なくとも粛清が完遂されるまでは、誰の邪魔も入らないように。
そんな考えだったのだろうが……あまりに唐突すぎて、動員されたファミリーどもも大半は何が何やらといった感じだった。クルビアまでの途上で事情を聞かされて、ようやく覚悟を決めるような。
敵を欺くにはまず味方から、とはよく言われるが。その点で、今回のは最上級だったと言えるだろう。味方すら何のために動員されたのかを分かっていなかったのだから。
かく言うオレも、夜中に叩き起こされてどこに行くかも知らされずに車にぶち込まれ、シラクーザの荒野を朝日が照らすその頃になってようやく行き先を教えられたくらいだ。
クルビアに行く、と聞いた時点で事情は察したが……いかんせん唐突に過ぎたのは否めない。
そしてそれは、オレにとって並々ならぬ転換点たりうるその場面に立ち会うにあたっての覚悟を決める暇すら無かったということでもある。
ただの日常の延長線上にあるみたいに、だがどこか浮ついた地に足のつかない不思議な感覚で。
「ラップランドはどうしてる?今更あいつの出る幕も無いような気もするが」
「お嬢は本館の制圧に向かってます。腐ってもテキサスファミリーのドンってことでしょうね、ジュセッペの奴も中々に手強い。それでもまあ、シラクーザ中の精鋭を集めたうちらには敵いませんが」
「そりゃそうだ。サルッツォだって、他の十一家に総叩きにされたら堪ったもんじゃないんだし……なんならミズ・シチリアは今回自分の手勢を動かしてないんだから、それで余裕って考えたんだろうさ」
「ドンはそんな状況になるような下手を打ちませんよ。「不用意な賭けはしない」ってのは伊達じゃないんで」
まあその是非とか功罪はさておいて、アルベルトの時機を見る目は確かだ。完全にワンマン体制でサルッツォを率いているだけあって、ある種のカリスマを持っていることは否めないだろう。
それは「あの人を支えたい」というよりも、「あの人ならなんとかしてくれる」というような類のものだが……そっちの方が気楽な奴も多いだろうしな。実際、オレとしても何も考えずに適当に生きていけるのならそれがどれだけ良かったか。
逆に、そうやって押し付けられるのが嫌なタイプの人間にはとことん反りが合わないのだが。
そしてその筆頭が、一人娘であるラップランドだというのはとんだ皮肉だ。悪辣な運命の悪戯と言ってもいい。
アルベルトは実の娘であっても自分の統制下に置きたがる。彼なりに娘のことを想ってはいるが、それは大前提としてファミリーのドンとしてのものなのだ。
だから彼がラップランドに接するのにも、それはドンとその子女という形になるし、彼はラップランドのことを次代のドンとして見ているのだ。
それゆえアルベルトはラップランドに厳しい「躾け」を施していたし、まして自分に代わってファミリーのことを決めるなんて許しはしない。
それは少なからずラップランドのことを歪めていたのかもしれない……まあ、そうしてラップランドのことを親に虐げられたただの悲しき子供として表現するのも、彼女への侮蔑のような気もするが。
あるいは生まれながらに孤高の、荒野に生きる狼だったからこそアルベルトはラップランドのことを「矯正」しようとしていたのかもしれない……それは親心とは呼べないかもしれないが、けれども情によって。
もっとも、どうあれ今のラップランドはアルベルトに反抗してはいるが。それはファミリーへの、あるいはシラクーザへの反感でしかない。
だからどうする、というわけではなく……ただ闇雲に、自分を抑圧するそれらに抗おうとしているだけだ。そこには何か遠大な理想があるわけではなく、目に映る全てに敵意を向ける。
ある意味で子供じみた行動だ。まあ実際、まだハイスクールにいるような年齢なのだからそれで当然とも言えるのだが。
それが変わるきっかけも、このテキサスファミリー粛清にあるのかもしれないが。
「ただ……気になる点としては、テキサス一族のうちチェリーニアさんだけは居場所が割れてないんですよね。ジュセッペとかは居室自体は分かってて、あとはそこを攻めるだけなんですが」
「あの子は勘がいいからね。不穏な気配を感じ取って雲隠れしたのかもしれないし、あるいはもう人知れず死んでしまったのかも知れないが」
「チェリーニアさんに限ってそんなことはないと思うんですが……ッ!?」
轟、という音と、強烈な熱風がオレのコートをはためかせる。
あまりの眩しさと熱気に、思わず目を細めたが……それでも、一体何が起こったのかは分かる。
全てを燃やし尽くす決別の火──過去も因縁も、彼女を縛り付ける忌まわしき家名すらも、何もかもを。
「本館から火の手が!?一体どこの馬鹿がそんなことを……!」
「やっぱりそうするのか、チェリーニア……」
「私は屋敷の中にいる奴らを回収しに行ってきます!シルウィアさんはこの火勢に乗じて逃げる奴がいないか警戒を!」
「了解、まあラップランドが居るから大事ないとは思うけどね」
まあ嘘だが。
シラクザーノで語られたところによると、ラップランドが率いるサルッツォの追手をたった一人で退けたのがチェリーニアだ。
しかもラップランドと一騎討ちみたいなことをしていたようなので、それはつまりラップランド以外の追手を全員沈黙させたということでもある。
その上でラップランドすらも降し、一人シラクーザを去ることになる……その途上でベルナルドとザーロの手を借りはしたが、少なくともサルッツォの手から逃げるまではチェリーニアの独力で成し遂げたことだ。
それが出来るのが、シラクーザにどれだけいるか。少なくともオレは無理だし、今のラップランドにも不可能だろう。オレは実力で、ラップランドは信念で。何もかもが足りていないというわけだ。
まあそれはともかく、チェリーニアは図抜けた強者というのは確かであるから……。
「チェリーニア・テキサス!?」
「……」
「追え、逃すんじゃない!テキサスファミリーの遺児など、どれだけ厄介な火種になるか……!」
その姿に気が付いたファミリーの奴らが鎧袖一触で蹴散らされていくのを、クルビアのアクションムービーでも見るような気分で眺める。
シラクーザのオペラも悪くはないが、オレとしては映画の方が見ていて楽しいし。ダンブラウンと似たようなものだろうか?
まあ彼の場合は、「文明的」になりつつあるシラクーザを象徴するようなシラクーザのオペラを、それ故に嫌ったわけだが。
彼は「文明」と、その名の下に振るわれる暴力──すなわちマフィアを、その一員でありながら忌み嫌った。その果てに、アルベルトにナイフを向けて殺されることになるとしても……彼はその考えを捨てなかったのだ。
それは尊敬すべきあり方で、オレには出来ないやり方だろう。ファミリーの中にいて、それをチェリーニアのように完全に捨てるでもなく、ラップランドのように逐われるでもなく。それでもなお、シラクーザに屈することのなかった。
命すら擲って、一人のマフィアという立場からシラクーザという泥沼へ抗った彼もまた……カラチやルビオに並ぶ、この国の歴史における無名の英雄だと言えるだろう。
あるいはオレにとって、最も尊敬すべきなのかもしれない。何故って、ダンブラウンとオレはよく似ていると思うから。オレの勝手な思い込みかもしれないが。
そのダンブラウンがチェリーニアに……見逃されたのを最後に、チェリーニアを取り巻くマフィアは壊滅した。
あくまで近場にいた奴らだけ、ではあるが。それでもいっときの静寂が周囲を包み、建物の燃える音だけがオレの耳を揺らす。
「しかしまあ、分かっていたはずだが……チェリーニアは凄まじいな。これでもシラクーザから選りすぐった精鋭たちなんだが、ああも簡単に蹴散らすとは」
ふと呟いたその瞬間に、だがチェリーニアは飛び退る──数瞬前までチェリーニアのいた所に、アーツユニットが組み込まれ奇妙な形をした刀が突き刺さる。
この粛清部隊にあんなものを使う奴は一人しかいない。
「ッハ、本っ当に久しぶりだねチェリーニア……君とは何度も手合わせしたけれど、まさかこうやって剣を突き付け合うなんて思いもしなかったよ!」
「私はお前に鋒を向ける気はない。ただ、ここから去りたいだけだ」
「そんなの、許されるわけがないでしょ?ボクはキミを殺すことを命令されてるし、それが嫌ならボクを殺すしかない……まさか話し合いで解決できるなんて考えるほど甘ったれたんじゃないよね?」
「ハア……」
ラップランドの吶喊を開戦の狼煙がわりに、激突した二人の……その結末は、語るまでもないことだった。
既にシラクーザを捨て、ただのチェリーニア・テキサスとして生きることを決断したチェリーニアと。未だシラクーザの泥濘の中で腰泥むままのラップランド。
どちらが勝つかは、火を見るより明らかだろう。
ラップランドが倒れ伏し、チェリーニアが剣を納めたのを見て。
結局はこうなるのか、と思う気持ちもあるが……同時に、こうなってくれたことを安堵するオレもいる。
そもそもとして、オレはこの場で何かの役を演じていたわけではなく、大勢いるエキストラの一人のようなものだ。そんなオレが、主役である二人のことを案じるなど馬鹿馬鹿しいが。
オレが介入せずとも、結局は二人は「友人」たり得たのだから……あるいはそれを証明するかのように、オレという異物が混じっても、この場での二人の顛末は変わらなかったから。
「それで。お前は向かってくるのか?」
「一応は気配を殺していたはずなんだがね……まあ、否と言いたいところだが。そうもいかないのが世知辛い所だからね。まあ適当にあしらってくれて構わんさ」
まるで先の見えない闇夜の小道に迷い込んだみたいな……不安と、少しばかりの希望をないまぜに。
オレはチェリーニアに刃雨を投げかけた。
メインストーリーも佳境に入りつつありますが、一旦過去編。今回はラップランドがメインです。
まあテキサスも絡ませないわけにはいきませんけれど。
余談ですが、クルビアとシラクーザって本当に距離が離れているんですよね。
よくあの長距離を挟んでシラクーザマフィアもクルビアに根深く影響を及ぼせたものだと思います。
史実のアメリカでのイタリア系マフィアもそうだったんでしょうか?