けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-ST-5 白狼・下

 

「あー駄目だ駄目だ、勝てるわけない。というか武器が全部潰されたんだから負けでいいだろう。こればっかりはアルベルトにも文句は言わせん……」

「……」

 

 いやーきっつい。

 いざチェリーニアと戦闘を開始したはいいものの、ラップランドすら下した彼女にオレで太刀打ちできるわけなどないというのは当然の話だ。

 もともとチェリーニア相手の手合わせでも勝てたことはほとんど無かったし、まして実戦ともなれば尚更。何せオレは割と本気で手合わせに臨んでいたのに対し、チェリーニアはあれでも手を抜いていたのだ。何というか、怒りすら湧いてこないぐらいの実力差だな。

 あと言い訳じみた感じにはなるが、正直オレはこの戦闘には乗り気ではないし。そもそも勝つ気もないので、こうなるのも仕方ない。というかそう思わないとやってられないし。

 

 手持ちのナイフは大体が折られるか砕かれるかして、それ以外のやつもオレのアーツで飛ばすには耐えられないだろう。精々が、チェリーニアによるトドメの攻撃を逸らせるかどうかといった所だ。

 まあチェリーニアの方もオレを是が非にでも殺したいというわけではないだろうから、使うことは無いと思うけれども。

 ダンブラウンにしろオレにしろ、さっきのラップランドにしろ。チェリーニアにとって、明確に自分を殺しにきた敵でしかないわけだが……それでも殺さずに無力化するか逃すかで止めるというのは、何とも甘いやり方だ。

 そういうところは本当にシラクーザらしくないから、チェリーニアのことを罷り間違ってもシラクーザ人だとは言えないと思うのだが。

 しかし生憎と、人間は見たいものだけを見る生物であるからして。彼らにとって、チェリーニアはそれでもシラクーザ人なのだ。その「チェリーニア」が、真実チェリーニアとは全く違うのだとしても。

 

 まあ、それはオレだって変わりはしないのだが。

 オレは確かにチェリーニアのことを色々と知ってはいる。体重だの身長みたいな計量的なデータから、あるいは行動指針のようなものまで含めて。普通に考えればストーカーでもそこまでは知らんという感じだが。

 それは、ひとえにオペレーター・テキサスとしての活躍であるとか、シラクザーノでの大立ち回りを知識として持っているからだ。ゲーム上で確認できた諸々の情報であるわけだな。

 だがそれも、結局はただのテキストデータでしかないわけで。そこに描かれていない部分で、チェリーニアが何を思い何をしたのかはオレにだって分からない。

 

 もっとも、こうして文字ではなく五感で以て知ることができるようになってなお……オレにとってチェリーニアについては、まだまだ分からないことだらけだ。

 あるいはこうなったからこそ、余計に分からなくなったとも言えるだろうが。何せ、かつて読んで知っていたチェリーニアと、今までオレが接してきたチェリーニアは似ているようでどこか違う。

 それは単純に、オレの知るゲームでのチェリーニアと、今のチェリーニアの過ごした歳月の重みの違いというのもあるだろう。何せまだ、シラクザーノまで七年ほども時間があるのだから。原作の時系列になれば、オレの知るチェリーニアに近づいているのかもしれない。

 だがそれよりも、何よりも。

 オレという異物が、ともすればチェリーニア・テキサスという存在を歪めていたのではないかと……そうも思ってしまうのが、オレの蒙昧たる所以だろう。

 

「行くといいさ、チェリーニア。サルッツォの手勢がラップランド含めほぼ壊滅、となれば他の十二家も一旦は手を止めて態勢を整えようとするだろう。その間にどこへなりと向かえばいい。それでシラクーザから抜け出せるかは、オレにも分からないが」

 

 チェリーニアとの戦闘で出来た切り傷から血が流れて、じくじくと痛み続けているのが気持ち悪い。

 身体を壁に預けて平静を装って発した声は、だがどこか震えているようで我ながら情けないな。それなら取り繕わずにいた方がよほどマシだったような気もする。

 まあ、どっちにしろチェリーニアにとっては変わらないだろうが。

 

 無言のままで、チェリーニアの背中が小さくなっていくのを見て嘆息する。

 ラップランドがそう言ったように──嫌気が差した顔をしたチェリーニア。

 それに何の罪悪感も抱かないほど、腐った人間ではないつもりだから。

 

「で、いつまで倒れてるつもりだいラップランド?本当に死んでしまったわけでもないだろうに」

「まっさか。チェリーニアときたら、ボクに勝ったっていうのに……!」

 

 剣を交え、血で血を洗う闘争すら繰り広げたというのに……それでも、命を奪われることのなかったラップランド。

 憤懣やる方ない、といった感じで忌々しげに呟いたその言葉は、だが力弱い。

 それはきっと、ラップランドの持つ迷いが怒りをも覆い隠しているからで。良くも悪くも、ラップランドは自分のことを省みる岐路に立たされていると言ってもいい。

 

 シラクーザへの、沸々と燃えて消えることのない怒り。あるいはそれに甘んじる自分への、身を焦がすような怒り。

 そして今、シラクーザを捨てて逃げ出したチェリーニアへの、衝動的な怒り。

 だが同時に、ラップランドにとってチェリーニアの行動は羨ましいものでもある。自分には出来なかったことを、それでも悠々とやってのけたのだから。

 それゆえの迷いだ。自分でも、もしかしたらチェリーニアのようになれるのではないか。このシラクーザを捨てて、自由に荒野を往くことができるのではないか。

 そう考えて、だが出来るはずがないと自分から否定するような。

 

「というかシルウィア、キミはどうだったのさ。自分から背を向けて逃げ出したなんてことはないよね?」

「この満身創痍ぶりを見てそう言っているなら、君は中々に鬼畜だな?オレだってやれるだけはやったんだが……まあ、チェリーニアには敵わないな。確固たる自分を持つ、というのはそれだけで一つの強さだ。オレはそうはあれなかったが……」

「で、ボクもキミと同じだって言いたいの?」

 

 オレの目線から、そういう含意を汲み取ったのか。

 鋭い目でオレを睨みつけてくるラップランドは、だがそれ以上の行動を取ることはなかった。あるいはそれは、ラップランド自身がそう考えていたからかもしれないが。

 

「まあ、そうかもしれないと思っただけだが。オレの見るに、君とチェリーニアの力量は全くの互角だよ。サルッツォの屋敷で幾度となく手合わせをして、君たちの勝敗はほぼ同数だった……オレは負けばかりが積み重なっていたがね」

「ッハハ、本ッ当にそう思うよ。キミときたら格好だけはそれっぽいのに、中身はとんだ弱虫なんだもの。ガッカリしちゃうよね?」

「そういうものだからな。虚仮脅しもオレにとっては大事なんだよ……それはいいか。とにかく君達の力が互角なら、その勝敗を分けるのはきっと互いの覚悟だけだろう。きっとチェリーニアにはそれがあって、君にはそれがない」

「……随分と失礼なことを言ってくれるね?」

「まあ、オレの考えが当たってるかなんて分からないからね。だからこそ好き放題言えるというものだし……そういう意味で、これも戯言か僻みだと聞き流してくれていいが……」

 

 言の葉を紡ぐオレの口は、もうオレ自身ですら制御の効かないものになっていた。

 まるでオレではない誰かが脚本を書いていて、オレはただの演者でしかないような、そんな感覚。

 それはきっと、オレがこの世界をどう捉えているかという認識の問題だった。

 世界は舞台、人物は役者、国家は背景。転生者なんていう分際で、そう考えているオレだからこその……あるいは罰だ。なら演者らしく、筋書きに沿って踊ってみせろという。

 

「ラップランド、君にとって掲げるべき信念とは何なんだろうな?チェリーニアはきっと、自分自身を偽らないこと……ただチェリーニア・テキサスであることを定めたんだろう。君のお父様なら、シラクーザマフィアの冷血にして果断のドンであることだ。じゃ、翻って君にとっての、そういうものはあるのかという話だな」

 

 嘲笑うようにオレが言う。

 お前には何もないだろう、と。

 全くもってどの面を下げて言うのかという話だが──オレに信念など、あった試しが無いだろうに。笑い話にもならないくだらん戯言だ。

 

「ヒトリオオカミにも……あるいはだからこそ、相応の信念のあるべきだと思うがね。そうでなければ、荒野にすら辿り着けずに野垂れ死ぬだけだろうし」

 

 あるいは信念の無くとも、命を対価に道行く者の灯火となるくらいは出来るかもしれないが。

 それはラップランドの望むところでは決してないだろうし……むしろオレの本望というものだ。

 

 ふと目を向けたテキサスファミリーの本邸は、だが未だ燃え落ちることなく、煌々と闇夜を照らしていた。

 

 

 ◇

 

 

 テキサスファミリーの粛清が終わって、オレたちがシラクーザに引き上げた後。

 クルビアで最大級のファミリーだったテキサスファミリーを相手取るのは、いかな十二家でも容易いことでは決してなく、その損害も少なくなかった。

 粛清の中で命を落とした奴らの葬儀だとか、その穴埋めのための人事だとか、あるいはその混乱に乗じて蠢動し始めたファミリーどもへの対処だとか。

 そういった事後処理をひとしきり終わらせて、ようやくオレが一息つこうとしていた頃に。

  

「やあシルウィア。ちょっとした別れの挨拶をしに来たんだ……どうやらボクも、キミのことをそれなりに親しく感じていたみたいだね」

「そいつは嬉しいが……ドン・アルベルトはやっぱり君を許さなかったか」

「血の繋がった娘だっていうのに、悲しいよねえ?ボクだってお父様のためを思ってやったのにさ」

「……まあ、それはオレが口を挟めることでもないが」

「アッハハ、キミもそこは気が引けるんだ?ボクには信念が無いだなんて好き放題言ってくれたのに」

「あれは、オレもあの状況で参っていたから。妄言と考えてくれていいさ、あんな説教じみたことを言いたくはなかったんだし」

「そうなの?ま、別にいいんだけどさ。でもボクはボクなりに、君の問いに答えを考えてきたんだ……お父様に折檻されちゃって、しばらく暇だったしね」

 

 欠伸をして、軽く伸びをしているラップランドはまるで堪えていない様子だが。

 アルベルトがまさか言葉で叱るだけで済ませたわけでもあるまいに、その気丈さにはまったく恐れ入る。

 そして彼によって下されたファミリー追放の命令に対しても、悲嘆に暮れることもなく。

 

「ボクはもうすぐ、シラクーザマフィアのメンバーじゃなくなる……でも、ボクはやっぱりシラクーザ人でしかないんだよね。お父様のおかげでシラクーザ人として大きくなったボクは、もうそれ以外の生き方なんて全然分からない。不恰好に継ぎ接ぎで大きくなった羽獣は、もう他の羽獣と同じようには飛べないんだ」

 

 目を細めて、自分の身を掻き抱いたラップランドはけれど笑う。

 三日月のように、口の端を吊り上げて。

 ケタケタと、何もかもを嗤っている。

 

「だから……ボクにとって、シラクーザは泥沼みたいなものなんだ。どれだけ足掻いても、逆にその分だけ深く沈んでいっちゃう底なしのね。そんなところに生まれたボクもキミも、そこから抜け出すことなんてできない……そう思うでしょ?」

「オレでは、否定はできないな」 

「ッハ、そうだよねえ?だってキミ、あーんなに表の稼業に力を入れちゃってさ。まさか本当に役者として生きていけるとでも思ってたのかなあ……まあそれはいいや。ボクが一番キミに伝えたいのはね、シルウィア。シラクーザっていう泥沼からは誰も逃げられないってこと……それがボクの信念だってことなのさ。それはチェリーニアだって例外なくね!」

 

 ついにその嗤笑が、堤防の決壊したかのように、狂ったように放たれるのを……だがオレは、止めることができなかった。

 

 それだけがラップランドにとっての答えではないということを、分かっていながらに。

 シラクーザから逃れることが能わないなら、シラクーザそのものを壊すという解法。それを伝えることは、ついぞ無かったのだ。

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