けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-20 相棒

 

「……っつーわけで、俺らはのこのこ乗り込んできた裁判官のお守りをしてたんだが。あの女、一体どう言う立ち位置なんだ?ベッローネの奴らは素通りさせてたってのにサルッツォの殺し屋には邪魔されてたしよ。あいつら、同盟を結んだんじゃなかったのかよ?」

「彼女は彼女でややこしい立場にあるからね。ベッローネの庇護下にあるのは確かだが、ベッローネの構成員そのものというわけでもない。だから裁判官なんてやれているわけだが、この状況だと……まあ、サルッツォなら不穏分子は躊躇なく排除するだろう。ベッローネではないわけだからな」

「それがミズ・シチリアの代弁者だろうとお構いなしってか。さすがは「不用意な賭けはしない」サルッツォってわけだ」

「チッ、気に食わねえな……」

「まあまあ、落ち着きたまえよ。この劇場襲撃の件で、ことはオレたちにとって都合のいいように進んだわけだし」

 

 ウォルシーニ市街の郊外、ヌオバ・ウォルシーニにもほど近い場所にあるセーフハウスにて、オレはソファに寝転がって身を沈めながら、カポネとガンビーノの報告を聞いていた。

 あの襲撃の際にジョヴァンナの護衛としてオレが秘密裏に手配した彼らだが、オレがジョヴァンナの所で何くれと話していたことからも分かるように、ベッローネとロッサティの手はジョヴァンナまで届かなかったのだ。

 それはまあ、大部分が張り切りすぎたウォラックのせいというかお陰というかなのだが、この二人も少なからず働いてはいたようで。自分たちの出る幕もなく手持ち無沙汰だったところ、その最中にラヴィニアがダンブラウンを追って劇場にやってきたものだから、成り行きで彼女のことを守る羽目になったらしい。

 

 ダンブラウンはかつてサルッツォのメンバーで、テキサスファミリー粛清に駆り出されるほどの精鋭だ。一度はマフィアというものに嫌気がさし、足を洗って洗車工をしていたが……アルベルトが、それを本当の意味で許すわけもなく。

 今まではサルッツォが大きな抗争に参加することもなかったから、即座に連れ戻されるということもなかったようだが。逆に言えば、戦力が必要になる状況だと普通に召集されるのだ。

 断ればもちろん命は無いわけで……というかアルベルトが直々に帰還命令を伝えに訪問するあたり、ダンブラウンも中々にサルッツォ内部での地位が高かったことが分かるが。そもそもそうでなければ、マフィアのあり方について考えるような余裕もなかったのかもしれないな。

 

 いずれにせよ、ダンブラウンは本業はあくまで殺し屋。洗車工というのはあくまで表の顔と言える。

 ただラヴィニアにとっては、洗車工ダンブラウンしか知らないわけで……そんな彼が抗争の中心地とも言えるミラノ劇場に入っていくのを見て、それを追いかけることにしたわけだ。

 実際には彼は殺し屋として、まさに当事者としてその抗争に参加していたわけだが。そうである以上、ダンブラウンは目撃者であるラヴィニアのことも殺さなければならない。

 彼だってそうしたくないのは当然のことで、ラヴィニアに引き返すように説得していたが……ベルナルドに裏切られたと感じていたラヴィニアにとって、ここで逃げるということは決して容認できないことだったから。

 決して逃げず、目も逸らさない──そう断言することは、もはや出来なかったのだろうけれど。それでも、あるいはそうであるからこそ、せめて行動だけでもそれを示したかったのだろう。

 

 だからダンブラウンはラヴィニアのことを殺そうとして……そこに、カポネとガンビーノが割って入ったということらしい。

 おそらくはオレの貸した部下も含めて、多対一の形だったのだろうが。それでもなお勝ち切ることはできず、むしろジリ貧になりかけていたというのだから空恐ろしいな。

 ただまあ、今回に限ってはそんな時間稼ぎだけでも十二分だったわけだが。

 

 それはつまり、ルビオの奴のお陰でもある。

 ベルナルドに取り入って次の建設部長の地位を手に入れたルビオは、自分の秘書という形でラヴィニアを指名する。

 かつてシラクザーノを初見で読んだ時には、何やら良からぬことでも考えているのかなんて邪推したが──真相はまるで違う。親友だったカラチの遺志を継ぎ、マフィアの存在しないシラクーザを実現するためにその命を擲とうとしているルビオにとって、ラヴィニアは志を同じくする後輩とも言える存在だ。

 だから、せめて先達として……自分の足跡を僅かにでもラヴィニアに伝えておきたかったのだろう。この暗雲に覆われたシラクーザでそれに抗う者は少なく、混迷の闇の中では互いのことすら認識できないほどだが。それでも確かに、ラヴィニアは一人ではないのだと。

 そのために、ルビオは自らの地位を利用してラヴィニアを助命させたというわけだ。

 

 まあ本来なら、ダンブラウンが実力行使に出ようとしたその瞬間にルビオが介入したはずなのだが……戦線が膠着していたからベッローネとサルッツォが撤退を決めるまでの時間も伸びていて、結果としてルビオがダンブラウンを制止するのが遅れたということだろう。

 実のところラヴィニアのためにカポネ達を手配したわけではなかったのだが、この辺りは怪我の功名といったところか。もし二人が普通にジョヴァンナの護衛に動いていたら……ゾッとしないな。

 こういうところまで含めて、筋書き通りというならそれはそれでやるせないが。

 

「まあ、ベッローネもサルッツォもロッサティも、それなりに消耗して今は後始末に追われている感じかな。不意打ちを喰らった形になったロッサティはともかく、それ以外の二家にとってはミズ・シチリアへの反抗の第一歩、前哨戦だ。ここで大損害を出して躓くというのも馬鹿らしいだろうし」

「でけえファミリーはそうだが、有象無象の木端どもが喧しくってたまらん。ここに来るまでにも雑魚に絡まれたしよ」

「そりゃ、お前がこれ見よがしに怪我なんぞしてるからだろうがガンビーノ。もう少しマシな格好は出来なかったのか?」

「てめえこそ、壊れた武器を隠しもしてねえだろうが。舐められてんのはどっちだ?」

 

 仲良く喧嘩、という感じで罵り合っている二人には悪いが、どっちもどっちだ。正直言って二人ともそんなに覇気はないし、見窄らしいとすら言える。あの激闘を少数の手勢だけで切り抜けたとなれば、本来はそれだけで済んでいるのが凄いのだが……いかんせん、殺伐としている今のシラクーザでは「付け入る隙がある」としか見られない。

 しかも、二人の希望通りというか……それなりに大立ち回りを演じたものだから、顔と名前も売れてしまっている。となれば出る杭を打つとか、そういう考えの奴らも少なくないわけで。

 まあ普通に返り討ちにしているあたり、やっぱり二人も強者の側なのだが。

 

「まあ二人とも、落ち着けって。それだけ中小規模のファミリーが活発化してるってことは、シラクーザ全体で戦乱の気運が高まりつつあるってことだ。それに乗じようとしてる俺らとしては、ありがたい話だろ?」

「そりゃそうだが。だからって面倒ごとが向こうから突っ込んでくるのはごめんだぜ」

「それは安心してくれ、むしろオレたちは面倒ごとに首を突っ込んでいく側だからな」

「ボス、そう明け透けに言わないでも……」

 

 舌打ちしてオレの向かいの椅子に勢いよく座り込んだ二人に、階下から持ってきたピッツァを配膳しながらボルティニアが窘める。

 最近はオレからの引き継ぎで色々と大変だったようだが、取り敢えず最大の山場になるだろう前にはひと段落ついたので、こうして呼び付けているわけだ。

 ちなみにこのピッツァ、店のメニューとかではなくボルティニアの手製である。元々実家が料理人の家系だったとかで、そういう方面への造詣が深かったらしい。

 それでウチは衛生観念が強いから勘当されちゃったんですけどね、なんて笑っていたが。まあ鉱石病(オリパシー)の感染経路があまり知られていない以上、そういう不理解もあるということだ。

 

 実際のところは、感染者の体表の源石は不活性状態にあるから接触しても感染することは基本的にないのだが。

 その辺りが誤解されているのは、感染者が死んだ時にはそれらの源石が一気に活性化して周囲に撒き散らされるからなのかもしれないが……だからといって、そこで恐怖するばかりで思考を止めるというのはいささか問題のあることではある。

 まあ感染者問題に限らず、あるいはこの世界だろうと前世だろうと、そういうのはどこでもいつでも変わらないのだろうけれども。

 オレだって痛みから目を逸らして考えないようにして生きていた人間だし、その辺を批判できるわけではないしな。

 

「だが実際そうだろう?何せ十二家どもから感染者たちを引き抜いての旗揚げだ、当然向こうも黙ってはいないだろうし……血で血を洗い、殺し殺される大抗争になってもおかしくはない。それなら、こうしてシラクーザ中が浮ついているタイミングで横っ面を殴りつけてやるのも悪くない」

「それはそうなんですがね。それにしたってもう少し待ってもいいんじゃないです?まだ始まったばかりで、様子見に徹してるファミリーも少なくないでしょうに」

「直にそうはしていられなくなるさ。なんと言っても……っておや、二人ともどうしたんだい?そんな顔をして」

 

 何とも言えない表情をしてオレとボルティニアを見る二人は、折角の焼き立てのピッツァにも口をつけていない。

 ……ああそういえば、ボルティニアが感染者だってのは二人には言ってなかったか。

 

「いや、あんたの目標ってやつを聞いたのは初めてだったもんでな。新しいファミリーとして成り上がろうとしてる、ってのは分かっちゃいたが」

「それが感染者主体のファミリーだとは思いもしなかった、って?まあ言ってなかった気もするが、成り行きでこうなってね。今となってはこちらの方が都合がいいんだが」

「……そうかい」

「嫌だったら参加しなくてもいいんだがね。ウチはサルッツォとは違って去る者を殊更に追いかけたりはしないし」

 

 というか、そんなことにかまけている暇も余裕もない。

 オレがこれまで積み重ねてきた全てを賭けての大博打だ、負けても勝ってもこれで終わりというそういう類の。

 そんな中でファミリーから抜けた奴への報復とか、考えるだけでも馬鹿らしいだろう。

 

 それに、言い方は最悪だが──どうせ感染者は際限なく増えるのだから、その数を考えれば非感染者の一人や二人、いなくなってもどうでもいいのだし。

 

「ま、時間は沢山ある……とは言えないが。君達も、このシラクーザに戻ってきてどうしたいのか考えておくといい。このままオレの下で感染者のファミリーに付き合っていくのか、自分で新しい稼ぎ口を見つけるのか、それとも……。どうしようとオレは止めはしないからね」

「……」

「ああでも、ウチに喧嘩を売るってのなら相応のやり方で応じるが。その辺はしっかり覚えておいてくれると嬉しいな。……ま、ともあれ今日のところは帰るといいさ。時間を置くってのは馬鹿にならないよ?」

 

 そうさせてもらうぜ、と言って席を立った二人が扉の向こうに消えて、その気配が裏通からも無くなってから、思わずオレは溜息をついた。

 机の上に手付かずのまま残されたピッツァを頬張るが、あんまり味が感じられないな……。

 

「はあ……どうにも、彼らを見てるとあれこれ考えてよくないな」

「そうなんです?俺からすると、何というか野心に溢れてて羨ましいですが」

「そいつが問題でね……まあ今になって考えることじゃないが、未練みたいなものかな……って、それはもうどうでもいい。カポネとガンビーノにも言ったけど、オレ達にはあまり時間はないわけだ。正直な話、このままで上手くいくなんて保証は微塵も無い。もしかしたらシラクーザに呑み込まれて、何も為せないまま沈んでいくだけかもしれないのさ」

「……なら、尚更どうして今なんです?十二家で飼い殺しにされてる感染者達への根回しはまだ完全には終わっちゃいませんし、それ以外の下準備だって余地はある。シラクーザの混乱も、これから長く尾を引くでしょうに」

「そいつは──」

 

 首を傾げたボルティニアに、オレが答えようとしたその瞬間に。

 カポネとガンビーノが去った後に閉じた扉の向こうから、身の毛もよだつような悪寒と重圧がオレ達を襲った。

 七年前にも覚えのある、この粘つくような怒りは。

 

「私との、そういう契約だからだよ。このシラクーザ全てを呑み込むような、混乱の坩堝を生み出すために私と共に身を捧げるというね」

 

 ──狼主・ザーロと、その牙ベルナルドが、扉を開けてオレへと語りかけた。

 

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