けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-21 面従腹背

 

 狼主ザーロ……数ある狼主の中で、人間の持つ権力をも「力」だと見做した、稀有な存在だ。

 「牙」と呼ばれる手駒同士を争わせる狼主のゲームにおいて、その牙が他の牙よりも強大な権力を持ち、それを用いて牙を排除することも勝利だと彼は考えているのだ。

 他の狼主が純粋に武力で以て牙を研ぎ澄ましてゲームに挑んでいたのに対して、ある意味では先進的と言えるだろう。

 

 ……それはあるいは、「文明的」とも言えるだろうが。

 もとより直接的な意味でも比喩的な意味でも、狼主は荒野に生きる存在だ。己が爪牙を振るう狩りでその血肉をなす、まさしく獣のような。

 それに対して都市の文明の中で育まれた権力という概念を真っ先に受容したザーロは、荒野の狩りのやり方から既に逸脱しつつある。暴力ではなく策謀を以て敵を屠るそれは、罷り間違っても昔日のオオカミたちのそれとは重ならないだろう。

 

 だがそれでも、狼主の根源にあるのは相争う本能であるということに変わりはないのだが。

 ザーロがどれだけ文明のことを理解し、受容しようとも。それは畢竟、他の狼主との闘争のため以外の何物でもない。己が肢体の代わりに牙たる人間を、人間の暴力の代わりに人間の文明を。

 そうして代用を重ねただけで、その虚飾を剥いでしまえば、後に残るのは悍ましいまでの怒りと暴力性だけだ。

 

 それはまさしく、文明の名の下に振るわれる暴力であるところのシラクーザマフィアにも相似しているわけで。ザーロがベルナルドのことを牙と見定めたのも、そういう理由があってのことなのかもしれない。

 事実、ベルナルドはこうしてシラクーザ最大のマフィアであるベッローネのドンにまで登り詰めたわけだし、ザーロの目論見も半ば成功したということになるだろう。

 もっともベルナルドは土壇場で全てをひっくり返そうとしているわけだが……その辺りを見抜けないあたり、ザーロも結局は「文明」を真に理解できてはいないのだろうが。裏切りと権力、文明のある種の本質を。

 

「なっ……ボス、下がってください!」

「そう警戒する必要はないさ。もとよりドン・ベルナルドとは親しくさせてもらっているからね、今になってオレ達を叩き潰すためにやって来たなんてことはない。まあ、後ろのそれは予想外なんだが……」

「なに、これから共にシラクーザを相手取ろうという正念場だからな。折角の得難い同志には、隠し事などしたくないだろう?」

「……まあ、知らないままの方が良かったことだってシラクーザには多いわけだけども。久方振りですね、狼の主。七年前の粛清以来かな?」

 

 ベルナルドの背後に揺蕩う黒い霧のような何か──半ば実体を取りつつあるザーロ。

 頭部のところだけはっきりと形をなしているせいで、正直なところ中空に浮く生首みたいに見えてちょっと滑稽なのだが、まあ笑うわけにもいかないので真面目くさって話しかけた。

 まあ、オレは今更ザーロが出てきても何か動揺するようなこともないのだが。ボルティニアはザーロの圧におされて身体が強張っているようなので、ちょっとした紹介みたいなものだ。

 

 ちなみにオレがザーロと直接出会ったのは、七年前という時系列から分かるようにテキサスファミリー粛清の折だ。

 まあ紆余曲折の末に、オレはチェリーニアを相手取って地に塗れ、彼女のことをみすみす逃すことになったわけだが……その粛清を主導していたのが他ならぬベルナルドだった。

 発令者は勿論ミズ・シチリアであるとはいえ、彼女がシラクーザから離れることはそうない。なのであの時も、十二家の代表としてベルナルドが現場指揮にあたっていたというわけで。

 

 だがベルナルドは、そんな立場にありながらチェリーニアの逃亡をむしろ幇助した。

 それは、テキサスファミリーの末裔に対して恩義という形で首輪をつけておきたいというザーロの思惑があってこそのものだろうが……どうあれ、ベルナルドの介入がなければチェリーニアは逃げ切ることは難しかっただろう。少なくとも龍門まで辿り着くことは出来なかったに違いない。

 そういうわけで、オレとしてもそれを邪魔するつもりは特に無かったのだが。一応本来の筋書き通りに進むのかが気になって、こっそりチェリーニアの後を追っていたのだ。

 いや、チェリーニアに負けて、しかも好きに逃げろだなんて言った身で矛盾しているとはオレも思うけれども。あくまでチェリーニアの旅路を妨げるつもりはないからセーフだ、多分。

 

 ……ともあれそうしていれば、ベルナルドがチェリーニアに接触するところだって目撃したわけで。

 しかもその場で、何を考えたのかザーロまで出張ってくるものだから……本当になんでだ?

 チェリーニアに恩を売るだけなら、ベルナルドを通してやるだけで問題はないはず。そこで狼主である自分を誇示する必要は特にないと思うのだが。

 むしろチェリーニアが自身の存在を広めてしまえば、それだけでザーロは狼主のゲームにおいて遅れをとることになる。文明に最も近づいた狼主であるザーロが、そのことに気が付いていないとは考えにくいし。

 まあ、単に傲慢と自信のゆえなのかもしれないから、考察するだけ無駄ではあるが。

 

 とにかくザーロのことも、そこで初めて目撃したわけだ。勿論存在自体は知っていたわけだが、それが確かに実在するのだと理解したのはあの時だろう。

 まあオレにとって狼主はさほど興味関心のあるものではなかったから、それに何か思うわけでもなかったのだが──

 

「──然り、幼き狼よ。我が牙がお前を見出してから、それだけの歳月が流れたのだ。ベルナルドのもとにお前が下ってからな」

 

 ベルナルドが、その顛末を目撃していたオレのことを放置しておくはずもなく。

 何ならオレが遠くから様子を伺っていたことにも気づいていたようで、チェリーニアを逃してすぐ後にはオレの所にまで来ていたのだ。当時は認識阻害のアーツもまだ無かったから、潜伏もオレの技量だけによるもので、まあお粗末なものだったということだろう。

 そういうわけで、他ならぬベッローネのドン・ベルナルドがテキサスファミリーの末裔を逃していたことと、狼主の存在という秘匿されておくべき事項を知ったオレは、ベルナルドにとっては口封じをしておくべき存在だったのだ。

 

 当然ながらオレとしても従容と口封じされるわけにはいかないから、まあ色々とペラ回してなんとかオレの命は保証させたわけだが。

 その代価というかなんというか、オレはベルナルドの手駒に加わるということになったのだ。ザーロからすれば、自分の牙の力が増すということになるから、それでも構わないということなのだろう。

 まあオレにとってもそんなに悪い取引ではないというか、ベルナルドはシラクザーノにおいて一二を争うほどの重要人物なので、ここで接点を持っておくのも望ましい結果の一つではあったし。それまでは強いていうならアルベルトと面識があるくらいで、シラクーザにおいて地位を持っている人物とはそれほど繋がりが無かったのだ。

 それに実際のところ、手駒になると言っても奴隷とか馬車馬のようなものではなかった。せいぜいが時々、表に出せないような仕事を回してくるくらいで……これに対応するために、わざわざ事務所みたいなものを立ち上げる羽目にはなったが。

 

 ともあれ、だがザーロにとってはオレはベルナルドの駒でしかないわけで。

 それでもこうしてオレの前に姿を現したのは、万が一にもオレが裏切ったりしないようにという念押しの意味があるのかもしれない。何せザーロにとって、これから始まるのはミズ・シチリアを引き摺り下ろす──つまりは彼の牙であるベルナルドがシラクーザ全体を統べる権力を手にするための第一歩なのだから。

 実際、オレが単身ではザーロに勝つこともできないだろう。何ならシラクザーノでも、チェリーニア+エクシア+レオントゥッツォ+ラヴィニア+ラップランド+ディミトリ+ルナカブという錚々たる面子ですらザーロを倒すことは出来なかった。最終的にエンペラーが他の狼主を引き連れてようやく下すことができたというのだから、その厄介さたるや。

 オレにはラップランドのような不撓の虚無も無いわけで、負けないように粘るというのも難しいし……普通であればザーロに逆らおうなどとは考えないだろう。

 そういう意味では、ザーロの目論見も間違ってはいないのだが。

 

「ま、オレにとっても栄達のかかった分水嶺なのでね。それなりに頑張りますとも……少なくとも、シラクーザを混乱の渦に叩き落とすのに関しては狼主より上手い自信がありますよ?」

「感染者達を扇動して、ファミリーはおろかシラクーザそのものまでも巻き込んだ大騒動を起こす、か。確かに昨今のシラクーザでは感染者が急激に増加しているし、それは表も裏も問わない……シラクーザ全体に波及する混乱の火種には都合がいいだろうな」

「ええ、ドン・ベルナルド。ファミリー同士を潰し合わせるのも大変よろしいですが、それは結局は裏の世界だけの問題です。やるならもっと派手にやらなければね。そうでなければミズ・シチリアも重い腰を上げないかもしれないですし」

 

 感染者問題はシラクーザにおいて、表面化こそしていないものの深刻な問題だ。

 治療ができないというのは当然として、対症療法すら確立されていないし、そもそも感染者に対して真っ当に接するというのが出来る人間がきわめて少ない。まあ死病に感染した人物がいたとして、たとえそれが伝染するものでなかったとしても、何も感じずに接することなんてオレにも出来ないけれども。

 そういうわけで、感染者差別というのはシラクーザでも陰に陽に行われているので……少しばかり突いてやれば、燎原の火のように燃え広がってくれるだろう。それはまるで、数年前にチェルノボーグを焼き尽くしたレユニオンのように。

 

 ……結局は、感染者問題ではなく政治的な目的が裏に潜んでいるというところまでそっくりな、二番煎じではあるのだが。

 ウルサスのマトリョーシカことコシチェイが、炎国とウルサスの開戦事由を作り出すために仕込んだレユニオンの騒動と。オレとベルナルドが、シラクーザの統治を乱すために行おうとしているこの策謀。

 規模も目的も違いはするが、感染者をただの手段としか見ていないあたりは同じだろう。ある意味では、あけすけな感染者差別よりもたちの悪い冷酷だと言える。

 

 オレがこんな方法を取ろうと思ったのは、まあ割と偶然の積み重ねではあるのだが。

 それは例えば、適当に集めていた事務所の初期メンバーのほとんどが感染者で、以降もそれに惹かれてか感染者が多く集まってきたことだとか。

 あるいはオレがシラクーザ中を飛び回っていた関係で、あちこちで感染者団体に縁があるということだとか。まあこれに関しては非感染者の組織だって同数以上に関係を持っているのだけれども。

 

 ただ、最終的には──感染者問題を、ただの物語上のガジェットだとしか捉えていないオレの傲慢が根源にあるのだろうが。

 

「肝要なのは、同じタイミングで大量の対処すべき事柄を叩きつけることですよ。ミズ・シチリアの配下である狼の口は確かに強力ではありますが、手数はさほど無い。奴らの処理能力が飽和するまでには、そう時間もかからないでしょうし」

「そのための諸事は、概ね俺がやってましたけどね……。まあボスは非感染者なんで動きにくいってのもあるんですが」

「それに関しては本当に御苦労。ここ数ヶ月の間はシラクーザどころかカズデルとかレム・ビリトンにまで足を伸ばしてもらってたしね」

 

 カズデルにせよレム・ビリトンにせよ、感染者問題に関しては良くも悪くもシラクーザより進んでいる地域だ。

 であれば今回の件においても、それなりに頼りにできる伝手というものだってあるわけで……まあ、さすがに国境を跨いだ向こう側なので何かあれば儲け物くらいに考えておくべきだろうが。

 特にカズデルは未だ混迷の中にあるのだし、本来ならこちらが手を貸すべき惨状にある。というか、あまりに混沌としすぎていて情報がほとんど入ってこないくらいだ。

 原作でもカズデルの様子が描かれているのは1098年の末頃のメインストーリー14章から、おそらく1100年代の溶炉「還魂」譚まで空白があるから……この辺は、オレの知識も碌に役に立たないな。

 

 まあ、それはさておき。

 

「それなら良い。努努、忘れないことだ……お前達はこのザーロの爪牙であるということを」

 

 その言葉を残して、ザーロの気配がふっと消える。

 思わず膝をついてしまいそうな重圧も無くなったから、それまで緊張で身体を強張らせていたボルティニアが一気に深呼吸していたが。まあ慣れてなければそうなるだろう。

 

「……っはー、何なんですか今のは!?とんでもない重圧でしたけど!」

「オレ達は狼主、と呼んでいるが。まあ知らずとも問題ないとも、どうせオレ達のすることは変わらないし。ただの傍観者と考えてくれればいいさ」

「そうだな。それより君は今まで東奔西走してきたのだろう。我々が火蓋を切るまで、それほど時間はないが……身体と心を休めておくといい。あれに会うのは、中々に精神に負担もかかっただろうしな」

「ボスがよければ、そうさせて貰いたいですね、ええ……」

 

 ボルティニアはあくまでオレの部下であって、ベルナルドの部下ではないので、敬意を払うことはあっても命令に従う謂れはない。

 なので律儀にオレに確認をしてきたわけだが、オレだって今の様子を見て無休で働けなんて言う鬼畜ではないので、まあ好きにすればいい。

 心なしか足取りの怪しいボルティニアが、別の階に設けられた仮眠室に向かうのを見送って……ザーロの気配が、もう僅かにも残っていないことを確認してから。

 

「……まあ、大体は手筈通りに進んでいますよ。このまま行けば、少なくとも十二家は全てその席から逐われることになるでしょうし、他のファミリーもタダでは済まないでしょう。「ファミリーの存在しないシラクーザ」が実現できるかはさておき、それに近付くことはできると思います」

「結構。ザーロは未だに、己の爪を意のままに操れると思い込んでいるようだが……そも、シラクーザ全てを巻き込むこの喧騒で奴の力などたかが知れている。私は私の本懐を遂げさせてもらうとしよう」

「ファミリーの問題と、感染者の問題は本来は別物ですが。こうして一度でも無理矢理に重ね合わせれば、もう不可分に一体になりますからね。今までマフィアについて見ぬふり知らぬふりをしてきた人々でも、感染者問題を通じてそれを直視しなければならなくなる。そうなれば、あるいは……シラクーザの市民にもファミリー無きシラクーザを作り上げるだけの力が、宿るやも知れません」

 

 そのためには、きっとシラクーザの全てを屍山血河に染めなければならないとしても、だが。




アークナイツの二次創作を書くなら、感染者問題をどこかで絡ませようと思っていたのでここで投入。
まあ感染者問題に正面から向き合うというのとは違うのですが。ロドスに知られたら叩き潰されそうな感じですね。

あと余談ですが、カズデルとレム・ビリトンは地図で見るとシラクーザに隣接しているんですよね。
シラクーザは国家として歴史が浅いこともあって、アークナイツのメインストーリーやテラの歴史の根幹をなす出来事にはあまり関わっていないんですが、立地的にはかなり重要なところにあることになります。
これは結構意外でした……カズデルとMontelupe(シラクーザの首都?)もかなり近接してますし、何か関係もありそうなんですがね。確かリターニア貴族はカズデルに干渉しようとしていた筈ですし。
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