けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-24 死にゆく者より敬礼を/死にゆく者に敬礼を

 

 ウォルシーニ第二中枢区画──もう間も無く、ヌオバ・ウォルシーニの中枢区画として独立することになる区画だ。

 

 オレも転生してから初めて知ったのだが、テラにおける移動都市の新造は、その多くが既存の移動都市を増築する形ないし移動都市の内部で基部を建造する形を取る。

 昔はだだっ広い荒野で一から建造するという方式も取られていたらしいが、当然の如く天災はその間も襲い来るわけだし、何より移動できない移動都市なんざ格好の獲物でしかないわけで……野盗だのそれを装った他国の工作員だのに襲撃を受けるのも少なくなかったらしく、すぐに廃れたらしい。

 ヴィクトリアなんかは都市の移動プラットフォーム部分を建造する専用のドックを擁した移動都市を持っているらしく、安全な都市内部で艤装の取り付けなどを済ませてしまうという方法を取る。

 シラクーザには流石にそんな大規模な施設が無いから、既存の移動都市を増築する形で新たな移動都市部分を建造し、ある程度が完了した時点でそれを切り離して独立させるわけだ。

 

 第二中枢区画も、そういう感じでウォルシーニから切り離される手筈になっているのだが……とはいえ、こうも早期にそれが実行されるのは殆どの奴らにとって予想外だろう。

 何なら、これを実行させたベルナルドとオレくらいしかこうなることは分からなかったはず。そうでなければ意味がないし。

 

 そういうわけで、今のウォルシーニは更なる混沌に叩き落とされたと言えるだろう。

 ルビオの演説、それに触発された市民の動き、それに抗して誘起された感染者の怒り。それらの入り混じった坩堝に、だが容赦無く投じられた更なる一石。

 しかもそれは、所詮は思想や信条の問題だったそれまでの物とは質が違う。ヌオバ・ウォルシーニ、つまり新たなる移動都市という特大の利権が絡んでくるからだ。

 

 本来ならグレイホールの認可のもとで分配されるはずだったそのパイは、今や勝手に動き出して誰の手からも離れようとしている。

 あるいは情報に聡い者ならば、第二中枢区画の離脱にベルナルドが関与していることを察するかもしれない。そしてそれは、ベッローネが新しい移動都市の利権を独占しようとしているということで……一人勝ちなど許さない他のファミリー達も、こぞってパイの奪い合いに参戦しようとするだろう。

 そしてそれだけ大規模に戦力を動員すれば、当然ながらどこかに穴ができる。それを好機と見て付け入ろうとする、一攫千金や栄達を狙う中小規模のファミリーの蠢動もあるだろう。

 ルビオの演説が、結果的に市民と感染者に火をつけたのに対して。第二中枢区画の分離は、マフィアたちに火をつけたと言うこともできるだろうか。

 

 そうしてシラクーザ中を巻き込む業炎の中心地となったウォルシーニの、けれど寂れた一角に存在する教会。

 第二中枢区画司令塔の近くだが、かえって人の姿も殆ど見ることのないこの場所は、ラテラーノから齎された信仰の実践の場だが。とはいえこのシラクーザで、サンクタにしか恩恵をもたらさぬラテラーノの教えなど大した意味を持てるはずもない。

 オレの知る限りは信徒など居たためしが無いし、それらしき奴を見かけても大体は信徒の服を纏っただけのただのマフィアだ。殉道者などと形容するにはまるで足りない、異教よりも罪深い異端の類だろう。

 

 そんな見掛けばかりは立派な教会の、色彩鮮やかに美しいステンドグラスから陽光が射し込んで照らされている一階を見下ろす場所にオレはいる。

 十字に交差して天井に張り巡らされた梁の部分に腰掛けて、足をぶらぶらさせながら呑気に階下を観察しているわけだが……そこにいるのは、我らが共犯者のベルナルドとその息子レオントゥッツォだ。

 彼らの間の関係を鑑みれば、ともすれば険悪な雰囲気になってもおかしくないのだが。むしろ落ち着いた、同じ机を囲んで夕食を食べている時の雑談のような気軽さだった。

 

「……だけど、これじゃ足りないんだ」

「足りない?」

「ああ、全然足りない」

 

 若き新鋭であるレオントゥッツォが、ベルナルドのやり方では駄目だと指摘する。

 それはつまり、ただファミリー達を相争わせ疲弊させて、あるいは崩壊させることができたとしても、それだけでは市民達は再びファミリーを生み出してしまうだけだということだった。

 もはやファミリーの存在が日常に溶け込んで久しいこのシラクーザでは、市民はファミリーの存在しないシラクーザを想像もできない。

 それゆえベルナルドの傲慢な──ファミリーなきシラクーザを与えてやろうという姿勢では、結局は何も変えられないのだと。

 

 そしてその問題を解決するためには、市民の一人一人にシラクーザで今起きていることを伝え、巻き込んでいくしかない。

 そう自分の考えを表明するレオントゥッツォは、マフィアではなく市民と話し合いのテーブルにつき、ファミリーなきシラクーザをどうやって築き上げるのか議論して行かねばならないとも言った。

 マフィアの御曹司という立場でありながら、その考えに辿り着けたのはまさしく偉業と言っていいだろう。なぜって、それは自分という存在を根幹から揺るがすことでもあるのだから。そんなこと、進んでやる奴は余程の馬鹿か狂人だけだと思うんだが……まあテラでは覚悟の決まった奴が多いからな。

 オレとしては、羨ましく思うし眩しくも思うが……同時に、今までの自分を捨てるのみならず、その自分と関わってきたものすら切り捨てるその姿勢には眉を顰めたくもなってしまう。

 

 ……チェリーニアと似ているから、だろうか?

 

「……であれば、お前の好きなようにやりなさい」

 

 ベルナルドが、あるいはベッローネのドンではなくただの一人の父親として、一人の先達としてレオントゥッツォを送り出したそれを確認して、梁から飛び降りる。

 アーツを利用して落下の勢いを落としたから足音ひとつ立てない隠密行動だった筈だし、そもそも認識阻害のアーツを使っていたから、ちょっとしたドッキリのつもりだったのだが……なぜだかベルナルドはオレのこと捕捉していたようだ。

 なんかもう、最近はこんなのばっかというか。チェリーニアに始まってジョヴァンナ、アグニル神父、ベルナルド……他にも他にも。強いやつと短期間で集中して遭遇しすぎだろうが。

 あるいは認識阻害のアーツの出力が低下しているとかだろうか?何せこのアーツ、オレにも仕組みがよく分かってないブラックボックスじみた代物なので、何らかの不調があっても驚かない。

 

 まあ、オレのちょっとした悩みはさておき。

 

「まさか今になって、レオンに物事の道理を教えられることになるとは。人生というものはつくづく面白い、そうは思わんかね?」

「彼も、彼なりの視座でこのシラクーザのことを考えていたのでしょうからね。子供は親の知らぬ間に成長するものですよ」

「フッ。ファミリーの運営をレオンに任せてからというもの、それは分かっていたつもりだったが。まさかそれすらも飛び越えていたとは……」

 

 息子が自分の想定を越えて成長していたことに、喜びを滲ませて語るベルナルドの様子はさながら普通の父親のそれだった。

 いや、確かに彼自身は普通の親としての感性を持ち合わせていたのだろう。どうしたってファミリーのドンとしてしかラップランドに接することのできなかったアルベルトとは違い、ベルナルドはただの一人の父としてレオントゥッツォに向き合うことができたのだ。

 それがこのシラクーザでどれだけ得難いものであるか。この狂った国では、普通であることは何よりも普通でないことの証明だ。まして狂気の象徴たるマフィアの、その頂点に君臨しているというのに。

 

 ……そして、その重みが分かってしまうからこそ。

 それが無くなってしまうということへの落胆も喪失感も、また大きいのだが。

 

「オレとしても、彼の旅路には祝福を贈りましょう……いつか長夜のシラクーザに、夜明けを齎してくれるかもしれませんし」

「是非ともそうしてやってくれ。私では、それを見届けることは出来ないだろうが」

「……。まあ、現状を報告しておきましょう。レオントゥッツォは先の通り、ベッローネファミリーとは道を異にしています。おそらくはラヴィニア裁判官と合流して、第二中枢区画を手中に収めてからミズ・シチリアとの交渉に臨むつもりですね。残されたベッローネはロッサティと手を組んで中枢区画へ向かっていますが、直に袂を分つことになるでしょう。お互いに、仲良く利益を分け合うなんて出来ないでしょうし。サルッツォに関しては、単純にベッローネの一人勝ちを許さないために戦力を送り込んできています。正面突破を避けて迂回路を取っているようですが、かえって功を奏しているようですね」

「ふむ、ファミリー達の動きに関しては概ね想定通りと言ったところかな。そしてラヴィニアもレオントゥッツォに似て行動力のある……」

 

 ベルナルドにとって、ラヴィニアは公正という天秤で以てシラクーザの秩序を定めることができたかもしれない人材だ。

 結局のところ彼もオレも、そんな机上の空論よりも暴力で以てことを進める方を選んでしまった野蛮人ではあるが、だからこそ彼女のことは眩しく映る。

 まして自らラヴィニアを見出し、また庇護してきたベルナルドともなれば、それはオレとは比較にもならないだろう。

 

 そのラヴィニアがレオントゥッツォと道を同じくすることに対して、ベルナルドがどんな感情を抱いていてどれだけ感慨を抱いているのかは、オレには分からないが。

 それが決して悪いものではないというのは、火を見るより明らかだった。

 

「ありがとう。レオン達の選択の結末を見ることができないのはいささか心残りだが……今更私がそう言うのも虫の良すぎる話だろう」

「オレとしても身につまされる話ですね。……ですがまあ、貴方の協力者として働いたこの七年は悪くはなかったですよ。オレは信徒ではありませんが……せめて貴方の魂が長く苦しむことの無いように祈っておきましょう。折角ここが教会なのですし」

「はっはははは!私としても、君は良き共犯者だったとも。ならば私も、君の安魂を願っておくとしよう。君もここで命を燃やし尽くすつもりなのだろう?」

 

 全てを見通し貫くような、鋭い双眸。

 先程までの好々爺じみた言動からは想像もできないようなそれに、思わず身体をすくめるが……覚悟など、とうに決めたことだったから。

 ベルナルドのことを真っ向から見返して、オレは手を上に掲げた。ステンドグラスを通じてオレの座る長椅子を照らしている陽光が、眩しくてたまらなかったから。

 

「……お気付き、でしたか」

「シラクーザの混乱を引き起こすにあたって、私の後釜を任せるというのが当初の想定だったがね。すぐに分かったよ、君がそこで死ぬつもりであることも。そうならざるを得ない理由のある私と違って、そうしなければならない理由があるような目をしていた。その理由は、今も分からないが」

「お手上げです。オレみたいな若輩者では敵いませんね、まったく。……まあ、実のところ大した理由ではありませんがね。単にオレみたいな異物が介在していることに耐えられなくなったというだけです。それがどれだけ脆弱で矮小でもね」

「ふむ。君がそう決めたのなら私から言うことはないが……なら、君も後悔や心残りの無いようにしなさい。私は一足先にあちら側で待っているとしよう」

 

 そうして、話は終わりだとばかりにベルナルドが投げて寄越したソレを受け取って。

 

「さようなら、シルウィア・アクエドリア。君の武運を祈っているよ」

「さようなら、ベルナルド・ベッローネ。そしてありがとう──」

 

 それきり、ベルナルドに背を向けて教会の扉へと歩を進める。

 もはや互いに振り向くこともなく、声を発することもしなかったが……どうしてだか、オレの心は今までに無いほどに晴れやかだった。




タイトルの元ネタは某SCPより。後半部分は誤訳の方らしいですが、どちらも心をうつフレーズです。
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