けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-25 矛盾に満ちて

 

 ベルナルドと今生最後だろう別れの挨拶をしたオレは、教会から出て第二中枢区画の司令塔に向かっている。

 今やヌオバ・ウォルシーニは旧市街から切り離され、市民もマフィアも、あるいは一部の感染者ですら注目を向けているのが現状だ。そしてその制御を担うのがあの司令塔で、それはつまりあそこを制したものが新しい移動都市を制するということになる。

 勿論のこととして、それだけで本当に新しい移動都市を支配できるようになるというわけではないが。それでも、使いようによってはそれすらも叶う手札になり得るというのは確かだろう。

 

 それゆえ、機を見るに敏な幾つかの勢力は既に司令塔を制圧すべく人員を送り込んできている。

 ベッローネとロッサティは、同盟を組んで正面突破を目論んでいるようだ。ミラノ劇場での一幕の後にジョヴァンナからドンの座を譲られたウォラックは、やはりレオントゥッツォの話に乗ったらしい。そしてシラクーザでの更なるファミリーの成長を遂げようというのだろう。

 対してサルッツォは、正面からではなく迂回路を使って勢力を浸透させてきている。不用意な賭けはしない、というアルベルトらしいやり口だが……そもそもの話として都市の内部防衛システムはそういうところをカバーするためにあるので、実のところそう簡単に突破できるものではない。犠牲は少なく済むかもしれないが、時間は掛かってしまうだろう。

 まあ今後のことを考えれば、サルッツォにはそこらで足踏みしてもらった方が都合がいいのだが。何せここから、対ザーロ戦に始まってミズ・シチリアとの対面まで重要な出来事が目白押しなのだ。そこに横槍を入れられては堪ったもんじゃない。

 

 ……横槍といえば、オレのしてることもそう違わないか。

 本来なら市民とファミリーだとか文明と荒野だとかの対立構造が顕になるはずの場面で、言ってしまえばズレている感染者と非感染者というもので殴り込んでいるのだから。

 それはひとえに、シラクーザでの混乱を加速させるためではあるのだが。まあラヴィニアやレオントゥッツォ達にとっては良い迷惑だろう。

 せめてもの、という感じだが……一応、オレが仕込んだ感染者達に関しては司令塔を襲わないように言い含めているとはいえ。そもそもシラクーザがこのように混沌とし荒廃することも望んでいないのだろうし。

 

 実際、暴力沙汰やそれに類するものは既にウォルシーニのあちこちで起きている。

 それがファミリー同士の抗争によるものなのか、感染者の暴動によるものなのか、はたまたただの火事場泥棒によるものなのかは場合によりけりだろうが。少なくとも、今まで表面上は保たれてきたシラクーザの平穏は既に破られたと言っていいだろう。

 それを鎮めるためには、誰もが黙るようなインパクトの大きな何かが必要なわけで……ヌオバ・ウォルシーニを手中に収めるというのは、一番手っ取り早い方法だ。

 だから、というわけでもないだろうが。ラヴィニアもレオントゥッツォも、ファミリー達とは目的こそ違えどあの司令塔の元へと向かっているだろう。というより、ラヴィニアに関してはどのファミリーも出し抜いての一着だし。

 

 それはファミリー達がどうしようもなく軽視する、市民という存在あってこその結果だ。新市街の建造に携わり、その構造も制御方法も知悉した彼らの助力がラヴィニアをあそこまで導いたと言っても過言ではない。

 だが一方でファミリー達は移動都市の利権を巡って争っていても、結局のところその内実など知るはずもない。彼らは畢竟何も生み出せはしないのだから、移動都市を建造するということも出来る筈がないのだ。だというのに今になって騒ぎ立てているのは、いささかならず滑稽だな。

 今まで市民達を抑圧し、搾取してのうのうと生きながらえてきた代償とでも言うべきだろうか。自分では何も成しえぬ故の、他者から収奪するその姿勢が彼らの首を絞めているということだ。

 本質的には無能であることの、避けられぬ報いがここになってやってきたわけだ。

 

「ま、その辺はそっくりそのままオレにも返ってくるんだけど」

 

 己が無能に苦悩する、だなんてのはとうの昔に通り過ぎたが。とはいえオレだって、自分の無力さに何も思わないというわけではない。

 チェリーニアのようにも、ラップランドのようにもなれず……あるいは、オレの知るのとは違う道を歩んでいるらしいジョヴァンナのようにもなれない。

 オレには彼女達のような信念も力も無かったわけで、このシラクーザでただ生きてきただけだという誹りは免れないだろう。

 それを否定するつもりはさらさら無いし、それに思い悩むんで眠れない夜を過ごしたこともあった。

 

 シラクーザという国は、歪んだ国だ。

 ファミリーが市民を抑圧し、それを市民も受け入れて声も上げない。路地裏に死体が転がっていても新聞にすら載らないし、昨日挨拶した隣人が次の日には失踪していたなんてのもザラにある。

 そういった歪な構造を、百三十年ほど積み重ねて今のシラクーザが出来上がったのだ。

 百三十年……テラの国家としてはきわめて短い歴史でしかないが、それでも人一人の人生よりはゆうに長い。少なくともループスであるオレの寿命よりは遥かに長いだろう。

 その長大な時間の蓄積に、まさか真っ向から挑むなど狂人の所業でしかない。歴史とはすなわち力であり、それだけの間淘汰されることなく残ってきた事実の証明でもある。

 だというのに、わずか三十年にも満たない歳月しか生きてこなかったオレが何を出来るものか。

 ……シラクーザから逃げるにも、シラクーザを破壊するにも。オレがシラクーザで過ごした時間は長すぎたし、オレが生きてきた時間は短すぎた。

 

 そして何よりも、チェリーニアやラップランドのようなオレ自身だけの信念なんてものを持てるほど、オレは無垢ではなかったのだ。

 かつてテラに生まれ落ちるまでに育んだ価値観。誰もが同じような言動しかしない、つまらないけれども安穏とした現代社会でのそれ。

 決して悪いものではないのだろうが、それはこの過酷な大地と狂った国で生きるには脆弱すぎたし……だというのに、オレがそれを捨てることができないくらいには、オレにとって馴染みのあるものだったから。

 どっちつかずで当たり障りのない選択肢しか選べない、そういう優柔不断でつまらない生き方だ。そんなオレが、まさか生まれ育った国を捨てるなんて出来る筈がなかったということなのだろう。

 

 だが、シラクーザという国は変わらなければならない──あるいは変わっていくということを、オレは知っている。

 ヴィジェル(レオントゥッツォ)ペナンス(ラヴィニア)。そしてテキサス(チェリーニア)とラップランド。彼ら彼女らの決断と選択によって、そうなるということは……きっと避けられないものだと、七年前までに痛感していた。オレがどう生きようと、結局は物語は本筋通りに進んでいくということを。

 ならばきっと、そうなるだろう。国家が、歴史が、時代が。シラクーザの変革を望んでいるのだから。

 

 そして、まさかオレがそれに携わるなんて出来やしないだろう。それは能力の問題ではなくて、オレの信念の問題だ。シラクーザの変革のために身を捧げるような覚悟なんて、どうしたって持てそうにないのだから。

 オレにとってシラクーザは、歪で忌むべき国ではあったが。だからといってそれに身を焦がすような怒りを抱けるほどには、オレはそこに生きる人々に興味も関心も持てなかった。誰も彼も同じような顔にしか見えなくて、そこに注意を向けるなんてのは出来なかったのだ。

 それはきっと、「原作キャラ」ではない彼らのことを軽んじていたオレの心のせいだろう。実のところは、描写されていないか焦点を当てられていないだけで、彼ら彼女らもきっと原作にいたのだろうけれども。

 だがいずれにしても、オレにとってシラクーザの変革は、所詮他人事でしかなかったのだ。

 

 ……なかった、筈だ。

 オレにはそうするだけの力も理念もありはしないのだから、大人しくそれが成されるのを待っていればいい。そうなる筈なのに。

 

 だというのにオレは、未練がましくもシラクーザという国家に対しての隔意を捨てきれなかった。

 どうせ自分とは関係なしに変わっていくだけの、時代遅れの存在だ。それを気に掛ける必要なんてオレには無い。

 そうは分かっていても、気味が悪い物は気味が悪いし、受け入れ難いものは受け入れ難いのだ。結局は、それを拒めないとしても。

 とんだ矛盾で、とんだ半端者だ。笑い話にすらなりやしない、くだらない葛藤だろう。

 

 だが──だから、だったのだろうか。

 七年前の粛清の跡地でベルナルドに支配下に入るよう言われたあの時に、オレはそれを拒まなかった。シラクーザで最も勢いのあるファミリーのドンとのコネというのが魅力的だった、というのもありはするが。

 それよりも、オレはベルナルドにある種の共感を覚えていたのだろう。

 シラクーザの改革を試みたが、終ぞ市民のことには考えの及ばなかったベルナルド。シラクーザを嫌いながらも、それに抗いきることのできなかった……それは、オレとしても理解の出来ることだった。

 それはきっと、同病相憐むとか、傷口の舐め合いとか、そういったものだろう。というか当時のベルナルドにとってはオレなんて歯牙にもかけない存在だっただろうから、むしろオレの一方的な同情と憐憫でしかない分、それよりたちが悪い。

 

 それでもあの時のオレにとって、ベルナルドはある種の(よすが)であって……だからせめて、きっと失敗に終わるのだとしても、彼の遠大な計画を手伝ってやりたくなった。実力でも権力でも及ばないオレがそう考えるなんて、まったくお笑いな言い分だな。

 ベルナルドも、オレが彼を通じて違う何かを見ていたことには気付いていただろう。それでも同道を許したのは、あるいはベルナルドなりのオレへの憐憫だったのだろうか。それを尋ねることはなかったし、もうその機会は二度と訪れないだろうが。

 

「ファミリーなきシラクーザ、それが本当に実現できるというのなら……」

 

 ベルナルドは、自分が死ぬことを知りながらこの計画を実行した。ミズ・シチリアに殺されるか、あるいはザーロが自分を支配することのないよう自殺するか。

 だというのに、それが全くの無為に帰すことなんてオレには認めたくないことだった。

 いやさ無為ではないのだろう。レオントゥッツォとラヴィニアは、確かにベルナルドから学び受け継いだものがあった筈だ。だがそれは、ベルナルドの死そのものとは無関係だった。ベルナルドが死ぬということ、それ自体の意味が……オレにとっては、見出せなかったのだ。

 そもそもテラで意味のある死を迎えられる奴なんて殆どいないというのは分かっているが。それでも、ベルナルドの命を対価にするには、あんな結末は全くの不足にしか思えなかった。

 

 だがオレが言ったところで、ベルナルドはその計画を止めはしないだろう。

 彼の原点は、かつてシラクーザの辺境の村で過ごした一夏にあって、そこにオレは居ないのだから。

 あるいは彼にとって、シラクーザマフィアを無くすというのは、この方法しか存在しないのだ。そしてオレにも、それ以上の方法は思いつかない。

 

 だから、それにオレの命も上乗せしてやったわけだ。

 シラクーザ中の感染者の感情を煽り立て、更なる混沌を招来し……その果てに、きっと破滅しか待っていないとしても。

 感染者というシラクーザ全体を巻き込む問題を通じて、市民にファミリーの問題を直視させるという考えもそこにはあったが。そんなものは、所詮後付けの理由に過ぎなかった。

 どうせ結末が変えられないのなら……せめて、華々しい過程を経た方がいいだろうから。そんな自分勝手な考えしかそこには存在しないのだ、結局は。

 

 ただの自暴自棄、やけっぱちとしか言えないだろう。

 だがだからこそ、オレにとってこれはテラに生まれ落ちてからの短い人生の中でこれ以上なく感情を注ぐことができるものだった。

 それこそ、オレの命を擲つに値すると思うほどには。あるいはそんな高尚な言い方ではなくて、オレが命を捨てるのを委ねたいと思うほどには。

 

「まあそのためにも、まずは……あの狼主を退けることから始めるべきだろうけど」

 

 司令塔内部で、凝集しつつある黒い霧……狼主ザーロの姿を見て冷ややかに笑いながら、オレはそれにナイフを投げ付けた。

 

「控えていろオオカミ風情が。己の在り方にくだらん矛盾を抱えた敵は、オレ一人だけで十分だ」

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