けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-26 狼の主

 

 狼主ザーロ。

 今までも何度か触れてきたと思うが、狼主の中では珍しい……というか多分唯一の、暴力以外の「力」を見出した奴だ。

 それはつまるところ権力という、他者を従え支配するための力。

 自らが手を下さずとも、命令するだけでそれと同じ結果をもたらすことが出来るというのなら、それはつまり自分がそれだけの力を持っているということ。そういう理屈で以て、ザーロは他の狼主を斃そうとしているわけだな。

 

 どうしてザーロがそんな考えを持つに至ったのかは、てんで分からないし別に興味もないが。とはいえその着眼点自体は、まあ認めるべきだろう。

 何せ狼主とは、すなわち荒野に生きるもの。エンペラーだの大祭司だのドリーだの、後はダック卿とかミオとワオとかケルベロスとか、そういった他の獣主たちと比べても原始的な闘争の世界に身を置く、まさしく獣のような存在だ。

 その理由は分からない。少なくともアークナイツで明かされたことは無かったと思うし。

 ただオレが何となく思うに、他の獣主は同種となる存在が居なかったから。それはつまり確たる「個」を生まれながらにして保有していたということを言えるだろう。私とは何であるのか、という問いに対して私は私であるという答えを容易に返すことができた。

 なぜならば、彼らにとって外界のあらゆる物は明確に自分自身とは異なっていたからだ。あれでもない、これでもない、それでもない……そうして消去法を繰り返していけば、そこに残るのはすなわち己が身ひとつだけ。

 そうである以上、自分自身の定義に何らの問題もある筈はなく。それゆえに彼らはああも好き勝手、己の思うがままに生きることができる。そこには確かに闘争もあるのかもしれないが、彼らにとって闘争は数ある選択肢のうちの一つでしかないわけだ。

 

 しかし一方で、分たれた巨獣「歳」の代理人達が己を見出すのに長い時を要したように。

 狼主が、群れから自分自身というものを見出すのには、果てしない時と労力が必要になったのだろう。

 何せ狼主は、獣主としては異常なほどに数が多い。シラクザーノのスチルを参考にすれば、少なくとも十ではきかないくらいには居るだろう。

 そんな中で、己とそれ以外の狼主を峻別する方法などそう簡単には見つかるわけがない。彼らは皆等しく狼主であり、そこに彼らを分類するための記号は一切存在していないのだから。

 

 だから、彼らは互いに相争うという選択肢を取った。

 闘争を以て自分以外のあらゆる狼主を根絶することでしか己が己たる所以を確立できないと、本能的にそう察したのだろう。それはただ群れの頂点に立ちたいというような単純な問題ではなくて、自身のアイデンティティを証明するためのものだったと言えるだろうか。

 果たしてそれ以外の道が無かったのか、そしてその道が正しいのかも分からないが……少なくとも彼らにとっては、これが唯一で最善の方法だった。

 

 そして、ザーロという例を見るにそれは間違ってはいなかったということになるのだろう。

 闘争に勝利するという以前に、その闘争の潮流の中で他の狼主と自分を区別するに足るだけの個性を手にしたのだから。

 たとえそれが、決して正しいものでは無かったとしても……ザーロにとっては、他の狼主とは違うと自負し傲慢に振る舞うことを許されるだけの「力」だったのだ。

 

 それはザーロという名前からしてそうだ。

 名前はすなわち、他の存在と自分とを区別するために付けられるもの。自分と他者が明確に違うのだと、そう認識することができたからこそ彼は名前を名乗ったのだ。

 歳の代理人が皆異なる名前を持っているように、ザーロも他の狼主とは違う名前を持っている。まあ大半の狼主は、名前すら持っていないのだが。

 つまるところ名前を持つことができる狼主は、己の何たるかを象徴するような思想を以て他の狼主から隔絶されているような、飛び抜けた奴だけということになる。

 

 その傍証となるかは怪しいが、もう一匹の名前を持った狼主・アンニェーゼのことにも言及していいだろう。

 彼女はザーロのような、声高に掲げられるような思想を持っているわけではないが……狼主の闘争に対して嫌気がさした、というのは狼主としては異常なことだ。

 なぜなら闘争とは、狼主達にとっては自らの確立・生存を賭けた根源的な行動だ。本能と言ってもいい。だというのに、本能のことを本心から忌み嫌うことが出来る奴なんて人間でもそうそういない。いたとしても極々少数派でしかないだろう。

 つまりアンニェーゼも、他の狼主とは一線を画す思想を確かに持っているわけで。だからこそアンニェーゼはアンニェーゼという名前を持っているのではないかと思う。

 

 翻ってレッドの主である「オバアサン」は……そもそも描写が少なすぎてよく分からないというのが正直なところだが、オレの印象ではザーロやアンニェーゼのような類ではない。

 ザーロのように、荒野の暴力ではない力を見出したのでもなく。アンニェーゼのように、そもそも闘争から身を置こうというのでもなく。

 ただ愚直に、他の狼主の牙をレッドを使って殺そうというだけの、ありふれた狼主のあり方だ。

 だからこそ「オバアサン」だなんて呼称をされているのだろう。まさかそれが固有の名前でもあるまいし、どう考えても自分からそう名乗ったのではなく他人からの形容だ。それをそのまま、自分を指すものに転用しているだけの。

 彼女には己を他の狼主と区別するだけの固有の何かが、まだ見出せていないのだろう。

 

 ……まあ長々と語ってきたが。

 何が結局言いたいのかというと……少なくともザーロという名前と、それに見合うだけの個を確立したこいつは、決して凡百の狼主とは同一視できない存在だということだ。

 力の問題ではない。ザーロが目をつけた権力という力は、ベルナルドが死した以上はもう彼の手中には存在しないし、暴力という最も分かりやすい力についても、明確に他の狼主から隔絶しているというわけではないからだ。

 だがそれでも、自分の何たるかを堅持できる奴は、そうでない奴よりも「強い」。信念、信条、あるいはそれに類するような思想なら何だっていいが、それを持っている奴は中々倒れないから。

 最後の最後に、それを杖として踏ん張れるか。そういう僅かな差だが、同時に決定的な差でもある。少なくともその勝敗を分けるには十二分なほどに。

 

 そして、オレにそんな信念なんぞある筈もないわけで……じゃあどうしてあんな大口を叩いてザーロに剣を向けたのかというと。

 

「七年前のあの時よりも、随分と脆弱になったものだ。ベルナルドを喪って、お得意の権力を何もかも失って……どうやら自慢の牙は悉く抜け落ちたみたいだな?」

「……ほざくな、牙にもなれない爪風情が!」

 

 それは至極単純な話で、今ならザーロのその信念をへし折ってやることができるからだ。

 

 手塩にかけて育てたベルナルドが、しかし権力を全て手放して自殺してしまったことで、ザーロのもとには僅かにも権力なんてものは残っていない。その時点で今回のゲームの勝ち負け以前の問題として、彼にとっては根本的に敗北を喫したと言っていい。

 もしベルナルドが唐突に自殺をしたのでなければ、ベルナルドの持っていた権力を別の牙に引き継がせることもできただろう。それが分かっていたからこそ、ベルナルドはザーロに操られる前に自ら命を絶ったのだ。

 あるいはベルナルドが今際の際に残した……真の権力とは、時代を牽引するものでなければならないという言葉も。ザーロの構想する権力が、所詮は表面的な理解でしかないと突きつけたのも、彼の信念を揺るがすのに足る一撃だっただろう。

 

 そして何よりも、ザーロなりに権力を駆使して立ち回ってきたこのゲームで……だというのに、ザーロ自身がこうして権力などかなぐり捨てて暴力を以て全てを台無しにしようとしているのは。

 なんたる皮肉、なんたる矛盾。

 結局、ザーロは己が己であるための信念……権力とは力であるという思想を、自分で信じきれなかったわけだ。そんなものよりも、暴力の方が己の性分に合っていると。

 そうしてしまった時点で、ザーロはザーロではなくなった。自分だけの信念を、自分から捨て去ってしまったのだ。

 

 だから、オレがザーロの信念を折るというよりも、勝手に折れていったという方が正しいかもしれない。

 もとより矛盾を孕んだ信念だ、その破綻した論理としては妥当な結末なのかもしれないが。

 

「そら、自分の重みに潰れていろ」

 

 アーツでそこらに転がっていた瓦礫を集結させ、圧縮して巨大な槌のように形成してザーロに振り下ろす。身を捻って避けようとしているようだが、その程度で外すようなら狼主に喧嘩など吹っ掛けないさ。

 地面が揺れるほどの衝撃と、それに伴う粉塵で視界は最悪だが……それはあちらも同じこと。直撃した感じもあったし、すぐさま反撃を喰らうということもないだろう。

 その間に、オレよりひと足さきにザーロと戦っていたらしいチェリーニア達に手を振っておく。

 

「……シルウィアか」

「どうもチェリーニア、先日ぶり。他にもエクシア、レオントゥッツォ、ラヴィニア裁判官、ディミトリ、ルナカブ、あとはラップランドまで……まったく勢揃いといった感じだな。それでも何人かは、この宴に乗り遅れてるみたいだが」

「ウォラックの奴なら俺達を司令塔まで送り届けた後に帰っていったよ。ロッサティにとって新市街の争奪戦は些事らしいな……恩を売るだけ売って、後は旧市街で守りを固めるそうだ」

「へえ?」

 

 苦虫を噛み潰したような顔のディミトリの台詞に、思わず声を上げてしまった。

 確かシラクザーノだと途中でディミトリ達ベッローネファミリーと袂を分ち、司令塔に向かう途中でチェリーニアに迎撃されて脱落していたはずのウォラックだが……どうやら最後までベッローネと轡を並べていたらしい。

 しかも新市街を手中に収めるのにも無関心と。

 まあロッサティはヌオバ・ウォルシーニ建造の立役者なので、何もせずとも一定の利権は確保できているということなのかもしれない。ミズ・シチリアはその辺りの飴と鞭も使い分けられるタイプだと思うし。

 

「それはそれで興味深いが……まあ、ロッサティはどの道ここには居ないと分かっていたからね。オレが言っているのはそれじゃない」

「?なら一体誰のことを、!?」

 

 不思議そうにしているレオントゥッツォのすぐ脇を、一条の矢のように疾駆した赤い影。

 チェリーニアやラップランドでさえ、そうしてようやくその存在に気がついた程の隠形と高速機動は。

 

「レッド……!」 

 

 ロドスのS.W.E.E.P.の一員であり、そして「オバアサン」の牙でもあるレッド。

 もとより他の狼主の牙を狩るべくして生み出され、そしてその役目を終えた彼女は「オバアサン」にも見放され……それでもなお、牙以外の生き方を知らないのだ。

 ケルシーもレッドに人並みの生き方を教えようとはしていたようだが、ロドスを取り巻く激動の時代はそれを許しはしなかった。そうして、レッドは引き寄せられるように……「オバアサン」の命令でもなく、このシラクーザへと戻ってきた。

 もはや意味の無い、牙としての使命を果たすために。

 

 であればこそ、今こうして実体を取って現れたザーロは格好の獲物でしかないだろう。

 牙を折ることが牙の使命だが、そもそも牙の主であるオオカミを殺すことだって解法の一つだからだ。

 

「まだ牙が残っていたか!」

「……オオカミ。オバアサンと、同じくらいに。匂いが、濃い」

 

 同じく牙であるはずのルナカブには目もくれずにザーロに吶喊したレッドは、だが煩わしげに首を振ったザーロに弾き飛ばされる。

 何せ、狼主とはレッドのような牙に力を与える存在だ。当然ながら牙よりも上位の存在であるわけで、一対一で衝突すれば狼主が勝つのは道理だろう。

 それをレッドが分かっていないはずもないのだが……。

 

 空中で姿勢を立て直したレッドの方に瓦礫を飛ばして、足場に使えるようにしてやる。

 オレは基本的に遠距離戦しかしないからあまり活用することはないが、こういう使い方も出来るわけだな。というかさっきみたいに大規模なアーツ行使でもないとザーロに有効打を与えられない感じなので、基本的には牽制かサポートに使うことになりそうだし。

 そういう意味で、オレの支援を最大限活用できそうなのはレッドと、後はチェリーニアとラップランドくらいだろう。戦場機動が高い奴ほど、こういう小手先の技を上手いこと利用してくれるから。

 エクシアとかルナカブも、単純に遮蔽物が増えるというだけでやりやすくなっているはずだ。こっちからの攻撃も遮ることになるが、そもそも的が大きいのでそれほど障害にもならないし。

 ついでに余談だが、普段のオレもどちらかというとそっち寄りでアーツを利用している。……アーツを使ってる張本人よりもレッド達の方がアーツとの相性がいいってのもおかしな話だが。

 

 まあ話を戻して、それ以外の面子……ディミトリとかラヴィニア、レオントゥッツォは若干戦力を持て余し気味だ。何せザーロの攻撃は普通に苛烈だし、こちらもレッド、チェリーニア、ラップランドが縦横無尽に駆け巡っているわけで。その只中に突っ込んでも、援護どころか邪魔になりかねない。

 その上で、ザーロの攻撃は飛び回る三人のことを捉えられてはいないが、同時にこちらの攻撃もザーロに対してあまり効いていないという状況だ。

 千日手、とは言えない。こちらの方が体力、継戦能力の上では不利なのだから。どこかで勝負を決めないと、負けはともかく勝ちも無いだろう。

 

 なので──

 

「ボス、お待たせしました!何分この騒ぎなので、探すにも一苦労でして……!」

「ああ、いや、ご苦労。それでそちらが……」

 

 司令塔の扉を勢いよく開け放ち、転がり込むようにして入ってきたボルティニアに労いの言葉をかけるが。

 オレの注意はむしろ、その背後に居並ぶ人影に向けられていた。

 

「獣主──先民(エーシェンツ)とは似て決定的に非なる、この大地の裏側に住まうものたち。彼らは時として、戯れに人間の前に姿を現すことがある。それはあるいは善意、あるいは悪意、あるいは純然たる興味関心のみによるものであり、だがいずれにせよ彼らに魅入られた者は尋常の人生を送ることは出来なくなることが大半だ。それは獣主の持つ概念や観念が我々のそれとは根本的に異なるということに由来するが……どうやら今回の件については、それほど複雑なものではないらしい」

「当然だろ?何たってここ数千年間も身内同士でつまらねえ「ゲーム」ばっかしてるような奴らだ。その間に頭も煙みたいにスカスカになっちまったんだろ」

「フ、お祖父様から聞いたことはあったけど……まさか本当に存在していたなんてね。脚本のいい題材にもなりそうだわ」

 

 ケルシー、エンペラー、ジョヴァンナ……いやなんでジョヴァンナが居るのかは分からんけれども。

 というかその腕章、ペンギン急便のロゴが入ってるんだが……何だ、アルバイトでもしてらっしゃる?

 思わず二度見どころか三度見してしまった。ジョヴァンナもそれに気付いたのかこちらに手を振ってくるし。一応は返したけど。

 

 だが、まあ。少なくとも、これで均衡は破られることが決定づけられた。

 エンペラーの周囲に、ザーロが出現した時と同じように黒い煙が次々と凝集していく──それは、今回のゲームで敗れた狼主達だ。彼らはザーロの権力に固執するやり方は認めても、今回のようなルール違反は決して許さない。

 牙は狼主に勝てないかもしれないが、狼主ならば狼主を下すのも容易なことだ。まして、今回のゲームは既に終盤に入っている。ザーロを取り囲む彼らの数は、十を越えてなお増え続けている。

 

「ま、結局はこうなるわけだ。お終いだよザーロ、せめて誇り高く自分の「権力」に縋っていればよかったものを」

「我らのゲームから逃げ出した臆病者の牙が、知ったような口を……!」

「そのゲームに負けた君が言うんじゃ世話ないな、全く」

 

 ザーロが、勝てないと悟ったかついに首を垂れて、次の瞬間には風に消えていったのを目に。

 

 オレは、強く掌の中の短剣を握りしめた──次は、オレの番だ。




狼主・獣主周りは独自解釈と独自設定のオンパレードです。
狼主だけ数が多いの、何かの意味があるんでしょうかね……我々の見える範囲でそうなっているというだけかもしれませんが。
後は名前に関しても、単に原作で言及されていないだけで普通に狼主全員に名前がある可能性もあります。

というより、その辺について続編で分かれば嬉しいですね。
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