実時間にすれば四半刻にも満たない、だが体感では日が巡るほどに長い闘争の果てに。エンペラーが引き連れてきた狼主達によってザーロはその姿を消し、後に残るのはザーロが流した血の痕だけだった。
勝利、と言っていい。オレ達だけの力で成し遂げたのかというと怪しいが、少なくとも敗北ではないし……負けていないなら、それは勝ちということでいいだろうから。
しかも本気でこちらを殺しにきていた獣主相手にこの結果なのだから、万々歳と言っていいだろう。何せ大半の獣主は、戯れに戦闘するだけでもイベントのボス格を張れるくらいには強いのだし。
まあ、ザーロを含めた狼主が獣主の中では一段劣っているだけのかもしれないが。群体でようやく他の獣主と同格、という感じなのかもしれない。
なのでザーロの本気=他の獣主の戯れ、くらいだったりして……いや洒落にならんが。まったくテラは人外魔境なわけだ。
というかそれを考えれば、殆どの獣主は何だかんだでボスエネミーとしてゲームに出てきていたんだな。
大祭司は、まあ本人というよりかはビッグアグリーがメインだったが。それ以外でもダック卿、ドリー、ミオ、ケルベロスも敵ユニットとして登場していたはず。
エンペラーは何かエイプリルフールイベントで味方ユニットだったけれども……敢えて敵ユニットではない辺り、流石は天才ラッパーというか、反骨精神の表出なのだろうか?
後はファントム関連のミス・クリスティーンとかムースの周囲にいる
まあ種類というか品種が違う感じはするから、画一的な見た目をしている狼主とはまた異なっているのかもしれないが。
まあ、ともあれ。
獣主としては一段劣っていたのかもしれないが、それでも狼主の撃退など偉業であることには変わりない。たとえそこに他の獣主の力が介在していても、だ。
だって、そもそも獣主の力を借りるなんてのがそうそうできることではない。今回の立役者であるエンペラーは獣主の中では異端と言えるほど人間との関係の深い存在ではあるが、だとしても彼がこうして他の狼主に声を掛けてまで自ら動くというのは珍しいだろう。少なくともオレではそんな協力を取り付けることは出来ない。
これはひとえにチェリーニアが龍門でエンペラーと出会い、そして七年の長きにわたって接してきた故のものだろう。彼女がシラクーザを離れ、新天地で築き上げてきた産物だと言ってもいい。
まったく羨ましい限りだが……まあチェリーニアだしな、で納得できてしまう自分もいるわけで。
何というか人たらしなのだ、チェリーニアは。それこそソラ、ラップランド、ジョヴァンナ……シラクザーノの登場人物に限っても、色々な奴に執着されているわけだし。オレもチェリーニアに思うところが無いわけではないしな。
それはひとえに、チェリーニアが揺らぐことのない自我を確立しているからだろうが。
さっきのザーロを始めとした狼主が、自分とは何たるかを見出すのに多大な労苦を払っていたのと同様に、あるいは方向こそ違えど。オレ達もまた、自分の存在について答えを見出すのはそう簡単なことではない。
自分が他者とどう違うのか、ではなく。他者にとっての自分と、自分にとっての自分がどう違うのか。
そういう問いに、どうしたって向き合わなければならないのが今のオレ達なわけだ。そうでなければ生きていけない、脆弱な個我しか持てない群れで生きる狼。
しかし翻ってチェリーニアは、そう言った悩み事は無縁に逍遥と生きているように見える。それがたとえ、空虚からくるものであったとしても……オレにとっては、眩しく映るものなわけだ。
オレはラップランドのことをヒトリオオカミだなんて言ったことがあるが、むしろチェリーニアの方がその形容が相応しいとも言えるだろう。
少なくともシラクーザの、都市の狼達と群れることはチェリーニアにとって何らの意味も無かったのだから。それがヒトリオオカミでなくて何と言う。
あるいはチェリーニアは、龍門で気の合う仲間達を見つけたわけだし……そもそも狼と形容するのも間違いな気もするが。
チェリーニアはチェリーニアで、つまりそういう生き物だとか。そう考えるのが一番都合がいい感じだな。シラクーザの泥沼に足を取られることなく大空を羽ばたく、自在の羽獣のような。
「……ありがとう、ボス」
「いいってことよ、どうせ俺が動かなくても隣の姉ちゃんか……後ろの美人さんがあの間抜けには対処してくれてただろうしな」
そのチェリーニアと談笑しているエンペラーは、手に持っていた拳銃をしまって振り返った。
エンペラーの隣でこちらを見つめてくるケルシー、の更に後ろ。
元からそうだったのか、はたまた長き時を生きる中で色素の抜け落ちたのかは分からないが。肩にかかるくらいの白髪をけれど漆黒のファーコートに埋もれさせて、嫋やかに笑っているループス。
その手弱女めいた矮躯と、歳を重ねた容貌からは想像のつかないような……ともすればザーロにすら匹敵するのではないかとすら思わせる、底知れない重圧を放っている老女。
その一挙手一投足が、オレを含めた全員の命を左右するかのような。そういう、思わず傅いてしまいたくなるような威厳と崇敬、恐怖を抱かせる彼女こそが──ミズ・シチリア。
六十年前にこのシラクーザ中のファミリーを身ひとつで統一してのけた稀代の女傑にして、自身の敷いた「銃と秩序」の絶対性を犯すことを許さぬ旧時代の番人。
アグニル神父ともども、いずれはレオントゥッツォとラヴィニアが越えねばならない過去の住人だ。
「ミズ・シチリア……!」
「安心しなさいな、ベルナルドの息子──レオントゥッツォ。もう彼があなた達に迷惑をかけることはないわ」
そんな彼女が今ここに来たのは、第一にはザーロの件を片付けるためだ。
エンペラーがチェリーニアのためにこうしてシラクーザに来なくとも、彼女はザーロを排除するつもりでいたのだろう。何せザーロは、人間社会に深く食い込んだ狼主だ。ましてミズ・シチリアの固執するシラクーザに根を張るなど……おそらくは、ベルナルドが自死してザーロがルールを破らずとも、いつかはミズ・シチリアの一線を越えることになっていただろうから。
そしてエンペラーがその役目を「譲って」もらった結果が今のこれだ。逆に、エンペラーのように狼主達を集めてザーロを封じるのでなければ、一体どのような方法でザーロに対処するのかはオレにはてんで想像もつかないが。まさか正面から殴り合いするわけではあるまいし……まあ、やっても驚きはしないけれども。
いずれにせよ、ミズ・シチリアはザーロが自身のシラクーザに二度と干渉することのないようにできればよかったわけで。そういう意味では、オレ達と彼女の目的はさほど乖離していないと言えるだろう。
「すっごい迫力だね、あの女。もしかしたらボク達全員を殺したいって考えてるのかな?」
「……あながち間違ってもいないだろう。少なくとも、このまま何もしないのならば碌な結末にはならないと思うよ……下手に動いても同じ結果になるだろうけど」
「そこまでして、この黴臭い国にこだわるのもよく分からないけど。じゃあそんな国に真っ向から喧嘩を売ったキミは、一体どうやってこの場を切り抜けるの?」
「さてね。オレにとってはミズ・シチリアは些事でしかないし、そもそも死よりも悲惨な結末なんざ無いだろうに……それに、今はオレなんかじゃなくて彼らが主役だしね」
レオントゥッツォとラヴィニアが、ミズ・シチリアに対して「嘆願」……あるいはシラクーザのより一般的な考えに則って言うならば「抗言」しているのを見て、ラップランドとオレはくつくつと笑う。
──そして第二に。ミズ・シチリアは己の定めた秩序を、シラクーザを乱す者を決して許しはしないからだ。
それはすなわち、ベッローネであり、サルッツォであり、レオントゥッツォであり、ラヴィニアであり……ついでに言えば、今は既に泉下の住人となったベルナルドと、その共犯者たるオレでもある。
そんな奴らが一堂に会しているのだ、ミズ・シチリアにとって格好の「後始末」の舞台だと言えるだろう。
だから、何もしなければそのまま殺されてお終いだろうし、逆に彼女に抗おうとしても同じ結末を辿ることになるだろう。それは彼女にとって当然のことで、オレ達にとってもある意味では既知のことだ。
それを免れるためには、ミズ・シチリアが納得できる方法で以て己が理想を詳らかにせねばならない。そうすれば、彼女はようやく同じ盤を囲む指し手としてこちらを認めるだろうから。
レオントゥッツォとラヴィニアが、ミズ・シチリアの威圧に身体を竦めながらも毅然と立ち向かい、そして対話する機会を求めているのもそれが所以だ。たとえここで命を落とすことになったとしても、その前にせめて。
今ここで膝をついてしまえば、これまでの努力と信念、払った犠牲の何もかもが無為に帰してしまうということを分かっているからこその行動だ。
レオントゥッツォは父も、地位も、ファミリーの仲間も何もかもを犠牲にして、その身一つでここに立っている。
ラヴィニアは依るべき法も、頼るべき支援者も、守るべき誓いすら失って、それでもここに立っている。
であるならば、どうしてミズ・シチリアに反駁することに躊躇する理由などあるだろうか。二人にとって、今ここに立っていることこそが全てなのだから。それを捨てることなど、できる筈がないのだ。
「ふふっ。アグニルもそうだけど、皆は私達のことを老人扱いしすぎていると思うのよね」
「……いや、御年何歳だって話だが。六十年前にシラクーザマフィアを統一して、その前にもラテラーノに滞在してたりするんだから、八十でもきかんだろうに」
「何か言ったかしら?……まあ、あなたのことは一度置いておきましょう。ともかくそう固くならなくていいわ、若人達。あなた達はとうに私と対話する機会を勝ち得ているもの」
そしてそうである以上。
レオントゥッツォとラヴィニアが、暴力ではなく対話で以て自分たちの理想を追求しようとしている以上は、ミズ・シチリアはそれに応じる。
暴力には暴力で、言論には言論で。彼女にとって、その争いはいずれもが自らのシラクーザへの挑戦であり、新たなシラクーザの萌芽となりうる播種でもある。
幸か不幸か、暴力という手段では彼女を打ち斃すことが叶う者は終ぞ現れなかったが──対話という手段であれば、それも不可能ではないかもしれない。
「ついていらっしゃい、対話というのなら相応の舞台が必要でしょう」
「……すみません、その前に少しだけ待っていただきたいのです。……ベルナルドに、一目会いたいんです」
「もちろん構わないわ。私達にはまだまだ時間が残されているもの、幸いなことにね」
ラヴィニアの、こちらは本当にただの嘆願を、ミズ・シチリアは受け入れて。
彼女の姿が教会へ向かう方の通路に消えていったのに続いて、司令塔内部に残っていた面々は段々とどこかへと散っていく。
「君もこの間にチェリーニアとの因縁を清算するべきじゃないか?」
「当然だね。ちょうどテキサスも、いつもの面々から離れていってるし……アッハハ!そういうところ、本ッ当に堪らないや!」
ラップランドは、チェリーニアに手を振ってから壁に開いた大穴の向こうへと身を躍らせていた。おそらくは司令塔のすぐそばにある公園にでも向かったのだろう。
「すまない、ボス。もう暫くは龍門ではなくここに滞在することになる」
「それは構わねえけどよ。お前らがいない事務所はマジで退屈なんだぜ?……ああ、あそこにいるのはお前の熱狂的なファンか?あいつとの問題もさっさと清算してこい、龍門にさっさと帰れるようにな」
「了解した、ボス」
チェリーニアも、それを追うようにしていなくなった。勿論きちんと通路を使って、だが。
その他の奴らも、それぞれの居場所へと帰っていく──だが、オレにとってはここからが本番だ。
「さて、皆がいなくなったわけだし……あなたにもお話を聞こうかしら、シルウィア・アクエドリア?ロドスのお医者様もあなたのことが気になって仕方のないみたいだし」
「……ご配慮、痛み入ります」
「構わないわ、私もシラクーザでの
「はいはい喜んでお答えしますよ、とはいえ大したことは無いですがね」
一気に人気の無くなり、閑散として肌寒くすら感じる司令塔の内部で。
オレは、ミズ・シチリアとケルシーという二人の女傑に相対しなければならないのだ。
このペースだとシラクザーノの続編が来るまでに終わらない気がしてきました、予想以上に来るのが早そうなので。
私の執筆速度的にどうしようもないですが……。