「まあ、実際問題としてあなたが知っていることが全てだと思いますよ。オレが何をどうしてここまで来たのかも、ご存知でしょう?」
「ええ。ベルナルドの企みは、私に気取られないようにウォルシーニの中でこっそりと進められていたけれど……あなたはシラクーザ中を飛び回っていたもの、流石にそれを見落とすほど耄碌してはいないわ」
「いい加減に儚くなってくれても構わないんですがね。サルカズでもあるまいし、治世が長すぎるのも問題でしょう」
テラの種族の寿命については正直よく分かっていないが。
少なくともサルカズは
これはまあ、サルカズが他の
ともあれ、そもそも生物として設計が違うから、寿命についても先民とサルカズでは差が大きいと言えるだろうか。
つまり、先民はサルカズと違って割と寿命が短い。少なくとも数百年を生きるだなんてのは滅多に無い。オレからすればこっちの方が普通だし、多分テラの住民からしてもこれが普通だろう。
まあ先民の種族同士の間でも違いがあるっぽいし、「長命者」なる不老の存在がいたり、何なら不老かそれに近しいことを実現するアーツがあるらしいとか、色々と突っ込みたいところもあるわけだが。
特に最後とか、何をどうしたら可能になるのやら……カルメンとか「老天師」とか、何かしらの責務とか立場とかを背負っているような奴らが大半なので、そこら辺が関係しているのかもしれない。
その点で、ミズ・シチリアはそういう系統のアーツを使っているのか微妙なラインだ。
少なくとも、ミズ・シチリアが背負うものは決して軽くはない。シーボーンからイベリアを守護することを課したカルメンにせよ、人外未知の脅威から炎国を庇護する「老天師」にせよ、何かを守るべくする志はミズ・シチリアと共通するところがある。
なので、彼女も実は不老でしたと言われても驚かないラインではある。だってもう傘寿を迎えて、ともすれば米寿すら超えてそうな年齢をしているというのにあの威圧だし。
ループスからすれば十二分に長生きしているわけで、正直オレがもし普通の生まれで普通の人生を何の障害もなく送れたとしても、あそこまで生きられる気はしない。
だが、曰く彼女の寿命はあと数十年だという。
まだそんなにあるのか、と思いたくなるが……むしろ逆で、それだけしかないとも言える。いくらもとが短命な部類だとはいえ、延命のアーツを使って「その程度」というのはいささか不可思議だ。
それに彼女は、自分なき後のシラクーザにはさほど関心が無いように見える。自らが築き上げてきたシラクーザは、自らの死とともに崩れ去る……それを是とするミズ・シチリアが、わざわざ長命に固執することも考えにくい。
そういう意味で、ミズ・シチリアのこの長命は自前のものということになるわけで。
彼女の望むと望まざるとに関わらず、ここまで生きているというのは……まあ、何というかお互いにとって不幸であるような気がしてならない。
人の生きているのをそう表現するのは、何ともシラクーザらしいふざけた言い回しだが。自分でも嫌気がさしてくるな?
「それが、こうしてシラクーザに混乱を齎した理由というわけ?」
「いいえ?オレは別にあなたのことを特段と嫌っているというわけではないですしね。結局はシラクーザという国家の従僕でしかない人間に対して、どうして悪罵を向ける必要がありますか」
「あら。ならシラクーザそのものが嫌いだということかしら」
「まあそう言う方が、より私の真意には近いでしょう。少なくとも諸手を挙げて賛同するようなものではありませんよ」
嫌いというか、なんというか……。
愛憎入り混じる、というのが正しいのかもしれない。多分、どっちも愛とか憎とか言えるほどに強い感情ではないけれども。
少なくともオレが生まれてから二十年以上もの間を過ごしてきた国なのだ。そこに多少の愛着だの執着だのはあって然るべきだし、むしろ一片余さず嫌うだなんてことも難しいだろう。だからラップランドは傑物なわけで。
そして同時に、それだけの期間を生きてくれば、このシラクーザという国の碌でもない部分だって嫌というほど目にしてきた。目を瞑り口を閉ざしてそれをただ肯定するということは、そうできれば楽に生きられたのだろうが……あいにくと、オレがこの世に生を受ける前に培ってきた価値観はそれを許してはくれなかった。
それゆえの、こうも矛盾しているのがオレのシラクーザへの向き合い方だ。
この国のことは嫌いだし、碌でもないとも思っているが。それと同時に、なら全て滅ぼしてしまえと考えることができるほどには、オレは割り切れなかったし……まあ、中途半端と笑われても仕方がないだろう。
そしてそれは、ファミリーという存在に対しても同じことが言える。
オレは生まれからしてマフィアになるべくして育てられたし、事実そうなった。今はファミリーからは抜けたとはいえ、罷り間違っても足を洗ったとは言えないだろう。
勿論、マフィアが碌な存在じゃないなんてことは重々承知しているが……だからといって、それを切り捨てて抜け出すことができるほど、オレは強くもないし割り切れもしなかった。
だからこそ、チェリーニアやラップランドのようにはなれず、レオントゥッツォやラヴィニアのようにもなれない半端者がオレなわけで。
「マフィアが蔓延るこの国が、まさか真っ当な物だなんて言えるわけがないでしょうに。あなただって、これだけがシラクーザのあるべき形だと考えていると?」
「理想と現実とは違うものよ……叶わない、届かないからこそ理想と言うのだから。シラクーザという国の姿として、あなたはこれ以上のものを実現できるというのかしら」
「オレには無理ですよ、そのくらいは分かってます。レオントゥッツォやラヴィニアみたく、この国を根本から変えようだなんて志も持てないですから。まあ……それが、今こうしている理由でもありますが」
つまりは、自棄だと言っていい。
変えられないというのなら、せめて傷跡でも刻みつけてやろうという……幼稚極まりないが、それをするだけの力と巡り合わせがオレにあったことは果たして幸か不幸か。
ベルナルドは自分の手でシラクーザを変革できると彼なりの確信を持ってこの事態の引き金を引いたわけだが、オレに至っては失敗することを知りながらも舞台に上がっていたわけだ。
申し訳ないとは思うが……オレなりに手を尽くし、場を掻き回してなお、結局は大筋は変わらないのだということを予め想定して動いていたのだ。
ベルナルドも半ばそれには気付きつつ、だが道は同じであるからオレのことを利用していたのだろう。少なくとも彼の目的に助力をしたいというのは本気だったしな。成功するとも思っていなかったけれども。
そうして失敗して、結局はレオントゥッツォ達がシラクーザの未来を担うのなら。
どうせ、オレが何をしても意味がないのなら。
──なら、オレが何をしたっていいだろう?
……少なくとも、こうすることを決めた最初はそう考えていたはずだ。
「だが君はシラクーザ全体の感染者達をも煽動し、こうして混乱を拡大させようとしている。それは、ファミリーの存在に焦点を当てた彼らとは異なる視点だったはずだ。そしてそうである以上、そこには君なりの思考が介在していることは想像に難くない」
「……」
「君の部下からある程度の話は聞いた。君が感染者達を集めたファミリーを結成することを企図していて、既存のファミリーとはいずれ相争うつもりだったが、戦力には不安が残っていたということ。そして市井の、ファミリーに所属していない感染者については「感染者である」という共通点をある種の紐帯として協力関係を構築していたこと。だがそれは物資や情報の面での協力であり、今回のように直接的な行動を求めるものではなかったということ」
「ボルティニアの奴、喋りすぎだな……いくら憧憬するロドスのスリートップの一人とはいえ」
「古今東西の戦争において、戦力で劣る側がそれを埋めるために様々な策を張り巡らせるというのは珍しくない。……古代ミノスにおけるある攻囲戦では、巨大な木馬の中に兵士を潜ませて敢えて鹵獲させ、都市内部に木馬が運び込まれると、潜んでいた兵士たちが城門を内側から開放したという逸話もある。これは過分に装飾され、実際の出来事からは乖離した伝説の類ではあるが、そこに込められたものは明白だろう」
トロイア戦争、テラでもあったんだな……。まあミノスがギリシャとかモチーフの地域っぽいので、あってもおかしくはないか。
というかその場合は、木馬の「馬」って何だよという話だが。騎馬警察とか普通にあるので、テラにも地球と同じく馬が存在していたことがあるんだろうか?その割に猫じゃなくて雲獣、鳥じゃなくて羽獣だったりするのは謎だけれども。
しかしまあ、しかしケルシーが言いたいのはそういう事例の紹介ではないのだろう。
「すなわち、強大な敵を相手取るにあたっては、その内側から切り崩すべしという戦訓だ。そのために内通者を送り込む、ということが高度に戯画化されたのが木馬の例だと言うこともできるだろう。そしてここからは、もう一つの教訓を見出すこともできる……木馬に潜伏していた兵士達は、日が落ちるまで決して行動を起こさなかった。彼らが密やかに城門を開けるまでに、敵将の寝首を討ち取る機会すらあったのにも関わらず、だ。これはつまり、内通者や間者はその効果が最大限に発揮されるまでは、その正体を明らかにすることなく身を隠しているべきであるということを意味している」
「……」
「君が行ってきたことは、まさにこの教訓に倣っていると言っていいだろう。感染者達を内通者として利用し、十二家をはじめとしたファミリー達の動向を探っていたな。ベッローネの長とも共謀していたようだが、それを明かすことも事ここに至る直前までまるで無かったと聞いている」
「ええ、シルウィアが独自に動いているのは察知していたけれど。それがベルナルドと手を結んでいたのは、残念ながら事態が動いてからベンに知らされたのよね……」
……むしろなんでベンことベントネキシジオスが知ってるのかという話なんだが。
彼は彼でミズ・シチリアの旧友であり、「巨狼の口」の一員でもあるから、一応納得はできなくはないけれども。
個人的に親交が無くはない、程度の相手ではあるので、そこから何かを察されてもおかしくはない、か?
にしても鋭すぎる気がするが。
「その点において、君は熟達した戦略家だった。どうしても数で劣るファミリーに対し、衆寡敵せずとならないよう、周到に用意を重ねてきた……つまり君は、自身の率いる新たなファミリーで以て、既存のシラクーザファミリーに挑戦しようとしていたということになる。……だがそうであるならば、そのために構築した感染者達との繋がりという手札も、最大限に効果を発揮するタイミングで切らなくてはならない。それは例えば、ファミリー達がこの新区画を巡る争いで疲弊した後というような、ある程度事態が進んでからになるだろう。つまり君は、本来なら今この段階で感染者達を煽動するべきではなかったんだ」
「……それは仰る通りですがね。オレのただの失策かもしれないでしょう?」
「少なくとも君は、この事態を早くから予見し万全に備えてきたということが見て取れる。いつ自分の手札を切るべきかも、当然ながら事前に考えられていたはずだろう。事実、君の率いるファミリーは今日この時のために物資を集積していたと聞いている」
聞いている?
一応は秘匿すべき事柄だということは言い含めておいた筈なんだが、誰かが口を滑らせでもしたのか。まあ人の口に戸は建てられぬと言うし、それほど厳密に守られるとは思っていなかったが。
むしろ今の今までバレていなかった辺り、望外にうまく行っていたとも言えるだろうし。
「だが君は、こうして感染者という手札を切るに至った。その理由は何だ?無論私の立場からは、君の行動はどのような理由であれ容認できるものではないが……その是非をおくとしても、一際不可解であると言わざるを得ない。明らかに、君が今感染者を煽動するのは本来の想定ではなかったはずだ。通信の中継を担っていたトランスポーター達も、予定を大幅に前倒ししての動員だったらしいな」
「守秘義務ってのが、一応はあるはずなんですがね。拷問でもなさったんです?」
「……君は知っているようだが、S.W.E.E.P.小隊の任務には尋問も含まれる。通信を統括していた部下は、さほど君への忠誠が篤くなかったようだ」
「ああ、なるほど。トランスポーター達ではなくそちらだったか……なら仕方ないというものでしょう。もとより非感染者のオレでは彼らに受け入れ難いのでしょうし」
だからボルティニアを擁立してたりするのだが、残念ながらそれでも色々と不足もあったようだ。
まあ見る奴が見ればオレの方が色々と立場のある人間だというのは分かるだろうし、それが気に食わないのも当然だろう。そうされるだけの所業は積み重ねてきている。
まして尋問、というか多分拷問に近いだろうそれを受けてなお口を閉せというのも酷な話だろう。流石に責める気にはなれんし、そいつが命を拾った幸運にでも感謝すべきかね、これは。
というかS.W.E.E.P.を動かしてるのか……。
確かに表立ってロドスの戦力を動かすのは面倒ごとを呼び寄せかねないから、裏方の汚れ仕事に特化したS.W.E.E.P.は適任ではあるのだろうが。
実際に尋問も行ってくれたようだし、そういう意味では的確な人選なのだろう。
それにレッドもS.W.E.E.P.のメンバーだし、あまり外部のオペレーターは関わらせたくないのか。
「いずれにせよ、これは急遽君が決定したものだということは分かる。そしてもう一つ、同様に……君が私達をシラクーザに呼び立てたのも、本来は君の計画に無かったな。ロドスはシラクーザへ公的に介入することを中止して久しいが、それはシラクーザにおける独自の秩序による抵抗が激しかったからだ。そうである以上、私達としてもシラクーザ入国にあたって相応の障害があることは想定していたが……その類のものは実際はほとんど無かった。まるで私達の来訪が突然かつ想定外の事態であるかのようにな。君がシラクーザにおいてどれほど注視されているのかは分からないが、私にコンタクトを取ったことがまさか知られていない筈もないのにも関わらず」
「それは私も驚いたのよ、今まで何の接点も無かった筈のロドスにいきなり接触しようとするんだもの。おかげで後手後手に回っちゃってね、本来なら相応の礼で迎えようと思っていたのだけれど」
「……ありがたく」
この「礼」が、文字通りの意味なのか否かは……さすがに前者だと思うが。
いくらシラクーザが閉鎖的とはいえ、現時点でのロドス・アイランド製薬はヴィクトリアでの大立ち回りで名の売れた存在だ。そう無碍に扱って良いことがあるわけでもなし、少なくともミズ・シチリアからすればそうだ。他のファミリーは知らんが。
まあ同時に、ラップランドやチェリーニアが身を置く企業でもあるので、そういう意味ではミズ・シチリアにとって看過できない存在でもあるのだが。
そういう訳か、ケルシーも僅かに間を空けてから礼を返したが。
ミズ・シチリアの方はそれきりこちらを見て笑っているだけで、ケルシーの話を遮るつもりはないようだ。それはまあ、ケルシーがオレの行動を詳らかに考察してくれているからだろう。
オレとしては、何というかそこまで深く考えなくてもという感じだが。まあ間違ってはいないだろうけれども、今更それが重要かというと……。
「ともあれ、君は綿密に計画を練ってきたにも関わらず、幾つかの点でいわばアドリブを挟んでいる。それは常識的に考えるならば君の計画の完成度を貶め、目的の達成を困難にすることが目に見えているのにも関わらず、だ。もう一度聞く、これは一体なぜだ?」
「ッハ、前にも言ったような気がしますけれども……大したことはありませんよ、ただの気紛れ──ッ!?」
「虚言や虚飾は不要だ。ケルシーの問うたことにだけ答えろ。さもなくばお前の首は、地に落ちることすらなく消えることになる」
オレの背後で、音も気配もなく気がつけば凝集していた霧。ザーロの黒く光を拒むそれとは違う、色も無く実在すら感じさせない透明な煙。
そこから滲み出るように、オレの首に鋭い刃を当てているのは──
──S.W.E.E.P.小隊の長、嵐の子。
「──アスカロン……!」
投稿が遅れて申し訳ありません。
ケルシーの話を苦戦しながら書いてたら気付けばこんなことに……。