けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-29 思いつき

 

「……!」

 

 オレの零した言葉にケルシーが目を鋭く睨みつけてくると同時に、アスカロンの仕込み刃がオレの喉を撫でた。

 本来ならオレなんぞの木端ではなく、テラ全体を覆う巨大な暗雲に向けられる筈の鋭刃だ。研ぎ澄まされて鈍く光るそれは、いとも容易くオレの肌に沈み込む。

 全く痛みすら感じさせることなくオレの肉を裂き、その傷痕から赤黒い血が流れ出た。ぽたぽたと、司令塔の金属床に滴り落ちたオレの血が、流れてオレのブーツの底を濡らす。

 

 ……実のところ、アスカロンが出張ってくるのが完全に想定外というわけではない。

 

 ケルシーとあんな形でコンタクトを取った以上、どうしても警戒されるのは当然だからだ。

 何せ旧人類絡みの、知る存在など皆無に近いはずの情報を持つ相手だ。

 それなら、ケルシーの手札の中でも最強に近いアスカロンを躊躇なく切ってくることも想定して然るべきだろう。

 ……本来なら、これ以上の不確定要素は持ち込んでほしくなかったのだけれども。

 

 ただここでケルシーを……というよりは、ロドスをシラクーザにまで来させるためには、形振り構っていられなかったので。

 それはケルシーへの書簡にわざわざ書き添えたあの単語も同じことだ。

 

 AMa-10。ケルシーの本名というか、かつての名前だ。それはつまり彼女の出自……旧人類との関係を表す記号でもある。

 旧人類が造り出した人工の生命体である彼女は、テラの大地に源石の根付いてから数万年もの長きに渡り、旧人類の計画を見守る役目にあった。だがその過程で、このテラに生きる現生人類へと思いを注ぐようになり……源石により苦しむ彼らのことを、その桎梏から解放してやりたいと願うことになったのだ。

 ケルシーという名前は、オラクル……かつてのドクターが彼女に与えたものであり、同時にケルシーのことを繋ぎ止める楔でもある。たかが百年ですら人生の重みに耐えられないのが常人の脆弱さだが、数万あるいはそれ以上の歳月に耐えるのには……一体どれだけの対価が必要になるか。

 その点で、彼女にとってAMa-10という冷たい響きの名称よりも、ケルシーという名前の方が大切ではあったのだろう。

 

 オラクルは彼女のことをケルシーと呼ぶ。そして彼女がテラで出会った人々も、同じくそうだ。何せそもそも、AMa-10という名前を教えてはいないのだから。

 むしろ彼女のことをAMa-10の名前で呼ぶのは、旧人類の科学者達の限られた人間だけ……それは例えば、プリースティスのような。

 プリースティスが一体何者で、どういう思惑なのかはオレにも詳細は分からないが。14章での描写だったり、PRTSの名前だったりを見るに碌でもない感じが否めない。

 勿論プリースティスも彼女なりの思いが……きっと悪意ではないそれがあって動いてはいるのだろうが。オレたち現生人類の立場からすれば、旧人類の彼女の行動はどうであれ受け入れられないものだろう。

 それは当然のことながら、ケルシーにも同じことで。

 

 その上で、そんなプリースティスと同じくAMa-10の名称を使ってケルシーを呼び出したオレは……まあ怪しいことこの上ないだろう。

 実態としてはお寒いもので、旧人類についてはオレの方がむしろケルシーに聞きたいくらいだけれども。まあ何かのプロテクトが掛けられているのか、ケルシーが直接的にそれを話すことはできないっぽいのだが。それはそれで旧人類の技術が恐ろしくなるが……ついでにそんな旧人類ですら抗うことの出来なかった破滅にも。

 だがいずれにせよケルシーにとってのオレは、どうやら旧人類についての知識を有しているらしい正体不明の何者か、ということになる。現在テラに生きる人類で旧人類に勘付いているようなのは、テレシスだの巫王だのぶっ飛んだ奴らばっかりで、それに類するような奴だということになる……まあそんなことはないのだが。

 まあケルシーが枯れ尾花を見破ることがあるのかは分からんが。色々と考えて思考のリソースを浪費してくれる方がありがたいので、少なくともオレから明かしてくことはないだろうし。

 

 ……ちなみにその辺の駆け引きを全部ぶち壊せるのが「魔王」の力、「文明の存続」なわけだが。

 これも旧人類の遺物の一つで、確かDWDB-221Eとかいう味気の無い正式名称が与えられていたような気がする。まあ文明の存続計画だなんてロマンチックな名前も貰っているので、その辺は旧人類の中でも感性に差があっただけなのかもしれないが。

 まあ、そんな旧人類のネーミングはさておき。

 こいつの機能が正確には何なのかは分からないが、少なくとも他者の感情を含めた記憶の閲覧、認知に干渉して幻覚を見せる、といったことがある──それだけでもう、オレからすれば絶対に使われたくない代物だ。

 それはアークナイツの知識がどうこうという話ではない。このテラの過酷な大地を生きるのに、オレの知識が碌に役に立たないというのはこの二十余年で嫌というほど思い知ったし。自分から進んで明かそうとは思わないが、知られたとしてもさほど思うところは無い。

 

 ただ……何というか、オレの内側に踏み込まれるというのは、心理的な嫌悪感が凄い。そりゃ誰だってそうなのだろうし、パトリオットとかも激怒していたが。

 しかしオレに関しては、そういった怒りの類というよりも羞恥とかの方が強い。今まで誰かに誇れるような生き方はしてこなかったし、そこでオレが抱いてきた感情だってそれは同じだ。

 知られて何かある訳ではない、という意味では記憶と同じなのかもしれないが……そう割り切れないのがオレのオレたる所以だろうな、まったく情けないったらないが。

 

 ……なのでアーミヤにはシラクーザに来てほしくなかった訳で、それがあえてケルシーにコンタクトを取った理由の一つでもある。

 少なくともこの時期、ドクターはクルビアに居る筈だ。それは「翠玉の夢」「孤星」のストーリーラインがあるからで、おそらくシラクザーノの後半と翠玉の夢の前半はほぼ同時期にあたる。そうである以上、ドクターがここまで出張ることは地理的に不可能だ。

 まあドクターを相手にするのも、単純にドクターの馬鹿みたいに高い指揮能力と政治能力、あと影響力とかを鑑みれば控えておきたかったのでそれはいい。

 そしてドクターが動けない以上、ケルシーが動くにあたってアーミヤも同行してしまえばロドス本艦にスリートップが誰も居なくなることになる。

 それはロドスにとって望ましいことではない……本編だと全員がロドスから出払っていることもあったが、ドクター救出作戦と一連のチェルノボーグ事変だとか、ヴィクトリアにおけるサルカズの物語だとか、そういう特別なケースが大半だ。

 まさか今回がそんな特例に当てはまるはずもなし、アーミヤに関してはシラクーザに来ることが無いだろう。そう考えてのケルシー名指しな訳だ。

 

 まあ長々とペラ回してきたが。

 最終的に言いたいのは、ケルシーが正体不明の警戒すべき接触者であるオレのもとへ来るにあたって、無策では来ないだろうということだ。

 ケルシーが動くことの影響を踏まえれば、それほど大規模な戦力を動員するわけにはいかない……なら、そこでケルシー直下のS.W.E.E.P.を動員するのも、想定はできる。そこの責任者であるアスカロンを連れてくるのも、まああり得ることだろう。

 

 ……分かっていたからとて、何ができるというわけでもないが。

 何せアスカロン、能力測定で戦場機動・戦闘技術・アーツ適性の三項目が卓越判定とかいう化け物である。あのラップランドですら卓越判定は戦闘技術だけだと言うのに、それ以上なんぞもう勝てるヴィジョンすら見えん。

 というかアスカロンとかのバベル時期からのオペレーター達こそが能力測定の基準になったっぽいので、アスカロンの能力を卓越として、そこから他のオペレーターが評価されているとも言えるか。

 機械的な評価システムの上だけでもこれだし、実際にはそれでは留まるまい……一人でボスユニットのマンフレッドとタイマンできるとか普通におかしい。

 

 まあつまりは、こうしてアスカロンに首元に刃を突きつけられることは想定こそ出来ても対処しようがない、という単純な結論である。

 知とは力なりとは言うが、それは大前提として知識を活用できるだけの力がある場合だけだ。そしてオレにはそんなもの備わっていないわけで、この状況から勝ちの目は……まあ、いきなり天災が降ってくるとかでもなければ絶無だろう。

 

 つまりは、どうしようもないということだ。

 

「……どの道ミズ・シチリアに殺されるなりすることは覚悟の上なので、それも脅迫としてはそれほど意味が無いんですがね。まあ、わざわざシラクーザまでご足労頂いたからには答えますけれども」

「あら、それはあなたのこれからの返答次第よ。あの二人の若人のように、私が認めるに足る信念を見せてご覧なさいな」

「それが出来ないからだ、と言ったんですがね。……まあ本題に戻りますが、ケルシー女史もシラクーザの感染者問題についてはご存知でしょう?むしろここに来るまでに、嫌というほど目にしたと思いますし」

「ああ。感染者問題の存在しない国家や地域はこのテラの大地には存在しないが、今のシラクーザの状況は三年前のウルサスにおける状況に特に類似しているように見える。感染者である彼らは、一見して自身のために戦っているようにも思えるが……その背後には、別の思惑が介在しているという点において」

「それがオレというわけです。ウルサスの黒蛇ほど遠大な理想があるわけでもないですが……まあ、ベルナルドが夢見たファミリーなきシラクーザを実現するための鉄砲玉にしたという点では似通っていますかね?状況を混乱させつつ、出来ることならファミリーの戦力を削って共倒れにまで持ち込めれば御の字という想定だったわけです。感染者は源石が体内に存在する都合、アーツ適性が高い傾向にありますしね。即戦力として動かすには都合がいい……レユニオンがああも急激に拡大できたのも、それに由来する武力あってのものでしょう」

「だから君の配下は感染者ばかりだったと?だがそれならば尚のこと、今こうして行動を起こすべきではなかっただろう。君のファミリーの構成員はともかく、そうではない市井の感染者達……君が以前から手を回していた者から、そうではなく今蜂起することを思い立った者まで様々だが、そのいずれもが全く統制の取れていない状態にある。彼らはバラバラに行動しており、その内容も様々だ。非感染者を襲撃するというのは最も極端な例だが、その一方では逆にこの混沌に呑まれて命を奪われた者もいる。このような事態を避けるために、君はシラクーザにおける感染者の方向性をより固めてからことを起こすべきだったと言える」

 

 そう言い切ったケルシーは、だが苦々しげな顔でオレのことを睨みつけている。

 それもそうだろう。感染者が、あるいはそれに限らず人々が、オレの生み出した混沌で今なお命を落とし続けているのだから。オレがいなくても第二中枢区画の離脱で少なからず混乱はあっただろうが、ここまで派手ではなかっただろうし人死にも少なかったはずだ。

 そんな、極悪人という形容ですら生ぬるい屑がオレなわけで……そいつが色々と事情を抱えていそうな雰囲気を出していれば、厄介ごと以外の何物でもない。

 

 まあ、そこら辺はオレとしては掘り下げてほしくないんだが。それよりもケルシーというかロドスには、やってもらいたい事があってシラクーザに来てもらっているのだし。

 

「ただ単にシラクーザを混乱させるというのならそうするべきだったんでしょうが、オレとしてはその果てにシラクーザの変革がなされればいいという考えなのでね。そこに至るまでの過程はさほどこだわりもありませんし、ましてオレ自身の手でそれを成し遂げたいだなんて思いもありはしません」

「……」

「ルビオはあの放送で以てシラクーザの歪さを暴き出し、それを正すことができる人物に後を託しましたが。オレもそれと同じようなものですよ、このシラクーザにおける感染者問題……未だ顕在化していないそれを抉り出して、いつか誰かがそれを正してくれるように。そしてそれを担うのに、ロドス・アイランド製薬は丁度よかったわけです」

 

 ロドスは感染者問題を含む鉱石病(オリパシー)の問題を解決するための企業だ。その出発点(バベル)がどうあれ、今のロドスはそれを第一義としていることに変わりはない。

 だからこそ、多大な犠牲を払ってまでチェルノボーグ事変の解決に尽力していたし、天変地異の跳梁するロンディニウムの奪還にも関与していたのだ。

 

 ──であるならば、このシラクーザにおける感染者問題にも手を貸してくれてもいいんじゃないか。

 

 レッドの処遇に頭を悩ませていた時に、ふとそんな考えが頭をよぎったのだ。

 それまでは自分からロドスに接触するつもりは全く無かったから思いつきもしなかったし、それ以上に全くもって他責思考だが、一度頭に浮かんだそれは消えることなくオレの脳裏にこびりついていた。

 

 ……だからこうしてケルシーをシラクーザに呼び寄せて、シラクーザとロドスの接点を無理矢理にでも生み出した。

 それはオレ個人の感想として、ロドスという組織がいつも問題に対して後手後手に回っているというイメージがあるからで。一度何かの事件に巻き込まれれば、それをすっぱりと切り捨てるのではなく、解決するまで結局は付き合ってしまうお人好しな。

 であれば、後戻りの効かないレベルまでロドスをこの混乱に巻き込むことができれば……碌でもない発想だったが、同時にオレとしてはこれ以上ない光明だった。

 

 何せ、深刻な感染者問題がシラクーザに存在しているというのは確かな事実だ。それに対してオレが苦々しく思っていることも。

 ロドスがそれに向き合ってくれれば、それはオレとしても望外の結果だと言えるだろう。

 ついでにファミリーの問題にも手を出してくれれば最高だし、というかシラクーザで活動する限りはファミリーとも何らかの関係を持たざるを得ないだろうから、意外とその公算も高い。

 

 成功すればハイリターン、失敗した時のリスクについては……元よりどうせ失敗する計画なのだし、何を変えても付け加えても同じだろう。そういう考えで、オレはロドスを利用することにしたわけだ。

 

 まあ、所詮は土壇場での思いつきだが。論理も計画も破綻しているし、それはオレだって否定するつもりもない。

 そもそもロドスだって慈善事業ではないのだ、相応の対価が無ければ動くことはないだろう。それも分かっている。

 だがそれでもオレがロドスに縋ろうとしたのは、かつてドクター(プレイヤー)として、ロドスのことを傍観してきたオレのエゴだったのだろう。向こうからすればオレはただの有象無象だろうが、オレにとってロドスは……言葉では形容できないが、あるいはそれは家にも似た安心感を与えてくれる存在だから。

 

「つまるところは、オレのくだらない他力本願ですが。……だからこそ、それを通すためには無茶無理無謀を押し通すくらいはやってのけなければね?」

「ッ!」

 

 アーツを励起させる。

 首に当てられたアスカロンの鋭刃が、オレの動きを察知してより深くに沈み込むが──それを拒む事なく受け入れて、オレは笑いながら身を踊らせた。




生放送を見ていてその間全く執筆していなかったので、投稿が遅れました。連日すみません……。

色々と楽しみすぎて逆に書くことを思いつけませんが、とにかく楽しみです。
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