けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-30 二番煎

 

 アスカロンの刃が、オレの喉を裂き肉を斬る──しかし、首の半分程まで食い込んだその傷口からは、一滴の血も流れ出ることはない。

 

 おそらく頸動脈はいかれているだろう。というか喉に大穴が空いたようなものなのだから、呼吸だって出来よう筈がない。本来なら死亡、そうでなくとも戦闘は不可能なレベルの重傷だ。

 だが今のオレは、この程度であれば何らの支障もなく……というのは言い過ぎだが、多少の戦闘行動くらいなら耐えられる。

 まさか喉を掻き切って致命傷にならないとは思わなかったのか、一瞬だけ反応の遅れたアスカロンの拘束を無理矢理に解く……いや力強いな、流石はサルカズ。ループスだと太刀打ちできる気もしない。

 

 ……もしこれが種族単位で身体能力や生命力の高いサルカズ相手だったのなら、アスカロンも一片の油断なく確殺を期していただろうが。

 幸いにしてと言うべきか、ループスはそこまで耐久力に秀でた種族ではない。そのループスがこんな傷を負っては、普通なら動くことすらままならないだろう。

 例えばオレだって、普段の仕事では喉を掻き切ってそれでお終いにするのが大半だ。わざわざ丁寧に首を落としたりしてトドメを刺すなんてのは、依頼主がそういうのを所望でない限りはやるつもりもない。だってそんな面倒なことしなくても殺せるし。人の首を落とすのは、存外にしんどいのだ。

 それはきっとアスカロンでも同じことで、わざわざオレを断頭するなんてのは中々出来ないだろう。確実に殺せるように、と毎回オーバーキルをするような暗殺者もそうは居ないだろうし。そんなことしてたら身体がもたないので。

 だからこそ、アスカロンに僅かに残っていた油断とも呼べないような極少の隙をつく事ができたのだ。本来なら死んでいるべきところで、けれど死んでいないという最大の伏せ札だった。

 

 別に、土壇場になって不死身の能力に目覚めたとかいう話ではない。そういうのはオレには不向きだし似合わないだろうし。

 ただ、オレのアーツ……目に見えない「力」というか力場みたいなものを生成し操るアーツだが、これは結構応用の幅が広い。普段はナイフを飛ばしたり重力を強化したりと割と派手な使い方ばかりしているが、やろうと思えばもっと繊細なレベルでの行使も出来なくはないのだ。負担はとんでもなく大きいが。

 それは水のような流体であったり、空気のような気体であっても、ポンプの要領で間接的に操作できるくらいには。

 

 ……で、あるならば。

 斬首された傷痕を無理矢理に繋ぎ合わせ、本来なら停止してしまうはずの血液の循環と呼吸を、アーツによって補うということも──そんな横車を押すようなことだって、理論上は可能な筈だ。

 もちろん理論と現実は全く違うし、そんな精密なアーツ操作がオレに出来るのかは未知数だった。一応は医療アーツを頼りにして、万が一があっても構わない四肢の末端とかで試して練習はしていたが、流石に首を斬られるのは想定していなかったし。

 ぶっつけ本番で、成功するかはかなり分の悪い賭けだったが……まあ、失敗してもオレにとってそれほど痛手でもない。というかどうでもいいし。結果として成功したのだし、その辺りは些事だろう。

 

 勿論、こんなもの初見でしか通用しない一回限りの捨て札だ。

 アスカロンは次からは確実に殺しに来るだろうし、そうなればこんな小手先の余技で対処できやしないだろう。

 今回オレが生き残れたのだって、身体の正面側から斬られたから脊椎の神経系は無事だったという偶然の産物だったし。四肢で試した時にも、末端の神経を繋ぎ直すレベルの繊細なアーツ行使は結局不可能で、ボルティニアにアーツで治療してもらったのだ。いわんや首に集中する中枢神経系の切断など、どうやっても誤魔化せない。

 

 それに、これは応急処置と呼ぶにも烏滸がましいその場凌ぎの荒療治でしかない。

 アーツを途切れさせればその時点で出血でお陀仏だろうし、そうでなくともアーツの制御が乱れた時点で血流が滞る。

 オレのアーツ処理能力の大半をそれに費やして、なお命が消えゆくのを僅かに先延ばしにできるかどうかという所なのだ。

 

 ……だから、機会はこの一度きり。

 オレの思惑が最終的に失敗しようが成功しようがどうでもいいが、だからこそ、そこにはオレの全てを擲つべきだろう。そうでなければ報われない。オレのくだらん自暴自棄と他力本願のために支払われた対価と犠牲の何もかもが。

 

「お前──」

 

 最大の懸念であるミズ・シチリアが今なお静観を貫いているのを確認して、オレは全力でアスカロンから遠ざかるように疾駆する。

 オレとしてもスピードにはそれなりに自信があるし、昔の手合わせでチェリーニアやラップランド相手に僅かな勝ちを拾えたのも、その有利を押し付ける事ができた時だった。まあ大体の場合は、それでもダメージレースで劣るから試合に負けてはいたけれども。

 だが……アスカロン相手では、そんな長所もあって無いようなものだ。戦場機動:卓越という点ではレッドやルナカブと同じなので、ともすればオレでも何とかなるのかと思いたくなるが。今オレを、まるで影法師がついてくるみたいにぴたりと追いかけてくるのは、どう考えてもあの二人では不可能だろう。

 能力測定、もうちょっと正確に分類してくれるとありがたいんだが……。

 

 現実逃避気味に、外れ値というか上側の評価システムとしては全く適正でない能力測定に愚痴を漏らすけれども、それで何か状況が好転するというわけでもない。

 今まさに、オレの命を刈り取ろうと刃を振りかぶったアスカロンが背後に凝集して姿を現す。

 辛うじて転がるようにしてそれを避けるが、続け様に繰り出される攻撃をかわしきれずに足に何回か切り傷を負わされる。出血に関しては抑えることができるが……それを抜きにしても反応が鈍い気がする。

 

 そういえばアスカロン、通常攻撃時に敵の移動速度を低下させる素質があったな……。そう思い至るが、だからなんだという話で、知識があろうとも対処できなければ意味が無い。

 ゲーム的にも移動速度低下に耐性を持った敵は少ないし、どうやって対処するのかは皆目見当もつかないけれども。足止めとも違う枠なんだよな、この状態異常。

 まあ、もとより逃げ切れはしないとは思っていたが……こうも減速を強いられては、本来の想定よりも厳しい状況だろう。

 

 だから、オレとしても出し惜しみはしていられない。

 アスカロンが再びその姿を霧に紛れさせるその前に、再びアーツを励起させる──それは、ともすればオレ自身にすら影響があるかもしれないくらいに。

 

「罔両が影に問う──」

 

 口ずさみながら、半ば暴発じみた出力で行使した認識阻害のアーツ。

 オレに残された処理能力から考えればきっと不可能にも思えるそれは、だが確かに効果を発揮した。

 わずかな間、確かにアスカロンの意識はオレから逸れた。数瞬も経たないうちに再びオレのことを捕捉し直しているあたり、全く空恐ろしいが……今はそれで十二分だった。

 

「ベルナルド……あなたの遺した想いも何もかもを、ともすれば踏み躙っているのかもしれませんが。オレにとっては、これが最善手です。言い訳は地獄で語り合いましょう」

 

 滑り込んだ目前にあるコンソールに、ベルナルドが別れの際に投げ渡してきたソレを叩き込む。

 第二中枢区画司令塔の制御コンソール、その物理キーだ。それはつまり、こいつさえあればこの新移動都市を思うがままに動かせるということを意味している。このまま分離を続けるにしろ、それを止めるにしろ、だ。

 勿論のこと、物理キーだけではなく認証コードも必要にはなるのだが……そんなもの、ベルナルドが知らないわけがない。手を伸ばす時間も惜しいから、アーツでキーボードを叩いてコードを打ち込む。

 たったそれだけで、このヌオバ・ウォルシーニの制御はオレ一人の手におさまった。支配権と制御権では随分と違いはあれど、ファミリー達やレオントゥッツォ、ラヴィニアが血を流して奪い合ったそれが、いとも簡単に奪えてしまうのは……何というか、やるせないけれども。

 まあ、ベルナルドと近しかったオレの役得ということにしておこう。あるいは漁夫の利ということでもいい。

 

 ベルナルドがこの第二中枢区画を離脱させるにあたって、その司令塔に詰めていたエンジニア達を脅迫することで実行させたのはケルシー達も聞き及んでいるだろうが。その時に、物理キーと認証コードを持ち出していたということまでは掴んでいたかどうか。

 それはオレの知るところではないが、少なくともケルシーは今オレが何をしたのかは把握したようで、何やら悍ましい気配がケルシーから漂っている。

 そこから何が出てくるのかも察しはつくが、構わずコンソールを操作して命令を打ち込む。それはつまり、ヌオバ・ウォルシーニの航路を更新する入力だった。

 

 そこで追いついたアスカロンが今度こそ絶死の一撃を振りかぶる──辛うじて懐から取り出したナイフで迎撃し絡め取ろうとしたが、逆にオレの方が武器を弾き飛ばされて隙を晒す羽目になる。

 続く二撃目を飛び退って避けるが、アスカロンは攻撃が終わらぬうちからオレに追従して突っ込んできている。これ以上の回避行動は無理だ。

 三撃目、鋼板を仕込んだブーツの角で弾く。足を振り上げざまにアスカロンめがけて蹴り落とすが、既にアスカロンはオレの側面にまわっていた。

 

 僅かに間が空いて四撃、それが繰り出される前にコートの裏側に仕込んでいたナイフをばら撒いて周囲を旋回させるが……アーツ処理能力の大半を傷を塞ぐのに回しているから、動きに精彩を欠いてとろくさい。あれならオレでも掻い潜ることは容易だろう。

 自嘲気味に笑っていれば、案の定アスカロンは刃雨をものともせずに攻撃を差し込んできた。僅かに捻るような動きをしているのは、オレのアーツで傷口を塞ぐのを阻害するためか。いやはや本職の殺し屋は恐ろしいな。

 そんなものを喰らってやるわけにはいかないから、再び認識阻害のアーツを励起させる。旋回させるナイフに割いている分を勘案すれば、最早オレにアーツを使う余地など残されていない筈だが……オレも窮地で覚醒するようなヒーローじみた属性があったりするのか?それは、なんというか、嫌な感じがするんだが──ッ!?

 

「それはもう見切った。二度は無い」

「グッ──」

 

 認識阻害のアーツを、だが知らぬとばかりに吶喊してきたアスカロン。

 心臓に捩じ込まれた必殺の刺突は、辛うじてアーツで逸らすことができたが、それでも深々とオレの身体を貫いた。首を斬った時とは違う、乱暴で乱雑な一撃は傷口を破壊し尽くし、まさかアーツで血管を繋ぎ合わせるだなんて出来はしないだろう。

 そもそも肉を抉られ、滅茶苦茶に掻き回された時点でオレの小手先のアーツはもとより医療アーツでも治療は困難だろう。

 しかも身体を貫かれている以上、逃げることも出来やしない。

 勝ち目なんぞ万に一つ、億に一つも存在しないのは誰の目にも明白だ。

 

 それはオレも認めるところだし、死ぬほど痛いし、というか死に体であるのはさっきからずっとそうだが……だが、だが。

 だが、まだだ。

 勝ち目こそ無くとも──まだ活路はある、それは糸よりも細く、千切れてしまいそうなものではあるが。

 

「いいや、ここからが本番だとも……!」

「……!」

 

 突然の横方向の加重に、アスカロンとケルシーが僅かに動きを鈍らせる……ミズ・シチリアは気付けば居なくなっていたが一体いつの間に?

 まあ、居ないなら居ないでいい。話が単純になるしな。

 その隙にアーツで自分を吹き飛ばすようにして、無理矢理に身体を貫くアスカロンの刃を引き抜き距離を離す。着地まで計算に入れる余裕が無かったから、とんでもなく無様な格好で地面に叩きつけられて滅茶苦茶に痛いが。

 まあ生きているだけ儲け物、か?オレが言うのも何か違う気もするけれども。

 

 アーツで止血とも言えない応急処置を施して、コンソールに手をつきながら立ち上がる。

 その画面には、大きく円を描いてウォルシーニの旧市街へ戻るルートが表示されていて、想定通りに進んだことを確認して一息つく。

 

 ……今の衝撃は、オレ達が足をつけている第二中枢区画が加速を始めたその余波だ。

 大回りな航路も、加速のための助走距離として設定したもので……新市街が旧市街と再結合するために、こんな速度が必要無いことは誰だって分かるだろう。

 だが、それでいい──何せこれは、新市街をウォルシーニに戻すためのものではないからだ。

 

「ゲホ、ゲホッ……当事者であらせられるケルシー女史には、釈迦に説法という話ではありますが。三年前のチェルノボーグ事変では、レユニオンに制御を奪取されたチェルノボーグの中枢区画が炎国の都市である龍門に向かって直撃するコースを取りました。そこには黒蛇のくだらない思惑が背後にあったわけですが、ともあれ……移動都市を一つの質量兵器として運用するのは、歴史に先例がある」

「……君は、第二のコシチェイになろうとしているのか?だがアレの行動が曲がりなりにもウルサスの貴族達の一部から支持されていたのは、ウルサスの豊富な軍事力あってこそのものだ。シラクーザはお世辞にも大国とは言えず、偽旗作戦を企図したところで逆侵攻を受けるだけだろう……それが予測できていないとは思えないが」

「ッハ、まさか。オレはアレほど高い理想のあるわけでもありませんし、能力も何もかもで劣っているでしょう。あんな遠大な計画なんぞ立てられませんし、実行できないのも重々承知です。これも、所詮は姑息な思いつきですしね……そもそもこの第二中枢区画も、他国へとぶつけるものではありませんよ」

 

 だが、少なくともオレがコシチェイを参考にしたのは確かなことだ。

 感染者を扇動し、利用する。それはオレがやろうとしていること、まさにそのものだったから。

 それはケルシーをシラクーザに呼ぶことを思いつくずっと前からそうだったし、チェルノボーグ事変の解決を遠くシラクーザで知った時にはオレなりに彼に思いを馳せたものだ。それは憧憬というより、同族嫌悪とか同病相憐とかが近かったのだろうが。

 

 だが、そうだったからこそ。

 コシチェイのやり方をここでも真似することになったのだろう。

 勿論、強大なるウルサスを望む彼は国の外側を指向したのに対して、シラクーザに辟易するオレは国の内側を指向したのだが。

 

「──標的は、ウォルシーニ旧市街。移動都市ひとつを潰せるというのなら、オレのような人間の命を捧げるには十分な結果でしょう?」

 

 黒緑のバケモノを従えて、こちらを睨みつけるケルシーに向かって嘯く。

 お前達の敵がここにいると、むしろ誇るように。見せつけるように。

 

 口の端を吊り上げて、凄絶に、壮絶に嗤笑する……だがオレは、きちんと笑えていただろうか?




移動都市の制御システムがどうなっているのかはあまり分かっていないので、独自解釈というか独自設定が含まれます。
特に、チェルノボーグはかなり旧式の移動都市のはずなので、最新のヌオバ・ウォルシーニとは違いも大きそうですが、本作ではほとんど同じということにしています。

あと、本作には関係がない(というか今更組み込むのは無理筋)ですが、シラクーザを舞台にした「序言組曲:爪痕」が公式で掲載されているので是非読んでみてください。
シラクザーノ(1999年)から9年前の1990年が舞台です。テキサスファミリー粛清がシラクザーノから7年前の1992年なので、テキサスファミリー健在の時期というこれまで描かれてこなかった部分を埋めてくれそうです。

……まあ、作者が一番気になったのは、1982年の幼き日のテキサスとラップランドの初めての邂逅ですが。
未熟で酸っぱい葡萄をラップランドに騙されて食べるテキサスが可愛すぎませんか?
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