けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-36 はらから

 

「狼、主か……!」

 

 オレを取り囲むように、巨大な身を現した灰色のオオカミ。

 身に纏う太古の威圧から、全てを睥睨する傲慢な眼差しまで。そいつは間違いなく、ザーロやアンニェーゼと同種の存在……狼主だ。

 それが今この場で姿を現したことへの驚愕のせいか、かかっていた靄が一気に晴れたみたいに視界も思考も明瞭で、オレは改めて周囲を見渡した。

 

 チェリーニア。狼主には目もくれずに、オレのことをただ見つめている。

 ラップランド。オレと、オレに寄り添っている狼主の両方を見て……どこまでも愉快そうに笑っている。

 レオントゥッツォ。むしろ狼主のことを、険しい目で睨みつけている。

 ケルシー。オレと狼主を見ながらも、通信機で誰かと話している。

 アスカロン。狼主へ視線を向けているが、それは観察するという方が適切そうだ。

 

 後はまあ、名前も知らないような有象無象のマフィア達が、灰色の狼主の威圧に膝をついているくらいか。

 そいつらは別にどうでもいいとして、ラヴィニアが居ないのは少し気になるが……まあ、居ようと居まいと変わりはしない。

 言ってはなんだが、所詮は荒事に不慣れな箱入り娘でしかないし……この状況を解決するのに必要なのは、生憎と暴力だけだ。その意味で、ラヴィニアは無力だと言っていい。

 

 むしろラヴィニアの力が必要になるのは、オレが引き起こした混乱が収拾されてからだろうし。

 シラクーザマフィアは目論見通りに戦力を削がれ、弱体化を余儀なくされているだろうが。それに限らず、シラクーザの混沌は今やあらゆるものを呑み込んで拡大し続けている。

 それは、ただ暴力によって抑圧するのでは寛解するものではなく、皆が納得できずとも理解できる落とし所を用意しなければならない。

 そこに必要なのが法と秩序であることは、間違いないだろう。

 

 ……そして、最後に。

 ケルシー達の視線からオレを隠すようにして、身を横たわらせている灰色の毛並みのオオカミ。

 このテラに生まれ落ちてから、それなりに歳月を重ねてきた身ではあるが……こいつのことは、まるで知らない。

 シラクーザから出たことは殆ど無いにしても、狼主は不思議なことにシラクーザ周辺にしか分布していないようだし、それなら会っているという可能性も無くはないのだが。

 

 狼主にせよ他の獣主にせよ、一度見知っていればその存在を忘れるようなことはない筈だ。

 獣主は大体が前世の動物と全く同じ見た目をしているわけだが、実はテラの世界でそれは結構珍しかったりする。

 少なくとも前世のそれと同じ名前で呼ばれることはなく、鳥は羽獣だし熊は裂獣、魚は鱗獣だったりするわけだ。なぜか猟犬だけは「犬」で、それはさておかなければならないが。

 まあいずれにせよ、前世の動物まんまな見た目と名前をしている奴は、大概が怪しい。その上で発話能力とかを持っていたら確実にクロだ。

 「狼主」ザーロ、「羊主」ドリー、後は推測だが「猫主」ミオとか。エンペラーは「企鵝主」なのか、単に「鳥主」なのか分からんが。

 

 彼らは、どうやら自分の正体が暴露されないように人間の認識に干渉することができるようで、ドリーなんかは作り出した分体?を含めて見せたい奴にしか存在を認識させないというのをやっていた筈だ。

 ロドスに滞在しているルナカブに付き添っているらしいアンニェーゼも、周囲から認識されていなかったようだし。

 それは勿論のこと、そもそも知覚できないというのが一つの理由だろう。基本的に実体を持たず、自らが意図した時にだけ姿を現す。そういう性質が獣主にはある。

 

 だがそれに加えて、おそらくは自身をありふれた存在だと誤認させることもできる筈だ。「変わった姿をしたリーベリ」、「神出鬼没のループス」、そういう印象を見たものに与える欺瞞の力。

 それは単に獣主という存在を知らないがために通用するものなのかもしれないが、いずれにしても獣主達は自らの正体を表舞台に出すことなくこれまで存在し続けてきた。

 狼主達やアンマーとかは、そもそも人間と関わる機会が少ないからというのもあるだろうが。

 しかしエンペラーやダック卿が、ああも人間社会に馴染みながらも獣主だと露見していないのは、流石に何らかの方法で認知を誤魔化していないと不可能だろう。あるいはムースの「ねこちゃん」とか、ロード画面で女の子を見守っていた猫とかもそうだ。

 

 それはある意味では、オレのアーツに似て……いや、待て。オレの、だと?

 

 そこでオレは、思わず左手に持っていたナイフを取り落とした。

 からからと金属の床の上を滑って甲高い音を立てるナイフが、チェリーニアのところまで転がっていったが、それを気にしている余裕はオレにはない。

 

 ……オレはどうやって、このアーツを手に入れた?

 

 この世界で、アーツはすなわち学問だ。簡単に何でもできる万能の鍵ではなく、先賢達が積み重ねてきた膨大な量の失敗と知見の上に成り立つ、一つの巨大な知の体系なのだ。

 アーツが盛んなリターニアでは、ルートヴィヒ大学の講義科目で多種多様な分類が存在していたように、アーツという一つの単語がたたえる領野は広く、また深い。

 そのうちの一つを究めることすら、百の年をかけてなお足りないというのが多くの人間の限界だ。巫王のように図抜けた才能を持つか、あるいはフレモントのように長大な時間を費やすか……そうでもしなければ、複数のアーツを使い熟すなんて出来る筈がない。

 

 オレが愛用している、「力」を操るアーツだってそうだ。

 フレモント先生のありがたい講義で言うところの、呪術化系統……源石エネルギーを取り出して力学的な力に変換するもの。アーツの五つの大きな系統の中では最も歴史が古く、相応の知見が蓄積されてきた分野だ。

 当然ながら、いわゆるノウハウであったり教科書的なものであったりも、一番充実している分野でもある。特にシラクーザはリターニアと地理的にも歴史的にも近いので、その辺を入手するのも容易だった。

 それですら、オレが習得するまでには何年もかかった。曲がりなりにも前世で大学を出て、そういう学習については慣れてきた筈なのに。

 習得するだけでそれだ。いわんや習熟となると……まあ、多少はマシになった自覚はあるが、それでもまだまだ足りない。同じ系統のアーツを使う奴でも、前に見たサルカズ傭兵は巨岩を軽々と浮かべていたし、サルカズが例外だとしてもオレより大規模なアーツを使える奴なんてごまんといる。

 

 そして、精神や認知に干渉するアーツは系統としては感応伝達系統にあたるわけだが。このアーツはそもそも使用者が極端に少ないから、知見も何もあったもんじゃない。

 というか学習して会得するというよりは、先天的に保持しているというようなタイプのアーツだ。例えばニンフみたいなジャールとか、アルトリアとか。大体は理屈を抜きにして、そういうものだとして初めっから持っているのが大半で。

 つまり、後天的にそれを習得するための手順なんてまるで分かっていないわけで……。

 

 それをまさか、「ちょっとした事」で手に入れられるなんて、オレは一体何をどう考えてそう宣ったんだ?

 

「まさか、君自身もその存在を認知していなかったとはな。ソレの持つ力を鑑みれば、不可解なことではないのかもしれないが」

「その狼主が、シルウィアさんの認知を歪めていたというのか?ザーロが親父に干渉していたのと同じように」

「ああ、ソレだの狼主だのという呼び方はやめてもらおう。私には確固として、私を私たらしめる名前があるのだから。君が自分をケルシーとそう呼んでいるらしいように……私は自分をシルヴィアと認識している。ザーロでもアンニェーゼでも、他の狼主の誰でもなく、シルヴィアとして」

 

 シルヴィア。

 オレの名前とよく似た響きで、だがオレの名前よりも新しい響きでもある。

 

 そしてオレは──その名前を、知っていた、ような気がする。

 

「それに、私はザーロのような粗忽者ではない。人間を駒として使い潰すようなくだらん真似を、まさかシルウィアにするほど馬鹿らしいことなど無い。五年前に、シラクーザの辺境でシルウィアを見つけてからというもの……そうして幾許かの時を共に過ごし、私が「ソレ」からシルヴィアへと変じてからというもの、私にとってシルウィアはすなわち唯一匹の同胞であるゆえに」

「……人間社会に溶け込む獣主は、存外に珍しいものではない。むしろ何らかの方法で人間と繋がりを持つことの方が全体としては多いとすら言えるだろう。しかし狼主に限っては、文明を離れ荒野での闘争を繰り返すことが常だった筈だ。君は、そこから離れたというのか?」

「荒野の闘争など、志を同じくする者と過ごすことに比べて何の意味があろうか?そも、私が肉体の桎梏から解放されて以来、かつての同種達の争いなど何らの価値も無いものだ」

「つまり君は、シルウィアを牙として操っていたのではなく……むしろ彼女のために動いていたと?」

「然り。それゆえ、これまでの行動は全てシルウィアの意思によるものであり、私が傀儡としていたのではない。無論、私としてもそれを止めるような義理もないし、あるいは私の意にも適うものではあるが」

 

 灰色の狼主──シルヴィアと名乗ったソレは、どこか誇らしげにそう言って寝かせていた身を起こした。

 オレの身の丈よりも高くまで持ち上げられた狼の頭が、オレに寄り添うように近づいてくる。実体を伴っているのか、その吐息がオレの顔にあたって髪が揺れた。そしてそんな距離では、ソレの持つ鋭い牙が嫌が応にも目に入る。

 狼主であるならば、それはザーロと同じく超常の力の持ち主だ。オレなんぞ、ひと噛みで命を貪ることができるだろうし、そうされたとて疑問は無い。

 オレの使ってきた認識阻害のアーツ……否、アーツではないその力。それの本来の持ち主がこの狼主だというのなら、オレに対してどれだけの怨嗟を抱いていてもおかしくはないのだから。

 

 古今東西、上位存在の力を簒奪し騙し取った奴の末路は決まって悲惨なものだ。それはきっと、身の丈に合わない力を振るうことを戒めるためのものだろうが……オレは、まさしくそれだ。

 本来であれば、大したアーツも使えずにシラクーザの歴史に埋もれて消えていくべきだったオレが、こうしてチェリーニアやラップランド、ケルシーとアスカロンに対峙するまでに至ったのは。

 幼い羽獣が、ただ鋭い爪だけを植え付けられて、その不一致に苦しむように。

 分不相応の力を得た代償は、いつか払うべきだとは思っていた。それはきっと、ケルシーかレオントゥッツォ達による断罪だと思っていたが……その途上で、こうして殺されるのも、中途半端なオレらしい。

 

 だから、せめてもの抵抗として右手に持った直剣を突き立てて杖の代わりにしてでも、気丈に立っていようとしたのだが。

 

 だがシルヴィアは、そんなオレの身を支えるように──オレを咥えて、その背に乗せた。

 

「だから、シルウィア。どうか自分の道を見失わないでおくれ。私は確かに君の認知を書き換えて、私のことを君の世界から消し去った。けれどもそれは、私が君の旅路を妨げてしまうことのないようにするためだ。決して君のことを惑わせるためではなく……私は君が君自身の道を歩めることを心から願っているゆえに」

「……ずっと、オレのことを見守っていたのか」

「見守る……言い得て妙だな。ただ見ているだけで、何もしないというのはまさしくそれだ。笑ってくれても構わんよ、自分では何もできない臆病者だと」

「ああ、いや……そういう意味では、オレと似ていると思っただけだ」

「それが私であり、君であるということだ、同胞よ」

 

 人ならざるオオカミ……獣主にこう言うのもおかしな話かもしれないが、シルヴィアの声は嬉しさと寂しさの綯交ぜになったようなものだった。

 それは、オレにとっても理解できるもので。

 

「ただ、ここでオレに手を貸すのはどうしてだ?」

「定命の君がこうして道に殉じようというのならば。せめて不死なる身ながらに、それを助けてやるべきだと思ったゆえに……もっとも、事態がここまで進むまで、それすらも決断できなかった半端者であるのだがね」

「……」

「君が賭けるのは君そのものだ。一度失えば取り返すことはできない。たとえ君にとってそれが惜しくないのだとしても、私にとってはそうではない……だからといって、君を止める資格など私にはないがね。そして一方で私は、何を対価としようとも失うものは全て取り返せる。不死にして不滅、それが獣主という存在であるから」

「……それでも、失うことが辛くない訳ではないだろうに。オレからすれば、その決断ができただけで羨ましいよ。オレはそもそも、失うことがどうでもいいんだ」

「フ、君にそう言ってもらえるのは嬉しいが……」

 

 オレを背に乗せたまま、シルヴィアは身を躍らせてケルシー達の頭上を飛び越えた。

 メインルームのど真ん中、このウォルシーニの何もかもを見下ろせる高座。そこにオレの身をおろし、自分はケルシー達と対峙して。

 

「さあ、シルウィア。君の道を往くといい……いつか長夜の明けるまで、私がそれを照らしてやろう」

 

 シルヴィアは咆哮し──それが開戦の号砲となった。




300連回してウルピスフォリア6、荒蕪ラップランド0でした(すり抜けで未所持のレイとノーシスが来てくれましたが)。偏りが凄いというか、嫌われてますね……。
まあこれだけ好き勝手書いてれば仕方ないですが。
これを投稿してからようやく「幕開く者たち」本編を読み始めるので、キャラクター像や設定をぶち壊されそうで怖くもあり楽しみでもあり。

アーツについては、スキルを特化3まで持っていくのにアーツ学は合計で70冊くらい必要なわけで……つまりそれだけアーツを究めるのは大変なのだと思います。

「狼主」シルヴィア
攻撃方法:近距離 術
重量:6
HP:A
攻撃力:A
防御力:B
術耐性:B
移動速度:C
攻撃速度:C
元素耐性:E
損傷耐性:E
耐久値減少量:2
種別:ボス
睡眠、凍結、浮遊、戦慄無効。強制移動無効。
 
詳細説明文:
荒野に生まれ、文明に育ち、その狭間に揺蕩う異端なる狼主。
彼女にとって荒野の闘争も文明の馴れ合いも、等しく冷笑を向けるべきものである。
そしてそれゆえに、シルウィアを牙となしこの舞台を掻き回そうとしている。
だが、彼女のシルウィアへの感情は、ただ爪牙に向けるものとは異なるようだ。
 
・味方ユニットから狙われやすい。
・「粛清の時」中、「秘牙」シルウィアと同じマスに転移し、攻撃方法が遠距離になり、「秘牙」シルウィアをブロックしている敵を優先して攻撃する。
×体力を一定割合失う度に、「血債」を最大値の25%まで可能な限り消費し、消費量に応じて自身と「秘牙」シルウィアの攻撃力を上昇させる。
・【狼吼】(自動回復):「血債」を最大値の半分まで可能な限り消費し、消費量に応じた術ダメージをステージ上の全ての味方ユニットに与え、スタンさせる。
・撃破時、「血債」を可能な限り消費し、消費量に応じた量の物理・術ダメージを吸収するバリアを「秘牙」シルウィアに付与する。
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