けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-37 献身

 

 シルヴィアの咆哮──ヌオバ・ウォルシーニ全体に響くそれを合図に、オレ達は互いに武器を取って飛び出した。

 

 勿論のこと、そのまま無秩序に激突するというわけではない。

 お互いに、敵を打倒するにはどうすれば最も効率が良いのかを考えて立ち位置と立ち回りを決める必要があるからだ。それは、古来から群狼が狩りをしてきた時と変わらずに。

 

 オレ達は、シルヴィアが地上に降りてオレが高台に残っているというだけで非常に単純な配置だ。

 そもそも二()しかいないのでこれ以上の策なんて巡らせられる訳がないし、加えて言えばオレは戦術とか戦略とかにはめっぽう疎い。

 何せそんなものが必要になるとは思って来なかったからな……ファミリーに居た時は誰かの指示に従っていればよかったし、独立してからもオレが単独で動くような仕事ばっかりだったから、大人数を指揮するなんて経験は全く無い。

 (前世)にドクターをやってた身としては恥ずかしい限りだが。まあ言い訳をさせてもらうなら、あれはPRTSを通じて情報が取捨選択されて表示されてるらしいので、生身でそれを処理するのはたとえドクターだろうともしんどい……んじゃないだろうか。

 なので、オレだってPRTSを使えればそれなりのことは出来る、と思いたいね。

 ……まあ、そんな未来は来ないんだが。

 

 そして一方ケルシー達と言うと、あちらは人数も急に増えたというのに統率の取れた動きだ。

 ケルシーとレオントゥッツォは後方に控え、チェリーニアとラップランド、Mon3trが前線を張り、アスカロンが遊撃に回る。ゲームとして考えても、対空要員が不在である以外はバランスの取れた編成だろう。

 オレもシルヴィアも罷り間違っても飛行ユニットではないので、その欠点もあってないようなものだし。

 というかオレ達がPRTSを通じてどんな感じに表現されてるのかも、ちょっと気になるが。地上ユニット辺りは確定として、シルヴィアはボス判定受けてそうだな……。ザーロがイベントボスを張っていたし、それに準ずる形なのだろうか。

 

 実際、シルヴィアがMon3trと正面から競り合ってむしろ弾き返しているあたり、単体の戦力ではやはり狼主は頭ひとつ抜けて高い。

 少なくとも、メルトダウンを発動していない素の状態ならば押し勝つのは容易らしく……そんな狼主が、オレのことを気に入り、あまつさえこうして力を貸してくれているなんてのは、にわかに信じがたい話だった。

 

 シルヴィアによって消された記憶は未だ戻ってきていないが……それでも、事実として彼女が何年にも渡り認識阻害の力を貸してくれていたことは確かだ。シルヴィアにどんな目的があろうとも、それは感謝すべきだし……きっと、そこに邪な思いは無いということも分かる。

 ザーロがベルナルドを利用していたのとは違う、純粋でひたむきな。ともすれば人間よりも、うつくしく高潔な思いを──だが、受け止めるにはオレは余りにも汚れてしまっていて。

 

 それをどうしても、申し訳なく思う。

 

「オレは、あなたの思ってる程に出来た人間じゃないんだよ……もう、それを言っても遅いんだが」

 

 オレは誰かの信頼とかを受けるに値する奴じゃない。それはとうに自覚していることだ。

 だからボルティニア達も、切り捨てる予定だった。オレを慕って、あるいは共感して集まってくれた奴も少なくはなかったが……その思いが報われることは決してない。オレは結局のところ、破滅主義者でしかないから。

 ならいっそ、オレとは無関係に生きて死んでいくべきだ。

 そもそもオレはあいつらを導くに足る能力も資格も無いのだ。だというのに、ああもオレに向けて……。

 

 ただの感染者なら、オレはきっと気にも留めずに使い潰していただろう。感染者問題は、オレにとって所詮は書類の上の数字の問題でしかないから。それだけの数の「誰か」が、今なお鉱石病に苦しめられているというだけの、単なる事実だ。

 それに心を痛めているのも事実だし、それを解決したいと思うのも事実だ。まともな人間なら誰だってそうだろう。

 ……名も知れぬ誰かのために、貢献してやりたいという思いは素晴らしいものだ。それを否定できる奴なんてどこにも居ない。

 けれどもそれは、名も知れぬ誰かのために、名も知れぬ誰かを犠牲にするということの裏返しなのだ。

 百人を救うために十人を、千人を救うために百人を。危機契約が掲げるように、「より多くの命を救う」ことは、決して万人を救うことを意味しない。

 「誰か」という言葉はそれだけ軽く、また曖昧だ。本来なら目を逸らすべきでない側面を、覆い隠してしまえるほどに。

 

 オレだってその言葉を否定するつもりはない。

 むしろこうして、感染者もマフィアも煽り立てて多くの命を混沌に焚べている以上、オレも「誰か」を犠牲にしているわけで……規模からすれば、危機契約よりもタチが悪いだろう。

 それに慙愧が無いわけではないし、哀悼も悲嘆もある。

 だが、それでも。

 オレは、シラクーザという国家のために……あるいはオレが抱く、シラクーザへの未練と理想のために。数多の「誰か」を使い潰すことを躊躇しないと、そう思っていたはずだ。

 そうでなければ、この泥沼に沈み溺死していった人々に申し訳が立たないと。オレの理想のために死んでいった奴らに顔向けできないと。そう信じて。

  

 けれど……けれど、同時に。

 顔を知り名前を知り、その人となりまで知ってしまったあいつらは、もはや「誰か」ではない。

 それを使い潰すなんて、オレには無理だった。

 ことここに至り、混迷の中で数多の「誰か」の命が散っていくのを実感し。あいつらも、オレの自暴自棄と我儘のために捧げるということを考えて。

 そんなことは、出来ないと……思ってしまったから。

 

 全くもって自分勝手で、中途半端で、矛盾している。

 数百ではきかない数の命を躊躇なく燃やし、一方で数十人の命を惜しむなど。

 決して許されることではないだろうし、だからこそ報いはいつか受けるべきだ。罪は永劫に地獄で贖わなければならないだろう。それが可能というのなら。

 

 ……そして、オレにとって、シルヴィアはボルティニア達と同じ側の存在だった。「誰か」ではなく、シルヴィアだったのだ。

 

「オレなんぞに構わずとも良かったんだ、どうせ成功なんて出来やしない破綻した計画だったのに。そうしていれば、きっとオレでなくて、もっと気の合う奴が見つけられただろう……不死不滅の存在が、オレみたいなのに執着するなんて馬鹿らしいと思わないか?」

 

 チェリーニアの剣雨を煩わしげに振り払って、アスカロンを鋭爪で斬りつけるシルヴィアは、だが決して無傷というわけではない。

 その豊かな毛並みは度重なる攻撃によって乱され切り裂かれ、血の滲んで痛々しい。

 肉を斬り骨を断つ鋭い爪も牙も、わずかに欠けてその美しさを損なっている。

 

 それは全て、オレを守るために。

 

「オレのために、こうして表舞台に姿を現して……それで得るものなんて何も無いのに」

 

 ナイフを投げ上げて、アーツで射出する。

 狙いはケルシー、この場で唯一の医療オペレーターだ。

 これまでシルヴィアは、その爪と牙でチェリーニア達に傷を負わせていたのだが、その全てはケルシーによって治療されている。

 こちらは毛皮を断たれ血を流す一方で、あちらはすぐに怪我が治る。こんなにも理不尽な対戦も無いわけで、それを覆すにはケルシーを無力化するしかない。

 勿論これまでにも、幾度となく試みては失敗してきたのだが……そして、それでもいいと考えていたのだが。ケルシーにここで退場してもらうわけにもいかなかったから。

 

 だが、シルヴィアがオレなんぞのためにああも傷ついているのを見れば、オレとて思うところはある。

 そういった、初志貫徹できないのがオレの碌でもないところで……つくづく嫌になるが。それでも、今オレが抱いている怒りにも似た感情は、確かに本物だから。

 

「君は、あの狼主……シルヴィアのことを、以前から知っていた筈だ。彼女の持つ認識阻害の能力は極めて強力であり、それは君の認知をも歪めるほどではあったが。同時に君がこうして彼女のために激情を抱いていることは、君がその影響から脱しているということを意味している」

「ええ……ええ。もはや時間の流れに呑まれて消え去りつつある記憶ですが、オレにとってもシルヴィアが決して軽んじられるべき存在ではないという事は分かります。おかしな話でしょう?」

 

 ナイフを護身用の短剣か何かで防いだケルシーに、ふと驚くが……そういえば、統合戦略でボスとして出てきた時は剣を使ってたような。

 近接戦闘の心得も普通にあるという事なのだろうが……これだから歳月を重ねてきたのを相手にするのは大変なんだ。オレがこれまでにそういう手合いと戦ってきたことはそうそうないが、どいつもこいつも古強者ばっかりで。

 

 ただ……Mon3trはシルヴィアを相手取っていて、アスカロン達も同様だ。レオントゥッツォは唯一ケルシーに近い場所にいるが、生憎とオレを捉えるにはまるで足りない。

 つまり、この場でケルシーを守れるものは誰もいない。

 

 そう考えての、認識阻害を伴っての吶喊だった。

 少なくともオレがケルシーのもとへ到達するまでは、たとえアスカロンだろうと気取られない。そういうレベルでの攻撃だ。

 

 懐から取り出した新しいナイフを振りかぶる。

 無論殺すつもりはないし、そも不可能だろうが……この一幕では、少し大人しくしてもらおう。何せ……!?

 

「確かに私はお前を認識できないが……どこに来るのかを予測してもらえば、お前の攻撃を防ぐ程度はできる。その手の力も、マンティコア相手で慣れているしな」

「スカベンジャー、か。S.W.E.E.P.総出でシラクーザ旅行とは、全くもって……お連れが多いな、これでは歓待しきれないが」

 

 降ってくるようにして目前に現れたザラック……スカベンジャーが、その剣でオレの攻撃を弾き返した。

 まるでオレがどこからどう攻撃するのかを把握しているような、ドンピシャな位置での妨害は……それがケルシーの采配か。

 どの道ジリ貧になる状況を打開するためには自分のことを直接叩く他ないとオレが考えるのまで見越して、敢えて攻撃しやすい場所に立っていた。

 

 先程の通信で会話していた相手がスカベンジャーだったというのなら、見事という他ない。

 認識阻害の力で潜伏しつつ、遠距離攻撃だけしているオレを捉えるのはそう簡単ではない。まして狼主であるシルヴィアの相手をしながらなんて、考えるだに馬鹿らしいだろう。

 だから、オレの方から手を出さざるを得ない状況を作る。そしてオレを引っ張り出し、秘匿を剥ぐ。

 それは言うのは簡単だが、実際にやるとなると至難の業だ。オレにケルシーを攻撃できると思わせ、かつその経路を一つに絞れるような立ち位置。そんなもの、この短時間で見つけ出すのは不可能に近い。

 それを成し遂げたのは、さすがケルシーというところだろう。

 

 だが、そんなものは所詮一度だけの奇策でしかない。

 初見でしか通用しないことばかりやってきて命を繋いできたオレが言うのもなんだが、二度は通用しないし、させやしない。

 別に正面から斬りかかるだけが能ではないのだし、それをスカベンジャーでは止めるなんて出来ないだろう……

 

 そう考えるオレのことを嘲るように、スカベンジャーは言い放った。

 

「そんな余裕があるのか?……お前の負けだ、灰狼。あの怪物もな」

 

 その声とともに、咆哮が……けれどこれまでの、威圧を孕んだそれとは違う、悲痛な叫びが木霊する。

 

「──シルヴィア!」

 

 赤い影が、シルヴィアの目をナイフで抉るのを……オレはただ、見ているしか出来なかった。

 

 




「幕開く者たち」、とても良かったです。
PV-10戦闘後の最後のラップランドの台詞が、色々と沁みてきます……。

それとは別に、本作にとっては致命的な矛盾があったりもしましたが。
レッドがシラクーザに向かった頃には、ケルシーはもうトリマウンツに行っていたんですね……。
まあ本作では予定を後に回したということで、何卒。
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