けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-38 継承

 

「真狼と、同じ匂い……もっと、濃い?」

「グォオオ……!」

 

 シルヴィアの左眼から血と、かつて眼球だったモノが零れ落ちる。

 まるで涙みたいに鼻梁を伝って地面に落ちるその様は、だがオレにとっては受け入れられないもので。

 

「レッド……!」

 

 思わず、絞り出すように。空気の漏れ出るような、そんな微かな声だ。

 オレの喉はただ震えるだけで、そこに込められるべき怒りも悲哀も何もかも、オレの声には乗っていない。

 掠れた声は、きっと誰にも届きはしなかっただろう。

 

 レッド──ウルフハンター。

 「オバアサン」なる狼主のために他の狼主の牙を殺す、ただそれだけを掲げて生きてきた、哀れな赤頭巾。

 

 その存在は、勿論知っていた。ウォルシーニを訪れてクラウンスレイヤーの師匠を殺すことは、シラクザーノで描かれていたから。

 それに加えて、オレは実際にレッドと対峙し……ルナカブとの共同戦線だったとはいえ、打ち倒している。

 おそらくは今後も役割の与えられている彼女を殺すのはまずいと思ったし、それ自体が矛盾した考えではあったが。ルナカブもそれを是としてくれたから、オレは結局レッドのことを預けて療養させていた。

 

 それが発端というか、きっかけになって……今こうして、ケルシー達ロドスまで巻き込んだ事態にまで発展しているわけだ。

 そこにおいては、レッドはあくまでケルシーを呼び寄せる餌のようなもので、別にそれ以上の役割も求めていなかった。だから治療を済ませたレッドの居場所は普通にケルシーに伝えさせていて、ケルシーも回収したものだと思っていたのだが。

 別にレッドが再びケルシーの下で戦力として利用されるのは構わないし、それでレッドが抱えているらしい問題が解決するなら、それでもいい。

 そういう思いで、レッドについては考えるのをやめていたのだが。

 

「それは、狼主が居るとなれば動くだろうが……!」

 

 オレ……あるいはシルヴィアの事情を知った今になっては、とんでもない下策だった。

 オレとシルヴィアの関係がどんなものだったのかは、分からない。もしかしたらオレが認識できていなかっただけでずっと側にいてくれたのかもしれないし、気が向いた時にだけ見に来ていたのかもしれない。

 だがいずれにしても、シルヴィアが狼主であり、オレがシルヴィアの牙であることは間違いない筈だ。少なくとも、今のオレはそう認識している。

 

 レッドと対峙したあの時は、オレも含めてシルヴィアの存在には気付いていなかった筈だ。

 思い返せば、レッドはオレからも真狼の匂いを嗅ぎ取っていたから、もしかしたらそれがシルヴィアのことだったのかもしれないが。とはいえ確信は無かったのだろうし、レッドがオレに対して敵意を顕にしたのもそれが理由では無かった。

 ルナカブの方はどうだったか知らないが、多分気付かれてはいないだろう。もしバレていたとしても、今この場にいないのなら別に構わないし。アンニェーゼには感謝しなければいけないだろうが。

 

 ただ、過去がどうあれ……今やレッドはオレとシルヴィアの正体について確信を持って動いているだろう。

 オレ自身でさえ今になってようやく飲み込めたことだというのに、こうも勘付くのが早いのは何かありそうだが、それを気にしている暇すら惜しい。

 シルヴィアの反撃を潜り抜けて、今もレッドはシルヴィアの命を狙っているから。

 

 いくら不死不滅とはいえ、これ以上の勝手を許すなんて看過できない。

 ああもオレなんぞのために傷付き血を流すのを、座して見ていることができるほど……オレは割り切れないから。

 

「さっさとロドスに送り返せばよかった、なんて今更言うのは愚かしいにも程があるが……クソ、悪因悪果ということか?」

 

 過去のオレの行動が、今のオレを苦しめる……それはいつだってそうだ。

 大体何につけても、どこかで失敗しては巡り巡ってオレを襲う。そんな人生しか送ってこなかったのだし。

 オレだけがそれに苦しむならどうでもよかったが、オレ以外の誰かが巻き込まれるなんてのは、最悪だろう。

 

 それだって、オレの預かり知らぬところで起きるなら別にいい。ただの数字として受け入れて、心を痛めて。それでも、オレの歩みを止めるなんてのはできない。

 だが、オレの眼前でこうしてシルヴィアが傷付いていくのを、認められるわけなんて……ない。

 

「罔両が影に問う──」

 

 深く、深く。

 誰もオレのことを捉えられないように。

 意識の底へ、オレという存在を潜らせて。

 

 シルヴィアしか眼中に無いだろうレッドの死角に、身を低くして疾駆する。

 

「……結局は牙同士で争うというのが宿命なのか?そこまで含めて?オレなんて異物が掻き回しても?」

 

 狼主のゲーム。そこから逃れることが、たとえそれを軽蔑するシルヴィアであっても不可能だというのは。

 どうしても……やるせない。

 

「ままならんな……ッ!?」

「アッハハ!そんなに慌てなくてもいいでしょ?彼女はキミのことを文明から連れ出して荒野に連れ戻してくれるのかもしれないけど、キミはそんなこと望んじゃいないのに!」

「ラップランド……!」

 

 オレの進路を阻むように現れたラップランドの刀と、オレの直剣が鍔迫り合って火花を散らす。

 ニヤニヤと、オレのことを嘲るように嗤うその表情を、どういうわけか直視できなくて……飛び退って、ナイフをばら撒いて射出する。

 鏡写しのようにラップランドが飛ばしてきた狼魂を、アーツの出力を上げて無理矢理に消滅させて、そのままラップランドを牽制する。

 ナイフはあの一瞬の交錯でボロボロになっていて、今にも折れてしまいそうだが……それがどうした?

 

 そんなもの、折れて砕けてしまえばいい。

 オレも含めて、何もかも。

  

「一体、どうやってオレを……」

「キミからは慣れ親しんだ群狼の匂いがするんだ……昔のボクが出会ったオオカミ達のね。どれだけ姿を隠しても、(ケダモノ)の匂いは誤魔化せないみたいだね?」

「そんなことが、あってたまるか……!牙の嗅覚すら惑わせる力だというのに」

「へえ、そうなの?でもボクは牙みたいなつまらない配役じゃないし……ッハ、ごめんごめん。そういえばキミも実は牙なんだったね!」

 

 どれだけ撹乱して、認識を阻害しても。

 ラップランドは、オレの所在を違わず把握して行く手を阻む。

 時に目を閉じすらして、優雅に、踊っているかのように。

 

 だが生憎と、オレにそういった素養は無い。

 

「クソ、邪魔をしないでくれ。どうせこの騒動も君達の勝ちで終わるのに……」

「嫌なら無理矢理にどければいいじゃない。それがキミが踊ってる舞台の……シラクーザのやり方でしょ?」

「その全てをぶち壊そうとする君が言うと、説得力が段違いだな……ッ、シルヴィア!?」

 

 オレの中の、何かが無くなったような。

 何が消えたのかは分からない、漠然とした……だが確かな喪失感。

 それがこの状況で何を意味するのか、理解できないほどオレは蒙昧ではなく。

 

 シルヴィアの方を、思わず振り返って。

 

 レッドがシルヴィアの背に乗って、ナイフを振りかぶっているのを見て、オレはそれ以上何かを考える前に、身体を動かしていた。

 

「ザーロを打ち倒した強者達に、カエサルの牙。そして私ですら得体の知れぬ化け物とその飼い主……勝てぬのも道理ではあるか。ふ、ここまで大見栄を切ってこの無様とはね。シルウィアよ、こんなヒトリオオカミをどうか許してくれ……」

 

 シルヴィアの元へ走る──全速力だ。これだけはチェリーニアにもラップランドにも負けはしない。

 それを見て、ラップランドは変わらぬ笑顔で、だが一転してオレを阻むことなく横にどいた。

 その思惑は分からないが、今はそれを考える時間と脳の処理能力すら惜しい。

 

「させるかよ……!」

 

 勢いのまま、レッドに突撃する。

 諸共にシルヴィアの背から地面に落ち、そのままマウントポジションを取ったが、チェリーニアの横薙ぎの剣雨が降り注いでオレをレッドから引き剥がす。

 落下の勢いで膝蹴りを腹に叩き込んだ筈だが、それだけでレッドを無力化できる訳もない。しかも衝撃を逃がされたな、手応えが軽い。これだから打撃は信用ならないんだ。

 

 だが、今はそれでも十二分だ。

 苦しげに咳をしながら立ち上がったレッドが、今度はオレの方を見る──それでいい。

 

「っ、真狼?あの時より、匂い、濃い」

 

 シルヴィアではなくオレを真狼だと言うのは、やや不自然だが。

 それでオレの方に注意を向けてくれるというのなら、オレは真狼だろうが狼主だろうが何だっていい。

 

 そのままレッドの方に、お返しみたいに刃雨を差し向ける。

 病み上がりで、少なからず手傷を負っている状態だ。これだけあれば避けることも難しいだろうが……。

 

「お前の言う真狼が何なのかは分からないが、狼狩りの最中に気も漫ろでいられるのは困る」

「……ごめん、なさい」

 

 チェリーニアがレッドを抱えて刃雨から逃げる。

 数の利という差をまざまざと突きつけられた形で……まあ*シラクーザスラング*だが、そんなことは百も承知だ。そもそもシルヴィアが居らずとも一人でこれだけを相手にしなければならなかったのだし。

 それを、その不利を知ってなおシルヴィアはオレに助力してくれている。

 

 シルヴィアは、己がきっと敵わないと分かっていた筈だ。

 ジリ貧ではあったとはいえ、ザーロを退けたチェリーニア達に。それに加えてケルシーとアスカロン、レッドとスカベンジャー。

 たとえザーロが全力だったとしても、あるいは殺すことすら叶うかもしれないメンバーだ。

 それを、ザーロよりも戦闘能力自体は低いシルヴィアが正面から相手取るのは……ただの蛮勇でしかない。それはシルヴィアが誰よりも分かっている。

 

 だというのに、それを覚悟の上で、敢えて自分だけを衆矢の的としているのは……どれだけ高潔な行動だろうか?

 そしてそれを、むざむざと見殺しにするのが、どれだけ唾棄すべき行動だろうか?

 

 だから、レッド達の方へ吶喊して──

 

「自ら死地に飛び込む愚か者が。狼主諸共、影に沈めてやろう」

「──Mon3tr、役目を果たせ」

 

 アスカロンのアーツなのか、荊のような何かがオレとシルヴィアの足を絡め取り──そこに、再び赤黒いオーラを爪に纏わせたMon3trの攻撃が。

 確定ダメージ相手だ、防御なんて意味はない。それは嫌というほど思い知らされた。

 回避も出来ない、足に絡み付く荊は今もなお数を増して締め付けてくる。

 

「チィッ……!」

 

 オレを両断し、そのままシルヴィアにまで届くだろう攻撃に……オレが打てる手は、何も無い。

 それに気が付いた時に、オレの身体からは力が抜けてしまっていて。

 

 だが──シルヴィアが一際大きく咆哮し、その身を無理矢理に動かして。

 オレの前に。オレを庇うように。

 鮮血が吹き上がり、オレの顔の右側を生暖かいそれが濡らす。

 紅に染まった視界で……だが、シルヴィアが胴体を半ばから斬られて、口の端から血を溢しているのは、はっきりと、これ以上なくはっきりと見えた。

 

「な……シルヴィア」

「言った、だろう……私が、君の道を照らそうと。だというのに、君を守れずして、何が私か。何が、シルヴィアか……」

 

 途切れ途切れにそう言ったシルヴィアは、ゆっくりと周囲を睥睨した。

 それはまるで、何も傷など負っていないかのような……大地の主たるに相応しい、威厳を伴って。

 

 その視線の先ではMon3trが、いやラップランド以外の誰もが茫然自失の状態にあった。それはきっと、シルヴィアの咆哮によるもので。

 

「私の力を、全力で使った。あれらは、暫く私たちのことを、捉えられない……少なくとも、こうして話しているだけならば。それゆえ、逃げるのならば、今だろうが」

「それは……そんなことは……」

「だろうね。それが、君らしい……ゆえ、これは私から君への、ただのお節介だが」

 

 ふ、と笑ってシルヴィアはオレの顔を舐めた。

 それはまるで、母狼が生まれたばかりの子狼にするような。

 

「君は、君が思っているよりも……強く、剛いのだよ。自らの生まれた場所に馴染めず、そこから逃れようと、足掻いた。それだけで、どれほど得難いものか。狼主を見たまえ、あれらの殆どは、己の何たるかすら分からずに、ただ本能に任せて、闘争を繰り返すだけ。あまつさえ、それを誇るなど、愚かしいにも程がある……」

「己の状況を、俯瞰し。それに抗おうと考え、事実、そのようにした。結果がどう終わろうとも、その価値は、余人が口を挟めるものでは、ない。私が認めん」

「そして、何よりも……君は、このシルヴィアが……狼主たる私が、数千の歳月の中で見出した唯一の牙なのだ。それを貶めることなど、断じて許さん。たとえ、君自身であったとしてもな」

「だから、シルウィア……」

 

 シルヴィアは、堪えられなくなったのか身を地面に預けて。

 それでもなお、オレのことを見つめて、言う。

 

「やがて夜が明け、新たな幕が上がるまで……私の言葉を闇に輝く灯火として、掲げているがいい。私はいつだって、君の側に居る。あるいは君の裡に」

 

 言い切って、シルヴィアの身体から力が抜けて……けれどオレは、何か暖かいものがオレに入り込んでくるのを、確かに感じていた。




「Unmask」、今までのEPとは違う雰囲気ですが、とても良いですね……。
切り替わる曲調も、ラップランドらしいです。

ちなみに作中のシーンをゲーム的に変換すると、第二形態に入って「狼主」シルヴィアを撃破したくらいになります。
つまり後少しでこの決戦も終わりというわけで、ようやくという感じですね。
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