けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-39 狼跋

 

「シルヴィア……」

 

 その姿が煙のように風に流されて消え、はじめから何も居なかったような空白だけが残されて。

 

 不滅なる狼主、その一幕の終わりにしては、あまりにも呆気ない幕引きだった。

 シルヴィアがあれで「死んだ」のかは分からない。Mon3trのメルトダウンによる攻撃が、果たして狼主の不死を殺せるだけの力があるのかはオレには分からないから。

 だが少なくとも、エンペラーのように即座に復活できるような状況でないのは確かだ。それが十年、百年、千年なのかは定かではないけれども。

 

 ただ、それでも。

 確かにシルヴィアがそこに居たということを、オレは認識しているし……オレの裡に残されたこの想いを、まさか錯覚だと切り捨てられるものか。

 

「ッ、今のは……」

「まるで物語で描かれる親子愛だったね、純粋で綺麗でかけがえの無い、夢みたいな!……そんなものが現実にあるなんて、ボクには思いもよらなかったけど」

「真狼、匂い……変わった?分からない……」

 

 シルヴィアが撃破され、その力も失われたということなのだろうが、ケルシー達は残されたオレのことを確りと認識しているらしい。

 ……驚くべきことだが、オレにもシルヴィアと同じ力が使えるという感覚はある。ただそれは、幾度となく失敗を積み重ねた果てにそうなるというだけで、今この場でシルヴィアと同じことが出来るという話ではない訳で。

 それはつまり、最早オレのことを隠匿してくれるヴェールは剥がされてしまったということだ。

 オレに残された手札は、力を操るありふれたアーツと、第二中枢区画の物理キーと制御コードを独占しているということだけ。

 それでケルシー達を相手取れるかというと、甚だ疑問だと言わざるを得ないだろう。

 

 ……ただ、それでも。

 シルヴィアがオレの側に居てくれているような感覚は、確かにある。

 それは感傷的なものだけではなくて、厳然たる事実として……オレの身体から湧き上がる、灰のオーラが物語っているだろう。

 ラップランドの狼魂か、あるいは狼主の纏う瘴気にも似たそれ。まさかオレ自身がそれを扱える筈もなし、そうなればこれを残したのはシルヴィアしかあり得まい。

 

 これが何か劇的な、Vendettaとかみたいな劇的な強化を齎してくれる訳ではないだろう。そもそも、そういうのはオレらしくない。

 だがそれでも、オレの身体はまるで傷一つ負っていないみたいに軽いし、それどころか多少のダメージならこれで相殺出来るという直感すらある。

 ゲーム的に言えばバリアみたいなものだろうか?耐久の低いオレからすれば、一番欲しかったものだと言っていい。

 

「ここまでお膳立てされて、託されて。それでも逃げることが出来るほど、オレは決意の固い人間じゃない、ということか……全くみっともないが」

 

 レオントゥッツォが、ディミトリやファミリーを捨ててシラクーザの変革を望んだように。

 チェリーニアが、家族を捨ててシラクーザから逃げ出したように。

 そんなことは、結局オレには出来ないのだろう。

 

 もとより、勝てるつもりで挑んだ戦いではない。むしろ負けるつもりで、負けるべくしてケルシー達を呼んだのだ。

 その上で、どうせ負けるなら華々しくと……そう思って、今まで足掻いてきた。

 そのことを悔いるつもりはないし、まして撤回するつもりもない。そもそも、今更オレが旗色を変えたところでケルシー達にそれが受け入れられる筈もない。

 

 だがそれでも、シルヴィアの言葉は確かにオレに息づいていて……はあ、まさかオレが「強い」なんて形容されることがあるとは。

 それがただの励まし、お世辞だったのか、それとも本当にシルヴィアがそう思っていたのかは分からない。

 けれども、そう言ってくれる誰かがいるというだけで、敗北という宿命を覆すべきだなんて考えまで浮かんできて。

 単純で、撞着していて、無様なことこの上ない。

 

「だが、まあ……それでこそオレらしいか」

 

 だから、勝つための方法を考えよう。

 

 チェリーニア、ラップランド、レオントゥッツォ、ケルシー、レッド、スカベンジャー、アスカロン。それが今オレと対峙しているメンバーだ。

 一対一で勝てる相手がレオントゥッツォとスカベンジャーくらいしか居ない……それにしたって正面切っての戦闘は若干の不安が残る。なので、全員を一気に相手するのは無理だ。

 そもそもは、煽動したマフィアだったり感染者だったりをぶつけて戦力を分散させることを考えていたのだが、それもだんだんと目減りして今では司令塔内部にいるのはごく僅かだ。

 何というか、もう少し継続してここに来るように仕込んでおいた筈なんだが……予想外に、マフィアの奴らが臆病だったのか慎重だったのか。サルッツォとかはともかく、中小規模のファミリーは一度ことを起こしてしまえば手を引くことなんてできないだろうと考えていたのだけれども……。

 

「あるいは流入が急に減ったあたり、堰き止められてでもいるのかね?」

「ええ。あなたは第二中枢区画の航行システムは掌握していましたが、都市全体の管理システムには手をつけていませんでしたし、司令塔の防衛システムもそのままでしたので。エンジニアの方々に隔壁を下ろして頂きました」

「……ラヴィニア裁判官まで、か。いよいよ終幕も近いということかね」

 

 戦況修正。

 

 これ以上のマフィアの増援は見込めず、ラヴィニアとエンジニア達まで向こうに加勢、となると……まあしんどい。

 特に問題なのは後者で、確かにオレは時間の都合で航行システム以外は放置していたから、それらを転用されると非常に面倒なことになる。というか事実、こうしてマフィアを寸断されてオレ単独しか戦力を用意できなくなっているし。

 ラヴィニアも、チェリーニアとかに比べれば劣るというだけで、それなりの戦力ではあるし。少なくとも完全に無視できるというものではない。

 

 ただ少なくとも、オレの勝利条件はヌオバ・ウォルシーニの航行システムを奪還させないこと、の一点のみだ。

 それに関しては彼我の戦力差がどれほど開こうとも変わらない。

 それは換言すれば、物理キーを守り通し、制御コードを隠匿し続けるということになる。その二つが揃わない限りは、都市の航路を変更することはできないから。

 

 物理キーに関しては予備がある可能性もあるし、制御コードにしてもハッキングなりで突破される可能性はある。

 なので、それらを使用されないように時間を稼ぐというのが勝利条件と言うこともできる。

 特にハッキングに関しては、ラヴィニアに従うエンジニア達がどれだけ優秀なのか分からないので、出来れば指一本触れさせないのが望ましい。衝突の阻止限界までおよそ一時間弱、ハッキングにどれ程時間がかかるのかオレには推測すらできないが、間に合わなくなるまでは妨害しなければならないだろう。

 

 つまりオレが「勝ち」と言える結果を掴むためには、チェリーニアを筆頭にした強者達から生き延びつつ、エンジニア達の妨害もしなければならないわけで。

 

「とんだ無理筋だ、な……!」

 

 早速とばかりに飛び込んできたレッドを刃雨で迎撃するが、その全てがチェリーニアの剣雨で叩き落とされる。こっちはナイフを用意しなきゃ使えないのにあっちは虚空から無尽蔵に剣を生み出せるとか、不公平にも程があるな……。

 しかも剣雨はナイフを砕いた勢いのままに、オレの方へ飛翔しているわけで。それを迎撃するだけの余裕はもう無いから、距離を取って避けるしかない。

 

「ッ──」

 

 そうして横っ飛びに動いたオレに、追従するようにアスカロンが霧から現れて。

 抉るような一撃を灰のオーラで受け止めて、僅かに驚愕した様子のアスカロンを蹴り飛ばすが、その前にアスカロンは再び姿を消していた。

 しかもあの一瞬の交錯で荊のようなアーツを再びオレに仕掛けていて……ダメージ自体は無いっぽいが、動きは確実に阻害される。

 

 そこにMon3trが追撃を仕掛けてくるが……さっきと同じようには行くものか。

 いくら足を取られているといっても、先程より身体がよく動くようになったのだし、もとより機動力だけは自信がある。身を低くして、Mon3trの爪を潜り抜けるように攻撃をかわす。

 

「その力。キミも、ボクと似たようなものが見えてたんじゃない?見ないようにしてきただけで、ね」

「一体何を……!」

 

 そのまま身を滑らせて、それを見越したように動いていたラップランドと剣を交える。

 狼魂を灰の紗幕で防ぎ、刀そのものを直剣で弾いて、それでも押し負けて後ずさる。

 

 そうなることは、ラップランドの姿が見えた時から分かっていた。あれ相手に、正面からぶつかり合うなんて愚の骨頂だ。

 なので──懐から零れ落ちるようにして取り出した小さい筒からピンを引き抜いて、オレとラップランドの間に転がす。そして目を瞑り、耳を塞いだ……まあ、頭頂部の獣耳については畳むのが精一杯だったが。

 

「ぐ、う……分かっていても辛いな、これは」

 

 極光と轟音に目と耳がやられるが、それはオレ以外の全員の方が深刻だろう。

 閃光手榴弾、音と光によって一時的に眩暈やショック状態を引き起こす非致死性兵器だ。特に、五感が前世の人間よりも発達している傾向にあるテラの人種には押し並べて有効で、万が一のために何個か用意していた。

 オレにも防御手段が無いので自爆紛いの使い方しかできないから、これまで実際に使うことも無かったのだが。ことここに至り、勝ちにいくのならば……躊躇うことなど無いだろう。

 

「そら、姉君と懇ろにでもしているがいいさ」

 

 意識の朦朧としているらしいレオントゥッツォを、ラヴィニアの方に突き飛ばす。

 アーツも併用したから、それなりの速度も出ていて……あのぶつかり方は痛いな、お互いに。

 

「……黙っていろ」

 

 早くも復帰したらしいチェリーニアが、剣雨とともに突撃してくる。いや突撃というよりは、空中からの急襲という方が近いかもしれないが。

 ただ……それは少し早計だろう。

 他がまだ完全には復帰していない以上、あれを避けるだけなら辛うじて出来る。先程のように追撃できる味方がいるのなら話は別だが。

 

 しかし、それはまだ居ない。

 アスカロンのアーツの効果が途切れたのを確認して、全速でスカベンジャーの脇を通り抜けて疾駆する。

 その先に居るのは、ケルシーだ。

 

 ──ケルシーはここで落とす。

 

 それは戦術的にもケルシーを残していればジリ貧になるだけだという以前からの判断もあるし、個人的なくだらない感情も介在していただろうが。

 どうあれ、オレはケルシーの無力化を最優先にしていた。自分から呼んでおいて、それに苦しめられているというのも馬鹿な話だな。

 

 オレの突撃に、ケルシーは後ろに下がる。Mon3trを呼び戻すにも時間がかかるから、それ自体は当然だし、予測もできていた。

 

「決して、無駄にはしないとも……」

 

 戦場にばら撒かれ、多くはそのままになっているオレのナイフや、あるいはマフィア共が持っていた短剣。他にもクロスボウだの源石爆弾だの、使えそうなものを片っ端から何もかもオレのアーツで操作して、ケルシーの方へ差し向ける。

 あまりに数が多いものだから、同時に操作することができなくて、面制圧にはなっていない。

 早々にそれを察したらしいケルシーも、飛び退って刃雨から逃れている。

 

 結果として、避けられた訳だが……それでいい。

 これの目的は、ケルシーを壁際まで追い詰めることだけだから。

 再びアーツを最大出力で励起させる──今度は、それで操るのは落ちていた武器ではない。

 

「崩れてしまえばいい、何もかもが」

 

 司令塔の壁に開けられた大穴、そこから薄氷の割れるように蜘蛛の巣状に罅が走り、壁一面を覆い尽くす。

 そして僅かな間、そのままの状態で耐えていたが……次の瞬間には、壁面が全て崩落してケルシーのもとへ雪崩のように押し寄せる。

 

「──!」

 

 カラチ暗殺の時に、チェリーニア相手にやったのと同じことだ。

 ただ、あれよりも規模が大きいし、オレのことを勘案しなくていい分大雑把に使えるから、出力も相応に高い。

 

 もうもうと土煙の舞い、オレの視界を遮るが、それは崩落の規模がそれだけ大きかったことの裏返しな訳で。

 

「これで、ようやく一つ減らせたか……?」

 

 死んではいない。気絶しているかすら怪しいだろう。

 だがあれだけの質量の下から脱出するのは、そう簡単ではない筈で……

 

「いいえ、あなたには残念なお知らせだけど、むしろ一つ追加になるわね」

 

 煙がおさまった後には──瓦礫が尽くケルシーを避けるようにして、ぽっかりと空間が出来上がっているのが見えた。

 

 それを認識したのと同時にオレに向けて掛けられた声の方を見れば。

 

「ジョヴァンナ……」

 

 不敵な笑みを浮かべた彼女が、オレに向けて短剣を向けているのが目に入って……オレは思わず、一歩後ずさった。




ジョヴァンナは、何かしらアーツを使えることは分かっていますが、どんなものなのかは明かされていなかったと思います。
オペラ劇場を揺らすぐらいには威力が高いらしいですが、それ以外は不明なので、本作では単純に物理的な力を操作するものだと解釈しています。
ざっくり言えば主人公のアーツと似たようなものです、それよりも出力が高いですが。
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