ジョヴァンナのアーツ、確か原作では碌に戦闘シーンが無かったから詳細は不明だったわけだが……今世のオレは彼女直々に見せてもらったこともあるから、概要なら知っている。
それは簡単に言ってしまえば、オレの完全上位互換だ。
出力、精度、負荷、干渉力、その他諸々。そのどの点においてもオレが使っているアーツよりも優れていて、オレとしてはお株を奪われる形である。
まあこれまでは、お互いのアーツをぶつけ合うような状況になることもなかったから、それほど気にすることでもなかった、のだが……。
「崩落した瓦礫をコントロールして空白地帯を生み出した、と。曲がりなりにもオレのアーツで加速させていたんだがね」
「こういった大規模なアーツは私の十八番だもの、負けてはいられないでしょう?」
「それもそうだが……はあ、起死回生の一手をこうも簡単に覆されてはね」
ケルシーを避けるようにして、偶然ではあり得ない崩れ方をした壁面を見て嘆息する。
千載一遇の好機だったのだが、それを逃しては勝ちの目も遠ざかろうというものだ。具体的には、さっきあれほど苦労して振り切ったチェリーニア達の注意は、もうオレへと向け直されているわけで。
その元凶になってくれたのが、ジョヴァンナの介入。
それを予想できていなかったわけではない……と言えば嘘になる。
少なくともザーロ戦に加勢した時には、ジョヴァンナがヌオバ・ウォルシーニに来ていることなど知らなかったし、よもや表舞台に出てくるなんて思いもしなかったからだ。
その後も気がつけば居なくなっていたから、エンペラー達と同じく撤退したのかと思っていたわけで。
だというのに、まさかこんなタイミングで登場するなんてのは、予想しろという方が無理があるだろう。というかジョヴァンナの立ち位置が原作と違いすぎてよく分からんことになっているし。
ロッサティを抜けた以上はそう大きく動くこともない、というか出来ないだろうとは思っていたが……。
「ペンギン急便の腕章……しかもエンペラーのサイン入り?クルビア辺りで競売にかければひと財産築けそうだな」
「欲しいならあなたも頼んでみればどう?結構話の分かる人よ、彼。もっと唯我独尊な感じだと思っていたのだけれど」
「遠慮しておこう。エンペラーはオレなんぞを受け入れないだろうし……オレからしても、今更そんなことを高望みする訳にはいかないからね」
何らかの形でエンペラーとの提携を取り付けた、ということだろう。
それは勿論、劇作家・カタリナとして、というのではなく……ジョヴァンナ・ロッサティとして。
だからこそ彼女はここに立ち、オレへと鋒を向けているのだ。
それ以上の理由は分からないし、考えても無駄だろう。
分からないなら分からないなりに、そういうものだと定義すれば幾分か楽になる。往々にしてそうだ。
そう割り切って、蹈鞴を踏んだ足を立て直す。
……ジョヴァンナが加勢したことを鑑みれば、ますます勝ち筋は細い。
彼女はチェリーニアと一騎打ちして生き延びることができる程の実力者だ。互いに殺す気ではなかっただろうが、負けるつもりもなかった筈の激突で、それでもなお敗衄することなく切り抜けた。
紛れもない傑物で、オレとは比べ物にもならん。
というかオレとの相性的にはチェリーニアやラップランド、ひいてはアスカロンよりも最悪だ。
剣雨、狼魂、問拷。どれもこれも強力なことには間違いないが、これらは全て点か線の攻撃なわけで、回避なり相殺なりが一応は狙える。剣雨に関しては物量でその辺をゴリ押ししているが、全力で逃げれば避けられないことはない。かなり厳しいけれども。
しかし一方で、ジョヴァンナのアーツは基本的に面での攻撃だ。視界全て、あるいはジョヴァンナが知覚している全てが攻撃範囲になり得るわけで、そんなものから逃げ出すのは不可能に近い。
具体的には、瞬間的な加重による打撃にも似た制圧とかだ。予兆が殆ど無いので、まずもって回避の必要性を感じるのすら難しい。
もしジョヴァンナのアーツによる攻撃を受けたとして、ラップランドやチェリーニアを筆頭に身体能力の優れた奴なら多少のダメージは無視して戦闘を継続できるだろう。
そもそも面制圧に振っている分、局所的な威力に関しては飛び抜けて高いというわけではないし。勿論、吹き飛ばされたり何だりで厄介ではあるのだろうけれども、それ単体で致命傷にはならない。
しかしオレのような紙装甲からすると、それだけでも十二分に脅威だ。回避不能、その上でほぼ必殺。そんなものバランスも何もあったもんじゃないが、まあ現実はそうバランスの取れた方が珍しい。
なので当然ながら、ジョヴァンナの加勢で戦局は一気に傾くわけで──
「ぐ、立ち上がることすらできないとはね。どれだけのアーツ適性があれば、こんな出力になるんだか……」
オレにかかる重力を強化でもしているのか、身体がとんでもなく重い……走ることはおろか歩くのすら困難で、片膝をついてジョヴァンナを見つめるしかない。
それでさえ、気を抜けば無様に潰されてしまいそうな重圧だ。指一本動かすことすら容易ではなく、ナイフを握る左手は今にも千切れそうなくらいに。
オレにとって唯一の優れていたステータスだった機動力をこうして潰された以上は、あちらにとっては勝ちも同然なのだろうが。
まだ……まだ、諦めることは出来ない。シルウィアであれば、そうするだろうから。
その思いを込めて、ジョヴァンナを屹と睨むけれど。
ジョヴァンナは、その余裕のゆえか変わらずに微笑を浮かべてオレの方を見返していて……思わず目を逸らす。
「……君達の勝利だと、拍手でもするべきかい?生憎とオレの手は持ち上げることすらできないが」
「まさか。あなたはまだ諦めていないでしょうし、それは目を見れば分かるわ。事実、そうやって逃げ出す隙がないか確認しているじゃない」
「……」
「それに、結局はあなたの書き換えたコードを聞き出さなければヌオバ・ウォルシーニは止められない。なら第一に必要なのは、あなたの抹殺じゃなくて無力化でしょう?そういう意味で、私のアーツが一番都合が良かったのよ」
「フッ。まさか、この期に及んでオレを説得するとでも?そんなこと、出来やしない……」
「そのまさかよ?まあ、別にここで圧し潰しても構わないけれど」
「……遠慮しておこう」
ジョヴァンナの笑みが深まると共に、オレにかかる重圧が一際と増し……膝立ちどころか、地面に這いつくばるような加重にまでなった。
オレでは逆立ちしたって不可能なレベルのアーツで、嫉妬や羨望すら湧いてこないくらいには隔絶している。
まあ、こんなのが必要になる場面なんてそうないだろうとたかを括っていた結果がこれだ。自業自得と言えば、まあオレらしい。
圧し潰されそうになるのを全身に力を込めてなんとか耐えているオレの目の前に、緑の宝石のあしらわれたブーツが映る──この場にいる中で、こんなのを履いているのはただ一人。
ジョヴァンナがオレの側にまで来て、オレを見下ろしているということだろう。
「説得というより、疑問という方が近いかもしれないけれどね。……あなたにとって、シラクーザとは何なのかしら?」
「シラクーザはシラクーザだよ。雨ばかり降っていて、湿っぽくて、何処に行くにも腰泥む。そういう泥沼のような……それで十二分だろう?ああ、もっと具体的に言うなら市民とマフィアの歪な関係とかになるのかもしれないが」
そう返して、口を噤む。
あまりにも分かりきった問いで、それ以上の回答など提出しようがないから。
そのまま重い首を辛うじて動かして周囲を伺えば、ケルシーとS.W.E.E.P.の面々はジョヴァンナのアーツの範囲外で集合してオレの方を見ている。
レオントゥッツォとラヴィニアは、先の衝突のダメージが抜けきっていないのか若干足元が怪しいが……今更そこをつくことも出来ないか。
ラップランドは、相も変わらず口の端を吊り上げてオレのことを見てきている。
チェリーニアは……ジョヴァンナの後方で、壁の大穴に腰掛けているのか。あそこ、普通にジョヴァンナの加重アーツの範囲内だと思うんだが……精密さでもオレとは比較にならないのか。
「あなたにとってのシラクーザはそれだけ?チョコレートソースのかかったパスタに激怒するみたいな、そういうところは「シラクーザ」じゃないの?……まあ、あれは私も受け付けなかったけれど」
「オレも、あまり好きではないが……新しいものに対する病的なまでの拒絶、と言う意味ではそれもまたシラクーザだろう。うちの提供しているパイナップルピッツァも同じようなものだ」
「あれは意外と好評だって聞いたけれど。ノエミピッツァだったかしら?あそこの料理人をわざわざ呼んでレシピを教えてもらってまで作らせて……まあ悪くはなかったわ、小腹が空いた時に食べる分には。……ともかく。シラクーザだってあのチョコレートパスタみたいに何でもかんでも拒絶しているわけじゃないし、パイナップルピッツァみたいに受容されるものだってあるわけだけど。あなたは、そういう部分からは目を逸らしているのよね……それとも、気付いてすらいないのかしら?」
「……」
「あなたにとっての「シラクーザ」は、旧弊に縛られて泥沼みたいで暗く湿ったものでしかなくて、それ以外は気付きもしない。見て、聞いて、触れて。それでも認識できない。頭で処理することができていない」
まるで裁判官みたいに──オレの罪を暴き、読み上げるみたいに。ジョヴァンナは、淡々と語る。
「それはきっと、あなたがシラクーザを……「シラクーザ」を、型に嵌めて考えているからでしょう?チェリーニアの時にあれだけ「シラクーザ人」なんて存在しない、なんて言っていたあなたが「シラクーザ」に固執しているのはおかしな話だけど」
「……まあ、そういう矛盾もオレらしいということさ」
「それに、私がチェリーニアを型に嵌めて見ていたことをああも
「あれは……確か、チェリーニアを「シラクーザ人らしい」という色眼鏡で見ることを批判しただけだ。型に嵌めることは別に否定しちゃいないし、俺はチェリーニアのことは『「シラクーザ人らしい」ではない』という型に嵌めているだけだしね」
「あら、そう?それならそれで構わないけれど……結局、あなたはシラクーザを括弧付きの「シラクーザ」として見ていることは否定していないわけでしょう」
ふ、とジョヴァンナは身体の向きを変えたらしい。
それは司令塔の崩落した壁の方向であり、チェリーニアの居る場所であり、ヌオバ・ウォルシーニを見下ろせる向きだった。
「シラクーザに限らず、あなたはそうね?思えば私が初めてあなたのところを訪ねた時もそうだったし、チェリーニアやラップランドについてもそう。初めから、括弧の付いた形でしか認識できない」
「……」
「サイクロプスの遠見のアーツみたいなものなのかしらね、あなたが過去や未来について何か知っていそうなのは分かっていたわ。そうでなければ、ああも私のことを批評できないもの」
原作の……アークナイツの、シラクザーノの知識。
それはオレにとって、何よりも重んじられるべき基準だ。
オレが何をしようとも、結局はそこに記された事は起こるべきだし、事実そのように起こる。
チェリーニアはテキサスファミリー粛清でシラクーザから逃げ出すし、ラップランドはシラクーザを破壊せんと抗い続ける。レオントゥッツォはミズ・シチリアの統治に疑問を投げかけるし、ラヴィニアはアグニル神父の定めた法に挑戦する。
全てはその筋書き通りで、何も変えられやしないのだ。
宿命論、と言ってもいい。
世の全ては神の定める通りに運行される。それはまさしく、この舞台に相応しい。
「だから、そうやって自然と知識から形成された型に嵌めて物事を見ていて……しかも万事がその通りに進むものだから、それ以外のことに目を向けることを諦めて、意識しないようにしているだけ。特に「シラクーザ」には、あなたはこれだけの混迷と喧騒を引き起こしても、自分は何もできていないと諦めて……」
膝を折り、身を屈めたジョヴァンナが──オレの顎に指を当て、顔を上げさせる。
無理矢理に上を向かされた視界には、ジョヴァンナの薄緑の瞳が映っていて。
それを直視できなくて、やはり視線を逸らすしかなかった。
「けれど、あなたの
「……ジョヴァンナ、君のことだとでも言いたいのか?」
「あら、そこは分かっていたのね。もし駄目なら無理矢理にでも私のことを見てもらうつもりだったのだけれど……ともあれ、それなら話は早いわ。あなたは自分が何もできないと思って無力感に打ち拉がれているのでしょうけど、そんなことはないのよ。少なくとも私は、チェリーニアに向き合うことができたと思っているし」
そこで微苦笑したジョヴァンナは、だがその笑みをおさめて、一転して酷薄な表情でオレを見下ろした。
それはまるで、百年来の仇敵を見るような。怨嗟と、瞋恚の込められた……
「あるいは、言い方を変えましょうか……
空白。
あるいは絶句。
その一言に、どういうわけか、オレの思考は真っ白に染まり──アーツを励起させ、オレを縛り付ける重力の鎖を振り千切って、ジョヴァンナの首にナイフを突き出していた。
これまでに何百回と繰り返してきた、相手の命を奪うための。
ただ、他の誰のためでもなく、オレの感情だけで振るわれた、初めての暴力。
「──ッ!」
けれどその一撃は、目にも止まらぬ速さで差し込まれた双剣に弾かれて空を切った。
その、双剣の主は──
「チェリーニア……!」
ジョヴァンナとの戦闘シーンはカットです。
というより、どう足掻いても蹂躙されるだけなので何も書くことを思い付けない……。
加えて言えば、これだけの長話をさせるには戦闘後でなければいけなかったのです。
主に作者の技量の問題ですね、これは。戦闘中にキャラクターを喋らせるのが難しすぎます……。
前にも言った気がしますが、そういうことができる方々は本当に凄いですね。