けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-41 啓蒙

 

 オレの突き出したナイフを、火の粉を払いのけるみたいに軽い動作で振り払ったチェリーニア。

 その橙の双眸は、鋭くオレの方に向けられているが……オレは、それに反応する余裕も無かった。

 それは、きっと、ジョヴァンナが発した言葉が原因で。

 

「オレの非力も惰弱も、否定するつもりはないが……それは、それだけは看過できないな」

「どうかしら。あなたは、私がここに現れたのを見て初めは驚いていたようだけど、すぐに納得していたでしょう?元からそうなる筈だったみたいに、それが急に腑に落ちたみたいに。自分のせいじゃない──なんて、そう考えているのでしょうけれど」

「……それは。君が……」

 

 それはきっと、ジョヴァンナという存在についての原作の描写がそれほど多くなかったからだ。

 勿論、シラクザーノという物語において彼女は決して端役ではなかったし、むしろ有数の大役だっただろう。

 だがそれでも、レオントゥッツォやラヴィニア、チェリーニアやラップランドと比べればその密度はいささか劣る。

 少なくとも、焦点が当てられていた時間という点では四人に比べて多くなかった筈だ。

 

 それを殊更に否定したいというわけではない。

 物語を展開する上で、冗長に語りすぎない方がいいこともある。テンポの問題だったり、没入感の問題だったり、爽快感の問題だったり。

 そういうことを勘案すれば、何でもかんでも説明すればいいというわけではないだろう。

 ジョヴァンナの思考の過程を詳しくは描かなかったのもその類で、受け手に想像の余地を残す形を取っているというだけだ。

 

 だから。換言すればこれまでのジョヴァンナの行動だって、そういう……描かれてはいなかった、彼女の彼女なりの思案と決断によって導かれたもので。

 ここに現れたのも、オレがどうこうしたからというより、きっと描かれていなかったジョヴァンナの内面に関係しているものなのだろう。

 そう考えるのが、一番自然なことだ。

 まさかオレが、この舞台の大筋に影響を与えることなんてできやしないだろうし……それは十二分に知悉している。思い知らされたと言ってもいい。

 

「いいや、オレが君のことを知らないというだけの話だ。遠見だろうと預言だろうと、分からないものは分からないから」

「……呆れた。この期に及んでまだそんなことを言うなんてね」

 

 溜息をついたジョヴァンナは、武器を失って丸腰のまま立ち尽くしているオレの目の前で。

 オレの方が身長が高いから、これだけ密接されると見下ろすしかなくて、フェリーンの獣耳が視界を占有する。

 

「っ、な──」

 

 それが、いきなり下に動かされてジョヴァンナの整った顔になったものだから、思わずオレは後ずさろうとして……結局それも出来ずに、呻き声を上げるしかなかった。

 

 ジョヴァンナが、オレの胸倉を掴んでオレの顔を引き寄せていたからだ。

 コートの下に着込んだスーツの胸元を引き千切らんばかりに力を込めて握りしめるその手は、ジョヴァンナの激情を反映しているようで。

 また何よりも、それにも関わらず冷めた瞳が……オレへの失望を孕んでいるようで、直視することはできなかった。

 

「いい?そうやって目を逸らして自分を卑下するのは、結局のところ誰かから否定されることを恐れているから。初めから失敗だと考えておけば、他人から何を言われようともその追認でしかなくなるからでしょう」

 

 ともすれば唇が触れ合ってしまうような距離で、だが囁かれるのは追及と詰問の声で。

 それがどうしようもなく辛く……けれどどこか、待ち望んでいた安息が訪れたように、平穏とした気持ちもあった。

 

「けど、そうして失敗だと言われた存在のことを、考えたこともないでしょう?あるいは、考えないようにしているのかもしれないけれど。そうしなければ、あなたの防塁は全て塵埃に等しくなってしまうものね。でも、だからこそ──あなたは現実を直視するべきよ。あなたの行為の結果を、その功罪を」

 

 オレを引き摺るようにして壁際に連れて行ったジョヴァンナは、そこに空いた大穴からオレの身を乗り出させるようにして。

 シラクーザの湿った風が、オレの頬を撫でて髪をはためかせる。

 いつも通りの気の滅入る曇天の下では、だが炎と煙、そして怒号と悲鳴が飛び交っていた。

 シラクーザの、文明の表皮を剥いだ下にある荒野の性。

 

 そのうちの一角、業火をあげて燃え盛る屋敷をジョヴァンナは指さした。

 それは確か、どこぞの中小ファミリーの本拠だった。

 今まさに、その全てが灰燼に帰そうとしているのだが。

 

「ウォルシーニだけでも、ファミリー同士の抗争は一気に激化したわ。パルマ、ウスティカ、ジェラ、トラニ……他にもたくさん。本来ならテーブルの下で靴を踏み合うだけの関係に終始する筈だった彼らは、この酷い混乱に乗じて互いを潰すことに踏み切った。最後にどこが立っていて、どれだけの力を残すのかは分からないけれど……少なくとも、彼らが望む通りの結果を手に入れることはないでしょう。これは功かしら?流された血の量を考えれば、一概には言えないけれど」

 

 つい、と指を滑らせてジョヴァンナが指し示すのは、ウォルシーニを貫く大通りで。

 そこでは、決して裕福とは言えない身なりをした市民達がプラカードを掲げて、民生用のアーツユニットや護身用のちゃちな武器を手に取り、マフィア達に抗議の声を上げている。

 数の利と、何よりも彼らを呑み込んだ狂奔の渦は……荒事には慣れ切ったはずのファミリーの奴らですら一歩引いてしまうほどには、強烈らしい。

 

「ルビオとあなたの放送で、市民達はファミリーの支配するシラクーザに対する疑問を持つようになった。自分達の力がマフィアに劣るものではないと、そう自覚するようになったのね。勿論、短期的には暴力という直接的な力を持ったマフィアが優勢でしょうけど、長期的に見ればどうなるかは分からない……それはベッローネの御曹司の腕の見せ所でしょうし。これは功と言っていいんじゃないかしら、新しきシラクーザに向けて」

 

 最後にジョヴァンナが指を向けたのは、その市民の群からわずかに離れた裏通りに屯している集団。身なりは市民達とそう変わらないが……あれは感染者だ。人目を避けるように、怯えるように。それは彼らに刻み込まれた教訓にして、もはや本能にも近しいものだ。

 だがそれを振り払うように、大声をあげてがなり立てる一人の感染者と。対照的に、疲れ切った様子でへたり込んでいる大勢の感染者達。

 非感染者への怨嗟と、それ以上に、どこへ向けるべきかも分からない怒りを持て余した彼らは、きっと誰にも顧みられることはなく。

 

「それに、感染者達の蜂起も。裏であなたが手を回していたらしいのは少し調べるだけでも分かったわ。対立を煽って、導火線に火をつけて。その上で自分を悪役に仕立て上げて、打倒されようとしているのもね。感染者という問題から、誰も目を背けられないように……そんなあなたこそ、一番目を背けているようだけど。これは、きっと罪でしょうね。ケルシー女史ならそう言うでしょう」

 

 オレを室内に引き戻したジョヴァンナは、オレの胸元を掴んだままで、屹とオレを見つめている。

 今度こそ、目を逸らすことは許さないというような……だが、オレは。

 

「いいや……いいや。ファミリーの対立はベルナルドのものだ。市民の啓蒙はルビオのものだ。感染者問題も……オレでなくともロドスが、きっといつかは対処してくれただろう。オレが手を出さずとも、同じような結果には終わっていただろう。何せ……オレはそうなることを知っているから……ッ、危ないな」

 

 突然にオレを突き放したジョヴァンナの投げ放った物を、辛うじて掴み取る。

 そんな芸当が出来たのは、それがオレが何年も使ってきた直剣だったからで……だが、先の戦闘で敢えなくオレの手から零れ落ちたはずの。

 それをどうしてわざわざ投げ返したのか分からなくて、ジョヴァンナの方を見た。

 

「でしょうね。あなたならきっとそう言うと思っていたし、そういう意味ではあなたらしくて安心したけれど……」

 

 ただ──オレの意識は、ジョヴァンナではなくて、その隣に並び立つ黒髪に嫌が応にも吸い寄せられた。

 

「……これでいいのか?ジョヴァンナ」

「ええ。目を瞑って耳を塞いで、何も見ず聞かずでいるつもりの偏屈者には、あなたくらい眩しい存在じゃないと届かないのよ」

 

 チェリーニア。

 少し気怠げに、だが確りとオレを見据える橙色の瞳。

 それは……オレにとって、認め難く未知だった。

 チェリーニアがそこに居ることも、そんな目でオレを見ることも。

 

 ジョヴァンナはアーツユニットを、チェリーニアは双剣を携えて。

 

「どうやらあなたは、私やウォラックのことはそんなに知らないし、だからこそ未知に出会しても「自分のせいじゃない」なんて言えるのでしょうけど。チェリーニアのことは、そうじゃないでしょう?あんなに私にチェリーニアについて講釈を垂れて、それで知らないなんて言わせないわ」

「……そんなことをしていたのか」

「ええ。何ならあなたよりもあなたに詳しいんじゃないかしら?なんて思うくらいにはね。……だから、聞くのだけれど」

 

 チェリーニアのことを知っている──それはそうだ。

 彼女は、言わば「主人公」だ。誰もが彼女のことを意識せざるを得ない、そういう輝ける恒星のような。

 シラクザーノが群像劇であろうとも、彼女は常にその真っ只中に存在していたし、そうであるなら当然のこととしてチェリーニアについての情報も多くなる。

 ドクター(プレイヤー)としてそれを読んできたのだから、それを知っていることも決して不可解ではないし、むしろそうあるべきだろう。

 

 そして。

 つまるところ、オレにとってチェリーニアというのはそれが全てだ。

 何にも縛られず、逍遥と天を往く。

 余さず緻密に描写のなされてきた以上は、そこにはオレなど介在する余地もないはずで、だからこそ……。

 

 だが。

 その「チェリーニア」は、ジョヴァンナの言葉で砂上の楼閣のごとくに打ち壊された。

 

「──あなたの知るチェリーニア・テキサスは、ジョヴァンナ・ロッサティとこうして肩を並べて同じ敵に向かうことがあったのかしら?」

 

 敵。それはすなわちオレのことだ。

 それは分かる。そうなることは想定していたし、そうするべく動いてきた。

 

 チェリーニアがオレに刃を向けるのも、分かる。

 オレという存在は、彼女の物語という車輪に踏み潰される砂粒くらいのもので。

 あろうとなかろうと、何も変わりはしないのだと、そう考えていたからだ。

 

 ジョヴァンナがオレに鋒を突きつけるのも、分からないではない。

 そもそもジョヴァンナの心理なんてオレには分からないから、何が起きようとそういうものだとして受容できる。

 

 だが……その二人が、こうして道を同じくし、あまつさえ肩を並べることがあるなんてのは、予想だにしなかった。

 ましてその剣の向けられる先が、オレであるというのは……つまりは、オレが鎹だと?

 

「ようやく思い至ったみたいね。あなたにとってチェリーニアは不可侵の聖域だったみたいだけれど、あなたはそれを侵しているの。その功罪を問うなら、私としては功に分類したいけどね……ともあれ、あなたはそれだけの影響を及ぼす力があるということよ。なのに、頑なにそれを認めようとしないことの馬鹿馬鹿しさも分かってくれたかしら」

 

 それを、否定することは……出来なかった。

 

「……そう、だな。少なくとも、オレがそれに論理的に反駁することが出来ないのは確かだ。感情の上では、全く納得もできよう筈がないけれども。だが、元よりそういうものか……そも理屈で考えるならシラクーザから逃げ出せばよかった、それだけの「強さ」はあったらしいからね。だというのに、感情に縛られてそれが出来なかった「弱い」人物がオレだから」

「逃げ出す、ね。あなたが思い浮かべたのは、きっと七年前のチェリーニアなのでしょうけれど」

「そういえば、お前もあの粛清に参加していたな……さほど本気でもなかったようだが」

「宿命だから、かな。君があらゆる因縁を切り捨てて逃げ出すというのが」

「そうやって型に嵌めて、覆せないと思い込むのが良くないって言ったのだけれどね。まあ、二度も同じことを繰り返す時間も無いから簡潔に言うけれど……一度逃げ出したからって、それに二度と向き合えないというわけじゃないわ。それはシラクーザが捉えて離さないという話じゃなくて、離れた場所からでも振り返ることはできるということ。あるいは、あなたの道行く先で再び新しいやり方で出会うこともあるかもしれない。そういう機会まで、無くなってしまうことはないわ」

 

 それはミラノ座で、ジョヴァンナが語っていたのと同じことで。

 ……あの時は、オレは一体何を考えていた?

 「責任を放棄したただの逃避」──ラップランドの言った、ジョヴァンナへの批判について、何くれと考えていた筈で。

 まさしくそれは、今のオレに向けられるべきものだろう。

 

「私は、ロッサティのドンの座を譲ったわ……それを逃げ出した、と言われても否定するつもりはない。けれど、だからといってシラクーザのことを諦めたわけじゃないし、レオントゥッツォ・ベッローネの野望にも同道したいと思ったわ。それを否定することは、他の誰であっても不可能よ」

「フッ……だからといって、身軽になったその日にボスの所に行って直談判していたとは思わなかったが」

「仕方ないでしょう?私はあなたにもきちんと向き合うべきだった思うし、それならこれが最短だったもの。それとも迷惑だった?」

「いや。ボスが認めたというのなら、いち従業員である私に口を差し挟む権限は無いからな……それに、昔の友人とよりを戻すのも悪くはない」 

 

 ジョヴァンナの、楽しそうに笑うさまは。そしてそれを、拒絶しないチェリーニアは。

 少なくとも、シラクザーノでは描かれていなかった。

 

 チェリーニアの在り方はきっと変わっていないだろう。だがジョヴァンナの考え方は、少し変わっていたのかもしれないし……二人の関係も、行動も変わったということかもしれない。

 その意味では、確かにオレはそこに関与しているの、かもしれない。

 認めたくはないが、それを否定することも出来ないというのは確かだ。

 

 だから、オレがこのシラクーザという舞台において、全くの無力なただの端役ではないというのも、その主張は理解できるし納得もするべきだろう。

 ここまで状況を掻き回し、だというのに結局は何にもならないと嘯いていたのも、愚かな自己欺瞞だったと言うならそれはそうだ。

 それゆえに、自分の所業を直視するべきだということも。

 

 ──君は、君が思っているよりも……強く、剛いのだよ。

 

 ふと、聞こえたような気がした。

 シルヴィアの、オレに託した言葉。

 それがこういう意味だったのかは、分からないけれども……オレのことを導き、意志を見出す道標となってくれたのは確かだった。

 

 ……ああ、分かった。嫌というほどに。

 オレ自身の「強さ」も、それが生み出したものも。

 

 強者ゆえの責務。

 それはきっと、果たされるべきもので。

 

「それは嬉しいお知らせね。……さておき、あなただって私みたいに逃げ出したっていいと思うのよ。そもそも、私にこの道を提示したのはあなたみたいな部分もあるし」

「生憎と、それは出来ない。いや、君の説法のことを否定するつもりはないんだ。正しいのはそちらなのだろうし、逃げ出すという選択肢が存在していて、オレもそれを選び取ることができるというのも」

 

 逃げる。オレに絡み付く何もかもを捨てて、新しい門出を。シラクーザと「向き合う」ために。

 ……それは、素晴らしいことだろう。

 これまでに重ねてきた失敗を何もかも忘れて、心機一転に、新しきシラクーザのために尽力する。

 どれほどまでに、オレがそんな未来を夢想してきたか。

 

 だが、同時に。

 それはつまり、オレがこれまで踏み躙ってきた者を、オレがこれまで強いてきた犠牲を、全て無為に帰すのと同義だ。

 オレが、オレ自身の力に自覚的になればなるほどに、それによって生み出された罪業はオレを責め苛む。責め苛まなければならない。

 だからこそ、こうしてオレの所業を……その罪を、はっきりと認識するようになった今は。

 これまで目を背けてきたオレだからこそ、そこから目を逸らすことは出来ないし、してはならないだろう。

 

「ただ……それを知って尚更に、オレは戻れやしない。戻るべきじゃない。現実からの逃避ではなく、オレの確たる意志として──オレは、君達に打ち倒されるべきだ」




遅くなって申し訳ありません。4時になっていないので、アークナイツ的には「今日」ということで何卒……。

とても難産で筆が滞っていました。
主人公の思考を結末に導く過程自体は決まっていたのですが、それをどう文字に起こすのかで迷いに迷ってしまいましたので。
これでも説得力のある内容になっているかは不安しかありませんし……。


・体力が0になった時、体力をわずかに回復し、「血債」を初期化し、第三形態に移行する。

第三形態
・「血債」の増加を無効化する。
・体力が0になった時、全ての敵ユニットを撤退させ、作戦を終了させる。
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