けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-4 崩壊

 

 まず初めに言い訳じみたことを言わせてもらうとするなら、オレは暗殺者であって戦士だの兵士だのでは断じてない。正面きって相手と戦うのではなく、自分に限りなく有利な条件で相手を嵌め殺し、それを気取られないようにするのが本職なのだ。

 そして翻ってチェリーニアは元からファミリーの上に立つ者として、ファミリーの先陣を切るような戦い方を求められそれに応えてきた。龍門でペンギン急便に所属してからもド派手なドンパチばかりで、その手のことにかけては右に出る者もいないだろう。

 で、今オレがやろうとしているのは、正面きってのドンパチとでも言うべきものだった。チェリーニアにはオレのことをしっかりと捕捉され、もうステルスにはなれないだろう。

 正直言えば、もうこの時点で負けみたいなものだ。暗殺者というのは、真っ向勝負で勝てないからあの手この手の搦手を使うわけなのだから、真っ向勝負に持ち込まれたらもう勝ち目なんて無いに等しい。

 

「っ……あの時よりもずっと強くなったな、君は!」

「そういうお前は、変わらないように見える。臆病だが好奇心旺盛な羽獣のように私のことを観察している……お前の求めるものはそれでは見つからないと、そう伝えたはずだ」

「……そうではないという確信がオレにはある。こればかりはチェリーニア、君でも分かるまいが」

 

 次々と投げるナイフは、時に直進し時に弧を描いてチェリーニアに襲いかかるが、そのことごとくが弾かれては地面や壁、天井に突き刺さる。オレのアーツでこっそりと回収して死角から射出したりもしているのだが、それも含めてチェリーニアにはかすり傷ひとつ付けられていなかった。

 挙句、チェリーニアは刃雨を物ともせずにオレの方へ接近してくるのだからたまらない。一応は投擲用のナイフ以外にも近接戦用の直剣も持ってはいるが、こいつを抜いたところでチェリーニアを止めることはできないだろう。というか今更抜けるような暇は貰えないだろう、何せオレときたら大量のナイフを操るアーツの制御だけでほぼ手一杯なのだ。

 それだけの労力を費やしてなお一方的に押し込まれているというのは、なんともままならないものだ。

 

「──っ、」

 

 壁に突き刺さったままのナイフを回収するために、わずかに意識をそちらに割いたその瞬間。隙とも呼べないようなその間隙に、しかしチェリーニアは一気にオレとの距離を詰めていた。

 オレからすれば、チェリーニアが瞬間移動してきたようなものだ。突然目の前に現れたチェリーニアに、それでもオレの身体は自然と動いてナイフを構えてチェリーニアの剣を防ぐ。

 いや、防ぎきれなくて半ばからポッキリと折れてしまっているが。やっぱり安物は買うもんじゃない。

 

 現実逃避気味にそんなことを考えているが、実のところ大ピンチである。カラチの殺害で依頼自体は完遂しているものの、命あっての物種なのだ。こんなところで敗衄するなどお笑いにもならない。

 だが実際問題として、ここでチェリーニアの攻撃を凌がなければオレの命は無いだろう。それが滅茶苦茶に難易度が高いから大変なのだが。

 

「がっ……」

 

 仕方なしに飛び退り、蹴りを放ってせめてもの牽制にするが、もうその時にはチェリーニアはオレの背後にまわっていた。

 片足を宙に浮かせて体勢の不安定なオレを、チェリーニアは床に押し倒す。かろうじて顔面を強打することは避けたものの、胸を勢いよく地面に叩きつけられたものだから、肺の中の空気が全部吐き出された。そのせいで全身が一瞬弛緩して、アーツの制御も滅茶苦茶になる。

 慣れた手際でオレを後ろ手に拘束し、体重を乗せてオレが脱出できないようにしてからチェリーニアは周囲の人を呼び立てた。おそらくはレオントゥッツォだろう、何せこのパーティーにおける最高権力者なのだから。

 

「流石だなテキサスさん……それで、そいつが下手人か」

「ああ。……すまない、カラチの護衛には失敗した。頸動脈をスッパリと斬られているから、もう病院に運んでも助からないだろう」

「……だろうな。カラチの暗殺に加えて、テキサスさんのおかげで防げたが俺の暗殺も……この時期にそんな大それたことを計画するなんて、一体どこのどいつの差し金だ?」

「さてね。オレみたいな木端がそんなことを知っていると思うのかい、レオントゥッツォ・ベッローネ?」

 

 鋭い目でオレを睨むベッローネファミリーの若旦那に、けれど口の端を吊り上げて笑って挑発してやる。まるでテラの双月みたいな黄金の双眸が眇められてオレに向けられているが、なるほどラヴィニアにそっくりだ。レオントゥッツォが彼女のことを姉のように慕うのも分かる。

 ちらと、周囲を見渡す。ラップランドはもうこの騒ぎに乗じてどこかへ行ってしまったらしく、その白髪はどこにも見えやしない。苛立たしげに、だが少し離れてオレたちのことを観察しているエラフィアは多分ウォラックだろう、確かこのパーティーにも顔を出していた気がする。他にも遠巻きにオレたちのことを見ている野次馬はそれなりにいるが、どいつもこいつも腰が引けた様子だ。まあシラクーザでの立ち回りとしては、それが正しい……ああ、あそこの人混みに紛れている小柄なやつはルビオか。

 そんなことを取り止めもなく考えていれば、レオントゥッツォの革靴がオレの頬に突き刺さった。机仕事ばかりの坊ちゃんの蹴りなんぞ本来ならどうってことはないのだが、流石に衝撃を逃すことの難しいこの場合はそれなりに痛い。

 

「確かに俺は暴力を行使することがあまり好きじゃないが、それは「効率的」じゃないからだ。もし暴力が一番の効率的な手段なら、それを厭う理由なんてどこにあるというんだ?」

「ふ、名にしおうベッローネファミリーの若旦那らしい言い草だ。自分が誰よりも上に立っていると信じている……ぐっ」

「俺はそれほど大それた自信家ではないが、今あんたよりも優位にあることくらいは分かっている……もう一度聞く、誰からの仕事だ?知らないとは言わせないぞ、シルウィアさん」

 

 冷ややかな声でオレのことを問い詰めるレオントゥッツォはなるほどドン・ベルナルドの息子というだけある。ファミリーの外の人間にはとことん冷徹な感じとか、反吐が出るほどそっくりだ。

 ま、いずれはベッローネどころかファミリーすらも否定するようになる前途遥かな若者に対して、それでもいちいち反感を覚えるほどオレは若くもないが。

 

「……そもそもオレがファミリーたちの間でワイルドカードじみた扱いをされているのは、オレが沈黙の掟(オメルタ)を遵守しているからだ。命惜しさに情報を漏らしたりしない、そういう奴だという信用だな」

「だが、何事も命あっての物種だとそう言っていたあんたらしくないな。あんたにとって、その沈黙の掟と命は結局どっちが大事なんだ?」

「命の価値は、それを奉じる目的があってこそのものだからな。有り体に言えば「それを果たすまでは死ねない」くらいのものさ。そういう意味では命の価値などたかが知れている……もっとも、今天秤に乗せられているのはオレの命じゃないが」

「なに?」

 

 アーツを急速に励起させる。それに勘付いたチェリーニアが止めようとしているようだが、もう仕込みは終わっている。

 刺さったナイフを起点に天井や壁に罅が入り、あっという間に蜘蛛の巣のように全体を覆った。ダメ押しにもう一度アーツを放てば、それは薄紙を破るくらいに簡単に崩壊し──オレたちに向かって降り注ぐ。

 小さいものでもオレの腰くらいまであるような瓦礫の奔流はオレ諸共にレオントゥッツォとチェリーニアを飲み込もうとしていたが、チェリーニアがすんでのところでレオントゥッツォを抱えて脱出したらしい。オレの背中にかかっていた重量がなくなっていたのを感じて、ひとまず安堵する。

 ちなみにオレがこうも安穏としているのは、そもそも術者であるオレがこのアーツによって害を受けるような間抜けな真似はしていないからだ。瓦礫の山は、立体パズルみたくオレの所だけぽっかりとスペースを空けるように組み合わせられて落下している。

 その中でオレは慎重に身体を動かし、先ほどと同じ要領で床に穴を開けた。ただし今回は、オレ一人が辛うじて通れるくらいの小さいものだが。それを潜って下階に行き、周囲を見れば誰もいない。まあこの騒ぎでは当然だが。

 

 ただでさえ湿っぽいシラクーザだが、その地下であるここは一際に陰鬱で湿気が強い。ここにいればどんな果断の利刃でも一日で錆びついてしまうだろうくらいには。

 誰かがここに思い至る前に、こんなところからはさっさとずらかるべきだろうが……オレの頭には、チェリーニアの言葉が木霊していた。

 

 ──そういうお前は、変わらないように見える。

 

「ああチェリーニア、自分から変化を起こせる人間がそれだけで強者だということを……君は知ってそう言っているのか?」

 

 

 ◇

 

 

「ぐっ、まさか自分ごと崩落に巻き込んでまで攻撃してくるとはな……」

 

 暗殺者──シルウィアが自爆めいたアーツでパーティー会場を滅茶苦茶に崩落させた、そのすぐ後。

 レオントゥッツォはその整った顔に血を滲ませ、眉を歪めていた。テキサスが瓦礫の雪崩から助け出してくれたものの、そのうちの一部が頭を掠めて……というよりかなり大きな瓦礫だったので、掠めただけでも視界が揺れるほどの衝撃だった。

 失血で朦朧とする意識の中で、レオントゥッツォは傍に控えるテキサスへと向き直る。

 

「助かった、テキサスさん。あんたが引っ張ってくれなければ今頃俺はあの山の下敷きになっていただろう」

「構わない、もとよりそういう契約だからな。それにこの手のことは龍門で慣れている」

「どうやら龍門もシラクーザに劣らず「文明的」な都市らしいな……まあ今はそれはいい。問題なのはカラチの暗殺と、俺の暗殺未遂だ」

 

 たまらずレオントゥッツォは溜息をこぼした。

 ようやく新しい移動都市の建設にひと段落がつきそうな所でこの襲撃だ。ヌオバ・ウォルシーニを巡る競争ではベッローネの勝ちがほぼ決まっていたようなものだったのに、これではベッローネの弱体化を内外に知らしめたようなものだ。まだ旗色を明らかにしていないサルッツォがどう動くかも未知数だし、今はベッローネを支持しているファミリーもいつ反旗を翻すか分からない。

 だからこそ、この混乱を早急に収拾しなければならないのだが。

 

「一体どのファミリーがこれを計画したんだ?俺もカラチも、公的な立場でこのパーティーに出席しているから足取りを掴むのはそう難しくなかったはずだが……だめだ、残された手がかりが少なすぎる。こういう時にシルウィアさんみたいな単独で動かせる駒は便利だと痛感させられるな……」

「先程から気になっていたんだが、お前はシルウィアと親しいのか?さん付けで呼んでいるし、あいつのことを色々と知っているようだ」

「ああ、シルウィアさんはどのファミリーの仕事も請ける便利屋みたいな立場にいるんだが、それでも贔屓にしているファミリーというのは存在していてな。彼女の古巣のファミリー……これは大した規模もないからどうでもいいが、それ以外がサルッツォとうちなんだ。サルッツォは彼女が一時期滞在していた縁で、これはあんたの方が詳しいだろう」

「そうだな。当時はあまり馴染んではいないようだったが」

「そうなのか?まあいい、それでうちの話だ。うちはサルッツォと違ってシルウィアさんと因縁があったわけじゃないが、親父が個人的に彼女のことを気に入ったらしくてな。彼女が独立して暗殺者稼業を始めた頃から重用していて、その恩があってか付き合いも深いんだ。俺も何度かベッローネの屋敷で出会したことがある」

 

 その際にシルウィアは、何くれとレオントゥッツォのことを気にかけていたようだった。仕事柄シラクーザを飛び回っているからか来る度にあちこちの土産を持ってきてくれるし、たまに相談に乗ってくれたりもしていたのだ。ラヴィニアは実の姉のような存在だったが、シルウィアは親戚の姉くらいには親しい存在だった。

 とはいえ彼女は仕事を選ばないから、時としてベッローネにその牙をむくこともあったのだが。それでもファミリーにとって致命的になるような類のものは無かったから、ベッローネも彼女のことを利用し続けていたのだ。

 けれど。

 

「シルウィアさんにとって、カラチの方はまだギリギリ許容できる仕事だろう。ベッローネに近しいとはいえ、表向きには中立の立場だからな。言い訳も立たなくはない……それでもかなりの無理筋だが。だが……」

「お前の暗殺は、明らかに一線を超えているということか」

「そうだ。今まで彼女はそんな仕事は請けてこなかったし、他のファミリーも表向きはそういう依頼を出さなかった。彼女に黙殺された分は知らないがな。だというのに今回の一件だ。まずシルウィアさんに依頼したファミリーが分からないし、それを請けた理由も分からない」

「サルッツォではないのか?あいつを贔屓しているんだろう」

 

 先程、あまり喜ばしくない再会を果たしたばかりのラップランドを思い浮かべてテキサスは言う。サルッツォから追放されたとはいえ、彼女はサルッツォのドン・アルベルトの実の娘だ。そんな彼女がパーティー会場にいたのも傍証になるかもしれないな、とそう考えたからだ。

 しかしレオントゥッツォは首を振ってそれを否定した。あるいは否定したいと、そういう願いを込めた動きだった。

 

「シルウィアさんに、無理に依頼を通せるのはうちかサルッツォくらいだろう。そういう点ではサルッツォは限りなく怪しいが……あいつらは不用意な賭けはしないからな。こうもあからさまに行動するのも考えにくい。かといってベッローネな訳もないし……」

 

 レオントゥッツォの思考はそこで途切れた。見慣れた薄茶色のスーツに身を包んだラヴィニアが、人垣を割って近付いてきたからだ。それに続いて裁判所の人員もわらわらと出てきて、衆目を遮る壁を形成した。

 裁判所はすなわちミズ・シチリアの意志の代行者である。ミズ・シチリアは己の敷いた秩序の破られることを許さない──この事件は、その秩序への挑戦として受け止められてもおかしくない。それゆえに、居並ぶファミリーの面々も彼らのことをことさらに邪魔立てすることはできなかった。

 

「チェリーニア・テキサス。あなたをカラチ部長殺害事件および……部長秘書の殺害未遂事件の重要参考人として、裁判所に招致します。この命令に逆らうことはシラクーザの法に反するものとみなされ、罰の伴うものだということを理解してください──」

 

 ラヴィニアがテキサスを半ば強引な形で連行し、また事件の解決を周囲に宣告しているのを聞いて。

 レオントゥッツォはふと、一連の出来事にとてつもない疲労感を覚えた。そして、その瞬間にレオントゥッツォの意識は深い深い闇の奥底に落ちて沈んでいった。

 

「レオン!」

 

 崩落した天井から覗く曇天から降り注ぐシラクーザの雨は、もうカラチの血を綺麗さっぱりと洗い流していた。

 

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