レオントゥッツォの公開裁判から一週間余り──オレは、変わらずヌオバ・ウォルシーニの監獄で暇を持て余していた。
オレ以外の誰もが、この激動の期間に東奔西走しているのにも関わらず、だ。
レオントゥッツォとラヴィニアはシラクーザの新時代を実現すべく奔走している。
あの演説から、レオントゥッツォはヌオバ・ウォルシーニにおいて名実ともにトップに立つことになった。彼の試みが成功裡に終わるのか、苦難に満ちたものになるのかは分からないけれども、二人はその命の果てるまで進み続けるだろう。
チェリーニアとペンギン急便は龍門へ帰っていった。
彼女達の本業はあくまでも龍門での運送業であり、シラクーザに来たのはその一環でしかないからだ。それでも、必要とあればチェリーニアはシラクーザへと再訪するだろう。
ラップランドはいつの間にかウォルシーニを去っていった。
恐らくは、荒野でザーロと終わりなき一騎討ちを繰り広げ、その果てに人の身でありながら狼主を従えることになる。文明でも荒野でもなく、ただ荒廃そのものとして。
ケルシー達はヌオバ・ウォルシーニでの活動をロドスからやって来た人員に引き継ぎ、足早にクルビアへ向かっていったそうだ。
目的地はトリマウンツ、つまりは孤星の舞台となる場所だ。本来は既にクルビアに居るはずだったのを、無理を押してこちらに来ていたそうで……まあ、申し訳ないことこの上ない。
ジョヴァンナは早くも新市街の土地を押さえて、脚本家としての活動を始めているらしい。
ペンギン急便がウォルシーニを去る前日には、その家でパーティーをやったのだとか。ピザ生地でできたアップルパイとかいう珍妙なものを土産に差し入れてくれたが、意外と美味しかった。
『テキサスの死』も第三幕まで、予定通り上演されるらしいが……その結末は、果たしてオレの知るものと同一なのかどうか。期間中に見に行くことができればいいんだけれども、どうなるやら……。
「ファミリーの存在しない都市が出来るまで……実質的には懲役みたいなものか?それとも、労役すらないから禁錮刑かもしれないが」
天井の染み、もとい細かな傷を眺めながら独り言ちる。
オレに割り当てられた独房は、この監獄の中でも奥の奥、滅多に使われることがないような場所だ。
それに加えて、この監獄は割り当てられている人員も予算も多くない。どうせすぐに出獄されるなら、資源を投入しても結果的に無駄になってしまうからだ。
その二つを合わせると、当然の帰結として……まあ、こんな辺鄙な場所にある独房なんて碌に整備もされていないわけだ。
オレを収監するにあたって急遽掃除とかはされたらしいが、それでも黴臭さというか埃臭さと言うか、そういうものは残っている感じがする。
シラクーザがオレを裁くことができるようになるまで、という期限。
それがどれほどのものなのか、オレにも分からない。
少なくとも一週間ではまるで足りない。一ヶ月でもまだ足りず、一年でようやく足りるかどうか。
それだけの間、この狭苦しい場所に閉じ込められるというのは……まあ、嬉しくはないが、仕方のないことではある。
彼らはオレを裁くことを求めていて、オレは彼らに裁かれるのを求めている。
であれば、それがなされるまでの間、お互いに待つことも必要ということだ。
「まあ、外界と完全に断絶されているわけでもないしね。たまに誰かが面会に来てくれるし」
流石にテレビとかは無いが、新聞だのラジオだのは限定的ながらもアクセス可能だし、刑務官もたまには世間話に応じてくれる。
重罪人に対して甘すぎないか、と思わなくもないが。
まあオレが大人しくしているというのと、そもそもオレみたいな犯罪者を収容するのに慣れていないんだろうな……。
大体の奴らはすぐに出ていってしまうから、同じ囚人を長く相手にするというのもそうはない。もしあっても、そういうのは大体が末端の捨て駒だから、オレみたいなのとは訳が違うだろうし。
あと面会についても、ケルシーやジョヴァンナがそれぞれ一度来てくれていたり、レオントゥッツォとラヴィニアが来ていたり。まあ後者については、正確にはオレが収監される以前の話だが。
彼女達もそう頻繁に来れる訳ではないだろうけれども、たまに無聊を慰める分にはそれで十分だ。
もしかしたらそれが今生の別れになるかもしれないが、まあそれはそれということで。向こうもそれを分かって来ているのだろうし。
「……へえ?ヴェネツィアファミリー、もといヴェネツィア自工が早速ヌオバ・ウォルシーニに参入、と。あそこは相も変わらず目敏いねえ……アントニオの辣腕ぶりの面目躍如というところかな」
新聞を斜め読みしては、それを好き勝手に評論する。
そんなことをする余裕は、この世界に生まれ落ちてからというもの碌に無かった。前世に自覚的になるまでは、単純に能力の問題で。その後も、精神のあり方の問題で。
そういう意味では、今こそ一番人生を謳歌していると言えるかもしれない。
「シルヴィアも、居てくれればよかったんだがね」
シルヴィア──「狼主」シルヴィア。
オレのことを陰ながら見守り、その果てにオレを身を挺して庇ってくれた彼女は、今なお姿を現してはくれない。
「オバアサン」に見放されたレッドも、こんな気持ちだったのかもしれないけれども。オレは彼女に比べれば、まだマシかもな。
それはつまり、シルヴィアが決して姿は見えないけれど、オレの側に……あるいは裡に、居てくれているということが分かるからだ。
オレの心、あるいは魂。その「欠けて」いる部分──オレからすれば無くとも何らの問題もないが、本来はあるべきだろう部分。そこを埋めてくれているような感覚……と言っても伝わらないだろうが。
まあ、とにかくそんな感じだ。
シルヴィアが死んでもいなければ消滅してもいないことは、直感的に分かる。なら姿を見て、声を聞いて、触れ合いたい。そう思うのは、我儘だろうか。
「オレも、こんなに弱かったかな?肩の荷が降りたということかな、どうにも浮ついていけないが」
思わず苦笑して、新聞紙をベッドの上に放り投げた。
まあ、またいつか会えるだろう。そういう確信はある。
それが幾星霜の彼方であれ、やがて等しくオオカミとして……願望ではあるが。
「はあ……いやさ、自分の終焉がこうも待ち遠しく感じられるとはね。これまでも口では破滅願望を語ったけれども、あんな後ろ向きなものは所詮は自己欺瞞だった訳だ。それに比べて、どれほど晴れやかなことか」
オレの犯した罪咎と、それに下されるべき罰。
まさかオレ自身が、死を免れることはできないということは分かっている。
テラは前世の……少なくとも日本に比べれば命の軽い世界ではあるが、だからといって人を殺して何らの罪にもならないということはあり得ないからだ。
直接オレが今回の件で手にかけたのは、カラチを筆頭として建設部の役人を複数名と、後は司令塔での乱戦で肉楯にした奴らくらいだが。間接的にオレが殺した人数で言えば、百は下るまい。
それに、掃除屋として活動してきたことまで遡求して量刑されるならば、下手すれば倍以上の殺害人数だ。
それだけ殺しておいて、のうのうと生き延びるのは……まあ、そういう奴も居るだろうが、オレ個人の問題としては受け入れ難い。
悪徒は討たれるべきで、それはすなわちオレのことだ。
あの司令塔で殺されなかったのは、裁きを下す執行人が居なかったというだけのこと。レオントゥッツォにせよラヴィニアにせよ、チェリーニアにせよラップランドにせよ。オレに罰を与えるには不適切だと、彼ら自身はそう考えていたらしい。
オレはたとえ誰に殺されようが、死ねばそれで十二分に償いと罰になりうると考えていたけれども、今になって考えればそれもまた自分本位な理屈ではあるな。
憎むべき仇が、誰とも知らぬ者の手で野垂れ死んだところで、その恨みは決して晴らされはしないだろうし。
法律は怨嗟を晴らすためにあるのではないとはいえ、むしろそれを抑制するためにあるとはいえ。それでも、ああも無責任に自殺を……自殺と言っていいだろう行為をするのは、きっと正道ではないだろう。
「だからこそ、新しきシラクーザによって裁かれるべきだ、と。全く、レオントゥッツォらしい言い草だが……」
ただ、ジョヴァンナは……オレが、そういった柵すら捨てて逃げ出すことを、望んでいたのだろうか。
もしそうなら、それに応えられなかったことは、どうしても心残りだ。
はあ、と嘆息して姿勢を正す。
それは扉の向こうに、誰か人の気配がしたからだ。
もはや馴染みとなりつつある刑務官達の誰とも違う、刺々しくも痛々しい雰囲気。むしろオレにとっては、シラクーザの裏路地でいつも肌に感じてきたものだ。
「一体誰かな、こんな時分に。オレの元へ訪れる奴なんて、もう出尽くしたと思っていたが……」
本来なら厳重に閉ざされているべき独房の扉が、けれども簡単に開かれたのは、つまりそういうことだ。
決して刑務官や裁判官ではあり得ない鬼気迫る様相のそいつは、ベッドに腰掛けるオレのもとへ一直線に歩いてくる。
その手に握られているのは無骨なナイフと、黒々とした……活性源石?だとすればよく持ち込めたものだが、それだけこいつが手練れということだろう。
だが何よりも、その瞳。粘りつくように重く燃える怒りの炎は、今なお男の双眸に宿り、その身を焦がしている。
そしてその激情の向けられる先は、オレに違いなかった。
「……」
「何か喋りたまえよ、そうでなければオレとて対応に困ってしまう。無論このままお帰りいただいても構わないけどね、──君」
「……!」
知らない顔と名前ではない。
あるいは知らずとも、オレがこれまでに踏み躙ってきた「誰か」の中の一人である、ということはすぐに分かった。
であれば当然、オレへの感情のその所以も。
「まあ、そういうことも想定はしていたけれども。君なりにオレのことを裁きたいというのなら、それはそれで──ッ?」
けれども、それは復讐というにはあまりに呆気なく、審判というにはあまりに偏執的だった。
左手に握った活性源石──それを、オレの心臓に突き刺し、抉り、捩じ込んで。
何か、得体の知れないナニカがオレの身体に巣喰い、侵蝕していくような違和感。
乱雑に突き刺された傷の痛みなど気にもならない程の、その不快は。
なるほど感染者達は、常にこれと向き合ってきたわけで……今になってようやく、そのことを知る。
アーツユニットも、ナイフ一本もこの手には無い。
だから治療はおろか防御や迎撃すら不可能だし、そのことは相手も分かっているだろう。あの無造作な刺突は、オレに対抗する術が無いことを知っての行動でしかあり得ない。
そして、そこまで下調べをしてまでオレのことを殺しに来たそいつを、改めて見たけれど──
「は、君の怨敵が苦しみ抜いて死ぬというのに……もう少し嬉しそうにすればいいものを」
無感情に、無感動に。
ただ、なすべきことをなしただけとでもいうように、そいつはオレから一歩下がって睥睨している。
あるいは、そうであるべきと自分に課しているように。
「……俺にとって、お前は路傍の石に過ぎねえ。これは裁判官の下すような判決ではなく、罰ではなく……ただ、俺という人間が邪魔な一人の人間を殺したというだけのことだ。お前がこれまでにしてきたみたいにな」
「最後の一言で、説得力が台無しだがね……まあ、それなら、そういうことにしておこう。それで、どうするんだい?オレが、死ぬのを見届けるかな?」
「いいや。お前はそこで一人惨めに果てているのがお似合いだ」
言い残して、言葉通りに背を向けて去っていく男は……まあ、そうするだけの理由はあるだろう。
オレによって見殺しにされ、捨て駒として動かされた哀れな男。
その果てにこうなるというのは、全くもって自業自得、悪因悪果というものか。
新しきシラクーザ、ではなく。
オレが浸かってきた、古き泥濘のようなシラクーザによって。
裁かれることすらなく、ただ邪魔だからと殺される……それは、何にもまして口惜しく、ともすれば恨めしくすらある。
「殺してるんだ、殺されもする、か。その覚悟は決めていたつもりだが。いざとなると、口惜しいな……」
オレの身体から、生気の漏れ出ていくのが感じられる。
ケルシー達と相対した時のような活力はもはや無い。
それは、源石が今にもオレを蝕んでいるというのもそうだし……何よりも、オレの心の在り方の問題だった。
あの時は、それがたとえ自暴自棄であったとしても、オレには為すべきことと、守るべき信条があった。
だからこそ、傷を負おうとも立ち上がることができたのだろう。
けれども今は、為すべきことも守るべき信念も、等しく踏み躙られている。そういう言い方も、被害者面をしていて気に食わないが。
ただ新しきシラクーザによる裁きを待つ、それがオレにとって為すべきことだった。今となっては、それも叶わないだろうが。
オレという悪逆は裁かれるべきだ、それがオレがせめて掲げた信条だった。結局、それを迎えることもないらしいが。
まったく、上手く考えたものだ。
オレのことを、どうすれば「勝ち逃げ」させずに苦しめるか、ということだ。まさかあいつがオレの心の裡をここまで深く理解できていたとは。
あるいはただの偶然なのかもしれないが、それでここまで上手く進んだ以上は……時代が、人々が、シラクーザが、そうなることを望んでいたということか?
……それは、悲しいな。
ベッドに腰掛けたまま、背中を壁に預ける。
突き刺された活性源石は胸から背中まで貫通していて、背中側から流された血が独房の壁を紅に染める。
びちゃびちゃと、コートを濡らすその感覚に思わず眉を顰めるけれども、それを止める手段はオレには無い。
ふと、顔を上げる。
そこには空なんて見える筈もないが、オレの視線は天井を、ビルを、都市を越えて──ヌオバ・ウォルシーニを覆う、分厚い雨雲の帷へと向けられていた。
シラクーザは未だ暗雲から抜け出すことなく、降り頻る雨は泥沼を生み出し続けている。
だがその向こう側には、確かに果てしなき蒼穹が広がっているということは、もう知られているだろう。
いつか、誰もがそれを享受することのできる時代が来て欲しかったけれども……そして、その到来を見届けてから泉下へと行きたかったけれども。
まあ、オレにはこれがお似合いなのかもしれないな。
そう思いながら──オレは一人静かに瞼を閉じた。
◇
シルウィア・アクエドリア──ヌオバ・ウォルシーニにおける一連の事件の首謀者の一人。
彼女は収監されていた独房内で姿を消した。
おそらくは他殺と思われるが、犯人は未だ不明。
それは残されていた大量の血痕と、大気中に残留していた高濃度の源石から推定されたことだったが、同時に彼女の遺体はその一片すらも終ぞ発見されることはなく──彼女のことを語る際には、その生存説が必ずついて回ることになる。
主人公の結末は、色々と考えたのですが……。
何というか、あれだけのことを仕出かしておいて満足したままで死んでいくのを認められない自分が居ました(これに関しては、自分が自分のキャラクターを動かす上での一つの考えであって、そういった造形のキャラクター自体を批判するわけではありませんし、むしろ好きな方ですが)。
なので、悔いの残る死に方をして欲しいなという願望があり、このような形となりました。
ただ、悪人だからといって報われない結末以外を認めない、というのも極端な話ですし、それは作者としても全面的に同意はしかねる考えです。
そのため、本編自体はここで一区切りとしつつ、章を改めていくつかの後日譚のようなものを投稿する予定です。
ネタバレにはなりますが、主人公が死んでいないような形で登場するため、そちらが受け入れ難い方はここで読了するのがよろしいかと思います。
……ぶっちゃけた話をすると、「幕開く者たち」等にも絡ませようと思うと、主人公にはあのままでいてもらうと不都合がある、という事情もあるのですけれども。