けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-EX-1 人狼

 

 深く、暗い海の底。

 あるいは底の無い泥濘の中。

 そこへ向かってただ落ちていくように、薄れていくだけだった。

 

 二度と戻ることなく、二度と報われることもない。

 結局オレは、そういう結末がお似合いなのだと……そう再び諦念に覆われて。

 

 そうして消えていく筈だったオレの意識は、けれど。

 

「おーい。一体いつまで寝てるつもりなの?」

 

 声が聞こえる。

 幾度となく聞いたような、不安を掻き立てるようでいて、けれど安心感も呼び起こす、そういう声だ。

 幻聴にしてはそれははっきりとしていて、オレの沈みゆく意識を繋ぎ止める。

 

「折角キミが野垂れ死ぬ前に拾ってあげたのに、これじゃまた荒野に投げ捨てたくなっちゃうよ?」

 

 光が見える。

 慣れ親しんだシラクーザの曇天、その仄暗くオレの目に優しい光加減だった。

 それはオレのことを引き戻した。

 

 そして、その光を遮るようにしてオレの顔を見下ろしている、誰か。

 雪のような白髪に、けれど何にも染まらぬ黒の差し色の垂らされた、その不敵な笑みは──

 

「う……ん?……ッ、ラップランド!?」

「やっとお目覚めかい、お姫様?かれこれ十日くらいは寝込んでたんだけど、大丈夫……じゃなさそうだね、勿論だけど!」

 

 ラップランド。

 彼女は愉快そうに笑いながら、オレの上を跳び越えて側の車のボンネットに腰掛けた。

 それすらも映画の一幕みたいで様になっているが……オレは、それどころではなかった。

 

「オレは……いや、一体何が?あの時確かにオレは……」

 

 あの時、オレは確かに死んだ……筈だ。

 心臓を活性源石で貫かれ、出血と源石の侵蝕で。

 それで生きていられると考えるほどオレは自惚れちゃいないし、むしろそれは死んでおくべきだとすら考えてしまう。

 勿論、口惜しいことは口惜しい。けれども、そこまでして生にしがみつくのは……。

 

 いや、そんな感傷はいい。

 問題はあの時に死んだ筈のオレが、再びこうして意識を取り戻しているということだ。

 ラップランドが居る以上、ここが「あの世」だとかそれに類するものというのは考えにくい。

 ならつまり、オレは一度死んだ身でありながら、復活を果たしたとでも?

 それこそあり得ない。だが確かな事実として、オレはここに居る。その矛盾。

 

 それはオレにはどうしても理解できないし……受け入れることも難しかった。

 

「ラップランドよ。そこの牙は……否、もはや牙ではないオオカミは、自分の身に何が起きたかすら全く把握していないのだぞ。その蒙昧振りには(ほとほと)呆れるしかないが、だからといって千尋の谷に突き落とす必要もあるまいよ」

「ふうん?キミも丸くなったね、そんなことを言うなんて。それとも、キミにも後輩を思いやる気持ちってものがあるのかな?」

「フン……」

 

 ザーロと思しき声が何か言っているけれども、それに意識を向ける余裕も無く。

 ただオレは、身を起こしてラップランドに縋るしかなかった。

 

「何があったんだ?どうしてオレは君の車?に乗せられているんだ?それにオレに……一体何があったんだ?」

「アッハハ!本当に眠り姫みたいに何も知らないんだね。ボクには君の疑問に答えてあげる義理なんてないけど……ま、テキサスがキミのためにジョヴァンナに力を貸してたみたいにするのも、悪くはないかな」

 

 オレの手を取って踊るみたいにして位置を入れ替えたラップランドは、ステップを踏んで荒野に足跡を刻み付ける。

 黒い霧……ザーロがそれに付き従うようにして、車の後部座席から姿を現して移動した。

 狼主──その存在に、胸がざわつく。

 

「ボクはヌオバ・ウォルシーニから荒野に出て、このザーロに勝ったんだけど、その後にこの車を拾ってね。気ままに荒野のドライブを楽しんでたら、まさかキミが倒れてるじゃない!だから、友達のよしみで拾ってあげたってわけ」

「それは、ありがとう。オレのことを友達と呼んでくれるのは、嬉しいが」

「どういたしまして。ま、だからってキミの敵にならない訳じゃないけどね!」

「……君らしいな、気をつけておくよ」

「それでキミに何が起きてたのかは……ボクよりかは、ザーロの方が詳しいんじゃない?答えてあげなよ、折角の新入りなんだしさ」

「私か?それよりは、あの腑抜けのオオカミの方が向いていると思うが。同族ながら、ああも情けない姿を晒すなど……恥晒しにも程がある」

 

 吐き捨てるように言ったザーロの台詞は、だがオレにとって看過できないものだった。

 それはともすれば、オレがどうして生きているのかという問題よりも重要な。

 

 ザーロの言う、恥晒し……それはつまり。

 

「シルヴィアのことか!?どこに居るんだ、あれから気配こそ感じられても……ッ!」

 

 思わず身を乗り出して、ラップランドにせめて追い縋ろうとして。

 狼の遠吠えのような耳鳴りが頭の中を駆け巡り、オレは思わず耳を塞いで蹲った。

 

 けれどもそれは、恐怖に身が竦んだというのではなく。その咆哮が、オレにとっては最早慣れ親しんだ、焦がれるべきものだったから。

 

「シル、ヴィア……」

 

 オレの身体がブレるようにして、そこから姿を現したのは。

 灰色の大狼、その姿は──紛れもなく、シルヴィアに他ならない。

 

 オレと目線の高さを合わせるようにかがみ込んだその姿は、二週間前にオレが彼女の存在を初めて認識した時と全く変わらなくて。

 オレは思わず、その身体に身を預けた。豊かな毛並みは、あの戦闘なんて無かったみたいにふわふわしていて、そのまま眠ってしまいそうになるくらいに心地良い。

 それを受け止めて、けれどシルヴィアはどこか悲しげで。

 

「長らく何も伝えてやることができなくてすまなかった、シルウィア」

「いや……いや。こうして会話できるだけでも、オレは……」

 

 分かるのだ、このシルヴィアにかつてほどの力はもう無いということを。

 確かに外見はもう回復したように見える。けれども、その内側は……きっと、まだ傷ついたままだ。

 本来ならもっと長い時間をかけるべきところを、無理を押してオレの前に姿を現してくれたことくらいは、分かる。

 サンクタの共感というのはこんなものなのかもしれないが……オレは、シルヴィアのことを、直感的に理解できるようになっていた。

 

 そしてその感覚が、何よりもシルヴィアの自責の念を伝えてきていて。

 

「君が既に死したにも関わらず、こうして意識を保ち続けているというのは……私のせいだと言っていい。私の未練が君を繋ぎ止めた。それを恨むなら、好きに恨んでくれて構わんよ」

「まさか。命を繋ぐことができたのなら、それはきっと感謝すべきことだ。おかげ、と言うべきだろう。ただ、一体どうやってそうしたのかは、気になるけれども」

「それは……そうだな。シルウィア、まずは自分の姿を確りと思い浮かべるといい。出来る限り正確に、細部に至るまで記憶しておくように。出来たかね?ならそれを保ったまま、次にオオカミの……私の姿を思い浮かべなさい。これは然程力を入れずともいい。むしろ自分の姿を忘れないようにな」

「……?分かったが……」

 

 脈絡なくシルヴィアが指示してきたとおりに、頭の中でイメージを作り上げる。

 まずはオレ……シルウィア・アクエドリア。身長は169cm、ループス、女、非感染者……いや、今は感染者なのか。灰髪灰瞳、目つきが悪いと言われることはたまにある。表情の変化には乏しい方で、大体いつも無表情。

 ……このくらいか。普段はあまり自分の容姿なんて意識しないから、いざ言われてみると大したことは説明できない。まあ、容姿に限らずともそうだったかもしれないけれども。

 

 で、次がオオカミか?

 それはつまり、シルヴィアやザーロのような狼主のことだろうが……まあ、大体はオレの知る前世の狼みたいなもの──

 

「!?」

 

 視点が急に低くなり、それどころか姿勢すら変わって二足歩行から四足歩行に。

 驚愕して手足を見れば、人のソレではなくて……獣の、狼の毛皮に覆われたソレで。

 

 ラップランドが笑いながら掲げている手鏡に映るオレの姿は──まさしくオオカミに、狼主に、そっくりだった。

 

 あまりにも唐突な変化に、オレの思考は漂白されて硬直する。

 オレが?どうして?まさかこれも今際の際に見る夢のようなものなのか?

 それとも……

 

「落ち着け、今度はもう一度自分の姿をイメージするんだ」

「あ、ああ。……戻った、のか?い……今のは……」

 

 シルヴィアの助言に導かれ、半ば無意識のうちにオレの、シルウィア・アクエドリアのことを思い浮かべれば……再び、視点は元に戻った。

 慌てて身体を確認しても、かつてのオレと変わりなく……いや、心臓の周辺に巣食う源石だけはかつては無かったが、あんなことがあればこうなっている筈だし、それも不自然ではない。

 オレが生きていればこうなるだろう、というような感じで、さっきまで狼の姿だったのが嘘みたいだが……。

 

「アッハハ、見なよザーロ。キミ達狼主でも、あそこまで上手に自分の姿を変えられるのは居ないんじゃない?」

「我々には、あのような小細工を弄する必要などない。あのカエサルであっても己の姿を偽ることはないのだからな」

 

 ラップランドとザーロの会話が、それが決して嘘や夢幻ではないと伝えてきている。

 そしてシルヴィアも、それを否定することはしていない。

 それは、つまり。

 

「それは狼主、あるいは獣主の力だ。見せたいように己を見せる……我らはそのような力がある。もっとも、大抵の獣主は姿を消すか現すかにしか使わないが」

「……オレが、どうして?」

「もう分かっているのだろう、若きオオカミよ。それはつまり……」

「キミも狼主の仲間入りをしたってことさ!ッハ、おめでとうって言うべきかな?」

 

 ラップランドが拍手をオレに贈っているけれど、それは全くオレの耳には届いていない。それを認識する余裕なんてものは、まるでない。

 

「は……はあ!?」

「あれらの言葉を真に受けることは望ましくないが、とはいえ今回ばかりは事実だ。君はこの大地で最も新しい獣主となった。とてつもない偶然の果ての結果だがね。

 ……だがそれを明かすためには、我ら獣主の誕生について説明しなければならないだろう」

 

 獣主──オレが?ただの人間であるオレが?

 

 困惑し当惑し、立っていることすらままならずにボンネットに倒れ込むようにして腰をかけたオレを、支えるようにして。

 シルヴィアはオレのすぐ側で、だが決してオレが聞き逃すことのないように、獣主の歴史について語る。

 

 遥かな太古に、彼女達の原型となる動物達が生を謳歌していたこと。源石がそれを滅茶苦茶に破壊したこと。けれど動物達の「魂」とでも呼ぶべきものは滅びず、寄り集まって獣主となったこと。

 

 それは、オレの思っていた獣主の成り立ちとはまるで違っていたが……まさか。

 

「斯様にして、私達獣主は生まれたのさ。羊主も、鳥主も、猫主も。もっとも、狼主は一つになることを是としなかったゆえに群狼となったのだが。しかしいずれにせよ、獣主とは源石によって肉体を失ったモノの魂の成れの果てだと言っていい。ある種、サルカズのレヴァナントとも似ているかな」

「確かにオレは源石が原因で死んだのかもしれないが……それだけで獣主となるなら、この世界は獣主で溢れているだろう」

「そうだ。今の大地を生きる人類は、死してもその魂が魂のみで活動することはないし、獣主となることもない……例外も、存在はするのだがね」

 

 ちらとラップランドの方を見て、シルヴィアは嘆息した。

 そう言えば、ラップランドのスキル名は「狼魂」だったか。何か関連がありそうだが……いや、今はそれを気にしている場合ではない。

 

「話を戻せば、新たな獣主が生まれないのは源石の影響だ。あれは魂のあり方すら歪めてしまう……もっとも今となっては、我々の方が「歪んだ」魂の持ち主となってしまったが。ともあれ、神民にしろ先民にしろサルカズにしろ、かつての我々とは魂の形が違うのだよ。それゆえ彼らは我々のようにはなり得ない。サルカズは、あれはあれで我らと同じかそれ以上に特異なあり方をしているが」

「……その歪められた魂は、オレも同じじゃないのか」

「まさか。一体何があったのかは私にも分からないが、君の魂は今を生きる人類とは全く違う。さながら違う大地から来た如くに、ね。そしてそれは、むしろ我々に近いあり方なのだよ」

「……!」

 

 それは、オレがこの世界に生まれ落ちた異物だから、ということか?

 いやむしろ、それ以外の解釈などあり得ない……。

 

「そも、それが私が君に目をつけたきっかけだとも。無論、今となっては数ある理由のひとつに過ぎないが。

 加えて言えば、私がそうなるべく介入した、というのもある。いくら魂が肉体を抜け出たとしても、それは単独で存続するにはあまりにも脆い……私でさえ、数多の狼の魂が寄り集まってようやく私として成り立っているのだから。それゆえ君の魂が、散逸し消えゆくことのないように。私という獣主を鋳型とし、君の魂が私と同じような形となるように鋳直したと言っていいだろう。

 私のせいで、と言ったのはこれが理由だとも。結局のところ、私が干渉しなければ君は安らかに眠れていたかもしれないというのに……これは君を喪うことに耐えられなかった、惰弱な精神の我儘でしかないゆえ」

 

 結局は、オレは外様でしかなかったと……そういう、ことなのだろうか。

 だからこそ、こうしてズルみたいに生き延びていると、いうことなのだろうか?

 

「はあ……折角生まれ変われたっていうのに、何をそんなに思い悩むことがあるのさ。もうキミを縛るものは何も無いんだ、好き勝手に生きればいいじゃない。狼主達のゲームに今から参加するのもいいかもしれないけど……あんなつまらないもの、キミでもすぐに飽きちゃうと思うけどね」

「……」

「だんまりは悲しいなあ……ま、乗りかかった船だしキミを最寄りの移動都市までは送ってあげるけどね」

「……それは、どこに?」

「ッハ、キミにも馴染みのあるところさ──懐かしきヌオバ・ウォルシーニだよ!」

 




獣主の誕生については、特別PV「獣主:見えざる同行者」に詳しいです。その上でも謎は多いですが。
特に「魂」とはなんぞや、というのが難しい問題ですね……サルカズの魂についてはこれまでも描写されていましたが、他の種族についてはどうだったか。
獣主の原型になった動物とティカズの違いとかも気になりますしね。
なので、その辺りは独自解釈ばかりです。特に「どうして獣主は増えないのか?」という点については。

あと獣主になったからといって、主人公が強くなったりとかは特にないです。
獣主が強大なのは、多くの魂が寄り集まっているゆえの存在密度とか、そういうのが理由だと思います。
なので狼主は魂が分散している分、他の獣主より弱いとか……まあこれはザーロとドリーのボスユニットとしての性能を比較して言っているだけですが。
ともあれ、主人公は精々自分一人+αくらいしかないので、強さの上では大したことはないです。
不滅には近づいたかもしれませんが、それだけですね。


また本話からEX、つまり後日譚のような部分に突入しますが、それに関しても少し。
というのも、本編部分の頃は(一応)一日一話を投稿できていましたが、こちらに関しては不定期になります。
主人公のロドス版のプロファイルを書くまでは一応考えていますが、それについても二、三日に一話くらいの頻度になるかと思います。
またそれ以降については、正直なところアイディアをまだ思いついていないので、続くかどうかも未定です。今のところは断片的なイメージしかないので。
その辺り、ご承知おきください。
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