もしかしたらキャラ崩壊と見做されるかもしれません、ご注意ください。
ロッサティファミリーは、テキサスファミリーがミズ・シチリアの粛清によって壊滅した後のクルビアのマフィアを纏め上げて勢力を強めたファミリーだ。自然、その基盤はテキサスファミリーのものを引き継いだものが大半であり、またそれはロッサティがテキサスの遺産を引き継ぐに足ると広く認められたということでもある。
しかもロッサティは、クルビアからシラクーザに帰参するに際して移動都市の建造技術を手土産に持ち込んだ。それがミズ・シチリアから赦免を受ける対価であり、新移動都市建造のためにタダ同然で働かされることになったとはいえ、だ。
そしてそれは逆説的に、そこまで身を削ってもなおファミリーの権勢を保つだけの力を保有しているということだ。
テキサスの後任という名と、それに見合う実を持つ。ロッサティは、シラクーザ本国においてはまだ新参であるにも関わらず、ベッローネやサルッツォと鎬を削ることができるほどに成長していた。
「遅参することになり申し訳ない……暫く振りにお目にかかる、ドン・ジョヴァンナ」
「そんなに畏まる必要はないわ、私とあなたの仲でしょう」
「……なら、遠慮なく。今日はウォラックの奴もいないようだしな」
そのロッサティの当代のドンが、ジョヴァンナ・ロッサティだ。テキサスなき後のクルビアマフィアを纏め上げた稀代の傑物。
そんなフェリーンの女性と、オレはとあるレストランの個室で向かい合って座っている。同行しているボルティニアはオレの隣に控えているが、対してジョヴァンナは一人だった。
もちろん個室の外には護衛がいるのだろうが、そいつらは居ないものとして扱うのが普通だ。そういう意味では、オレとボルティニアの二人と、ジョヴァンナの一人が会談を企てているということになるわけだ。
その点でこの対面は少々奇妙なものだと言えるだろう。ファミリーのドンが外部の人間と会う時は、居ないものとする人員を除けば、大抵が一対一だ。それは余計な耳目が介在しないようにするためだったり、相手と対等な立場にいるということを名目上は重んじているからだったりするわけだが。
あと、ドンに上り詰めるような奴らは大体がテラの単体戦闘能力ランキングで上位に食い込むような奴らなので、身近に護衛を置くメリットとそれによる情報漏洩などのデメリットが釣り合っていないというのもある。
例えばジョヴァンナも、何だかんだチェリーニアといい勝負できるくらいには強いと思われる。実際に劇中で戦闘したシーンは無かった気がするが、ウォラックとその手勢に対して一人でやり合ってしばらく耐えていたことが示唆されているあたり、普通にやばい側である。
「彼はベッローネの若旦那のところに直談判しに行ってるわ。チェリーニアが……テキサスの末裔が現れたとなっては、ロッサティとしても放ってはおけないから」
「だろうね。先日のパーティーの一件で、他人の空似という線も消えてしまったのだし」
「その騒ぎを起こした下手人はあなたでしょうに……いえ、いいわ。あなたが何かしなくても、チェリーニアはきっとシラクーザで名をあげることになる。泥中に咲く花のようなものね」
「問題は、それが一度は枯れてしまったと思われていたにも関わらず今回の事件が起きたことだけどね。君はあまり驚いていないようだが」
「チェリーニアなら、あの粛清を生き残っても不思議ではないもの。……シラクーザを離れた彼女が、戻ってきたというのはそれなりに衝撃を受けたけれど」
どこか遠くに想いを馳せるようにため息を漏らしたジョヴァンナは、ふと苦笑いを漏らしたようだった。
それはそうだろう、一度はシラクーザから逃れることができたというのにわざわざ戻ってくるなんて普通は考えられない。
まあミズ・シチリアは龍門にいるラップランドとチェリーニアのことも把握していたようだし、何をもって逃れたとみなすかという話でもあるのだが……それでも、チェリーニアがシラクーザから逃げおおせたというのは妥当な見解だと思う。
「でも、それは置いておきましょう。きっとチェリーニアならこの混迷をものともせずに切り抜けるのでしょうし」
「それに関しては同意見だね。折れず、曲がらず、欠けず、朽ちず……そういう類の利刃だよチェリーニアは。きっとシラクーザの長雨にも錆びはしないだろうさ」
「そうね。だから私たちは私たちの話をしましょう……そこの彼は、そのために連れてきたのでしょう?」
ジョヴァンナがちらりとボルティニアのことを見た。
現役のドンの視線に、オレとの付き合いが長いとはいえボルティニアも冷や汗を流しているようだ。親友を評するのにはなんだが、海千山千のやり手を相手にしているのだから然もありなん。
というか、その動揺をすぐに隠して向き直るあたり、こいつも中々に肝が据わっている。
「ああ、もう知っているかもしれないが一応は紹介しておこう。こいつはボルティニア、いずれオレがファミリーを立ち上げた暁にはドンの座についてもらう奴だ。縁があればよろしくしてやってくれ」
「……よろしくお願いいたします」
「あら、あなたがボスになるんじゃないのね。そういうのが好きじゃない気質なのは知っていたけど……」
「オレには
オレとしては感染者を集めたつもりは無かったのだが、そもそもボルティニアが感染者だったからなのか自然とそうなった。
そしてそうである以上、色々と気を配るべきこともあるわけで。コンシリエーリというのはその点で便利な役職だった。
ドン、
シラクザーノではコンシリエーリの存在について触れられていなかった気がするので、ベッローネのようなファミリーでどうなのかは知らないが。少なくともオレのところでは存分に活用させてもらうことにした。
「そうかもしれないわね。ま、あなたの紹介なら悪いようにはさせないわ。もちろんロッサティに牙剥かない限りは、ね」
ロッサティのドンとしてその名に恥じぬ気迫をもって語りかけてきたジョヴァンナは、だがすぐにそれを収めてふっと笑った。
己の死期を悟った老人が末期の床を整えて、それでものんびりと一服した時のような笑みだった。
「と言っても……私はもうすぐロッサティのドンから降りるんだけどね。ぞんざいにしないように言い残しておくけど、後はあなたたち次第よ」
「……そうすることを選択したのか」
「ええ。少なくともこれが私にとっても、ロッサティにとっても最善だと思っているわ」
クルビアから流入する資本、技術、文化、あるいは「文明」。それはシラクーザマフィアに不可避の変化を促し……旧来のファミリーが堅持してきた道義すらも、その例外ではない。
軍との癒着や麻薬の密売のような、利益こそ見込めるがその代償もまた大きいようなビジネスが蔓延り始めているのだ。
節度を持って、誇り高く、高潔に。そんな考えはもはや時代遅れになりつつある。そしてそれを奉ずるドンの存在も、また同様に。
ジョヴァンナはまさにそういったタイプのドンだった。麻薬の密売を拒否するドンとそれに乗り気な部下という構図は、ゴッドファーザーのコルレオーネを彷彿とさせるが。
事実、ジョヴァンナはヴィトー・コルレオーネと同じく裏切りの凶刃に斃れる──まあ、結局は死んでいないところまで共通だったりするのだが。
ただ、今こうしてオレの目の前で笑っているジョヴァンナはそれとは別の道を選んだようだったが。
「それならオレから言うことは何もないさ。カタリナ女史の今後のオペラに期待、という感じかな」
「ふふっ、楽しみにしていなさい。ちょうど『テキサスの死』の上演が始まるところだし、それを見届けてから……と思っていてね。あなたにも頑張ってもらうことになるわ」
「微力ながら、最善を尽くそう。最近は色々と忙しくて稽古にも出れていないけど……まあ端役ではあるんだが」
ほぼエキストラのようなものだ。だからこそここまで稽古をサボることができているとも言う。
デッラルバ劇団の芸術監督様もその辺の融通の効かない堅物ではないから、本当に監督としては最高なんだが……まあ本来の顔は別である。
ともあれ流石にバックれ過ぎた。そろそろ本番直前という時期なので、顔を出しておかねば色々と面倒も避けられなくなるだろうが。
「それなら、これからミラノ劇場に行くことになっていてね。あなたも一緒に来ればどう?ヴィヴィアン役で龍門から来たアイドルの子、とても嵌まり役なのよ。あなたも感じるところがあるんじゃないかしら」
「是非とも。それにボルティニアはその辺りに疎いから、この機会に色々と学んでくれればいいんだが」
「勘弁してくださいよボス……」
大袈裟に肩を落としたボルティニアを引き立てて、オレたちはミラノ劇場へ向かう。車窓ごしに流れるウォルシーニの街並みは、雨上がりの残露がそこかしこで煌めいていて、まるで芸術品のように美しかった。
◇
ジョヴァンナがシルウィアという一人のループスのことを知ったのは、親友のチェリーニアが彼女のことを話していたからだった。チェリーニアがサルッツォに居候していた時に同じく人質としてサルッツォに籍を置いていた、同年代の少女。
だがその時は、シルウィアはそれほど興味を抱く対象ではなかった。完璧なシラクーザ人のようなチェリーニアに比べれば、さながら狂人のようなラップランドに比べれば、シルウィアはチェリーニアとは違う意味でありきたりなシラクーザ人らしい少女でしかなかったからだ。
チェリーニアはそれなりに親しく感じていたようだったが、ジョヴァンナにとっては友人の友人でしかなく、クルビアとシラクーザの間に横たわる距離の暴虐もあってそれ以上思い出すこともなかった。
それが変わったのは、テキサスファミリーの粛清と、その後処理を終えてロッサティファミリーがシラクーザに帰参してからだ。
チェリーニアが行方はおろか生死すら分からなくなり、またチェリーニアのことを知る人物もほとんどが粛清の渦中で命を落としたなかで、シラクーザに残った唯一と言ってもいい繋がりが彼女だった。
チェリーニアの旧友、粛清の参加者。いっそあからさまなくらいに、何かを知っているように思われたのだ。今になって思えばチェリーニアの消息を掴もうと気が焦っていたゆえの思考かもしれないが、当時のジョヴァンナはロッサティを運営するのに心労ただならず、余裕がなかった。
当時はもうサルッツォから戻り、独自に殺し屋をやっていたシルウィアを呼び立て、半ば尋問のようにチェリーニアのことを問いただした。
そこにはチェリーニアやラップランド、ジョヴァンナに比べてシルウィアのことを低く見積もっていたからという理由もあったかもしれないが、事実シルウィアにはさほど強さを感じなかった。戦闘能力という意味でもそうだったし、何よりもチェリーニアのような芯の通った確固たる自己というものが無かったのだ。
しかし……あるいはだからこそ、シルウィアの言に対してジョヴァンナは惹き込まれた。
「君がチェリーニアに焦がれていることは分かる……何故ってオレもそうだから。だが君とオレの見ているチェリーニアは、どうやら違うみたいだな」
「君にとってチェリーニアはサルヴァトーレの孫娘であり、テキサスファミリーの継嗣であり、何よりもシラクーザ人なんだろう。誰よりもシラクーザ人らしい、理想のシラクーザ人」
「……だが、理想というのは届かないからこそ理想という。シラクーザ人らしい、だなんてそれが真実何なのかは誰にも分かりはしないんだ。オレたちがチェリーニアを指してシラクーザ人らしいと形容する時、そこに込められているのはオレたちの間でもバラバラな何かでしかない」
「そういう意味で、共通の理念であるシラクーザ人なんていうのは存在しない。もちろん国籍という意味ではシラクーザ人はテラに確固たる存在ではあるが」
「翻って、それでもチェリーニアをシラクーザ人らしいと形容できるだろうか?もちろん答えは人によりけりだろうが、どうであれ何らかの但書の付いたものにならざるを得ない。力強さで、冷酷さで、壮麗さで……それはきっと、オレたちそれぞれに欠けている、切望するべき何かだ」
「嫉妬や羨望が無いのなら、誰かに仮託して
「……私にとってチェリーニアはチェリーニアよ。チョコレートが好きで、源石剣の扱いが天才的な……そういう子」
「いいや違うだろう。それなら君はチェリーニアを追うためにオレの所に来る必要なんて無かったんだから。オレがチェリーニアと過ごしたのは二年にも満たない短い歳月でしかなく、それは君とは比べ物にならない。このテラでチェリーニアに最も詳しいのは君だとすら言える」
「にも関わらずオレを利用しようとするのは、シラクーザ人……ここではシラクーザで生まれ育った程度の意味だが……であるオレとチェリーニアに何らかの連関を見出したからだろう。もっともそれがシラクーザ人というラベルだというのはオレの推測でしかないが」
「そうかもしれないけれど、じゃあそれは一体何なのかしら。私がチェリーニアに見たシラクーザって」
「それが分かるのはきっと君だけだと思うよ。オレはループスで、君はフェリーンだ。サンクタならざるオレたちでは、互いのことなんて分からないからな」
「……だから、参考にオレなりの見解も言っておく」
「チェリーニアは、己に貼られたシラクーザ人というラベルから……あるいはオレたちの言うシラクーザそのものから、逃げたんだろう。確かにチェリーニアは、シラクーザ人だったのかもしれない。それがどんな意味であれな」
「だが、その過去からチェリーニアは訣別した。彼女の根ざすところは過去ではなく、きっと今この時になった」
「しかしオレにとって……あるいは君にとっても、チェリーニアとは過去と訣別する前の昔日のチェリーニアだ。だからこそ君はこうしてチェリーニアを探そうとしているし、オレは置き去りにされた幼い羽獣みたいに暗路に迷ってしまった」
「……」
「ゆえにオレは、チェリーニアとはもとよりそういうものだと思っている。オレの思考を飛び越えて、遥かな戦野を翔ける羽獣みたいに。口さがない言い方になるが、チェリーニアとは逃亡者なんだと、そういうことだな」
「まあ、オレが訣別された過去の側の人間であるのは悲しいんだが……それも仕方のないことだ。オレは結局は「シラクーザ人」だからな」
「それは……そんなことって。なら私は、過去に囚われているだけだというの?」
「敢えて自分を悪し様に言う必要もないさ。過去から目を背けるのも、向き合うのも、反抗するのも全ては選択でしかない。ただチェリーニアは目を背けることを選んだというだけで、それ以外が全て間違いだなんてことは誰にも言えないから」
「ただ……チェリーニアはチェリーニアのまま、君は君のままで、それでもなお二人の道を同じくすることを望むというのなら……それはミズ・シチリアとアグニル神父のような」
「
……五年の歳月を経て。
シルウィアのその言葉が正しかったのかどうかを確かめる機会は、まさにすぐそこまで迫っている。
原作のジョヴァンナはテキサスに拘っていましたが、それはシラクーザ人・マフィアとしてのテキサスだったと思います。シラクーザで二人で地位を築くことを望んでいたようですし。
それに対してテキサスの方は、そもそもずっと自然体でいて、そのうちの一面をシラクーザ人らしいと勝手に周囲が評価していただけです。だからこそテキサスはシラクーザから逃げた、というよりもシラクーザのことを些事だと考えるようになったのでしょう。
そのため二人の道は交わることなく、ジョヴァンナは最後に自分にとってのシラクーザ人・チェリーニアが幻想であったと結論づけることになります。
ですがジョヴァンナとテキサスの間にも、単なる友人関係としての繋がりもあったのだと思います。ロッサティのドンという立場がそれを許してはくれませんでしたが。
本作では、そういう関係を二人が改めて構築するのを見てみたい(書きたい)という思いがあったので、主人公に口出ししてもらいました。
凄く説教臭くなったのであんまり好きな展開ではないのですが、これ以上の理由付けを思いつけなかった作者の力不足のせいです。
というか主人公も人に何か言える立場ではないのですし。