けれど雨は止むことなく   作:無明の旅路を照らす知識の灯火

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SR-7 友人たち

 

「あー!あんたはんは通りで人を追いかけてはった時の人!」

 

 ミラノ劇場の広いホールに、大阪弁の独特な調子が響き渡る……いやこれ何弁なんだろうな関西弁ではあるんだろうが。関西弁も内実は結構多様なので、どの辺りの方言なのかは特定できない。

 というかテラにおける関西弁って何だ?極東が日本モチーフの国ではあるのだが、正直なところ描写が少なすぎて実情がよく分からん。モンハンとのコラボイベントしか極東舞台のストーリーが無いって……。それも白川郷みたいな山間の寒村が舞台だったので、極東についてはあまり分からなかったし。

 どうも史実日本の南北朝時代と同じく国内を二分する争いがあるらしいということは分かっているのだが、具体的なことは不明だ。まして文化習俗などもっと分からん。

 

 そういうわけで、このクロワッサンの関西弁もどういうものなのか不明なのだ。というかクロワッサンはミノス出身のはずなんだが……。

 オレにも耳馴染みのある口調に、だが奇妙な感覚を覚えながら。

 

「どうも、先日振り。オレは小銭稼ぎにデッラルバ劇団で端役をやっていてね。最近は顔を出せていなかったんだが、今は本番直前だからこうしてお邪魔したわけだけど……」

 

 クロワッサンの声につられてこちらへ衆目が集まる。

 ソラ、エクシア、そして芸術監督ベルナルド。ベルナルドはオレのことは知っているから特に反応もないが、あとの二人はちょっと驚いた感じでオレを見ている。

 マフィアが表の顔として芸術関連に首を突っ込むのは珍しくないが、そういうのはドンとかの上層がする話であって、オレのような実働部隊が役者をしているというのはまあ珍しいからな。時間的な拘束が結構きついし。

 まして暗殺未遂の昨日の今日で出会したとなれば、目を疑いたくなるのもまあ分かる。

 

「本当にお邪魔だった感じかなこれは。時機が悪いのなら退出しますが、監督……」

「いや、ちょうどソラ君との話には区切りがついたところだ。彼女は友人を探すためにシラクーザに訪れたようでね、君もよければ協力してやってくれ……同じオペラに出演する誼みでね」

「それはもちろん。オレとしてもその手の話には弱いですからね」

「ありがとう……それでは私はこの辺りでお暇させてもらうが、君たちの成功を祈っているよ。それとシルウィア君は、稽古が終わって時間ができたら私のところに来るといい。君が居なかった間の諸事を片付けなくてはいけないからね」

「……!了解しました」

 

 あちこちに潜んでいた護衛とともにベルナルドがホールから出て行って、その気配が感じられなくなってからようやく深呼吸する。

 どうにもベルナルドには頭が上らないのだ、オレは。それはオレが暗殺者稼業を始めたみぎりから贔屓にしてくれているということもあるが、何よりもあの深い洞察が苦手だったからだ。

 自分すら含めたファミリーすべてのことを否定するベルナルドは、それゆえに己に似た者……シラクーザを嫌うものを見抜くのもまた、得意だ。それはカラチの旧友であり、だが同じくする志を隠し続けてきたルビオの企みすらも看破するほどに。

 その炯眼に見られるのは、いささか以上に居心地が悪かった。

 

「ふうー……それで、お互いに聞きたいことも色々とあるだろうが」

「もっちろん!まさかこんなところで出会うなんて思いもしなかったんだから!」

「そうやそうや。あんたはん、もしかして監督の「知り合い」やったりするん?」

「いいや、監督とは単に仕事での付き合いがあるだけだよ。オレは気楽な根無草で通ってるからね」

 

 観客席のやたらとふかふかした座椅子にどっかりと腰を下ろして、オレは舞台上に立つソラを見る。黒いクラシックドレス……EPOQUE/メロディオーソ。かつてのオレは、ソラのコーデの中ではこいつが一番好きだったが……こうして実際に見ると、その感情もひとしおだ。

 このシラクーザの、文明というお仕着せは……だが、こういう時には良いものではあるな。

 

「表は表、裏は裏だ。ミズ・シチリアがシラクーザを統治するようになってからは、そういう秩序が出来上がった。だから今のオレは、デッラルバ劇団の三流女優であるシルウィア・アクエドリアでしかないというわけ」

「ほーん、ボスがうちの社長とDJの二足の草鞋を履いとるようなもんかいな」

「……エンペラーは他にも色々と履いてそうな気もするが、まあそうだね。だから、そういう意味ではあまり君たちの助けにはなれないかもしれないが」

「いやいや、手伝ってくれるなら大歓迎だよ!シラクーザでのテキサスのことならあたしたちより絶対に詳しいんでしょ?」

「……それはそうだが。オレが言うのもなんだけど、ちょっと前に剣を向けた相手からそうも親しく接されると妙な気分だな」

「だってキミはただの女優のシルウィアなんでしょ?ならあたしにとって、ソラの同僚でしかないからね!……って、ソラにもキミを紹介しなきゃ。おーいソラー!」

 

 壇上で歌っていたソラが、マイクは握ったままでエクシアの呼びかけに応えてこちらへ振り向いた。

 ……本当にいい歌だ。オレがテラに転生したと気付いてから、色々とやってみたいことも思いついていたのだが、そのうちの一つがソラやAUSの音楽を聴くということだった。AUSの「ALIVE」みたいな感じで現実世界でもそのうちの幾つかは聴くことができたが、当然ながらそれだけが彼女たちの楽曲の全てというわけではない。

 そういう、本来なら存在しているはずなのにドクター(プレイヤー)は聴くことのできない楽曲を聴くことができるのは、この転生で数少ない利点だった。

 逆に言えば向こうで聴けた曲のほとんどがこっちで聴けないということでもあるのだが、まあ既知のそれよりは未知の方が面白いし。

 ………ちなみにそれとはまた別件でソラの上司であるエンペラーの曲も聴いたのだが、どうにもラップは肌に合わなかったというか。まあこの辺は個人の趣向のレベルだし、エンペラーが天才的なラッパーであることは多分正しいのだろうが。

 

「えっと、お待たせしました……あなたも『テキサスの死』に出演されるんですよね?」

「そう。今まで練習にはほとんど参加してこなかったが……君みたいな志ある主演を前にすると恥ずかしいがね」

 

 ソラとはお互いに手袋越しに握手したが、この手袋って地味に家宝にするようなものでは?何せソラはMSRの売れっ子アイドルなのだし。

 オレの手袋は大体が血に汚れてすぐ捨てる羽目になるので、これは後で特別に取っといた方がいいな。まあ誰に自慢するでもないが、ちょっとした記念みたいなものだ。

 

 握手する時に立ち上がったが、オレより頭ひとつくらい背の低いソラはどうにも華奢で、それを見下ろす形になる。確か身長は150台の半ばぐらいだったと思うが、ヒールを履いてこれか……。

 とはいえソラは臆することなくオレに相対しているので、さすがは生馬の目を抜く芸能界で過ごしてきたということなのだろう……そういえばこの慣用句、テラだとどう言うんだろうな?炎国は遠いからあまり情報も仕入れられん。

 まあ、それはともかくとして。

 

「だがそれは許してもらいたい。オレとしても、君たちがチェリーニアのことを探すのを手伝う方が面白いしね」

「ありがとうございます。……シルウィアさんは、テキサスさんがカラチ部長の殺害事件の犯人だと裁判にかけられるのはご存知ですか?」

「もちろん。そもそも暗殺の下手人と戦って拘束していたチェリーニアを、犯人だと断定するのは中々に無理筋だが……水面下で色々な思惑があったようだ。どうせ有罪判決を受けても出獄はできるだろうが」

「そーそれや!テキサスはんも何かの考えがあってのことなんやろうけど、ウチらとしちゃ気が気やないで……」

「でも、ベルナルドさんにお願いして……裁判が終わった後に、その結果がどうあれ面会させてもらえることになったんです。なのでひとまずは、私は公演のために専心しようと思っていたんですけど……」

 

 チェリーニアが裁判にかけられるのは、実のところ彼女自身の発案だ。カラチ暗殺事件の犯人──いや実行犯はオレなのだが、それを指示した黒幕のことだ──を捕まえなければならないラヴィニア、それがどのファミリーの計略なのか見抜きたいレオントゥッツォ、さっさとシラクーザから龍門に帰りたいチェリーニアの三者三様の思惑が絡まった結果でもある。

 つまり、チェリーニアが偽物の犯人として名乗りをあげて裁判に臨み、有罪判決を受ける。ラヴィニアは犯人の特定を表向き達成でき、レオントゥッツォはこの騒ぎで各ファミリーの動向を見極め、チェリーニアは裁判後にこっそり出獄してシラクーザを去る、そういう流れだ。

 実際、カラチ暗殺の真犯人であるディミトリの策略に対しては妙手だったと言えるだろう。本来はそれで他のファミリーを活発化させ抗争を引き起こさせる計画だった。だが、今は亡きテキサスファミリーの末裔が一人で暴走しただけ、となればファミリー間の対立など煽れるはずもない。ましてチェリーニアはドン・ベルナルドの客人。ディミトリとしてもそう簡単に排除していい相手ではないのだし。

 結局はサルッツォファミリーというかラップランドが手を貸すことでようやく事態を収拾するようになるが、今はそれはいいだろう。

 

「それじゃオレもお役御免かな、それはそれで気楽でいいが」

「いえ、テキサスさんのことを教えていただけるなら是非にでも。……でもシルウィアさんも、少しはお稽古をした方がいいと思います。それが終わってから聞いてもいいですか?」

「はは……オレみたいな三流の端役が今更練習して何か変わるわけでもないと思うけどね、まあ付き合うには付き合うが」

 

 そう言ったのを見計らったのかというようなタイミングで、ホールの扉が開け放たれた。

 ソラたちにとっては数日ぶり、オレにとってはさっきぶりとなるだろう声が、よく通ってホールを駆け巡る。

 

「……あなたは自分を低く見積りすぎね。謙遜も過ぎればただの高慢よ?」

「ジョヴァ……カタリナ」

「カタリナさん!」

 

 うっかりジョヴァンナと呼びかけたが、ここでの彼女はただの新鋭脚本家、カタリナ女史だ。

 確かソラたちとの初対面の時はカタリナと名乗るだけで、ロッサティのドンという裏の立場はおろか、『テキサスの死』の脚本家という表の立場も明かしていなかったのだったか。

 

「遅れてごめんなさいね、劇場の人に呼ばれちゃって。……それであなた、まさか私が脚本を書いたオペラをぶっつけ本番で演ろうだなんて考えてるの?」

「私が……って、カタリナさんがこのオペラの作者だったんですか!?名前が同じだとは思っていましたけど!」

「まだまだ無名だけどね。これからは作家としても腰を入れるつもりだけど」

 

 オレを問い詰めようとしたが、それをソラに遮られて苦笑しつつ。カタリナはエクシアの隣の席に腰を下ろした。

 鞄からノートを取り出して色々と書き留めているのは、やはり作家としての性分なのだろう。

 

「それで、昔のチェリーニアのことだったかしら。それならシルウィアよりも私の方が詳しいと思うわ。脚本を読んでくれたなら知ってると思うけど、チェリーニアはクルビアにいた時間の方がシラクーザにいた時間より長かったもの」

「クルビアのチェリーニアを知るのがカタリナで、シラクーザのチェリーニアを知るのがオレだからね。まあ二人とも、テキサスファミリーの粛清の後のチェリーニア……つまり君たちの知るチェリーニアのことは何も知らないんだが」

「そう。だからあなたたちにチェリーニアのことを尋ねたくて、こうしてやって来たのよ。『テキサスの死』は第二幕まで書き上がっているけれど、第三幕をどうやって閉じるのかがまだ定まっていないからね」

 

 あれ、これってもしかして思い出話をするだけで、練習はなあなあで無かったことにできるんじゃ?

 楽観的にオレはそう考えていたのだが。

 

「それならまっかせて〜。色々あるけど何を聞きたい?シエスタでボスの護衛をした話とか、龍門でシチリアマフィアの残党と戦った話とか……後はレユニオンからある人を護送した話とか!」

「本当に色々あるのね……だけど全部聞かせてもらおうかしら、折角チェリーニアのことを知っている人に会えたんだしね」

 

 あとシルウィアはきちんと稽古するように、と申し付けられたオレは仕方なしに舞台に上がってあれそれと練習をこなす羽目になった。

 いや、観客席の方でエクシアとクロワッサンが話してる内容が凄く気になるんだが……?チェリーニアの日常とか普通に知りたいんだが……?

 ソラが付き合ってくれているからまだいいが、そうじゃなければ練習になんて集中できなかっただろう。

 だからさっさと終わらせてオレもあれに参加するか……そう考えていたオレは、だがすぐにソラのプロフェッショナル精神を思い知ることになる。数時間ぶっ続けで舞台稽古出来るって、プロのアイドルは凄いんだな……。

 

 

 ◇

 

 

「遅くなって申し訳ありませんね、ドン・ベルナルド。ソラさんの熱量が凄まじかったものですから……」

「構わんとも。元よりチェリーニアの一件でベッローネの手は停滞を強いられていたからね。ことここに至っては、裁判が始まるまでは打つ手はない……どんな結末を迎えるにしろ、だが」

「サルッツォですか。あなたにしてみれば願ったり叶ったりなのでしょうがね……こうもとんとん拍子に運ぶとは」

「時代がそう望むだけのことだ。あるいは君という存在も、その傍証だと私は考えている。テキサス、サルッツォ、ベッローネ、ロッサティ……あるいは十二家すべてに繋がりを持ち、古きシラクーザの住人であり、また荒野の爪牙にして文明の享受者」

「……」

「そして私と同じく……ファミリーの存在しないシラクーザを切望する、共犯者よ」

 




クロワッサンの口調に関しては本当に謎です。いわゆる方言で話すオペレーターもそんなに多くない中で、どうしてミノス出身のクロワッサンが関西弁なんでしょうね?

あと、今更という話ではありますが。
お気に入りや評価、感想などありがとうございます。とても励みになります。
シラクザーノは(本当に勿体ないことに)先人の少ない題材ですが、皆様の反応のおかげでモチベーションを保つことができています。
今後とも是非よろしくお願いします。
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