君と歩む冬の色 作:雪原
私はカウンターの端に座り、静かに本を読んでいた。リコリコの穏やかな昼下がり。窓から差し込む柔らかな陽の光が、私の指先にそっと触れる。ページをめくる音だけが店内に響く。ここでの時間は、まるでゆるやかに流れているかのようだった。
けれど、その静けさは突然破られた。
——カラン。
ドアベルが鳴り、新しい空気が店内に流れ込む。私はそっと視線を上げる。そこには、整った黒髪に鋭い目を持った少女が立っていた。ピシッと整えられた制服。その姿は、私たちと同じリコリス——いや、まだこの場所に馴染んでいない新参者という雰囲気を強く漂わせていた。
彼女は一歩、また一歩とカウンターに近づき、迷いなく口を開いた。
「錦木千束さんですね?」
その言葉に、私は小さく瞬きをする。彼女の視線の先にはミズキさん。……あぁ、なるほど。確かに、この店の中ではミズキさんが一番目立つかもしれない。
でも、それは違う。
「違うよ」
私が静かにそう告げると、彼女は不思議そうに眉をひそめた。そして、視線をさまよわせるようにして、次にミカさんへと目を向ける。
「あー、そこのおっさんも違うから」
ミズキさんが、面倒くさそうに言いながらグラスを揺らした。琥珀色の液体がゆっくりと波を打つ。
少女の顔に、僅かに困惑の色が浮かぶ。
「私はここの管理人、ミカだ。よろしく」
落ち着いた声が店内に響く。ミカさんは、優しく微笑みながら自己紹介をする。
「こっちはミズキ。DAの元情報員だよ」
「元?」
少女の眉がさらに深く寄る。その言葉に込められた驚きと疑問が、わかりやすく伝わってきた。
「孤児の子たちを殺し屋に育てるイカれた集団に嫌気がさしたのよ」
ミズキさんは淡々と言い放つ。まるで、なんでもない事実を語るように。
……相変わらず、言葉の選び方がストレートすぎる。
少女はその言葉を飲み込むように黙り、そして、ゆっくりと私に視線を向けた。じっと、まるで私の内側を覗き込もうとするように。
私は、ただ静かに彼女を見返した。その瞬間——
——カラン!
「先生ただいまー! あれ? 誰この子?」
勢いよく開かれた扉と共に、千束の明るい声が店内に響く。ドアの方向には、まるで陽だまりのような笑顔を浮かべた千束が立っている。そのエネルギーに満ちた姿を見て、私はふっと小さく息を吐いた。
……うん、やっぱり千束は千束だ。
店内の空気が一気に軽くなり、まるで風が吹き抜けたような錯覚を覚える。彼女の登場だけで、ここまで雰囲気が変わるのはすごいな……なんて思いながら、私はゆっくりと本を閉じた。
「千束、今日から配属になったリコリスだ」
ミカさんの落ち着いた声が、その場の空気をさらに和らげる。千束は小首をかしげながら、まるで初めて聞いたような顔をしていた。
「え、そんなこと言ってたっけ?」
彼女の呑気な反応に、私は思わず唇を噛む。……うん、やっぱり千束は千束だ。
「例のリコリスだ」
ミカさんが静かに言い添える。その言葉が意味することを理解したのか、千束は納得したようにぱっと表情を明るくした。
「なるほどねぇ~」
千束の口調はいつも通り軽い。そして、その瞳には好奇心が輝いている。新しいもの、面白そうなものに惹かれる彼女の性格が、その表情からありありと伝わってきた。
「へぇ~、なるほどねぇ!」
千束はまるで新しいおもちゃを見つけた子どものように、楽しげにたきなさんを眺める。その反応に、たきなさんは一瞬だけまばたきをした。
千束はたきなさんの方へと歩み寄る。たきなさんは姿勢を崩さず、まっすぐに千束を見つめ返していた。その様子は、まるで新しい環境でも決して揺るがないと証明するかのようだった。
「本日からこちらの部署に配属になった井ノ上たきなです。転属になったのは不服でしたが、最強のリコリスから学べることは多いと思いますので、ここで経験を積みいずれは本部に戻ってみせます」
その言葉には迷いがなかった。しっかりと自分の考えを持ち、それを貫こうとする強さがある。私は彼女の横顔をそっと見つめる。……すごいな、と思う。私はこんな風に、自分の未来をはっきりと口にすることができるだろうか。
「なるほどねぇ~。たきな? 私は錦木千束!」
千束がにこっと笑いながら手を振る。まるで昔からの友達のような、そんな気軽な挨拶だった。
「年齢は?」
「16歳です」
「じゃあ、私の一個下かー。あ、年齢は私の方が上だけど、千束ってタメでいいからねー!」
……千束のこのフランクさに、たきなさんは少し戸惑っているようだった。ちらりと横目で彼女の表情をうかがうと、かすかに眉を寄せているのがわかる。
「……わかりました」
たきなさんは短く答えた。その声はどこか硬い。
「あ、一個下ってことはユキと同い年か!」
唐突に自分の名前が呼ばれて、私はわずかに肩をすくめる。
「ユキ?」
たきなさんの視線が、私へと向けられる。私はゆっくりと息を吸い、彼女の目を見た。
「この子、この子! 冬空雪菜。ユキって呼んでいいよ~」
千束が私の方へ歩み寄ると、ためらいもなく私の手を取った。彼女の掌はいつも通り温かい。その温もりに、私は一瞬、何も言えなくなる。
……えっと、こういう時って、どういう反応をすればいいんだろう。
私は少しだけ視線を彷徨わせ、それから静かに口を開いた。
「……えっと、冬空雪菜です。よろしくね」
私はできるだけ柔らかく微笑む。それに対し、たきなさんはじっと私を見つめた。彼女の瞳は冷静で、でもどこか慎重に私を観察しているように感じられた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
たきなさんの声は静かで、それでも確かな重みがあった。
⭐︎★⭐︎★⭐︎★⭐︎
千束がたきなさんに軽く紹介をした後の事だった。
たきなさんはじっと私を見つめ、まるでその視線は冷静で、分析するような。
……なんで、こんなに見つめてくるんだろう?
「冬空雪菜……その名前って、もしかして……」
少し間をおいて、たきなさんが静かに言葉を続けた。
「電波塔事件の片割れ……ですよね?」
その言葉が落ちた瞬間、店内の空気が一瞬だけ張り詰める。私は思わず千束の顔を見る。千束は特に動じる様子もなく、いつものように軽い笑みを浮かべていたが、私の胸の奥では何かがざわついていた。
「……片割れ?」
繰り返すように呟く。たきなさんは私を見据えたまま、さらに言葉を続ける。
「電波塔の英雄は二人いたと聞いています。でも、一人は本部に籍はあるものの、実際に見た者がいないことから“存在しないのでは”という話になっていたので……」
私は一瞬、言葉を失った。
「まさか、そのもう一人がここにいるとは思いませんでした」
たきなさんの声は淡々としていたが、その瞳にはわずかな驚きと探るような色が宿っていた。
私は何も知らなかった。まさか、自分の存在がそんな噂になっていたなんて。
「……えっ、私、いないことになってたの?」
信じられない思いで呟く。千束の方を見ると、彼女はニヤリと笑って肩をすくめた。
「そりゃそうだよ、ユキって本部にはほとんど顔出さなかったし」
「でも……でも!」
なんだか納得がいかない。電波塔の作戦は二人でやったのに、千束だけが「電波塔の英雄」として有名になっていて、私は存在すら疑われていたなんて。
「ずるい!千束だけ有名になってる!」
頬を膨らませて抗議すると、千束はおかしそうに笑った。
「ははっ、羨ましいだろ?」
「羨ましくないし!」
私は千束の腕を軽く叩く。だけど千束はさらに笑いながら、指で私の頬をつついてきた。
「絶対羨ましがってる顔してるよ~」
「してない!」
むすっとした表情で払いのける。でも千束は全然気にせず、私をからかい続ける。
「いいなぁ~、“存在しない英雄”なんて、めっちゃカッコいいじゃん?」
「もう……っ!」
私が反論しようとしたその時、ミカさんがくすっと笑いながら静かに口を開いた。
「まぁまぁ、二人とも落ち着きなさい」
優しく穏やかな声。その声だけで、自然と私も千束も動きを止める。
「まずは、たきなは荷物を奥の部屋に置いて、それから……」
ミカさんはたきなに目を向け、柔らかい笑みを浮かべた。
「リコリコの活動に出てみるのはどうだい?」
「……活動?」
たきなさんが僅かに眉をひそめる。彼女にとってリコリコの仕事は未知のもの。どんな活動をしているのかも、まだ分かっていないのだろう。
そんな彼女の表情を見て、千束が楽しそうに笑った。
「そうそう、君が今日から新しい相棒だからね!」
千束が言葉を弾ませながらたきなの肩を軽く叩く。
たきなさんはその言葉に一瞬戸惑ったようだったが、やがてしっかりとした表情で頷いた。
「……分かりました」
こうして、新しい一日が始まる。窓のカーテンが、新たな風を迎え入れるように静かに揺れていた——
取り敢えずはこんな感じで書いていきます。
まだ、これでたきながくる所までしか行ってないって考えると、アニメで言うところの第一話書くのに結構時間かかりそうな気がしてきました笑