君と歩む冬の色 作:雪原
そのうち直します。
広場のベンチに腰を下ろして休憩していたその時、私のスマホが震えた。
バイブ音が静かな空気を微かに揺らす。ポケットの中で小刻みに震えるそれを取り出して画面を確認すると、見慣れた名前が表示されていた。
——阿部刑事。
リコリコの常連で、何かと私達に頼み事をしてくる刑事さんだ。
「雪菜ちゃん、ちょっといい?」
電話を取ると、すぐに落ち着いた男性の声が耳に届く。
「はい、どうしました?」
「頼みたいことがあるんだけど……今、話せる?」
私は少し視線を千束とたきなさんの方に向けた。千束は興味深そうにこちらを見ているし、たきなさんも会話の内容が気になるのか、じっとこちらに注目している。
——そんな見つめられると恥ずかしいんだけど、、、
「今は外ですけど、大丈夫です」
「助かるよ。悪いんだけど、ちょっと、署まで来てくれるかな?」
「………分かりました。すぐ向かいます」
電話を切ると、千束がすかさず尋ねた。
「誰から?」
「阿部さんから。頼み事だって」
そう答えると、千束はにっこり笑う。
「オッケー! じゃあ、行きますか!」
たきなさんは一瞬だけ考え込むような素振りを見せたが、すぐに「了解」と短く返した。
——そして、警察署へ。
警察署の入り口をくぐると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
窓口のある受付スペースには、数人の警官が対応に追われていた。証明書を求める人、迷子を届け出る人、日常の中で警察の力を借りる人々の姿がそこにあった。
まるで別世界のような、慌ただしくも淡々とした雰囲気が漂っている。
私は一歩足を踏み入れた瞬間、無意識に背筋を伸ばす。警察署にいると、どうしても少し緊張してしまう。別に悪いことをしているわけではないけれど、この場所の持つ空気がそうさせるのかもしれない。
「お、来たね」
ふと、落ち着いた声が聞こえた。入り口を入ってすぐのところで立っていたのは、落ち着いた橙色のスーツ姿をした男性、阿部刑事だった。
千束が手を振る。
「阿部さーん! 久しぶり!」
「千束ちゃん、相変わらず元気そうだな」
阿部さんは小さく笑いながら、私たちの方へと歩み寄る。
「たきな、紹介するね。この人は阿部刑事、リコリコの常連さん!」
「よろしくお願いします」
千束が間に入り、たきなさんは短く挨拶し、阿部刑事も軽く頷いた。
「新人の子? またリコリコに行く楽しみが増えちゃったなぁ……実はちょっと、頼み事があってね……」
そう言って、阿部刑事はスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出し、千束へと手渡す。
「担当じゃないから、あんまり首を突っ込みにくくてね。この方なんだけど」
千束が写真を受け取り、裏返す。そこには手書きで名前が書かれていた。
「篠原沙保里さん?」
「そう」
阿部刑事は頷きながら、少し疲れた表情で続けた。
「彼女、ストーカー被害にあっていてね。でも、こういう案件はどうしても警察の動きが鈍くなるんだ。だから、君たちに話を聞いてきて欲しい」
「なるほどねぇ~」
千束は写真をじっと見つめる。しばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「いいよ!」
「助かるよ。もちろん、ボランティアじゃないぞ〜」
阿部刑事はニッと笑いながら言葉を継ぐ。
「バイト代は弾むからさ!」
その瞬間、千束の表情がぱっと明るくなった。
「やったー! 依頼承りまーす!」
「えっ、本当ですか?」
思わず私も千束の袖を引っ張る。突然の臨時収入はシンプルに嬉しい。気持ちがはやるのが自分でもわかる。因みに千束は早くも何を買おうか悩んでる様子。
……流石に気が早すぎない?
「うーん、何にしようかなぁ〜!」
千束もまた楽しそうに笑いながら、あれこれ考えている。
なんだかすごく楽しくなってきた。口元が自然と緩むのが自分でもわかるし、ワクワクしてちょっと足まで動いちゃう。
そんなとき視線を感じてふと、たきなさんの方を見た。
ん? なんか、ちょっと不自然に視線をそらしてない?
「……?」
何か変なこと言ったかな?
私は軽く首を傾げる。たきなさんは何事もなかったように表情を戻してるけど、よく見ると耳のあたりがほんのり赤くなっているような……?
うーん? 暑いのかな?
いや、でも……まぁいっか!
だって今はバイト代がもらえるって話だし! 何を買おうか考える方が先!
「話を聞くだけでいいからさ。女の子同士、話しやすいと思うんだよね」
阿部刑事は落ち着いた声で答えた。
「よろしく頼むよ」
それにしても、ストーカー被害の案件ってどんな感じなんだろう。痴情の絡れってやつかな?
私は千束の横顔をちらりと見た。千束はコミュニケーション能力高いし、この手の頼み事には適材だろうなぁ。
………面倒ごとが無ければ良いんだけど、、、
「任せてください!」
千束は明るく笑って、親指を立てる。
……まぁ、千束がそう言うなら、きっと大丈夫。
こうして、私達は阿部刑事の頼み事を受ける事となった。
⭐︎★⭐︎★⭐︎★⭐︎
警察署を出たあと、私達は篠原さんとの待ち合わせの喫茶店へと向かった。
阿部刑事の話では、篠原さんは少し遅れて合流するらしい。それまでの間、私たちはそこで待つことになった。
喫茶店のドアを開けると、柔らかなコーヒーの香りがふわりと鼻をくすぐった。落ち着いた照明と、木目調のテーブルが並ぶ空間。席についているお客さんも多くなく、静かで居心地のいい雰囲気だった。
私たちは奥の席へと案内される。
席順は、机を挟んで入り口側の右にたきなさん、反対側のたきなさんの前に千束、その左隣りに私。
私はメニューを手に取りながら、何を頼もうかと考えていた。ホットチョコレートもいいし、カフェオレも気になる。うーん、どっちにしよう……。
そんなとき、たきなさんがぽつりと呟いた。
—— DA本部に戻りたい
要約すると、たきなさんはリコリコ支部で成果を挙げ、それでDA本部に復帰するのが目的らしい。
私は顔を上げた。たきなさんの視線の先を追うと、窓の外、遠くにそびえ立つ壊れた旧電波塔が見えた。へし折れても立ち続けるそれは、まるで過去の記憶を今もなお留めているようだった。
「戻りたいのかぁ」
千束が軽い調子で言った。でも、その瞳にはどこか探るような色がある。
たきなさんが少しだけ表情を引き締める。
「私への人事は不当です!」
その言葉に、千束は少しだけ目を細め、真剣な声で尋ねた。
「じゃあ、なんで撃ったの?」
たきなさんの表情が一瞬固まる。
沈黙。
私は、メニューを持ったままその空気を感じ取る。たきなさんは、きっとすぐに反論すると思っていたけど、言葉が出てこないみたいだった。
千束はそんな彼女の様子を見て、ふっと笑う。
「違くてさ」
少し軽くなった口調で続ける。
「そんなに揉めたくないなら、なんで撃ったのかなって」
たきなさんは、再び窓の外の旧電波塔へと視線を戻す。少しだけ考え込むような仕草を見せた後、静かに口を開いた。
「……あの場において、最も合理的な行動だと思いました」
声は落ち着いている。でも、どこか自分に言い聞かせているような響きがあった。
「それが……あんな騒動に……」
たきなさんがポツリと零す。
まぁ、でも騒動に関しては問題は無いはず。
——だって……
「騒動になんかなってないよ」
たきなさんが驚いたように千束を見た。
「そういうの、組織が全部揉み消しちゃうからね」
千束は、ゆっくりと遠くの旧電波塔を見つめながら言葉を続けた。
「事件は事故に、悲劇は美談に……。今では最後の大事件も、平和のシンボル」
窓の外の旧電波塔は、昼の陽光を受けながら静かに立っていた。
「……」
たきなさんは、その言葉をどう受け止めるか考えているように見えた。
そんな彼女の様子を横目で見ながら、私はゆっくりと手に持つメニューに視線を戻した。
………あの旧電波塔も今となれば平和のシンボル。当時、大変な思いもしたけど今の平和の為だったと考えれば安いのかも。
——私、居ない事になってたけど、、、
………なんとなく違和感があった。
たきなさん、ずっとこっちの方を見てる気がするんだけど……。
ちらっとたきなさんの顔を伺うと、彼女の視線は確かに私の方へ向かっていた。
え、何? なんかついてる?
無意識に自分の頬を触ってみるけど、特に何かがついてるわけでもない。
なんだか気になって、私は千束を見上げる。
千束もまた、私の方を見ていた。
「……まだ気にしてんのかよ」
「へ?」
千束の言葉に思わずきょとんとしてしまう。
「ほら、その顔」
そう言われて、私はようやく自分の表情に気がついた。
……あれ? 私、膨れっ面になってる?まぁ、でもだって……
「どうせ私は“存在しない英雄”ですよーだ」
電波塔事件、私も解決したって言うのに存在を疑われてるのはあんまりでは?
——表情に出ていたのを自覚したらなんだか少し恥ずかしくなってきた。
「だって、誰も私のこと知らなかったんでしょ?」
「そういうこと言うなって〜」
千束が苦笑しながら、指で私の頬を軽くつつく。
「やめてよ!」
私は顔を背けるけど、千束は抱きつきながら頬をつついてくる。
「もー、ユキってば可愛いなぁ」
「からかわないで!」
「いや、可愛いから仕方ないじゃん」
「もう知らない!」
私はぷいっと顔をそむけた。
そのとき、たきなさんが小さく俯きながら呟いた。
「……無かった事になるのでしたら、私は何をしたのでしょうか」
その声は静かで、迷いと自責の色がにじんでいた。
私と千束は彼女を見つめる。
「なーに言ってんの!」
千束が勢いよく声を上げ、明るい笑顔を浮かべながらたきなの肩を軽く叩いた。
「仲間を救った、かっこいいリコリスじゃん!」
千束のその言葉は、何の迷いもない。
たきなさんは小さく瞬きをし、ゆっくりと千束を見つめる。その瞳には、何かを探るような色が浮かんでいた。
「分かった! 私もたきなの復帰に協力するよ!」
その瞬間、店のドアが開いた。
カラン、とドアベルが優しく鳴り、その音に反応するように、千束が勢いよく立ち上がる。
「篠原さん、こっち!」
読むのも好きなので、最近は久々にこのサイトの小説読んだりしてます。