To the next century - 全国女子高等学校競技ストリップ選手権大会   作:添牙いろは

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ストリッパーたちの交流会

 それにしても……大会って木曜日の祝日なのに、その前の土日から泊まれるって太っ腹だよねぇ……。なお、土曜日の晩に優菜ちゃんから聞いた話だと、泊まっていたのはさすがに星見野チームだけだったとか。管理人さんによると、日曜日にはもうちょい泊まりに来る人がいて、多くは前日入りみたい。そりゃそうだよねぇ……

 なお、そこは元々どこぞの女子大の施設だったらしいのだけど、売りに出てたところを大会関係者が買い取って、いまは選手向けに貸し出しているらしい。まあ、オフシーズンってことで。ともあれ、何かこう……色々と大きなお金が動いている気配を感じる。

 というオトナの事情は置いといて……私たち選手は楽しく過ごさせてもらおう! 日曜日の午前一〇時――蒼暁院と星見野のメンバーが、東京・渋谷に大集結! ちなみに、これはあくまで生徒たちの自由時間ということで、顧問は不在。ただ、情報交換も兼ねて、先生ふたりは別途会っている、とのこと。……あー……星見野といえば、中村先生かー……。あの人、星見野の街興しには熱心なんだけど、色々雑なんだよねー……。変な吸収の仕方しなければいいけど。

 それはさておき、私たちといえば、蒼暁院九名、星見野六名――総勢十五名! これだけの大人数となると、全員の希望をすべて取り入れるなんてさすがに無理! というわけで、今日は基本的にフレキシブル。行きたい場所をグループチャットに投稿して、適宜メンバーを募るスタイルとなった。夕食だけは十九時に予約してあるので、それまでに戻ればOKというルールだ。

 で、私は……先ずは買い物組と一緒にスタート! せっかく渋谷に来たんだから、ステージに役立つアイテムとか、チームでお揃いの小物を探せたらいいな、なんて思ってたんだけど……私たちが真っ先に向かったのはランジェリーショップ。なんかこう……初っ端からストリップに寄りすぎてない!? とも思ったのだけど……原因は……うん、燎さんにあって……

「ぶっちゃけ、下着ほとんど持っとらんきん」

 燎さん―― 赤神(あかがみ)(りょう)さんは長い髪を後ろでまとめていて、凛とした目元が印象的な人だ。制服姿でもどこか威厳があって、まるで女格闘家のような佇まい。けど、アイドルが大好きで、ステージに上がれば可愛い感じに仕上げてくる。伊達に優菜ちゃんと『総合』の座を争ってたわけじゃない。結局、そっちは優菜ちゃんに譲って、もうひとつの重要ポジションである『課題』を担当することになったようだけど。

 そんな燎さんは……詳しい事情は省くけど、実はお金がなさすぎて、私物は軒並み売り払っちゃったみたいなんだよね。よりにもよって、下着までも。だから、今日はみんなオシャレな私服なのに、燎さんだけ星見野の制服だったりする。たぶん、学校でもこんな調子なんだろうな。……星見野、共学なのに。

「いや、あたしかて、ちゃんとした日には穿くきんな」

 今日はちゃんとした日ではないのですか……

「それに、ブレザー羽織っとるし、スカートも長めにしとるし、こんだけ人がおったら、誰もあたしのことなんか気にせんやろ」

 なんて、無邪気に笑ってるけれど……すいません、すっごく目立ってます。元々背が高めってこともあるし、私服に混ざってひとりだけ学生服ってこともあるけど……まあ、存在感あるんだよね、燎さんって。初めて会ったときも、ひと目で『この人がリーダーかな』って思ったし。

 だからこそ。

「わたくしが恥ずかしいきん!」

 と臆することなく意見するのは、 黄石(きせき)(あや)ちゃん。燎さんは三年生だけど、綾ちゃんは私と同じ二年生だ。

「それに、この街にはエスカレーターも多いきん、万が一のことを考えたら……っ!」

「いや、エスカレーターってそこまで気にするもんかいな?」

「気にするんやってば!」

 綾ちゃんの気迫に燎さんは納得できない顔をしてるけど……燎さんが気にしなさすぎです。

「……っちゅうことで、今日はわたくしから燎ちゃんにプレゼントするきん、東京ではそれ着けて過ごしてな!」

「……ま、まあ、お嬢がそこまで言うんなら……」

 燎さんも渋々従ってくれるみたい。別に、ノーパン主義、ということでもないのだろうけれど、後輩からパンツを贈られるのも変な感じなんだろうなー。ちなみに、燎さんは黄石製鉄という黄石家が経営している製鉄会社の社員として社宅で暮らしていることもあり……というか、地元ではかなり大きな企業のようで、みんな黄石家の人たちには頭が上がらないらしい。なので、綾ちゃんは後輩でありながら、燎さんをちゃん付けで呼び、燎さんからは『お嬢』と呼ぶ関係だ。ちなみに、出場するのは『衣装』とのこと。一体、どんな衣装を用意してきたのか……いまから楽しみだねっ。

 下着がないから買いに行く、という何とも切羽詰まった状況だけど、こんなときでも果敢に絡んでいくのがかがりちゃん。

「そんじゃ、それまではポイントガードのウチがガッチリ守りますわ」

 バスケ部経験者であるかがりちゃんが頼もしく宣言すると、燎さんは興味ありげに振り向く。

「お、もしかしてバスケやっとったん?」

「兼部させてもらっとりますー」

「関西から来た特待生だよー」

 私が補足すると、燎さんは「へぇ」と感心して頷いた。ちなみに、かがりちゃんは自分のクラスなどの部の外では標準語で話す。方言を好まない人もいることに配慮して。けど、燎さんたちがバリバリに方言を押し出してくれてるから、かがりちゃんも安心して関西弁みたい。一方、優菜ちゃんたち南高のコたちは何故か標準語で話す。

「……何だよー。絶対この人の多さにビビると思ってたのに……」

 優菜ちゃんが燎さんたちを眺めながらつまらなそうに呟いているけど、美咲ちゃん―― 川端(かわばた) 美咲(みさき)ちゃんはその後ろでガクブル。

「だ、大丈夫……あたしはビビってるから……」

 美咲ちゃんは肩にかかるくらいのミディアムヘアで、色は落ち着いたダークブラウン。華やかというよりは清楚で控えめな印象だけど、どこか品のある雰囲気をまとっている。胸元は控えめで、今日の私服も美咲ちゃんにぴったり。白いブラウスに淡いブルーのカーディガン、ベージュのロングスカートを合わせていて、全体的に優しい色合いでまとめられていた。格好は、すっかり馴染んでるけど、気持ち的に負けてるみたい。

 そんなこんなで、私たちはビルのエスカレーターをグイグイ上がっていき――

「わああ……!」

 下着売り場に足を踏み入れた瞬間、目の前に広がるカラフルな世界に圧倒される。フリルやレース、シンプルなものから大胆なデザインまで、まさに選びたい放題の夢の楽園!

「競技ストリップ用なら、やっぱり健全なデザインの方がいいんじゃない?」

 優菜ちゃんが真剣な顔で言う。

「うーん、たしかに! 舞台の上では清楚な方がウケるかも」

 私も納得しつつ、可愛い系の下着を手に取る。

「でもよぉ……そんな気合い入れて選ぶもんなんか?」

 燎さんは腕を組んで少し呆れた様子。この人……本当に下着に執着ないんだなぁ……

「可愛い方が気合い入るやろ? ストリップ・アイドルにとっちゃ、下着は衣装みたいなもんやきん」

 綾ちゃんがピシャリと返しながら、燎さんの肩をポンポン叩く。

「っちゅうことで、燎ちゃんにはこれ着けてもらうきんね」

 そう言って差し出したのは、パステルパープルのリボンフリルたっぷりなランジェリーセット。いかにもお嬢様が身につけていそうな一品である。

「……え? いや、これ、どう見てもお嬢のんやろ?」

 燎さんは戸惑っているけど、綾ちゃんは済まし顔。

「わたくしのんちゃうけど、わたくしの趣味ではあるきんな」

 どうやら綾ちゃんは、この機に乗じて自分好みの下着を燎さんに着せてみたいらしい。あからさまに渋っている燎さんだけど、優菜ちゃんにはそれが楽しくて仕方がないらしい。

「くくく……何も知らない人が見たら、お嬢様っぽく見えるんじゃない?」

「何も知らんっちゅうのはどういう意味やコラ」

 冗談めかして言う優菜ちゃんに、燎さんは即座に食ってかかる。けど……私も見てみたかったりする。燎さんが着るガーリーランジェリーを。

 こういうときは、とりあえず乗せたがるのがかがりちゃんだ。

「この際キャラチェンジしたらどーです?」

「キャラチェンジねぇ……」

 結局のところ、燎さんもアイドルに憧れるひとり。可愛いものには目がないのだ。買うのは綾ちゃんだし、拒否権はないのだろうなー……と腹を括り始めると、途端に優菜ちゃんは興味を失う。

「んで、みさきちは何を買うの?」

 燎さんの輪に加わらずにフラフラしていた美咲ちゃんに声を掛けると……何故か、涙目。

「人……いっぱい……ブラも……いっぱい……」

 あああ……なんか、すごく圧倒されちゃってて、選べなくなってるみたい……

 

 その後も、他のフロアで服とか小物とか見て回っている間も、美咲ちゃんはずっとオロオロしっぱなしだった。見ているだけで楽しい! というより、選択肢が多すぎて混乱しちゃってる感じがする。

 だからこそ――これだけは心にひとつ、決めてきたことだったのかもしれない。

「これが……あの有名な……!」

 時刻は一時過ぎ。街も本格的に混み始める時間帯かな。次はどこに行こうかー、なんて外を移動中、美咲ちゃんがじっと見つめるのは……んんん? 駅前の交差点?

「あー、よく映画とかにも出てくるよね」

 と優菜ちゃんも隣で眺める。あー……たしかに、東京といえば渋谷、渋谷といえばこのスクランブル交差点かー。私はあんまり気にしてなかったけど、東京以外の人にはある種の名所になってるのかも。

「なんなら、一枚記念写真でも撮りましょか」

 かがりちゃんがすぐさま提案すると、美咲ちゃんは……返事がいらないくらいに目を輝かせる。

 なら私も! って優菜ちゃんも一緒に――青信号を待って、交差点の中心まで走っていって、振り向きざま――パチっとね。いい記念になったんじゃないかな。

 写真を見ながら……私はふと思い出す。

「うーん……似たような構図をどこかで見たような……?」

「やっぱ、お約束すぎたかもねー」

 なんて優菜ちゃんは自嘲気味に言うけれど……あっ、思い出した!

「そうだ! 絵!」

 ちょっと前に、静音ちゃんに見せてもらったっけ。

「絵? どんなの?」

 美咲ちゃんが食いついてきた。そういうえば、ああいうアーティスティックな作品って好きそうかも。けど、なかなかに説明しづらいというか。

「んーとね、交差点の真ん中に、さっきの写真と同じ感じで、けど、裸で立ってて……」

「そりゃー……」

 と呆れ気味に優菜ちゃんが言いかけたところで。

「なにそれ()()()!」

 美咲ちゃん、ここ一番の力強い大主張。これにはみんなビックリだよ。

「ず、ずるいって……」

 まさかそんなリアクションがくるとは思わなかったなぁ……。そういえば、星見野駅のロータリーの噴水の銅像のモデル、美咲ちゃんだもんねぇ……。そういうのに憧れあるのかな?

「誰の絵!? ネットに載ってる!? 見たい見たい!」

「それは、そのー……知り合いが描いたもので……」

 う、うーん……話してしまっていいものか……? とりあえず、描いた人に相談してみるねー……って感じで、今日のところは納得してもらったのでした。

 

 さて、その後はみんなでハンバーガー屋さんへ。店内は、明るくてカジュアルな雰囲気。プラスチックのカラフルなイスとテーブルが並び、店員さんの元気な声が飛び交っている。壁にはポップなイラスト入りのメニューや、季節限定のセットメニューのポスターが所狭しと貼られていて、見てるだけでもちょっと楽しい。厨房のほうからはパテが焼ける音と、ポテトを揚げるジュワッという音が響いていて、ついお腹が鳴りそうになる。だけど……

「なんなコレ、全部お高いやんか!?」

「チェーン店の値段って全国一律じゃないの!?」

 燎さんと優菜ちゃんが揃って憤慨。あー……地方価格って本当にあるんだ。私も知らなかったよー。

「こうなったら、値段分だけ居座っちゃるきん……!」

「おうよ! ジュースもチビチビ飲んで!」

 その値段の数字を見て、テンションがおかしくなってるみたい……

 変なところで意気投合しているふたりを、綾ちゃんが『恥ずかしいからやめて……』って目で見てる。かくいう私は……う、うーん……こういうお店で長居することはあるけど、そんな断固たる意思で留まるほどでは……

 あのふたりをどう嗜めたものかと思案していると……ピローン、と通知が。……ふむ、別メンバーが喫茶店に入ってるみたい。

「あ、私、別働隊のほう行ってみるー」

 こういうのも、今日の醍醐味ってことで! かがりちゃんたちに後のことは託して、私はすーっと離脱していくのでした……

 

 スマホに届いていたメッセージには地図も入っていたけれど……むーん、ここ、どっちかというと渋谷というより表参道に近いような。みんな、すごいところまで足を伸ばしてるなぁ……

『行く行くー』って返事をしてしまった以上仕方なく、私は隣の駅への坂道をえっちらおっちら上っていく。そして……よーし、ここだ。バス通りから少し入った静かな路地に佇むその喫茶店は、煉瓦造りの壁に鉄っぽい重厚な看板がぶら下がり、やや無骨ながらも洗練された雰囲気を漂わせている。大きな窓にはレースのカーテンがかかっていて、中の様子がほんのり透けて見える。都会の喧騒からふっと外れたような、まさに隠れ家と呼ぶにふさわしい佇まい。

 中に入ってみると……ドアの動きに合わせてどこか懐かしいベルの音が鳴った。店内はこぢんまりとしていて、木目調の家具と淡い照明が柔らかな空気を作り出している。壁にはレコードやアンティークの時計が飾られ、落ち着いたジャズが静かに流れていた。それなりに賑わってはいるものの、満席ではなく、むしろちょうど良い混み具合で、気疲れせずにいられる空間だ。

 えーと、みんなはどこだろう……? そんなに広くないし……と、あのテーブルか。すぐに発見。こういう趣のある古めかしいお店は、いかにも会長さんの趣味だなー、なんて思ってたら……案の定、いた。きっと、会長さんが提案したに違いない。

 同卓しているのは、由香、佳奈ちゃん、それに澄香ちゃん――星見野北高の 青山(あおやま) 澄香(すみか)ちゃんの三人。けれども……何やら深刻な雰囲気。いや、ひとりで深刻なオーラを出しているのか。

「鈴木先輩……私に、勇気をください……」

 佳奈ちゃんが深刻な顔で訴えてくる。

「どうしたの?」

「この店の雰囲気と、価格がどうしても頭の中で合致せず、注文ができないのです……」

「えぇ……!?」

 どどど、どういうこと!? この状況に、会長さんは口を開く。私には説明するように、そして、佳奈ちゃんには言い聞かせるように。

「このお店とて、本当に百年以上の歴史があるわけではないのですが」

「はい、あくまでテーマパークのようなものだと」

 まさに、佳奈ちゃんの言う通りなのだけど……もしかして、お店が古いのに昔の価格じゃないから、超高級に見えちゃってるの!?

「……はい、そうですね、観光地価格ということであれば頷けます。しかし……ハッ!?」

 ようやく考えがまとまりかけたところで……突然、佳奈ちゃんがスマホを見て目を見開く。隣から覗き込んでみると、発言者は……うわっ、澄香ちゃん! これは何かもう、嫌な予感しかしない……

「自分で作れば半額以下……自分で作れば半額以下……!」

 ひぇ~……やっぱり。同じメニューのレシピをどっかから引っ張ってきて煽ってる……!

「原価厨に騙されないで。お店にはお店でしか出せない味があるのよ」

 由香も必死に応援。けれど、主催と思われる会長さんはすでに飽き気味。

「そもそも、喫茶店とは雰囲気を楽しむもの……あなたは一体何をしに来たのですか」

 すっかり興が削がれてイラつきモード……!? 佳奈ちゃん! 早く決意しないと会長さんからパツンと言われちゃう……!

「それは……都会の喧騒に疲れて……このようなお店なら、少しは気分も良くなるかと思いまして……」

 たしかに……うん、みんな静かなほうが好きそうなメンバーだ。

「落ち着いていて、いいお店だよね」

 私は椅子に座りながら、店内を見渡す。クラシカルな照明と木製のテーブルが、静かな店内にぴったり馴染んでて……うん、オシャレ!

「なのに! 喧騒価格と変わらず!」

「何をしに来たのですか」

 佳奈ちゃんの力強い主張に対して、会長さんは徹底的に冷ややか。優雅にコーヒーを啜りながら……気持ちを落ち着かせようとしてるっぽい。たぶんコレ、そろそろお昼ごはん食べたいのに、佳奈ちゃん待ちになっちゃってる感じだ。

「ほら、会長さんも苛ついてるから……。あと、澄香ちゃん、佳奈ちゃん煽るのやめてあげて」

 私が佳奈ちゃんに小声で促してる間も、澄香ちゃんはずっとスマホをいじっている。いつもの淡々とした調子だけど……こころなしかのめり込んでいるような。何を送れば佳奈ちゃんを動揺させられるか、めっちゃ楽しんでそう。たぶんこの状況、佳奈ちゃんの中のルールに反するところがあるんだろうなぁ。古風なお店は、古風な価格設定であるべし、みたいな。佳奈ちゃんって、全般的にルールに厳しいけど、これって、ルールから外れると途端に弱くなるところがあるからなのかも。

「あの……鈴木先輩」

 ここで、佳奈ちゃんがおずおずとこちらに向く。

「こちらのフィレステーキ、いってみませんか?」

 あ、え? フィレステーキ? ちょっとびっくりしながらも、なんか……佳奈ちゃんがこうやって何かお願いしてくるのって、珍しい。

「うん、わかった!」

 今日はちょっとくらい贅沢しちゃおう!

 すると――

「私はナポリタンで」

 なんで!? 驚いている私を尻目に、佳奈ちゃんは、ちょっと落ち着いている。

「ステーキと比べれば高くない……ステーキと比べれば高くない……」

 そりゃー、ナポリタンは……うん、ランチメニューの中では一番安いから、どれと比べても高くはないだろうけど……もしかして、私との価格差で、自分の注文は高くないのだと納得させようとしてる!?

 そんなやりとりを横目で見ていた澄香ちゃんが、静かに紅茶を口に運びながら、何故か満足げ。けど、この場合は……まあ、何というか……()()()()()()()()()()な気がする。もし、このふたりが仲良くなれたのなら……一年生同士、という世代の枠を超えた絆がありそうな気がするよ……やれやれ。

 

 ランチのコーヒーはおかわり自由とのことだったので、それ以上平和が乱されることはなかった。このお店の人の出入りはそんなに多くない。お昼ごはん時をすぎればなおさらだ。

 そこに――見知った顔がやってくる。……あ、静音ちゃん。ちょっとスマホを確認してみると……うん、書き込みあった。お昼ごはん食べたら行きます、って。けど、なんでこのタイミングで?

「静音ちゃんもこういうお店、好きなの?」

 席に腰を下ろそうとしているところに、私は何気なく尋ねてみた。すると。

「何というか……都会の喧騒に疲れちゃって……」

 あっ、この流れ……静音ちゃんもか! その台詞ひとつで、会長さんの眉がぴくりとひきつる。さっき、似たようなことを言った佳奈ちゃんが注文を渋っていたばかりだから、いきなり“何しに来たのですか”モードに突入してない!?

 けれど――

「あ、アイスコーヒーをお願いします」

 静音ちゃんが速やかに注文を決定したことで、会長さんの表情が安心したように和らいだ。ふぅ……。というか、佳奈ちゃんが妙なところを気にし過ぎなんだよぅ……

 こうして、穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。特別に会話が弾むわけではないけれど、時折誰かがぽつりと何かを言い、それにまたぽつりと返す、そんな緩やかなやり取りが心地いい。店内には落ち着いた音楽が流れ、柔らかな照明がテーブルをほんのりと照らしている。コーヒーカップを傾ける音や、遠くの席から聞こえる控えめな話し声が、逆にこの空間の静けさを引き立てていた。澄香ちゃんはというと、相変わらずスマホに夢中。画面をスクロールする指先は淡々としていて、時折フッと笑うような、表情の変化すらない。それでも、彼女なりに何かを楽しんでいるのかもしれないと思わせる、そんな落ち着いた空気がそこにはあった。

 そして、そんな折――

 

 ――ピロン。

 

 ふむぅ、また誰かが何か企画を立てたのかな? と見てみると――

「……なぬぅ? ラブホ女子会……とな?」

 健全な喫茶店内だというのに、つい声に出しちゃったよ。すると、真っ先に反応したのが静音ちゃん。

「わあ、参加するー!」

 言いながら、スマホのほうにも即答するやる気っぷり。あー……その理由、わかる気が。一方、私はもう少し情報収集。それによると――どうやら、ホテル側と交渉して、六人まで入っていい、ってことになったらしい。ただ、ラブホともなると……うーん……やっぱりちょっと敷居が高いような……

 と思っていたけど。

「あっ、舞先輩!」

 舞先輩が『行く』と返していたので、それに続いて『私も!』と参加表明しちゃったよ。

 とはいえ、普通の旅館とかならともかく、ラブホって……。さすがに、個人でバラバラと入っていくのはなかなかやりづらい。ということで、待ち合わせ場所のホテル街入口あたりのビル下に集まることとなった。いや、ホテル街の中だと何かと物騒だから……

 参加者がまとまったところで、私と静音ちゃんはそれぞれ自分の代金を会長さんに預けて店を出る。

「ラブホなら……脱いでもいいよね?」

「まー……ラブホだからねぇ……」

 そんな会話をしながら渋谷の街まで戻り、そのまま道玄坂を上っていた。そして、その中腹に千夏たちを発見。今日の千夏は、前髪を少しふわっと巻いてサイドに流し、後ろ髪は高めの位置でツインお団子にまとめた感じ。左右対称にふたつ、耳の上でふわっと揺れるそのお団子が、どこか猫耳みたいでかわいらしい。リボンは使ってないのに、ポップで元気な印象がバリバリ前面に出てて――まさに千夏らしい、って感じだった。

「ずいぶん時間かかったけど、どこいたの」

「んー……表参道? 千夏たちは早かったみたいだね」

「私たちは駅ビルにいたから」

 と話しかけてきたのは奏音ちゃん。あんまりラブホってキャラでもないけれど……やっぱり、静音ちゃんが心配で来たのかなぁ。

 案の定、私たちが最後だったので、そこから六人で目的地に向けて踏み込む。すると、そこは表通りとはまるで空気が違っていた。あっちもあっちでどことなく殺伐としていたけれど、こちらはそこからさらに光を失ったような場所。天気の良い秋晴れの空なのに、なぜか陰鬱な雰囲気を纏っている。明るいのに暗い。まるで、新歌舞伎町の裏通りを歩いているような、不思議な感覚だ。

 そんな危うさをものともせず、千夏はウキウキと先陣を切っている。

「なんかドキドキするねー!」

 一方の私は緊張気味。

「そ、そういうところ行くの、私、初めてなんだけど……」

「大丈夫、ただのパーティールームみたいなものよ」

 と、奏音ちゃんは平然と言い切るけど……ラブホって、こんなにゾロゾロと大集団で行くような施設だったっけ?

 目指すホテルも、周囲の建物と大差ない外観だった。どこもかしこもテロテロしたビル群で、そこに紛れて特別に目立つわけでもない。けど、ここまであたり一面怪しいと、逆に感覚が麻痺してくる。ここまでずっとジメっとしたなかを歩いてきたからか、自分たちが“そういう場所”に入っていくという感覚すらだんだん薄れてきちゃったのかも。

 千夏が受付で話を通すと、エレベーターで該当フロアへ。で、部屋に入ると……中は思ったよりも広くて、ソファもベッドも大きめ。壁にはムーディーな間接照明がいくつも取り付けられていて、全体的にラグジュアリーな雰囲気。ただ、ベッドはどデカいのがひとつだけで、さすがに六人分ではない。うん、やっぱり本来はもっと少人数で使う部屋なんだろうな、というのはすぐに察せられた。

 そして、振り向けば……

「もう脱いでるの!?」

 私に続いて、みんなも驚愕! だって、静音ちゃん……全裸になるの早すぎるでしょ!? まー、喫茶店に入った時点で疲れてる感あったから、脱ぐためにこの企画に乗ったんだろうなー、ってのはわかってたけど……!

 えへへー、なんて静音ちゃんは照れながら……ベッドにボフーン!

「わぁ~! ふかふか~!」

 全開モードで布団の上をゴロゴロ転がってる。このハイテンションに、みんな唖然……

 一方、浴室のほうでは凛ちゃん―― 山瀬(やませ)(りん)ちゃんが大はしゃぎ。

「すごい! さすがは都会のお風呂! 広ーい!!」

 バスルームをチェックして感激している。いやー……都会のお風呂ってゆーか、むしろ、東京の旅館のほうが狭そうだよね。とはいえ、ここのバスルームは……まー……そういうホテルだからか、大きなジャグジーがドンと構えていて、天井からは色の変わる照明が降り注ぐように灯っている。壁には小さなテレビまで埋め込まれていて、まるでエンタメ空間。凛ちゃんはまさに、それらの装飾のひとつひとつに「すごーい!」「見て見て、ライト変わるよ!」と食いつきまくり。

 そして、三脚を立てて、スマホの画角をチェックして……って当然のようにやってるけど、これにはみんなビックリしてるわ。私は知ってたけど。

「あー……やっぱ動画撮影するの?」

「そりゃー、せっかく来たんだから……あっ、入浴剤もある!」

 お風呂からの動画配信といえば、『銭湯むすめ』っていうアイドル・グループが有名だけど、凛ちゃんもそれに影響されて配信を始めたひとり。セクシーな日常をリラックスしながら伝える――あのスタイルにめっちゃ共感してたもんなぁ。ラブホともなれば、きっとすごいお風呂に違いない、と撮影目的でこの集まりに乗ったのだろう。

 そして……お風呂といえば、この人も。

「いいわね。広いし、ゆったりしてる」

 ああ、静音ちゃんが心配ってこともあったろうけど……奏音ちゃん、お風呂大好きだから。

 しかし、お風呂狙いがふたりもいるとなると……どっちから? という疑問を、凛ちゃんは一発で解決。

「一緒に入る?」

 けどコレ、変な意味じゃなくて……『銭湯むすめ』といえば『せんとーく』というトーク番組。動画の凛ちゃんは基本ひとり語りだけど、誰かと話すのはずっとやってみたかったんじゃないかな。

 奏音ちゃんも、一瞬驚いた様子は見せたけれど……撮影の準備をしているところから察したらしい。少し考えたうえで。

「キャラ作っていいなら」

「もちろん!」

 凛ちゃんがニッと笑う。こういうのって、大なり小なりキャラ考えて撮るものだから……むしろ、やる気あり、と受け取ってもらえたのかも。

 そんなわけで、ふたりで撮影開始。この広さなので、湯船の両サイドにゆったりもたれている。

「はーい、今日は、なんと……ラブホに来ていますー!」

「えへへー、恋人じゃないけどね~」

 なんてのんびり返す奏音ちゃんに、凛ちゃんは思わず……部屋の方を向こうとして、見えないのに気づいてカメラに視線を戻した。うん、一瞬ビックリするよね。奏音ちゃんの静音ちゃんのモノマネ、本当にそっくりだから。外見は元々そっくりなんだけど、これに加えて表情とか息遣いとか、そんなところまで似せられたら……あれ? 一緒に入ってるの、静音ちゃんだったっけ? って勘違いしそうになるもん。

「私たち、全国大会に向けて泊まりに来てるんだけど――」

「……大丈夫? あんまりメジャーな大会じゃないから、学校バレするよ?」

 うん、やっぱりこういうところ、奏音ちゃんだなぁ。相変わらず情報に対するガードが硬い。

 けれど、ここにガードの緩いコが。

「わー、みんなでお風呂入ってるの~?」

 なんて、静音ちゃんが全裸のまま入ってきて……やばっ、撮影してるの、気づいてない!

「待って待って! カメラに入っちゃう!」

「えっ!? なんで撮ってるの!?」

 大慌ての凛ちゃんと静音ちゃんを眺める奏音ちゃんは……ああ、静音ちゃんの顔をしてゆっくりお風呂を堪能してるわ。……たぶん、あとで編集すればいいでしょ、くらいの感覚なんじゃないかなー。そうやって割り切ってるところも、本当に奏音ちゃんらしい。

 お風呂が賑やかになってきたので、私はベッドルームのほうに戻ってきた。すると――静かなベッドの上で、今度は舞先輩が寝ている。静かに。制服を着たまま。

「……先輩、服がシワになりますよー……」

 燎さんのようにお金がないわけではないけれど、外泊生活だから、ずっと制服なんだろうなぁ、と。その一張羅が着れなくなると、本当に困りそう。

 ということで、舞先輩はスーっと起き上がると――わっ、何故か踊り始めた!? この部屋、ベッドにほぼほぼ占拠されててスペースほとんどないのに、その隙間に行ったり来たりするように。

 そして――

「その小さな手、つないだ瞬間~♪」

 おおおおっ、これは……未兎ちゃんの『ブラザー・コンプレックス』……! この力強い声……未兎ちゃんとはまた違った感情の込め方……舞先輩が歌うとカラオケじゃなくてカバーって感じだよ! まあ、プロ・ストリップ・アイドルなのだから当然だけど。

 お風呂のほうで乱入のタイミングを計っていた千夏も、吸い寄せられるように舞先輩に釘付け。アカペラでもやっぱり聴き応えがある……っ!

 そして……やっぱりプロ・ストリップ・アイドルだけに、二番に入ったところで……脱ぎ始めちゃった!

「大人になって、別の道を歩いても~♪」

 こ、これは……ブラコンのストリップバージョン……! 本家では絶対見れない超レア・パフォーマンスだよ!

 けれど、サビに入るあたりで――スッ、と急に歌を終えて――制服をハンガーに掛け始める舞先輩。そして――改めて、寝た。下着ならシワを気にするようなものじゃない、ってことで。あー……脱ぐために歌って踊っただけかー……。普通に脱いでももったいない、って気持ちは私にもわかるけど、中途半端なところで終わってしまったのには千夏もちょっとガッカリ。もちろん、私も。だから――!

「キミの幸せが、一番だけど~♪」

 舞先輩が歌わないなら、私が引き継いで歌っちゃおう! だって、舞先輩のステージから受け取ったワクワク感――こんなの、このままじゃ終われないもの!

 残りパートは短いから、かなり早回しで脱ぎながら。サビの中で一気に下着になって、大サビに向けて、それらも……! 千夏は、こっちのダンスを見るか、お風呂の撮影に参加するかでソワソワしてる。一方、舞先輩は――仰向けで寝ながらも、顔だけはこちらを向けて私を見守ってくれているみたい。

 だから、私は追い続ける。心のなかで、舞先輩の背中を。

 

 そんなこんなで、十九時――みんな各地で楽しんできたけど、最後は一堂に会してお食事会! 私たちのグループはそれなりに広い店内の端の一角をすっかり陣取っていた。どのテーブルも人で埋まっていて、周囲は活気のあるざわめきと笑い声に包まれている。休日の渋谷のファミレスらしく、賑やかで、どこか浮き足立った雰囲気だ。でも、その中で私たちは、共通の目的を持って集まっている。そんな不思議な一体感が、テーブルの上に流れていた。

「こうしてみんなで集まると……本当に全国大会が近づいてきた感じするね」

 大人数でワイワイしているけれど、あと数日後には同じ舞台でぶつかり合うんだよなぁ……。何とも、ちょっと感慨深い。

「ん。そして、この何倍もの人たちが、全国から集まるんだよね」

「このファミレスの客全員よりも多いんやろな」

 優菜ちゃんと燎さんは店内を眺めながら、きっと同じ景色を思い浮かべている。もちろん、私も。……ふふ、ここのお客さんがみんな一斉に踊りながら脱ぎ始めたら……すごいことになるんだろうなぁ……。そして、それはその日、現実となる……って、いや、大会でもさすがに全員で一斉に踊ることはないんだけど。それでも、ストリッパーがこんな感じで集うとしたら……そんなの、期待しかないじゃん!

「絶対、楽しい試合にしようねっ」

 私はお互いの健闘を誓い合おうとするも。

「勝つのは私たちだけどね」

 と、優菜ちゃんはすでに戦意バチバチ。

「あたしらと組まんかったことを後悔させたるきんなっ」

 燎さんからの宣戦布告に――私は思わず頬が緩んでしまう。星見野のみんなと同じチームになれなかったことは、いまでも残念に思っている。けど、それを後悔するほどのステージに臨めるのなら……むしろ願ったり叶ったり、だよ!

 大会では競い合うことになる蒼暁院と星見野――そのメンバーたちが同じテーブルで食事を囲んでいる。そんな様子を眺める舞先輩は、目元をほんのり緩ませて、頬には微かな笑みを浮かべていた。もしかすると――この光景を一番喜んでいるのは、舞先輩なのかもしれない。

 

 ――そして、週明け。

 教室での昼休み。私は千夏たちとお昼を食べながら、先週末のことを振り返っていた。今日の千夏は、ゆるく巻いたロングヘアをサイドでひとつ結びにして、そこに細いシュシュをふた巻き。髪の先っぽがふわっと跳ねてて、まるで猫のしっぽみたい。前髪はいつもより少しだけ薄めにして、軽やかさアップ。まだ渋谷での余韻を残してるみたい。

「星見野って共学なんだよね。それでストリップ部って……すごくない?」

 わりとオープンな千夏だけど、話を聞いてちょっとビックリしてたらしい。これには私もお箸を止めて頷く。たしかに……共学でやるには、かなりハードル高いよね。

「男子を隔離するの、本当に大変だって顧問の先生が言ってたよ」

 それを受けて、紗季がさらりとひと言。

「ヒマでしょうからね」

 スマホをいじりながら話を聞いていた由香がちょっと吹きそうになったように見えた。

「というか、男子禁制ってことなら、女子校限定じゃないのかしら」

 競技ストリップの大会に共学がどのくらい混ざっているのかが気になるのか、由香は引き続きサイトのほうを調べてたみたいだけど――

「――ぶっ!?」

「なっ、何!?」

 由香がこんな激しく吹くなんて珍しいから、むしろ、そっちでビックリしちゃった。ケホケホ言いながら水筒のお茶をひと口飲んで落ち着かせるけど……

「――ぶはっ!?」

 今度は千夏まで!? 由香が机に置いたスマホを覗いてたみたいだけど――そこに開かれていたのは全国大会のホームページ。『全国女子高等学校競技ストリップ選手権大会』の文字の下に記されていたのは――

 

『舞ちゃん、みんなと仲良く杯』

 

「わぁ……これ……っ!」

 

 私が胸を熱くしている隣で、紗季まで――クッと笑いをこらえて目をそらす。え? え? みんな……!?

「なに? あの女、ついに公式サイトまでハックしたの……?」

 気持ちを落ち着かせながら、紗季が呆れ顔を作ろうとして……またクッと堪える。あれ? あれ? 私が思ってた反応と違う……

 そして、一番予想外だったのは……!

「……やはり、貴女の差し金ね……!」

 窓の外から、くぐもった声。そこには――

「せせせ、先輩!?」

 そこから覗き込んでいるのは……舞先輩!? まあ、飛び降りたり降ってきたりしてるのは何度も目撃してるけど、そこに人がいるのは何度見てもビビる。

「棒でも持ってきて叩き落したほうがいい?」

「シャレにならないからやめて」

 紗季がしれっと酷いこと言ってるのを、由香がやんわりと嗜める。そんなやり取りを尻目に私は大慌てで窓を開けた。すると――舞先輩はふわりと教室の床に降り立つ。その動き、まるで猫のように優雅で、軽やか。足音ひとつ立てず、まっすぐに背を伸ばしたまま、表情も崩さずに着地したその姿は、まさに舞台に立つダンサーそのもの。

「……あの字面を見た瞬間、貴女の影を感じたわ」

 舞先輩は私の方へ歩み寄ると、スッと手を伸ばし、私の顎を持ち上げる。

「えっ、えっ?」

 動揺している私たちを見ながら、紗季は呆れ顔。

「まあ、あんなバカなことを思いつくの、桜くらいだものね」

「私じゃないよ!?」

 ネーミングライツなんて、そんなお金私にはないし!

「だから、差し金って言ってるでしょう。口答えしないで。ベロチューするわよ」

「やめて!」

「させるわけないでしょ」

 舞先輩がものすごい形相で顔を近づけてくるので私は慌てて逃げようとするも、同じくらいヤバイ顔をした紗季の視線に気づいて――ふたりはじっと睨み合う。

 シンと張り詰める教室内の空気。まあ、窓から人が入ってくれば何事かと気になるだろうけど。しばしの沈黙のあと、舞先輩は私から完全に手を引き、背筋を伸ばす。

「放課後、また来るから」

「今度は廊下側から来てくださいね……」

 私がお願いすると、舞先輩は足を止めて、ちらりとこちらを見た。

「なら、正門のところで待ってる」

 そう言い残し、今度はちゃんと教室の扉から出ていった。けど、『なら』って……そんなに廊下から入りたくないの? 相変わらず、舞先輩は不思議な人だ……

 

 大会まで、もう日にちがない。他の部員たちは部室で最終調整に入っている。そんなメンバーたちを残し、私は舞先輩との約束通り、正門へ向かっていた。

 先輩を待たせないように、自分なりに急いできたつもりだったんだけど……むぅ、舞先輩はすでに正門のところに到着済み。けれど――何故か、みかんの皮を剥いている。それも、ヘビのように丸く、ウネウネと一本つながりで。器用だなぁ。けど、なんでみかん?

 私が近づくと――

「むぐっ!?」

 舞先輩は無言のまま、剥いたばかりのみかんを私の口に押し込む。そして、ひと言だけ。

「貴女は、何も言わなくていいから」

 みかんの甘酸っぱい味が口の中に広がる中、私はますます舞先輩の考えがわからなくなっていた。

 

 とはいえ、まー……みかんを丸ごとなんて、当然ひと口で食べられるわけもなく、私は手に持ち直してひと房ずつ食べ直していた。口の中にじゅわっと広がる甘酸っぱさに、冬が近づいてきてるんだなぁ、なんて呑気に浸っていたそのとき――

 黒塗りの高級車が、静かに私の目の前で停まった。そして、扉がスッと開く。

「……えっ?」

 舞先輩が何のためらいもなく車に乗り込むのを見て、私は吸い込まれるように続いていた。みかんの汁で手がちょっとベトついていたので、自動ドアで助かったー……じゃなくて! これ、どういう流れなの!? と内心パニックになりつつも、気づけば車の中に収まっていた。

 扉が閉まり、静寂が訪れる。舞先輩は、私に目もくれず、一方的に話し始めた。

「家の者たちは、私の身辺を嗅ぎ回っていた。だから、私の傍にいる貴女が家の者と接触していても不思議はない」

「へっ?」

 何のことか理解できず、私はぽかんとしたまま舞先輩を見つめる。

「ネーミングライツ……たしかに、大会は資金を必要としているけれど。意識してか、無自覚かは知らない。けれど、あのふざけた名前からは否応なしに貴女を感じた」

 ふざけてはいないんだけどなぁ……。ただ、舞先輩のお母さんとは、『舞先輩にはみんなと仲良くして欲しいんです』みたいな話はした。だから、『舞ちゃん、みんなと仲良く杯』という大会名を見て――お母さんにも私の思いは届いたのだとわかって安心したのだけど。

「貴女を感じたから、信用することにした。そうでなければ、信用しなかった。そういう意味では、貴女の思惑通り」

 私は思わず言葉を詰まらせる。思惑なんて……そんな大層なものじゃない。ただ、みんなで仲良くしてほしかっただけで。

「そもそも、父様があのような名前をつけることを許すはずがない」

 む、むぅ……? 舞先輩の口調が思いの外真剣なので……もしかして……あの大会名、そんなに変だったかな……? ちょっとショックなんだけど、舞先輩は……不思議と嫌な顔はしていない。

「――ならば、何らかの理由で父様の影響が、いまはない。学校内にまで手の者が紛れ込んできたとき、最初は父様が本腰を入れて私をバレエの道に連れ戻そうとしてきたのかと警戒していた。けれど、いまは母様だけということなら、それもそれで頷ける」

 舞先輩は、一度大きく息を吐いた。そして、まっすぐ私を見つめる。

「私はまだ、両親を手放しに信用しているわけではない。けれども、あの大会名を撤回させるためには、本人に会わなくてはならない」

 そして、私の目をじっと見つめて――これまでにないくらい真剣な面持ちで。

「もし、私が出場できなくなったら、貴女が代わりに『総合』に出場するの。それだけは、約束して」

 これに、私は微笑みで答える。だって――そんな心配は一切いらないから。あの大会名を見たとき、舞先輩のお母さんも舞先輩の思いを理解してくれたのだと感じた。信じていいって、そう思えたから。

 そして、車が静かに停車する。そこは――大きなタワーマンションのエントランス前だった。舞先輩は何の躊躇もなく車を降りる。そして――『一緒に来る?』と言いたげに、じっと私を見つめていた。

 けれど。

「ここから先は、部外者が立ち入るものじゃないかと」

 私はちょうど最後のみかんを食べ終えたところで、静かに告げる。

「舞先輩のお宅には、また別の機会にお邪魔させてください。そのときは、みんなと一緒に」

「そうね、邪悪なものが浄化されたら」

 だからこそ。

「それを、確かめてきてください」

 舞先輩は、それ以上何も言わず、くるりと背を向けた。長い黒髪がふわりと揺れ、迷いなくエントランスへと向かって歩き出す。その姿は、まるで光を追う蝶のようだった。

 扉が閉まり、私は見えなくなった舞先輩の姿をしばらく見送った。すると、運転手さんが丁寧に尋ねる。

「元の正門の前でよろしいでしょうか?」

「お願いします」

 みかんの甘酸っぱさが、まだ口の中に残っていた。やわらかくて、どこか温かい後味が、長く続いた確執が少しずつほどけていく予感を運んでくれる。――きっと、大丈夫。そう信じながら、私はそっと背もたれに身を預けた。

 

 まあ、だからといって、舞先輩が打って変わって部室に出るようになることもないのだけれど。あの人は、ストリップのためにできることは何でもやる。けれど、不可欠ではないと判断すれば――まあ、いつもの調子だ。

 けれど、大会に向けて、部室はいままでにないくらいに明るい。机の上には差し入れのお菓子やペットボトルが並んでいるし、誰かが笑えば、自然と全員が笑顔になる。部室は小さなお祭りみたいな空気に包まれていた。そして何より、あの横断幕――“目指せ『舞ちゃん、みんなと仲良く杯』優勝!”――たぶん、千夏のしわざだろうなぁ。舞先輩が見つけたら、すぐにでも剥がしにかかりそう……

 とはいえ、それもこれも、すべてが解決したからこそ。

「アレで、もし他校から出場するようなことがあったら、さすがにドン引きだわ」

 今日の千夏は、くるっと巻いたサイドツインにしていて、いつもの夏みかんのヘアピンは右側の根元でしっかりキラッと主張中。明日の本番に向けての最後の合わせを終えたところで、茶化すように笑っていた。優菜ちゃんも知っていたように、舞先輩が蒼暁院在籍なのは有名な話である。この界隈では特に。

「名指しで仲良くー、なんて言われたら、天峰堂の人たちだって歓迎しづらいでしょうしね」

 完成したひまわり衣装を着て最終調整中の由香も、もう疑うことはしない。

「それを計算したうえでのあの大会名……ということでしたら、驚嘆に値しますが」

 千夏や由香が派手な衣装で合わせているのに対して、会長さんは引き続きジャージのままなんだよねー。『即興』はどんな曲が来るかも明かしてないということで、衣装は学校指定のジャージが推奨されている。まさに、相手の脱ぎっぷりとのハーモニクスが重要、ということだ。

 会長さんは意味深なことを言っていたけれど……もちろん、計算してたことなんてひとつもない。私はただ……舞先輩とお母さんが和解してくれたらいいなー、ってだけで。

 そんな大会前日――すべての不安が払拭されて、これで舞先輩も心置きなく大会に集中できる。最終確認も済んだところで、みんなもそれぞれ早めに帰宅して、しっかりコンディションを整えようという流れに。

 だけど――私の中には、どうしてもまだ帰りたくない気持ちがあった。昇降口に向かうことなく、私が立ち寄ったのは――二年B組。

 夕焼けに染まる教室の中、ひとりぼんやりと椅子に腰掛ける。ここは、私たちが最初にストリップ部を立ち上げた場所。あのときは、何もなかった。部室もなく、大会出場の権利すらなく、ただ、この教室の片隅でこそこそと練習していた。

 それが、明日には全国大会なんて。

 その事実は、息が詰まりそうなほど重い。あまりの変化に、何だか夢みたいな気分にもなる。最初は舞先輩に憧れて、この世界に飛び込んだ。ただ楽しく踊りたかっただけ。でも、気がついたら、たくさんの人たちと出会い、支えられ、そして――戦ってきた。

 ふと、頭の中に音楽が流れ出す。

 ――踊りたい。

 気づけば私は立ち上がり、教室の一番後ろ、机を少しどかしたスペースへと足を踏み出していた。もう、じっとしていられない。この心が求めるままに。

 すると、教室の後ろの扉がガラリと開く。

「紗季……?」

 そこに立っていたのは紗季だった。扉越しの夕陽が彼女の輪郭を縁取る。相変わらず、冷静な目で私を見つめていた。

「踊りたいのでしょう?」

 まるで、私の心を見透かすような問いかけ。私は黙って頷いた。

「……見せてもらえないかしら、貴女のストリップを」

 少し驚いた。でも、嫌じゃなかった。むしろ、紗季に見てもらいたい――そんな気持ちがあったから。

 紗季が扉を閉めたのを合図に、スゥ……と、私は深く息を吸い、そして踊り始める。

 舞先輩の研ぎ澄まされたプロの技、千夏の自信に満ちたダンス、由香の儚く美しい表現、会長さんの圧倒的な存在感――みんなの踊りが、私の中に刻まれている。みんなと共に踊れることを、私は誇りに思っていた。

 だからこそ、祈るように脱いでいく。

 私のストリップ――私だけの踊りを、紗季に見せるために。

 一曲が終わり、私は天井を見上げる。

 きっと、明日は最高の一日になるに違いない――そんな予感がした。

 でも。

「……口惜しいわね」

 紗季の低い呟きが、夕焼けの教室に響く。

「それだけ踊れるのに、何故逃げるの?」

 私は思わず目を見開いた。けれども、すぐに落ち着いて。

「……逃げてるつもりはないんだけどなぁ」

 私は、この決断に後悔はない。誰に何と言われようと、これが私のストリップとの向き合い方なのだと胸を張れるから。

「詳しいことは知らないけど」

 紗季は私をまっすぐ見つめながら、静かに言う。

「『即興』なら、貴女、あの生徒会長より確実に上よ」

「そんなことないって。会長さんのプレッシャー、本当にすごいんだから」

 あらゆるジャンルのダンスをも打ち返すような力強さ――私では到底及ばない。そして何より。

「それに、会長さんも三年生だし」

 紗季は、ゆっくりと瞬きをして、私を見つめた。

「そんな理由で譲られても、砂橋会長は納得しないわよ」

「だよね」

「けれど、そんな気持ちで競い合っても、砂橋会長には勝てないでしょうね」

「……だよね、やっぱり」

 もし、あの第二回選抜会議のとき、私が加わっていたとしても……会長さんの代表入りは揺るがなかったと思う。会長さんやかがりちゃんに大会に出て欲しい――そんな思いで、私は踊ってしまっただろうから。

 紗季は、本当に私のことをわかってくれているのだろう。だからこそ――次の言葉に息をのむ。

「……貴女には失望したわ」

「え……?」

 紗季は踵を返し、扉の向こうへ消えていった。まるで、私たちの話はもう終わりだとでも言うように。

 そして――私はぽつんと教室にひとり取り残されている。すぐにでも追いかけようとしたけれど……ストリップを終えたばっかりだし。制服を着直しながら、私はさっきの会話を思い返していた。なんて言えばよかったのか……どう答えれば良かったのか……いまでもまだわからない。

 そして、帰り支度を整えたところで――スマホにメッセージが入っていたことに気がついた。紗季からだった。

『明日は迎えに行かないから、遅刻しないように気をつけなさい』

 私は、しばらくその文章を見つめる。――てっきり、応援に来てくれると思っていたのに。胸の奥に少し冷たい風が流れたように感じた。でも、それ以上考えても仕方がない。もう、大会は明日なのだから。

 

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