97回目の死亡遊戯   作:覚絵テネ

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見渡す限り美しい原っぱだった。

青々とした背の低い草が地平線まで延々と生えていて、陽光が暖かく照らしている。完全にファンタジーな始まりの草原的なやつだった。残念ながらこの美しさはどこまで行っても人工的に作られた偽物で、地平線に辿り着く前に鉄の壁に行き着いてしまうのだが。

 

獣道をゆくのは片手剣と盾を携えて冠を被った勇者少女と、古木の枝から作られた杖を携えた美しい魔法使い。これまたファンタジーに見えた。ただ、妙なところがいくつかあった。

 

まずは装備。

 

勇者の剣は金属製ではなく、軽量なプラスチック製。盾も同様に頼りなく軽い。しかしコスプレやおもちゃではない。某国が2025年に17億円かけて開発した新世代の近接戦闘装備、それにファンタジーのガワをつけたものだ。殺傷力は本物(リアル)で、一つあたり7ドル。人間の首を骨や筋肉ごと断ち切り、生命を止める目的で作られている。魔法使いが持っている杖は金属製で、先端にコインほどの穴が空いている。根本の引き金を引けばそこから火炎が噴き出すという仕掛けだった。1秒放射に晒されただけで防弾チョッキの上からⅢ度やけどを与えられる代物で、見た目の風格とは全く別ベクトルの禍々しさを秘めている。

 

次に勇者の怯え切った姿。

 

ハッハッ。短い呼吸を不規則に繰り返しており、今にも過呼吸または酸素不足で倒れそうだった。肌も血の気が完全に引いてしまっていて、青白いというか白そのものな色になっていた。剣を握る小さな手も震え汗ばみ、今にも足の上に落としてしまいそう。瞳だけが俊敏に動いていて、昔見たハリー・ポッターのマッド・アイを思い出した。

これでは勇者という名前にとても相応しくない____と魔法使い・〈鈴々(リンリン)〉はため息を吐いた。相方の勇者・〈■■〉の肩に手を置こうかと思ったが、勇者は草木の擦れ合う音にすら驚くほど神経をすり減らしている。逆上して斬りかかられでもしたらたまらない。

 

 

 

死亡遊戯〈エンシェントバトル〉。

 

 

 

■■たち『勇者チーム』と『魔王チーム』に別れて殺し合う。ルールは単純、敵対する二つのチームを()()させた方の勝利。賞金は二百万。

全滅と言っても、サバゲーのようにオモチャの弾を当てろというわけではない。もっと原始的に、生身の人間の腸かっさばいて、絶命させなければならない。

 

「■■さん、いい加減覚悟を決めてくださいよ。」

 

鈴々の声は平坦ながら、語尾のアクセントに苛立ちが現れていた。しかし■■の声は震え、話しながら涙をこぼす有様。

 

「なっ、なんでそんなに冷静でいられるんですか…?シーフの天紀さんも、僧侶の美礼さんも、こっ、こっこっころ.............................こ、殺されちゃったんですよ……!?!?!??」

「いやそれは割り切らなきゃ。」

 

バイトの先輩のような、優しく事務的で、しかし感情の抜け落ちた声が、さらに■■の震えを加速させた。

 

「わ、割り切れるわけないでしょうが……!!!!!ひ、ひっ、人が死んだ……ひっひっ........」

 

■■の心は、もう一時間近く前の仲間がくたばる光景から離れられていないようだ。確かに、防風トラップに引っかかって全身細切れになった天紀も、棍棒で肋骨から上を潰されて死んだ美礼もなかなかエグい死に様だった。とはいえ、もう一時間近く前の出来事なのだ。

鈴々はますます深いため息をついた。

 

勇者■■は死亡遊戯に参加するのは初めてだというが、ソレにしてもメンタルがお荷物すぎる。通常、死亡遊戯に参加するのは僅か数百万を求めて命懸けのゲームに参加するような、どこかしらマトモではない連中だ。

かくいう鈴々も人生というものに一欠片の希望も持っていなかった。スリルと、その先にある満足いく死を求めて参加している。報酬の数百万なんて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ゲームそのものが生きる意味という正真正銘の狂人だ。

 

ソレに対して、■■は気の毒なくらいマトモだった。

 

痛みに敏感で、生還した後の展望を嬉々として語り、錯乱しては『パパ、ママ』に助けを求める。外見もいかにも育ちの良い中産階級の娘さんという風貌で、制服を着て予備校に通っているのが一番似合っていた。それが一体どういう経緯で死亡遊戯に迷い込んしまったのか、見当もつかない。

 

疑問は尽きないところだが、そろそろ■■には戦意を取り戻してもらわないといけない。

原っぱのようなフィールドを取り敢えず移動して『魔王チーム』から距離をとっているが、ここはソレっぽく作られただけの室内だ。いずれ壁に突き当たり、追跡してくる『魔王チーム』との殺し合いを余儀なくされる。『魔王チーム』は4人全員生存している。1vs4と2vs4の間には決定的すぎる隔たりがある。数秒間の弾除けでもいいから、立ち上がってもらわないと話にならなかった。

 

しかし鈴々は前述した通りマトモではないので、小娘を鼓舞するスキルはもちろん、人間関係に関するスキル全般を持ち合わせてはいない。どうしたものか、と見えない目頭を揉んでいると、蚊のなくような声があった。

 

「…なんて?」

 

涙ぐみ、鼻水を拭きながら上目遣いにこちらを見る■■はまるで怒られた子供のようで、鈴々の方がなぜかバツが悪くなる。

 

「あっあの、鈴々さんはなんでこんな狂ったゲームに参加してるんですか?莫大な借金があるとか?」

 

理由。理由なんて考えたことが無かった。

食事をするのと同じで、時間がくれば自然と参加するものだからだ。

 

「う〜ん。…連勝記録の更新かな?この死亡遊戯で99連勝するため。」

「……は?いやいやオンラインゲームじゃないんですから。何かあるんでしょう。莫大な借金とか、家族を人質に取られてるとか?」

 

冗談だろう、と目で言ってきたが、平然と返す。

 

「いや?大真面目。」

「……気狂いでしょ。」

 

率直な暴言だけに、■■の気持ちがよく現れていた。

■■は少し間を置いて、憐れむように眉を寄せて話し出した。

 

「わかりましたよ、鈴々さん……あなたはかわいそうな人だ。」

「はぁ?」

「多分恋人を無くしたとか、私には想像もできない悲しき過去があって死に場所を求めているんでしょう。で、でもソレならちょうどよかった。どうせ私のせいで鈴々さんも死にますよ。一生懸命生きている人を私の無能さで死なせるなんて、申し訳ないですから。組むのが鈴々さんでよかったですよ。」

 

その言葉に鈴々はムッときた。彼女には自覚がなかったのだが、割と怖い顔になってしまったらしく、■■の顔が更なる洪水を起こした。

 

「あのね、私はホントに真剣に、このゲームに勝ちたい。役立たずは責めないけど、せめて一生懸命頑張って欲しいかな?」

「…はぁ?だから、どういう目的で?」

「目的なんかないよ、でも、私はこのゲームに命だけじゃない........誇りと希望と将来、全てを賭けてる。()()()()()()()()()()()()()()。」

 

そう公言する鈴々の瞳には、まるで入学式でスピーチをする子供のような、無邪気さと熱っぽさがこもっていた。

 

(狂ってる)

 

■■は心中で呟く。

彼女はようやくわかった気がした。

この鈴々という人は、()()()()()()()()()()()()()、ギャンブル依存症の急先鋒なのだ。公共の場にはおよそ出してはいけない、道徳の教科書が触れることも恐れるような破滅の大権化。

 

(狂ってる)

 

三度呟いた。

世の中で絶対関わってはいけない人種が目の前にいる。常識も理性もない、哀れな気狂いの道化。見下してよくて、SNS越しにのみ情報として消費すべき劣等。両親に合わせれば、もうあの子とは遊んじゃいけませんと言われるだろう……そのはずなのに。

 

なぜだろう。その生き様に触れて、■■の胸の中に、嫌悪以外のものが湧き上がってきた。

面白いから命を賭ける——その何が悪いのか、不意にわからなくなった。

■■だって元々世界は希望で溢れてるなんて思っちゃいない。むしろ逆。なんのために生きてるのかよくわからない。

そもそも世の中は80億総出で狂ってる。自分第一主義、反出生主義、あるいはただの無関心と無気力.......etcetc。そんな神様も救えない恥知らずで世界は満ちている。なら、スリルを求めて生きることの何が悪いのだろう。それに鈴々はただの自暴自棄な狂人ではないように思える。このゲームに全てを賭ける姿には、浄火が知らない「何か」があった。誇り、希望、将来——そんな安っぽい言葉が、■■の薄弱な精神に突き刺さる。

 

「鈴々さん。」

「何?」

「このセカイには、あなたのような人が他にもいるんですか?私の人生を大きく変えてしまうような人がいますか?」

 

なんだそんなことか、と鈴々は笑って。

 

「もちろん。私でもドン引きするレベルのどうしようもなくて、哀れで、汚らわしくい生き方しか選べなくて。ソレでも美しく咲いている人たちがいる。君のこれまでの人生観なんて吹き飛ぶ。それは保証するよ。」

 

重要なのは動機づけだった。これまでの退屈な人生観を変えてくれるナニカがあるかもしれない。

その答えは冷え切った心に火を灯すのに十分だった。

■■は汗を拭うと、あらためて剣を握り直す。

 

視線の先には『魔王チーム』があった。経験も装備もスペックも■■の数段上。数も2倍。迫り来る死を前にしても、彼女の手の震えはいくらかおさまっていた。

 

「鈴々さん」

「何?」

「頑張りましょう」

 

魔法使いは優しく笑い、杖を掲げた。

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