白士の姿は眩しすぎた。
ヤハウェに掲示を受けたムハンマドもこんな気持ちだったのだと思う。自分の中に突然、それまでの全てを上回る熱量のナニカが生まれた。そして、それを超えるものを許せなくなった。
20
吐き気が止まらない。原因は当然、切り落とした右腕だった。骨をどうしても切り詰めることができず、肉の大半を削ぎ落としただけで良しとした。ギザギザの切り口が風の触れるたび針を刺されるような痛みが走る。毒は幸い全身に回ることはなかったが、外傷によるストレスで発熱がひどい。鼻や口から絶えず血が流れ、白い綿に変換されていく。
あの後ペストマスクの鉤爪を頬に受けたが、今更かすり傷以下だ。そいつは三つに分割してやった。それよりも。
「殺す、殺す、殺す殺す殺す殺すっ!!!!絶対に許さねえからなあの虫ケラがぁ!この僕様に舐めた口聞きやがって!僕様をばかにしたやつは全員殺してきたんだぞ!」
_____幽鬼。彼女から受けた屈辱が、酸素や血液の代わりに脳みそを回している。いや彼女だけではない。死に頻したことで、これまで溜め込んできた怒りが爆発して、身体中の筋肉がリミットをぶちぎった。
「幽鬼だけじゃねえ!僕を見せ物にしてせせら笑ってるてめえら!!!!!!運営も観客もエージェントも!!死亡遊戯に関わってる全員他人事じゃねえぞ!!人様の命を弄んでおマンマ食ってる社会の寄生虫のくせに変なプロ意識持ちやがって!ここを出たら全員チューリップの花弁が開くみてえに喉を切り開いてやるからなぁ?!」
叫びながら、幽鬼が勝手に緑の毒飴を舐めて自爆している可能性を考えた。それならそれで、遺体を畑みたいに耕してやらないと気が済まなかった。
「よりにもやってなんでお前が白士さんの弟子なんだ……..白士さんは僕の、僕の、僕のものなんだ…….。」
ふと、行先に一つの死体があった。バラバラに解体され、べっとりと血の綿に覆われたそれは一見して死体にしか見えない。でも、僕がその人を____自分にとっての神を見逃すわけはなかった。
すでにバラバラになっているその人に、ナイフを投げつける。
動かなくなったはずの腕が、それを受け止め、バラバラだった体は魔法のようにヒトの体を取り戻していく。
「……神って、そういう意味じゃないんですけどね?いつからアスクレピオスは飛び出す絵本になったんだって、へへ。……白士さん。これから私以外のあなたの弟子を全員殺しますけど。」
「そりゃ無理だぞ。その前に私がお前を殺すよ?売られた喧嘩は買う主義なんでな?」
上半身まで組み上げられていない顔が話す。
白士の言っていることには心当たりがあった。浄火は前回のゲームで、白士に気を許されたのをいいことに不意打ちで昏倒させたのだ。
そりゃ許されない屈辱だろう。
他ならぬ浄火が白士に傷をつけたことは許されないことだと思っている。
けれど、この世界にはそれ以上に許してはいけないことが多すぎる。
「あー……それはほんと反省してますよ。終わったら如何様にでも仕置きしていいですから許してくださいよ。四肢を切り落として床下にしまってくれてもいいですよ。」
バラバラだった体は神がプラモを組み直すように細身の麗人へ戻り、小さい顎を白魚のような指先でさすった。
「ざけんな」
「あ、結構ガチです?それ、あ…ひゅっ」
浄火の呼吸が一瞬止まった。
体の限界が近い。
「……じゃあ無償で水に流して僕を貴方の弟子にしてくださいよ。……僕なら貴方の技術を受け継ぎぃ、ヒュッ……99回クリアをする正当なる後継者になれると……自負しています。」
四肢の一つを失い、全身を自他の血で覆い、右腕の傷を他人の『皮』で包んだ彼女。喋るたびに声は震え、体に空いた穴から空気の『ヒューヒュー』という音が聞こえる。おおよそ人外の容姿だったが、白士はビビるそぶりなど微塵もなく、威圧に威圧で返す。
「悪いけど、誰彼構わず弟子に取ってるわけじゃないんだ。最近も一人断ったばかりだしな。」
「ええ…?そんなそんな厳選してるわけでもないでしょうに。永世は可愛い子でしたよねえ?」
キッパリ断られ、浄火は軽い悪戯を注意されたように口を尖らせた。白士の取った構えは見覚えがあった。実戦武術系youtuberが紹介していた構えと似た要素がある。そのつながりから瞬時に技を分析、多重トレース、カテゴライズ、系統樹に収める。
これで白士の手の内は既に割れた。
「相手の力を利用する柔の技。体がボロボロの白士さんには悪くないチョイスじゃ、けほっ、ないですかぁ?ま、最善でもないですけどね?俺を弟子にすれば戦闘面のノウハウは共有しますよ?」
「まったく、何様だ?」
浄火は直後、低めの姿勢で飛び込み、ナイフを『差し出し』、相手の選択肢を狭める。
加えて、リーチのギリギリで踏み込んだ拳を放つ。計算されたあまり踏み込むと『投げ』が決まってしまう。白士の肺に強烈なヒット。その吸い込んだ酸素を全て吐き出させる。
あとは、もう、どうにでも料理できる。
はずだった。
「じゃあ、お前も弟子でいい。」
「えっ」
白士は違った。その長く華奢な腕がしっかりと浄火の左腕を捕まえる。
「ステップ1だ。私を殺してみろ。」
白士はナイフの意図を読むと、完全に無視した。
こんなもん、腐るほど見た手だ。突き出された拳を平然と掴むと、浄火の内股に足をかけ、地面に投げ飛ばす。マウントポジションに移行し、白士は足で拾ったナイフを両手に持ち帰る。
ズン!!!という音。
脳みそにナイフが突き立った。
「ししょ〜あなた弱すぎ…」
ただし、白士の白磁器のような綺麗なおでこに突き立った。
白士がナイフを突き立てる瞬間、『何か』が彼女を吹き飛ばしたのだ。明らかに浄火に味方する何かが。
「ステップ1、簡単すぎません?生きてるうちにステップ2を教えてくださいよ。」
〈伝説を殺し〉、神に成り変わる、それもいいな。
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