人殺しもためらいなくやるようになった。だって、人殺しくらい簡単にやらなきゃ。躊躇うようじゃ神の領域に辿り着けない。
自分を今の領域にとどめ置かせるものは全て斬って捨てた。家族や友人に勉強、ここでできた数少ない親友。彼女らが彼女らなりに自分を思いやってきたのは伝わってきて、だからこそ切り捨てなければならなかった。サンドラだって一回きりの遊びなら何の問題もなかった。ふとした時に思い出す幸せな記憶になってほしかった。
けど、もし、このまま関係が深まって、私の白士への想いを侵食するなら。切り離さなければならなかった。
こんなふうに、私は完璧な狂気の殺人鬼になって、白士のいる死亡遊戯の世界に近づくために全てを投げてきた。未来も今も過去も全部捨てた。
だから、せめて。
21
「いい加減、私を認めろ!白津川真実ィッ!!!」
叫びとともに、全身の空気と力を振り絞り、白士の脳天に突き刺さったナイフの柄頭を強く蹴り込み、さらにめり込ませる。白士の鼻から上の頭部が壊れて弾け飛んだ。それでも彼女は一瞬硬直した程度で、すぐに体勢を立て直す。
白士の肉体改造のことは一通り調べている。
なんて___醜く、弱い。これは更なる高みを求めているものが使う力ではない。妥協も妥協だ。
しかし、白士が使うとなれば、魔法や仙人の域だった。
「白士さん、いや師匠……貴方ほんと達人。ゾクゾクしますよ。」
浄火は怯まなかった。彼女だって両腕をすでに失っているのだ。
壁のナイフを蹴り上げ、足の指で掴み、遠心力で鞘から抜き放つ。
そして足から放たれた刃は、白士の右足の甲に突き刺さった。白士は視力を失ったようで、無力に受けるしかない。いや、今の白士さんにろくな演算能力が残っているかも怪しいものだ。
勝ちが確定したように、浄火は笑う。
「でももう身も心もボロボロだ。僕に正面から挑む判断をした時点でわかってましたけど。諦めて僕に委ねてくださいよ。99連勝でしたっけ、それも僕がやりますよ。他の誰でもない、僕に引き継いでくださいよ。永世も違う、ましてや幽鬼なんかじゃない!僕に!僕に託してくださいよ!
裂帛の叫びが会場に反響する。要求というより、子供が駄々をこねるような欲望の書き連ねだった。しかし言いたいことは伝わったはずだ。
白士は無言で、ゆっくりと近づいてくる。上半分を失った頭はなぜか雄弁に、黒く冷たい感情を物語っていた。
浄火は気圧されたように一歩下がる。
「……というわけで、認めてくださいよ。そしたら命は助けますよ。」
「……本当に?」
後継者入りが叶うと思ったのか、浄火の顔がパッと明るくなる。
しかし白士の意識は後ろにある飛行場への扉に集中していた。戦闘中、少しずつこちらに向かって移動していたのだ。
「……もちろん、命の一つや二つ助けさせていただきますよ!そもそも殺すつもりもあんまりなかったですし。…」
「違う、99連勝の方だよ。」
「はあ。」
浄火は首を傾げた。『99連勝に最も近づいたヒト』それは彼女にとって白士の完全無欠性を補強する重要なトロフィーだった。生と死をある意味超越したことの現れ。ここまで白士を追い求めた理由の何%かはその称号ゆえかもしれない。
でも、だ。
21.5
「いやまあ、それもやりますけど。今いうことです?命に比べたらどうでも良くないです?」
その一言が、白士の推測を確信に変えるには十分だった。頭から上があれば、憐れむように目を細めていただろう。
22
「嘘だな。お前はあのバカ弟子とは違う。」
「……はあ、何が違うんです?」
『バカ弟子』とは十中八九幽鬼を指すのだろう。なんでこの後に及んであの女の名前が出てくるのだ。歯をぎりり、と噛み締める。
「お前はその必要がない。私たちとは違うマトモな人間だ。」
「違う…?マトモ…?何がですか?僕も貴方も同じですよ。大した理由もなく大勢を殺した、ことが明るみに出たら生きていけないパブリックエネミー。」
胸に手を当てて、演説のように話しかける。
白士は話ながら体の一部____分解した腸を壁に引っ掛け、それをグニグニと引っ張っていた。その一部を使いパチンコの容量で、後ろへのベクトルを増加させていく。
浄火は何か企んでいることはわかったが動けなかった。だって、これから白士が言おうとしている言葉が嫌な予感で脳を締め付けた。
「お前は正常に何かを欲し、愛して、そのために生きていける人間だ。
それは拒絶と憐憫の言葉だった。
バチッ、と何か弾けるような音がして白士の姿が急激にブレ、後ろの扉へ移動する。浄火から見れば前触れのない動きだった。咄嗟に飛ばした手は白士の残像だけを捉える。
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