入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~   作:true177

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File11:親睦の深め方

 『好き』を失った、いや先天的に与えられていなかった少女の、目標すら立てるのが困難な旅。一本の道標を、亜希の転機で発見しただけである。

 一つ目の道のりの先に、何が待っているのか。ゴールしても手掛かりが出土するかどうかは未知数だ。が、前進しなければ何も起こらない。

 

「……登川くんは、女の子の家、初めて?」

 

 その命令に従順でリードを付けられた子犬に似た彼女は、純粋な興味を『隣の人』にぶつけていた。

 

 ファミレスで痛手を被って、亜希はまだ頭上に星が輪っかになっていた。レシートを手渡され、美紀のおでこに貼り付けようとしていたのには目が新鮮になったものである。完全完璧な大親友も、人間という種なのだ。

 亜希クラッシャーと化した美紀は、見た目では殆ど判断できない砂糖で膨らんだ腹を、縁を描くようにしてさすっている。おまじないをかけても、摂取したエネルギーは地に返らない。

 

「初めてだったら、簡単に俺がOK出したと思う?」

「……それもそうか……」

 

 女友達でなくとも、初の訪問は神経が鋭くなるというもの。異性なら、なおさらである。

 

 知能指数ゼロの会話をよそ目に、亜希はジョウロで水やりをしていた。雑草を育成している風に映るのは、龍太郎だけなのだろうか。

 そよ風が、蛇口前に無心に立つ亜希の髪を掬い上げない。住宅街の中で、都合のいい風など吹かないのだった。

 美紀に課せられた、『一日一善』ノート。今日のその一言に、龍太郎の手助けが入ることを望む。

 

 一通り儀式を終わらせた亜希に、類を見ない暗がり二人が家へ招き入れられた。

 外と内を隔てる端に、バラが刺繍された玄関マットが敷かれてあった。いつだっただろうか、最後の訪問からレイアウトは変わっていない。

 

 居間に上がり込むと、二つ折りにされた布団が一式。まだ毛羽立っていて、長い間空気に晒されたものではなさそうだ。

 

「龍太郎、映画みたいに飛び込んでみたら?」

「……やらないよ。出かける前に、片付けしような、美紀」

「……亜希に、引っ張られたから……」

 

 女子二人の密接生活にも、ひと悶着あったようだ。密度が濃すぎて、龍太郎が盗み聞き出来る空間ではなさそうである。

 無地の敷布団に、湿り気の痕跡は見えない。だからこそ、隠しもせず平然と放置していられたのだろう。

 

 亜希が、そのやや小柄な体で布団を抱える。いっぱいいっぱいで、サンドイッチのようだ。

 

『……手伝おうか?』

 

 美紀との仲を、少しでも明るいものに。お節介が実から飛び出そうになって、すんでのところで引き留めた。

 

 膝の上に乗せて休憩してでも、一人にこだわっている彼女。女子のことに、異性の龍太郎が関わる余地はなさそうである。

 

 突然、視界が傾いた。フローリングが急速に伸び、視界はすぐ白で埋め尽くされた。

 

 

 ばふん!

 

 

 肌ざわりの良い毛が顔と擦れて、ほのかな摩擦を感じた。長期間押し入れに閉まっていた布団特有の酸っぱさの中で、砂糖でない間接的な甘いにおいが鼻をつつく。トゲは無く、絹で優しくノックするように。

 

 龍太郎の上半身は、敷布団の袋小路で止まっていた。折りたたんだ隙間の、その奥である。

 

「登川くん!? ……誰にでも、過ちは……」

「後ろに立ってるあ奴が真犯人だ!」

 

 埋もれた体から腕を引き出し、当てずっぽうで真後ろを指さす。

 

 龍太郎の肉体は、瞬間的な外力により運動を始めた。言い訳とか、弁解ではなく、事実を述べているだけである。

 

「亜希……? そうなの……? ……暴走することは、よくあるから……」

 

 どちらに対して諭しているのだろうか。柔らかく突き飛ばされた挙句冤罪を被せられた哀れな男子高生に問いかけているようでならない。

 

 やんわり温かく、凍てつく寒さも融解してしまいそうだ。全身に滞留する甘ったるい香気で、嗅覚が麻痺し始めている。

 

「ケガしないように、手加減はしたつもり。……こうでもしないと、龍太郎と美紀が話す機会なんて、作れなそうだったし」

「……何のこと……?」

「……なんでもない。……龍太郎、だいじょうぶー?」

「……もう一回、ごはん奢らせてやる……」

「そうカッカしないで。……やっぱり、龍太郎が一人でに突っ込んだかも?」

 

 勝負の舞台に上がって勝負をしたいのはやまやまだが、如何せん敷布団への突入角度が悪かった。斜め四十五度に突き刺さっていて、重力に踏ん張りがきかない。

 

(……美紀も、言ってることとやってることが……)

 

 口では龍太郎の突撃を非難している癖して、左右から龍太郎をサンドイッチにしている。犯罪現場の証拠を捕えたいのか、それとも……。省略された後のことは、考えないことにしておく。

 もがけばもがくほど、酸素が消費されていく。代わりに呼吸で循環するのは、この布団の中の空気。入れ替わる度に、手足のバタつきに力が入らないのを実感する。

 

「そのまま、しまってもいいんじゃない? 何がとは言わないけど、龍太郎もハッピーかもよ?」

「……それは……、嫌だなぁ……」

 

 龍太郎が救出されたのは、美紀の締め付けが弱まってからのことであった。

 

 

 

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 布団もろとも封印されそうになってから、美紀は露骨に龍太郎を異空間に転送しようとしてきた。龍太郎の周辺を不可侵領域にする、時空をゆがませて会話のキャッチボールを暴投する……。会話の機会も得られなかった。

 

(逆効果じゃないか、亜希……。勘弁してくれよ……)

 

 頼んでもいないのに、人をマイナス評価に下げる物理的親友。ノベルゲームなら、問答無用で地雷キャラ認定されるところである。

 亜希が注いでくれた炭酸飲料も、喉の奥で泡が弾けただけだった。着色も、砂糖の味も、何もかもが無味無臭だった。

 

 とは言え、失敗を糧にして成功に看板を掛けなおす達人、亜希。ただでは転ぶはずがない。

 

「……登川くん、遠くないかな……。画面、見えないんじゃない?」

「美紀がそう言うなら……」

 

 初めて、龍太郎に接近許可が出された。ストーカーと同じ扱いだ。

 不可抗力であっても、龍太郎が美紀の寝具に顔を突っ込んだのは事実。目を合わせるどころか、美紀の方に視線を送ることも心でつっかえるようになってしまった。どうしてくれるんだ、自称天才軍師さま。

 

 脱線してしまったので本筋に帰ると、亜希の一発逆転ウハウハ選択肢は、龍太郎が手にしているゲームコントローラーだ。『たったそれだけかよ』と突っ込まれても、コントローラーはコントローラーである。軍師の策が頼りなさすぎる。

 

「……美紀って、野球好き? わざわざ、ソフトの山から探し出したってことは」

 

 亜希の敷いたレールにばかり乗ってもいられない。龍太郎は、美紀の興味を引きにかかった。テレビに映されたゲーム画面を注視して、緊張と恥じらいを脇に逃す。

 

「……女の子なのに野球好きって、変かな……? 売り子さん、くらい……?」

「……むしろ、珍しくて人気者になる……と思う」

 

 断言して持ち上げるべき場面で、誉め言葉が詰まる。矯正しようと試みてはいるのだが、歯切れは悪いままなのだ。

 

 それでも、良いニュースが一つ。

 

(……嫌われてる、って訳でもなさそう……)

 

 美紀の囁きに近く細い声が、平常運行していることだ。

 

「……登川くんこそ、好きなスポーツはないの?」

「……スポーツ、に入るかどうか……。馬のレース、かな……、それとテニスも」

 

 瞬時に脳内液晶に表示されたのが、『競馬』だった。一馬身遅れて、テニスが二着。せめて、順番はひっくり返ってほしかった。

 

 最後の悪あがきで、賭け事を表に出さない表現に切り替えた。

 龍太郎は、ゴールまで逃げ切れるか。

 

「……競馬? ……あれ、法律……」

「賭けてない! 中継を見て応援してる、健全なファンだから……」

「へぇー……。……それじゃあ、私と……同じだね」

 

 腑抜けた安らぎのある声に続けて、ささやかなほほ笑みを返してくれた。内気好きなら誰でも恋に落ちるであろうご尊顔だ。

 

「……どこが同じなんだろう……。そもそも、競馬に中学生がハマるのは、健全……?」

 

 要らない分析をするんじゃない、亜希。龍太郎が、ギャンブル中毒者の予備軍に見えてしまう。

 

 ゲームのロードが終わり、テレビが対戦画面に切り替わった。

 

 九人対九人の、純粋な野球ゲーム。ピッチャーが美紀、バッターが亜希だ。亜希の『美紀とちょっとでも仲良くなる』計画は、どこに消えてしまったのだろう。龍太郎はバックの操作に追いやられていた。

 投球カーソルが、心の迷いの映し出しで乱れている。カーソルのすぐ下には、投球する球種の名前が表示されている。

 

(……何か、違和感が……)

 

 広告や攻略動画で流れてくる『ソレ』と、画面の中の動作は寸分狂いないように思われる。電池が切れかかっていたり、ゲームそのものが類似品の悪品であったりはしなさそうだ。

 

 ピッチャーが、投球モーションに入った。振りかぶり、球はコントロール通りカーソルへ一直線の……。

 スピーカーから軽快な金属音が鳴り響き、ボールはピンポン玉のように跳ね返る。

 

「私って、何でも屋かもしれない」

 

 すぐ隣の亜希が、才能を誇示しようと満足気な表情を見せつけてきた。彼女の類まれなる才能の結果、ではない。

 

「……同じ画面にカーソルと球種が表示されてて、打てない方がおかしいんだよなぁ……」

 

 本来はゲーム機を寄せ合わせて遊ぶものを、無理言って一台に集約させた帰結だった。打撃有利、などという水準では済まない。ホームランダービーである。

 

 投手をやる、と言い張って聞かなかったのは十字キーをランダム押ししている美紀。

 

「……罰ゲーム、やっぱりなしでも……いい?」

「小学生の時に、『約束は破らない』って習わなかった? だーめ、ピッチングマシーンになってもらうよ」

 

 何故、身を乗せて朗らかな口調を保てるのか。地獄の鬼もびっくりだ。

 亜希と美紀で取り交わされた罰ゲームは、『次のご飯代』。今日のデザート紛争の借りを倍返しにしたいのだろう。

 

 ゲーム画面が、固まってしまった。美紀が、全脳細胞を挙げて説明書を読み漁っているのだ。見開き一ページしかないのだが、一言一句も逃さまいと緩やかにカーブした髪も乱している。

 

「……ない。やっぱり、ない。どこにも……」

 

 白旗を掲げて地獄への片道切符(指定席)を受け取ったのは、その僅か一分後だった。

 

 彼女の二球目は、ど真ん中。全くの無言だ。

 

 亜希の打撃カーソルが、ほんの少し上に外れた。外野がダイビングでアウト、ワンアウト。

 

(守備の操作できるの、一人だけかよ……)

 

 事前に決めた一選手しか、龍太郎の駒にならないらしい。ゲームの初期チームより守備がザルだ。

 

 ここからは、テンポも速くなった。投げる、打つ、投げる、打つ……。投げやりになった美紀と、ジャストミートできない亜希。打球は全て、龍太郎の守備範囲に吸い込まれていた。

 

 いつの間にか、勝負は決していた。リザルト画面の装飾が、テレビ画面に踊っている。

 十回勝負で、打率は一割。ホームランが一本だけ。世が世なら亜希は自害させられる。

 

「……あれ、勝ってる……」

 

 美紀も目を盛んに瞬きしていた。目をこすっても逆立ちしても、彼女の勝ちだ。最も、この大勝利は龍太郎が指揮したザル守備陣の大活躍あってのことであるが。

 

 美紀の勝負にいくらか貢献できたことを、胸ポケットの内にしまおうをした、その次。

 

「……コンピューターの守備、上手かったなぁ……」

 

(……俺の貢献度、は……?)

 

 心ゆかない龍太郎。彼女の記録だと、龍太郎は観客席からつまらない試合を傍観していたことになっている。

 

「……美紀、守備の操作してたのは龍太郎だよ」

 

 不思議の勝利に揺れていた美紀の瞳に、光が更に集約された。磨いたダイヤモンドが埋め込まれている。

 ただでさえコンパスで描いたようなまん丸の目が、拡大鏡でも角を見つけられない曲線の美しさを描写していた。人よりかは薄めの眉が持ち上がっている。

 

 彼女が、血のよく通った右の手のひらを寄せてきた。

 

「……登川くん、一緒に勝ったときは……ハイタッチ」

 

 ロボットと見間違えるガクガクダンスだ。前歯がチラリと唇と唇の間から覗かせるだけで、頬は淡い赤で塗りたくられていた。

 

『……何か、ぎこちないな……。無理しなくてもいい、美紀』

 

 美紀の、『一日一善』。忠告も何もされていない龍太郎であったならば、その思考に疎外されて冷めたツッコミを入れていただろう。

 

(俺も、変わらなくちゃいけない)

 

 細かいことでも、半ば無理やりな展開でも。プラスの感情を、記憶を、一回でも多く作りたい。

 

 龍太郎は何も口にせず、音の鳴らないよう手を合わせた。お互いの血管が接続されたと体が認識するくらい、美紀の肌は温かさを保持していた。

 

 天井を無心に見つめていた亜希が、一言。

 

「……今月、お小遣い足りるかな……」

 

 

 

 ……亜希は、四月の内で何連敗しているのだろうか。

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